準神
ジンたちがリンクスの潜むビルに侵入すると、すでにばれてしまっていたのか数人の亜物質体たちが立ち塞がる。
「おおっと、ここから先は通さないぜ」
「リンクスさんは大事な実験の準備中だ、大人しく帰った帰った!」
「とっとと帰らねえと痛い目を見るぞ」
「それともわざわざ痛い目に逢いに来たってのか? ひっひっひ」
「おやびん、ここは……」
モクカゼはアイコンタクトを取る。ジンはそれに対し
(ここは私に任せて先に行くっす、ですか。モクカゼさんも殊勝な心がけをしますね)
と解釈する。
「おやびんに任せて私は先に行くっす!」
「ええ!? そっち!?」
「《風よ、我が身に纏え》!」
予想外の答えにジンは戸惑うが、そんなものお構いなしにモクカゼはPbMを発動し全身に追い風を纏い、走り出す。高速で疾走するモクカゼはシンパたちを跳ね飛ばし上層へと駆け上がる。
後には数が減ったシンパとジンが残された。
「よくわかんねえが、お前も苦労してんだな」
「まさかAS犯罪者に同情されるとは思いませんでしたが……気を取り直しましょう! 想定外はありましたがとにかく、貴方がたを倒していけばいいだけの話です!」
「っへ! たった一人で俺たちに適うのかよ!」
「さっきの奴は精神体だったみたいだがお前はたかが亜物質体だろう? この数なんて相手に……」
「《ブーメランバール》!」
ジンはシンパの一人が話している最中に、手に持っていたバールを投げつけPbMを発動させた。PbMにより、弧を描いて戻ってくるという超常の力を得たバールは前列にいたシンパを数人ノックダウンし、再びジンの手元に帰ってくる。
「て、手前! 卑怯だぞ! まだ話している最中だっただろ!」
「卑怯もなにもただでさえ一対多なんです。隙を見逃すはずがないでしょう」
ジンはあくまで自分は悪くないという態度で言葉を返す。
「っく! お前ら、一斉にかかるぞ!」
「《ファイアボール》!」
「《サンダーボルト》!」
「《ストーンニードル》!」
「《スパイラルアロー》!」
誰かが号令をかけると残ったシンパたちは堰を切ったようにPbMを発動する。
ジンに向かって火の玉、雷の軌跡、石の槍、螺旋を纏う矢、その他様々な飛び道具が解き放たれる。
しかし、ジンはそれを防ごうとせず、ただジャンプで飛び越えようとする。
「ハハハ、そんな簡単に避けられる筈がないだろう!」
「《多段ジャンプ》!《多段ジャンプ》!《多段ジャンプ》!!」
しかし、ジンは空中で複数回跳躍し、自らに放たれた飛び道具を避けてのける。
「くそ! あの野郎、普通に避けやがった!」
「今度はこちらの番です!」
ジンは右手に持っていたバールを両手で頭上に掲げ、叫ぶ。
「《ジャイアントバール》!!」
掲げられたバールは突如巨大化し、巨大化したバールをジンは思い切り横一線に振り抜き、シンパたちを薙ぎ払う。
あれだけいたリンクスのシンパは今はもう二人だけである。
「後は貴方たちだけですね」
「うう、いくわよ! 合わせなさい!」
女は怯みながらも行動に移す。口に溜められた唾を思い切り吐き出す。
「《スパイダーネット》!」
すると、唾はPbMの力で強靭な蜘蛛の糸に変化し、ジンを絡め取る。しかし
「《ヒートバール》!」
手に持ったバールを熱し、蜘蛛の糸を溶かすことでジンは軽々と抜け出す。
「ク、クソオオオオオ! 《ドリリングパンチ》!!」
女の相棒と思しき男性は自暴自棄になり、腕を一回転させた後殴打を放つ。ドリルの様に螺旋が渦巻く拳が放たれるが、ジンはそれを易々と避け、通常の大きさへと戻ったバールで二人を叩き伏せる。
大量にいたリンクスのシンパたちは見る影もなく、その場に立っていたのはただの亜物質体たるジンのみであった。
「さて、急がないといけませんね。モクカゼさんが心配です」
勝利者となったジンは急いで階段を駆け上がった。
ビルの屋上ではもう一つの戦いが繰り広げられていた。
「《ヘア・ニードル》!」
渋谷樹津菜、リンクスと呼ばれる白衣を着た若い女性は頭を振り回し、鋭く尖った髪の毛を高速で発射する。髪の毛は撃ったそばから元の長さに生え揃う。その特殊な髪の毛が彼女を精神体たらしめる証拠であろう。無限に降り注ぐ髪の毛は彼女を追ってきたモクカゼを狙う。
「《地よ、隆々と起き上がれ》!」
対するモクカゼはコンクリートの床を隆起させ、自らを守る壁とした。
その壁は厚く、強固なものであったが、髪の毛のガトリングは止まず、モクカゼは手を出すことができない。
(それに、仮に隙が生まれたとしても私のPbMは広範囲。どうしてもリンクスの後ろにいる子供たちを巻き込むっす)
リンクスの背後、そこには10人を超える子供たちが首輪――ログアウト閉鎖アプリだろう――を付けられていた。その中にはジンたちの探し人、彩乃の姿もあった。
「威勢よく飛び出してきた割には大人しいじゃない。どうしたの、警察でも待っているの!?」
(こうなるなら素直におやびんと来ればよかったっす! 一秒でも早く彩乃ちゃんを助けなければ、なんておやびんに感化されるんじゃなかったっす!)
リンクスの後ろにいる子供たちを考慮しなければまともに戦えるし、第一この世界では大きなダメージを受けても死ぬことはない。それはモクカゼも当然理解しているが、彼女の良心が実行を躊躇わせる。
悩んでいるうちに厚かったコンクリートの壁も磨り減っていき、遂に髪の毛のガトリングは壁を破壊。モクカゼに大量の針が迫る。
「《縮地》!」
屋上と屋内を結ぶ扉からジンが飛び出し、モクカゼを抱えて間一髪のところで髪の毛の山を回避する。
「お、おやびーん!!」
モクカゼは感極まったのか、目に涙を浮かべてジンに抱きつく。
「さあ、追い詰めましたよリンクス。観念して子供たちを解放しなさい!」
片方は亜物質体とはいえ二対一、遂に諦めたのだろうか、リンクスはため息を吐く。
「仕方ないわね、子供たちは返そうじゃない。ただし、私にも準備はあるわ。返すのは一人ずつよ」
「……やけに諦めがいいですね」
「私もいい加減真っ当な道を歩もうかね、って思ってさ。差し当たっての抱負は友情、努力、勝利、といったところね」
突然の独白に訝しむジンたちだが、解放された子供に意識が向い、リンクスから目を離してしまう。
解放された子供を急いで保護するモクカゼだが、それがいけなかった。
「《星幽爆破》!!」
モクカゼが保護した少年、それが突如として大爆発を起こした。辺りは灰色の爆煙に包まれる。
「モクカゼさん!!リンクス、一体何を!?」
「私は絶対に諦めない、絶対に信じ続ける。友情を、努力を、そして勝利を!!」
リンクスは、いつの間にか輪の形になるよう手を結びサークルを作っていた子供たちの中央に立ち、叫んだ。
「そう、これが絆の力! 私は絆の力によって今! 神へと進化する!!」
「一体、何を!?」
リンクスは一呼吸置き、大声で宣言する。
「《擬似準神・融合星幽》!!」
瞬間、リンクスと子供たちが互いに混ざり合い、アストラル体同士の境界線をなくしていく。
リンクスは哄笑を上げる。子供たちは始め虚ろな表情であったが、自他の意識が混ざり、流入することで歪な笑い声を上げるようになった。
ジンはこれはまずいと直感しリンクスの下へ走り、バールによる一撃を与える。しかし、それは既に遅かった。ジンの渾身の一撃を防ぐ様子もなく直撃したリンクスだが、効果は全く見られない。
融合を完全に終えたその場所には子供たちはおろかリンクスの姿さえ見えない。
そこにはジンともう一人、深緑のアーマーを身に纏い、顔を覆い尽くすバイザー付きの兜を被った、見ようによってはヒーローの様にも見える人物が立つのみであった。
「その姿……まさか!」
「そう、そのまさかよ。私は遂に理論の証明ができた! 複数の魂が混ざり合うことで魂の質量は増し、精神体は準神に昇華されると! これが、これこそが! 絆の勝利だ!!」
準神、日本中を探しても数が少ないとされる、精神体の上を行く存在となったリンクスは高らかに自らの勝利を宣言する。
「そんな絆があってたまるものですか!」
「いいえ、これはまさに絆。いえ、これこそが真の絆よ。だってほら、私の頭の中では一緒に混ざり合った子供たちの声が聞こえるんだもの」
ジンには言葉の意味が理解できなかった。通常、ASサーバー内ではどのような攻撃を受けようと現実には作用されない。
しかし、先ほどリンクスのPbMを受けた子供たちの姿が見えない。ジンの中に計り知れない不安がよぎる。
「貴女は、一体何をしたんですか?」
「何もしていないわ。ただ融け合っただけ。さあ、貴方たちも一緒になりましょう? 一緒に絆を結びましょう?」
その声にはもはや狂気しかなかった。リンクスは一回転し、厳かに宣言する。それは彼女が準神となったことで使用可能となった新たなPbM。精神体までとは違う、圧倒的な魂の質量が解き放つ、あまりにも特異な超常の力。
「《星幽吸収》」
一瞬膨大な光が放射される。
そして、屋上には誰もいなくなった。リンクスただ一人を除いては。