リンクスを探せ
ジンはプレーンワールドの街を走っていた。プレーンワールドの街並みは物質世界と何ら変わることはない。しかし、夢や幻の世界であるが故に走り続けていても疲れることはないし、公園で遊ぶ子供達はPbMで空を飛ぶ、火球を飛ばすなど派手なごっこ遊びをしている。
ジンは公園で遊ぶ子供達に声をかけ、彩乃の写真を見せる。
「君たち、この女の子を見たことないかな? ちょうど君たちくらいの歳なんだけど」
「あ、彩乃ちゃんだ。昨日もここに来てたよ」
「馬鹿、アヤだろう! ちゃんとマナーを守れよ!」
小太りの少年が注意する。
「あ、ごめん。アヤちゃんは今日もここに来る予定なんだけど、まだ来てないね。どうしたんだろう」
二人の少年はそれ以上知らないようで、ジンは礼を言って再び駆け出した。
またしばらく走っていると倉庫街に出る。普段、プレーンワールドの倉庫街に人気はないが今は何故か物音がする。
「……だ、…………て!!」
それは小さな子供の声だ。
「! 今助けに行きます!」
犯罪の予感がしたジンは咄嗟に倉庫の中に飛び出す。
そこでは薄汚い服を着た男性が幼い少女に迫っていた。
(リンクスのシンパか、ただの変質者か。とにかく助けなければ!)
ジンは右手に持ったバールを思い切り振り抜く。
「《真空波》!」
ジンは発動キーの補助を得てPbMを発動させる。すると、振り抜かれたバールの軌道から風の刃が飛び出し、男性を切り裂く。
不意打ちにより渾身の一撃を受けた男性は昏倒するが、ASのセーフティが働くため彼の命に別状はない。一度に大きなダメージを受けるとショックで昏倒するが、しばらくすると再び目を覚ますことだろう。
「君、大丈夫だったかい? 早くここから逃げるんだ!」
少女は頭を下げ、急いで駈け出す。残ったジンは男性を抱え、事務所の内装を頭の中に浮かべる。次の瞬間、先ほどまで僅かに存在していた人気は倉庫街から完全に消え去っていた。
モクカゼはスラスターを吹かせてながら事務所を飛び出し、プレーンワールドの街の空を飛翔する。
彼女は目下に広がるビル街を眺めながら物思いに耽っていた。
(全く、こんな危険な依頼を受ける何ておやびん、生き急ぎすぎっすよ)
モクカゼは以前チンピラに追い詰められていたところをジンに助けられ、そのまま部下として働く身だが、それ以前のジンのことは全く知らなかった。
モクカゼはジンに憧れている。しかし、自分はジンのことを何も知らない。その事実が彼女に劣等感を与えていた。
(って、あれ。まさかあの人影は……)
考えごとをしていたモクカゼに突如悪寒が走る。彼女が見た人影、それは現在脱獄中のリンクスがビルの屋上にいる姿であった。
(相手は精々私と同格、もし一人で倒せればおやびんも認めてくれるはず……!)
モクカゼに焦りの感情が表れるが、すぐに思い直す。
(って、駄目っす! 私一人で勝手に行動したらおやびんに迷惑がかかるっす! 今はリンクスがいるビルを記憶するっす!)
モクカゼは念話でジンに連絡を入れると、ビルの場所を記憶すべく地上に降り立つ。そして、リンクスに気取られない内に事務所へと瞬間移動のPbMで帰還した。
「ッグ! ここ、は?」
日曜大工で作られたと思わしき家具が所々に設置された部屋の中で、縄で縛られ小汚い服装をした男性が目を覚ます。
「ここは和泉探偵事務所。僕の事務室ですよ。貴方には聞きたいことがあります」
「だ、誰だお前は!? 俺はリンクスさんの仲間なんだぞ! 俺に手を出したらあの方が黙っていないぞ!!」
ジンは呆れた様子で額に手を当てため息を吐く。
「はあ、聞いてもいないことをべらべらと。いや、話が早くて良いんですけどね」
「だからお前は誰なんだ!?」
男は興奮した様子でジンに問い詰める。
「それに答える義理はありません。貴方は僕の質問に答えれば良いんです。どうして子供を襲ったのか……何てどうせリンクスの実験材料にする為に決まっていますよね。リンクスの居場所は何処ですか?」
ジンは冷たい口調で問いかける。
「そんなの答えられる筈がないだろう! 俺は帰らせてもらうぞ!」
男性はプレーンワールドからログアウトしようとする。しかし、事務室には未だに男性の姿が残っていた。
「どうしてログアウトできない!?」
「そんなことも分からないんですか? 貴方がたも使っているでしょう」
男性は何かに気づいたようで絶望する。
「……ログアウト閉鎖アプリ!!」
「そう、貴方がたが実験材料を逃さない為に使っているそれと同じですよ。もっとも、僕の場合はあるつてで警察から譲ってもらった旧式で穴も多いですが」
「俺をどうするつもりだ!?」
男性は焦りを見せるが、対するジンはあくまで冷静である。
「どうとも。まあ、リンクスをとっちめたら貴方ごと警察に引き渡すつもりですが」
男性に対するある種の死刑宣告をした後、ジンの頭の中に着信音が響く。モクカゼからである。
『おやびん、リンクスの居場所を突き止めたっす! 今から事務室に向かうっす!』
『お疲れ様です。よくやってくれました、僕は今ちょうど事務室にいます。合流次第急いでリンクスの下へ向かいましょう』
『了解っす!』
念話は終了し、代わりに男性が話しかける。
「お前、リンクスさんに挑むつもりだってのか?」
「そうですね、そのつもりです」
「いや、お前なんかが勝てるはずないだろう、たかが亜物質体だろう? リンクスさんは……」
「精神体、でしょう? 気づいてますよ、そんなの誰でも。勝ち目が薄いこともわかります。僕の助手は強いですがどこか頼りないですし厳しい戦いです」
淡々と話すジンに対し、男性は困惑する。
「なら、どうして……」
「AS犯罪者を放っておいてはいけない。それが僕に課せられた責任だからです」
直後、何もない空間からモクカゼが現れ、ジンの手を握ると再び消え去る。事務室には縄、ログアウト閉鎖アプリで捕縛された小汚い男性だけが残された。