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QUEST  作者: 市尾弘那
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第2部第2章第3話 秘めた魔力(2)

「な……?」

 地面に片手をついて体を起こしたまま、その姿を凝視した。バスケットボールくらいの丸い頭部に、尖った耳がついている。そしてその顔の正面には、面積の大半を占める巨大な目がひとつ。

 顔の大きさに似合わない小さな体に、羽が生えていた。

「何……こいつ……」

 『青の魔術師』に受けた時より全然軽いとは言え、背中が血濡れているのを感じる。痛くないはずがない。痛い。

 小型の工作用カッターで、背中にめちゃめちゃに切りつけられたようなもんだ。背中全体が発熱しているかのような錯覚を覚える。――『風の刃』?

「かんねッ」

 目線を『一つ目』に向けたまま、キグナスが後退する。痛みに冷や汗をかきながらようやく立ち上がった俺は、小刻みに震える腕を叱咤して剣を構えた。

 ……こういう時、キグナスと2人ってのは、キツい。

 前衛を誰かに任せて、とりあえず治癒をしてもらって復帰、と言うようなことが出来ない。キグナスだって治癒の魔法をかけようにも、こうして対峙している状態だとやりようがないだろう。魔法を発動している間に、キグナスが襲われないとも限らないんだから。

「魔法を、使うのか?こいつ……」

 ともすれば背中の痛覚に集中してしまいそうな意識を前方の敵に向けながら呟く。その矢先、『一つ目』が巨大な目の下の小さな口をもごもごと動かした。……ヤバい、やっぱこいつ、魔法……ッ。

「ゲヌイト・オムニア・フォルトゥーナ・カウサエ・マナ、ダビト・デウス・ヒース・クォクェ・フィーネム、『風壁』!!」

 キグナスが防御魔法を唱える。が、『風壁』を突破した『風の刃』が俺とキグナスの双方を切り付けた。キグナスと同レベル、もしくはそれ以上の魔法使いと言うことになる。

「うッ……」

「くぅッ……」

 とは言え今度はストッパーがあるから、さっきほどじゃない。腕で頭部を庇って、それを受ける。こんな痛み、背中に比べれば可愛いもんだ。

 『風の刃』がおさまるのを待って、俺は剣を片手に駆け出した。『一つ目』の目がこっちを見る。

「ゲヌイト・オムニア・フォルトゥーナ・カウサエ・マナ、クーラー・イプスム、『癒しの雲』ッ」

 敵の意識が完全に俺に向いたことに気づいて、キグナスが治癒魔法を投げてくれた。背中の痛みが、吸い取るように消えていく。

「さんきゅッ……」

 が。

「うわッ……」

 『一つ目』に向かって剣を振り翳して跳躍した俺の視界に、とんでもないものが姿を現した。『一つ目』の周囲に巻き起こる火炎――『火炎弾』だ。

(勘弁ッ……)

 さすがにシェインのほどじゃないとは言え、複数のバレーボール大の火の玉だ。あんなもんに直撃されたら火達磨になってしまう。

「カズキッ……」

 『火炎弾』がごうッ……と音を立ててこちら目掛けて猛然と回転しながら、突っ込んできた。咄嗟に片手の剣を引いたせいでバランスが乱れ空中で態勢を崩すが、曲芸師じゃあるまいしそんなもん避けられるわけがない。

「キィィッ」

 もう1度啼くその背後に新たな『火炎弾』が生まれる。

「ゲヌイト・オムニア・フォルトゥーナ・カウサエ・マナ、オムニア・エウント……」

 キグナスが多分『水膜』を唱えるのが聞こえるが、それが完成するのを待たずに『火炎弾』が俺に叩きつけられた。

(――あれ)

 ような気がした。

 態勢を崩したまま『火炎弾』と衝突したはずの俺は、地面に投げ出されて軽くむせこみながら咄嗟に閉じていた目を開ける。体を起こすが、どうやら俺は燃えていない。

「……え?」

「な……?」

「キィィ」

 三者三様、それぞれ予定外だったもので奇妙な間が開く。

「何……?」

 見ていたはずのキグナスに思わず説明を求めると、キグナスはオレンジ色の瞳を瞬いたまま首を横に振った。

「……キィィィッ」

 気を取り直したらしい『一つ目』が、先ほど新たに生み出した『火炎弾』をリベンジと言わんばかりに俺に向けて再び放つ。

「うわッ……」

 ごおおッ……と加速して襲い掛かる『火炎弾』に再び火達磨を覚悟した俺が、地面に座り込んだまま咄嗟に腕で顔を覆う。

 だが。

(……?)

 やはり、『灼熱地獄』はいつまで待っても襲い掛かる気配がなかった。

「……何だ?」

 何が起こってる……?

 腕を外して目を開けると、『一つ目』は動揺したように激しく上下動を繰り返した。

「ゲヌイト・オムニア・フォルトゥーナ・カウサエ・マナ、エト・アルマ・エト・ウェルバ・ウルネラント。『沈黙の風』!!」

 その隙に気づいたキグナスが素早く魔法を唱える。……ナイスだ。魔法使い相手に『沈黙の風』は、成功すれば絶大な効果になる。

「……!!」

 もごもごと何か口を動かした『一つ目』が、ただでさえでかいその目をまん丸にした。

「やった」

 キグナスの小さな呟きが聞こえる。魔法を封じるのに成功したらしい。

「さっさと片付けようッ」

 何が起きたのかわからないのは気持ちが悪いが、火達磨になってないのは喜ぶべき事態ではあるし怪我も治してもらった。

 剣を握り跳ね起きる。今度こそ、と地を蹴って『一つ目』目掛けて剣を振り下ろす俺に、おろおろと目を瞬いてひたすら口をぱくぱくさせた。

「……!!!!」

 残念ながら発動されたばかりの『沈黙の風』は解除される気配もなく、むなしく口を開閉したままの『一つ目』の胴部に剣が食い込む重い感触が手の平を伝わる。

「……っと」

 悲鳴を上げることさえ叶わず、半分以上胴部が切断された状態で地面に投げ出された『一つ目』のそばに着地し、よろけた足元を立て直した。

「どうなるかと思った」

 いきなり背中から切り刻まれたもんなぁ……。

 ため息をついているその視界の端で、『一つ目』の死体がさらさらと砂へ還っていく。砂化する種類の魔物だったらしい。結局名前とかは全然わからない。

「グラムドリングのありがたさがわかるなー……」

「まったくだ」

 キグナスに答えて剣を拭う。……っと。そうだった。

「ねえ」

「あ?」

 顰めた顔で『一つ目』の死体の砂山を覗き込んでいたキグナスが顔を上げる。剣を鞘に収め、さっきのことを思い出しながら尋ねてみた。

「さっき、何が起きたの?」

「さっき?……ああ、『火炎弾』」

「そう」

 どう考えても俺には火達磨になるチャンスが、2回あったはずだったんだが。

 ありがたくはあるけど、納得がいかない。

 キグナスも思い出すように眉根を寄せて中空を睨み上げながら、不可解そうに答える。

「くらった、と思った瞬間さ」

「うん」

「……霧散した、ような気がするんだよな」

「……」

 そんな馬鹿な。

「おめぇ、魔法攻撃効かねぇの?」

 バケモノのように言わないでくれ。

「そんなわけないだろ……俺、この前だってさっきだって、背中がずたずたになってる」

 あの痛みと傷と服についた血痕と刻まれた傷跡は、俺の妄想とでも?

「何か特殊能力とか?」

「あるわけないじゃんそんなの」

 普通の高校生に。

「……」

「……」

 答えがわからないので、ついつい顔を見合わせたまま考え込むように沈黙した。

 あるんだろうか、そんなこと。

 くらったと思ったら霧散した?

 何で?

 いろいろ考えてみるが、良くわからない。と、キグナスが『俺は今、超アタマを使ってます』と顔に書いて口を開く。

「特殊な能力じゃないんだったら、何か特殊な道具、とか……」

「特殊な道具?」

「魔法が効かないわけじゃねぇのはわかってんだけど……そうだな、『抗火系攻撃』的な何か……」

「火系攻撃限定で作動するような?」

「うん」

 そんな今更。

 だってこれまでだってケルベロスとかヘルハウンドとか……火系攻撃は受けて……。

(あ、でも……)

 確かに攻撃はされたけど……直接くらったことはないんだ……。

 その前に必ず誰かの防御魔法が効いてたから。

 今回みたいに完全に間に合わなかったことが、なかった。

「でも俺、特殊な道具なんか別に……」

「うーん……」

 答えながら考える。何かあったっけ?何か……。

(……あ)

 目を見開いて、右手を耳元に持って行った。指先に触れる金属プレート。

――……ただ、それに関しては自動発動の防御魔法だと言うことがわかっている

 シェインがくれた、ピアス。

 全く何のお役にも立ってくれなかったんで、完全に意識の中から抹殺していた。自動発動って言ってたから、襲われたら勝手に守ってくれるんだと思ってたけどそんなこと全然なかったし。

 まさか、火系攻撃に限定されてるんだとは考えもしなかった。

 これまでも、まともに火系攻撃をくらうような事態にはならなかったし。――つまり、自動防御するほどの危険な状態だったことは、ない。

「何かわかったのか?」

 俺の表情を読んで、キグナスが尋ねる。

「……これ」

「これ?」

「ピアス。……シャインカルクを出る時に、シェインがくれたんだ」

「そういや前はそんなんしてなかったっけか。何だって?シェイン」

「使い方聞いたら『知らん』ってきっぱり言われた」

 俺の答えに、キグナスががくーっと地面に崩れた。お前の尊敬する師匠の話だぞ。

「……いーかげんな」

「弟子の口からはっきり言っといてくれよ」

「そんなこと言って聞く種類の人間か?」

「う〜ん……」

 まあ、無駄な徒労に過ぎないとは思うけど。

 国の命運賭けるぞつって送り出す人間に、使い方のわからない道具をくれるのもどうかと思う。

 地面に崩れたまま、あぐらをかいて俺を見上げたキグナスが唇を尖らせた。

「それはともかく……んじゃ、そいつが1番臭いわけだ」

「うん……多分。って言うか、他にない」

 あと持ってるものって言ったら剣と……町の道具屋で買ったようなシロモノと……レガードの服くらい。シェインが防御魔法を付与してくれてるのは確かだけど、ユリア相手じゃあるまいし、そんな凝ったことしてくれるかどうかは甚だ疑問だ。

 って言うかしてくれないだろう。

 大体『火系攻撃限定』ってのも意味がわからないし。

「んじゃあ……」

 疲れたので、ついつい一緒になってキグナスの向かいにしゃがみこみながら、あの時シェインは何て言ってただろうか、と思い出してみた。

「カズキって、ヘルハウンドの時とかでも『水膜』かけなくて平気だったのかな」

「かもね……」

 あの時……何て言ってた?


――どうやら、対となるアイテムがあるらしい

――それが何だかは、まだわかっていない


(対となるアイテム……?)

 言ってた、よな。そんなこと。確か……。

「今度試してみる?」

「……それで失敗して死んだらどうすんの?」

「知らねえ」

 おい。

「お試しサイズとかないの、『火炎弾』」

「……何だよ、お試しサイズって」

 ねぇよそんなん、と言いながらキグナスが立ち上がる。ので、しょーがない。俺も立ち上がる。

「行くかぁ……」

「今度シェインに会ったらお礼言っておこ」

 役に立たないもんをくれたと思ったけど、確かに助かったから。

 ……どこかに、このピアスと対になるアイテムが、眠っているんだろうか。











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