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QUEST  作者: 市尾弘那
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第2部第2章第2話 忍び寄る排撃

「先がわからなくなって来たな」

 ガルシアの家で夕食を終えた俺たちは、そのままお茶を片手にテーブルを囲んでいた。シサーが手にしているのは、先ほどの号外だ。

 その記事からわかることは、さっきの話以上には大してあるわけでもなかった。ギャヴァン沖に停留していたモナが上陸、一方で海上を進んでいたヴァルス海軍を追ってモナの船団が北上したこと、ギャヴァンは市民の抵抗と要塞から派遣された軍の活躍により奪回が完了したこと、海上では両軍が衝突をしたものの、何が起こったのか生存者がいないこと。

 俺の元いた世界ほど情報技術の進んでいないこっちでは、写真なんかもあるわけじゃないし、具体的にどういう戦闘が行われたのか、どんな作戦がとられたのかなどは何ひとつわからない。パソコンやメールがあるわけでもないし。

「わからなくなって来たって?」

「モナの打撃のでかさだな。どのくらいの戦死者が出てるのかはわからねぇが、ヴァルスと違って莫大な兵力を抱えてたわけじゃねえ。ギャヴァン戦と海戦で失った兵力を考えれば、しばらく再興は出来ねえだろうな。これで、ロドリスについたと思ったモナは、ヴァルスの占領下だ」

 じゃあモナは早くも離脱、と考えて良いんだろうか。

「他にも何か、ある?」

 尋ねてみるとシサーは、裏っ返したりしながら記事を追って口を開いた。

「ツェンカーの代表者決定……ナタリアとロンバルトに挙兵の動き」

「……」

 そう言われても良く実感が湧かないけど、大きな動きなんだろうと言うことはわかる。ナタリアとロンバルト……じゃあ、ロドリスももう動くんだろう。気になるのは、他の国がヴァルスとロドリスに対してどう動くのか、だよな。

 ……ツェンカーはあんまり関係ないのかな。帝国外の国だったと思うし。

「動き出したな」

 ガルシアがぼそりと言った。ニーナがため息で答える。

 しばらく紙面に目を落としていたシサーは、やがてばさっと号外を折り畳んだ。テーブルに放り出す。

「さてと。こっちの話をするか」

 シサーの言葉を受けて、ガルシアが地図を引っ張りだした。この周辺の地図で、ファリマ・ドビトークから教皇領エルファーラまで載っている。

「山に入れる道は、ここと……ここ。この、2箇所だ」

 ガルシアが指で地図上をたどる。全員でその図を覗き込んで場所を確認した。

「今いるのが……ここでしょ……で、この道か。ここからここまでは、道は?」

「こっちはこの町から猟に入る人間が使うからな。道は細いが、ある。こっちはちと遠い。回り道になるし、視界も厳しい。山道に入るまでも険しいから、まあ使うならこっちだろうな」

 俺の問いに丁寧に答えて、ガルシアは更に指で山を辿った。

「こっちから入るとして、確かこんな感じで道を辿ってくと、この辺に猟師が休憩に使う小屋があるはずだ。そこでなら、休憩も出来ると思う」

 ガルシアが示した場所は、地図上では入り口とさして離れてはいないところだった。2合目、とか言うんだっけ?

「ただ、道は細いし分かれ道も少なくない。山に慣れた猟師なら迷うことはないが、慣れてなけりゃ間違えるかもしれんぞ」

 嫌だな。

「目印みてぇのは、ねぇのか」

 ガルシアが腕組みをしてシサーに顔を向けた。

「ないな。頼りにするとすれば、道幅くらいか」

 そんなアバウトなものを頼りにするのはどうだろう。

「こっちからの道ってのも、その猟師小屋に続いてんのか」

「続いてる。……はずだ。ただ、正確な道筋はわからんな。猟師小屋から少し下ったことはあるが、途中から獣道みたいになってたと思うぞ」

「……危ないな」

「だから言っている。こっちから行け」

「ねえ」

 目の前に置かれたお茶のカップを取り上げながら、ガルシアに声をかける。2人の視線が一気にこっちに向いて、少し居心地が悪い。

「あのさ……『魔の山』とかって言うくらいだから、魔物とか多いんじゃないの」

「多いな」

「猟師とか、入るんだ?」

 素朴な疑問なんだが。

 猟師ってくらいだから、多少の魔物だったら戦えるのかもしれないけど。

 そんなふうに思いながら返答を待っていると、ガルシアもカップに手を伸ばしながら頷いた。

「元々、3合目くらいまではほとんど魔物が出ることはなかった」

「あ、そうなんだ」

「上に行けば行くほど、魔物は増えるがな。ただここ数年で魔物の量が一挙に増えた。おかげで最近では1合目程度までしか入れなくなっている」

「じゃあ、猟師小屋に行く途中でも……」

「出るだろう。地元の猟師は、今は猟師小屋にも足を運んでいない。山裾付近で猟をするのがせいぜいだ」

 そうなのか……そうだよな。アンリは「今は人も住んでない」って言ってたから、前は……その猟師小屋が活用されていたような頃は、人も住んでいたんだろうし、魔物も少なかったんだろう。

 そして今は人が住んでいなくて、魔物も増えた……。

 ……何で、なんだろう。

「じゃあ本番はそっから先ってわけか。……わかった。とりあえず猟師小屋を目指そう。明日はそこで夜明かしして……」

「そこから先は、休みなしね」

 シサーの向かいでじっと話を聞いていたニーナが、ため息をついた。

「ガルシア」

 身を少し乗り出して地図を覗き込みながら、尋ねてみる。

「昔、人が住んでた?」

「どこに?」

「ファリマ・ドビトークの、どっか」

 ガルシアが小さく頷く。ごつい顔が、ちょっと強張ったように見えた。

「村が、あったな」

「村?」

「ああ。ヴァインと言う、小さな村だ。犯罪を犯したり、村から弾き出されたり、ともかく何らかの理由で普通の町や村にいられなくなったような人間が集って、住んでいたようだ」

 はみ出し者の村ってわけか……。

「当時は俺もここに住んでいたわけじゃないから知らないが、『魔の山』と言われていたのは伝説の領域だったらしい。具体的に何があったから人々が近づかなかったわけではなく、単に『強大な魔物の通り道』がファリマ・ドビトークにあるという伝説があったようだ」

「ふうん?じゃあ、別に魔物がたくさんいたとかそういうわけでは……」

「なかったらしい。そうして人々が忌避するからこそ、人に交わって暮らせなくなった人間が村を築いたんだろう。国にも見離されたような、そんな村をな」

「そうか……ヴァインか」

 そこまで聞いて、ガルシアの隣でシサーが目を見張った。ニーナも隣ではっとしたような顔をしている。

「そうだわ……そこよ」

「え?何が?」

「リデルの村で話が出たろう。村一面が血の海になって全滅に追い込まれた村がある、と」

 ああ……。

「それが、ヴァイン?」

 今までずっと黙りこくって話をただただ聞いていたキグナスが、オレンジ色の目を瞬いた。シサーの目がそちらを向く。

「ああ」

「ファリマ・ドビトークに唯一あった村ね……」

「あそこが本物の『魔の山』に姿を変え始めたのは、その少し前だと言う」

 ガルシアが補足する。

「少し前?」

 後じゃなく?

「地元の猟師の話だが。『最近魔物が多い』と言う話を聞くようになり、猟師たちがだんだん足を踏み入れることが出来なくなってから、しばらくしてヴァインが全滅したと言う話が舞い込んできたそうだ。元々の伝承と相まって、いよいよ本格的に『魔の山』として恐れられるようになった」

 じゃあ、人が住んでいる間からファリマ・ドビトークは姿を変え始めたと言うことになるんだろうか。

「とりあえず、こっちのルートを辿って、明日は猟師小屋を目指すってことでいいな」

 言ってシサーは、俺たちを見回した。この中の誰も訪れたことのない『魔の山』。

「うん」

 何があるか、わからない。

 頷きながら俺は、ルートを頭に叩き込むように地図へ視線を落とした。


          ◆ ◇ ◆


―― 一面の血の海。

 累々と続く死者の列が、暗く澱んだ暗雲の中を進んでいく。

 赤い、毒素を含んだような霧が空気中を漂う。

 死者の列から、不意に誰かが離れた。こちらへ向かって迷いない足取りで歩いてくる。こちら――俺の、方へ。

「気にすんなよ」

 死者は言った。見知らぬ男だ。

「しょうがないだろ、だって」

 仕方ない……そう、仕方ない。だってこうしている間にユリアがバルザックに連れ去られてしまう。――俺の前を、塞がないでくれ。

 ユリアが……。

「な?だから仕方ねーんだよ……だから俺も……」

 男の声が、不意に変わった。合わせるように、顔が歪んで崩れていく。歪んで……あの、男の顔に変わった。気づけばそこは、細かな砂を風が舞い上げる砂漠だった。『風の砂漠』だ。

 男がゆらりゆらりとこちらに近づいてくる。首には、真一文字にかき切ったような赤い筋がついていた。そこからまだ真新しい血が溢れ出す。いつの間にか握っていた剣を持つ手が震えた。

「俺だって気にしちゃいないさ。ただ……」

「来るな……」

 尚も熱に浮かされたように続けながら近づいてくる男に、俺は自動的に剣を構えていた。

 膝が震える。手が汗で滑る。

「ただ……」

 血飛沫。

 噴き上がる鮮血に、視界が赤く染まる。纏わりつく血の臭い。咄嗟に目を瞑った俺の耳に、男の声が追い打ちをかけるように響いた。

「俺の生命を奪ったのはお前なんだと言うことを、覚えておくんだな」


(――!!)

 目を、開ける。視界に飛び込んできた木製の天井は、寝る前に見たものとまったく同じものだった。荒く息をついていた俺は、ふうっと深いため息を吐き出して一度目を閉じた。

 全身が、汗でぐっしょりだ。

 ……嫌な夢を見たらしい。夢の内容までは覚えていないが、鼓動はまだ早く体が小刻みに震えている。

 気を落ち着けようともう一度深呼吸をして目を開けた俺は、不意に隣のベッドに腰掛けている人影があることに気がついた。

「キグナス……?」

 どうしたんだ?

 こちらも体を起こしながら尋ねると、俺が起きたことに今気がついたらしいキグナスが顔を向けた。

「ああ……起きたのか」

「うん?どうしたの?」

 完全にベッドの上に上半身を起こして尋ねると、キグナスは薄暗がりでもわかるほどはっきりと顔を強ばらせて答えた。

「外から、物音がする……」

「物音?」

 言われて耳を澄ませると、確かに何か不穏な音が聞こえた。……甲冑の音!?

 ベッドから跳ね起きて、窓に近づく。カーテンの隙間からそっと覗くと、家の前に兵士の姿が見えた。それも複数だ。

「……何だ?」

 やっぱ指名手配?

 『青の魔術師』の――ロドリスの追撃の手が及んでいることに息を飲んだところで、ドアが控えめにノックされた。続いてシサーの声。

「起きてるか」

「あ、うん」

「明かりはつけるなよ」

 ドアが開く。フル装備に身を固めたシサーとニーナ、そしてガルシアがそこに立っていた。

「あれは?」

「気づいたか。……やっぱり、探してるらしいな」

 何でここにいるとバレたんだろう。

 ここに来るまでに言葉を交わした人たちの顔が、浮かんで消えた。

「カズキ、裏から逃げろ。どうせ1番狙われてるのは、お前の首だろう。ガルシアが案内する。キグナス、一緒に行け」

「シサーは?」

「足止めしなきゃ、すぐ追いつかれるだろう」

「でも」

「後で追いかけるよ、心配すんな。……ニーナ」

 俺に言って、そのままニーナを振り返る。

「カズキたちについて……」

「嫌よ」

 ニーナが遮る勢いで答えた。シサーが驚いた視線を向けるが、ニーナは一歩も引かない態度で見返した。

「ニーナ……」

「もう離れるのは嫌」

「……」

 その言葉に、シサーも返す言葉が浮かばなかったようだ。……風の砂漠の時のことを言っているんだろう。

「シサー、大丈夫だよ」

 見かねて口を挟む。

「逃げるだけなら、キグナスと2人で何とかなると思う。……そっちの方が戦力は必要なんだし、ニーナはシサーの援護をしてあげて」

「……大丈夫か」

「大丈夫」

 だと良いなあとは思う。

「わかった……」

 半ば折れるような形で、シサーが頷く。

「じゃあ準備を整えてすぐに……」

 言い掛けたところで、建物が揺れた。無理矢理出入り口を壊そうとしているような音が響く。

「ちッ……強引だな」

 それはそうだろう。ノックしたところで入れてくれないことは、先方もわかってるだろうし。

「行く場所はわかってるな」

 剣を抜いて駆け出す寸前のような姿勢で、シサーが確認する。中に戻って衣服を整えながら、それに頷いた。

「わかってる」

「気をつけろよ」

「……そっちこそ」

 その言葉を最後に、シサーの姿が視界から消えた。追うようにニーナも駆け出す。ガルシアが俺たちを急かした。

「早くしろ」

 俺とキグナスが荷物を持って部屋を駆け出たところで、さっきより一層強い振動が襲った。激しい物音が聞こえ、複数の人間の足音が聞こえる。

「こっちだ」

 ガルシアに導かれるままに階段を駆け降り、物音が響くのとは反対側へと駆けた。

「廊下の突き当たりに、倉庫がある。倉庫の本棚をどかせ」

 本棚をどかすッ!?

「蹴倒して良い。その背面に扉がある。裏手に向かって斜面を降りていけ。麦畑に面したあぜ道に出たら、左へ直進しろ」

「うん」

「しばらく進むとファーラの祭壇が見える。それが見えたら道を外れて南東へ向かえ」

「道を外れて?」

 尋ねた俺に、ガルシアは剣を抜きながら頷いた。

「道なりに沿って進むと、町の出入り口に出ちまう。それじゃあ意味がないだろう」

 確かに。

「南東の方角にファリマ・ドビトークが見えるはずだ。しばらく行くと小さな川がある。そこから川沿いに進めば、登山口からそう離れていないところに出るだろう」

 そんな大まかで果たして辿りつけるかは微妙だが、他に言いようがないんだろう。地図を片手に詳細を聞いている場面でもないし、あとは自力で何とかするしかない。

「わかった。……ガルシアは、大丈夫?」

 走りかけた足を止めて問う。ガルシアはぴくりとも顔を動かさずに、淡々と答えた。

「これでも傭兵だからな」

「……ありがとう」

 礼を言って、今度こそ本当に駆け出す。言われた通り倉庫となっている部屋に飛び込み、目についた最奥の本棚をキグナスと蹴り倒すと、盛大に本が飛び散り、本棚が地響きを上げて床に倒れ込んだ。

「けほッけほッ」

 上がった埃に、キグナスがむせこむ。俺も腕で顔を覆って舞い上がる埃を避けながら、奥の壁に目をこらした。

 扉、かどうかわからない。取っ手がないからだ。ただ、良く見れば切り込みがある。忍者屋敷のからくりみたいになってるんだろうか。

 切り込みの最端にあたる壁に手を掛けると、そこから10センチくらいを軸に、長い方の面がばこんと持ち上がった。続く先は、外だ。

「行こう」

 ばたばたと足音が耳につく。何が起きているのか、時折激しい戦闘音が聞こえてきた。

 俺もキグナスも外に出てしまうと、その背後でばたんとからくり扉が閉まる。試しに押してみると、扉はもう開かなかった。外からは、入れないらしい。

「あれだけの人数相手に、平気かな」

 ぼそっとキグナスが呟く。

「……大丈夫だよ」

 そう思うしかない。

「裏も探せッ」

 表の方から怒声が聞こえた。思わずキグナスと顔を見合わせる。のんびりしているわけにはいかないらしい。

「ここでごちゃごちゃ言ってても仕方ない」

「うん」

「行こう」

 キグナスを促して低い垣根を乗り越え、裏の草むらへと飛び込む。近づく甲冑と複数の人の気配が、木々の葉擦れにかき消された。

 『ホンモノ』がいない今、俺自身の命もさることながら、下手すれば俺の首にヴァルスの命運がかかっている。

 ……ロドリスの手に落ちてやるわけには、いかない。











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