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QUEST  作者: 市尾弘那
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第2部第2章第1話 つかのまの安息(2)

 くしゃくしゃと髪をかきまぜながらベッドの淵に座ると、キグナスと向かい合うような形になった。

「どーしよっか」

 まだ夕方。寝るには早い。

「どっかその辺、歩いて来るかあ?」

 くりくりとオレンジの瞳を瞬かせるキグナスを見ながら、頷く。

「そうだね」

 せっかく来たし。もう来られるかわかんないし。

 息抜きにはなるだろう。

「シサーたち、どーすんのかな」

「声かけてみよーか。一応」

 見物する理由はないだろうけど、買い物くらいはするかもしれないし。

 部屋を出て隣の部屋の扉をノックすると、中で人が動く気配がして、少しの間の後に静かに扉が開けられた。俺と同じくらいの高さのニーナの顔が、そっと覗く。

「あ」

 口を開きかけた俺に向かって、ニーナは立てた人差し指をそっと口元に当てると、物音を立てないように更に扉を開けた。部屋の中を示す。……嘘ぉ。

「……寝ちゃったの?」

 早いだろ。

 ベッドのひとつに、布団にずぼっとくるまった人影が見える。布団の端から長い髪の尻尾だけが、ちょろんと覗いていた。ひそひそ声で尋ねる俺に、ニーナが目を細める。長い耳が、微かに動いた。

「どこか行くの?」

 俺の用件を察して、ニーナもやはり小声で尋ねる。

「うん。暇だからその辺で遊んでこよーかと思って」

 俺の言葉にニーナが吹き出した。

「若者は元気ね」

 ……馬鹿にされとるんだろうか。

「若者ってあのねえ……」

 それからニーナは、ちらりと背中を振り返った。

「わたしは、やめておくわ。シサーはあんなだし……。目が覚めて誰もいなかったら、可哀想だし」

 おかーさんじゃないんだから。ガルシアがいるじゃん。……なんて、野暮なことは言わないが。

「わかった。じゃあ、行ってくるよ」

「そうね……戻ってきたら、食事、お願いしようか」

 ニーナに手を振って俺たちの部屋へ戻り掛けたところで、キグナスの方が部屋を出てきた。

「行く?」

「うん。シサーたちは?」

「やめとくって。……ってゆーか、シサー、いきなり爆睡こいてるし」

 下へ降りる階段へ向かいながら告げると、キグナスがかくんとコケた。

「早ぇだろ」

 同感だ。

 宿の外からは、子供のはしゃぐ声が聞こえてくる。差し込むオレンジ色の夕陽に目を細めながら、さっきのニーナの様子を思い出してみた。

 ……好きなんだろうなぁ、シサーのこと。

 凄く、優しい顔をしていた気がする。本人が起きてる時には、なかなかあんな優しい表情見せないけれど。

 宿を出て、とりあえず大きな通りを目指してみることにした。大きな、と言ったって大した大きさでもないんだけど……敢えて言うなら、東京の下町とかにもこういう商店街ってあるよね的な程度で。とは言えそれよりはずっと、西洋風でお洒落だ。

「何か名産品とかねぇのかな」

 すっかり気分は観光客だ。キグナスが、辿り着いた大通り沿いの店に視線を走らせながら言った。

「うまいものとか?」

「そうそう」

 キグナスは、こっちの世界の人間とは言え基本的に今はシャインカルクでしか生活してないし、その前も学生時代にリトリアにいたくらいであまりあちこちを知っているわけではない。生まれも育ちもレオノーラらしいし。

 そういう意味で、俺とキグナスはレベルが近いものがある。……知識で言えば俺の方が圧倒的に低いのは確かだが。

 住宅街と言う感じの町並みのせいか、ギャヴァンみたいに屋台とか食べ物とかが溢れてる感じではなかった。いや、あそこの場合は食べ物どころか人が店からはみ出てたっけ。レオノーラも結構上品な割には露店みたいのも結構あったけど、ここはもっとこじんまりとしてる。店も、食べ物とかそういうものよりは、生活雑貨や小物、洋服や花なんかで、食料品とかも店先で食べると言うよりは買って帰って家で作るって感じ。

 家庭的な雰囲気って言うのかな……。

「何か買っておいた方が良いものとかってあるかな」

「あー……プリースト、いねぇからな。薬とかそういうの、もうちっと増やした方が良いのかもしんねぇ」

「そう言えば俺、ずっと解毒剤、ひとつだけ持ってるんだよな……」

 ユリアやクラリスがいたから、結局使い道なくて持ってるだけだったけど。

「何で持ってんの。しかも、何でひとつなんだよ」

「ひとつしか売ってなかったから」

 言いながら、ヘイズの道具屋を思い出す。今にも壊れそうな看板。あのおじさん、元気だろうか。もう名前も覚えてないけれど。

 あれから、3ヶ月くらいしか経ってないはずなのに、何だか凄く昔の出来事のような気がした。いろんなことがあり過ぎたせいだろう。

 あの時は、目先のことで精一杯で、まさかヴァルスを出てこんなとこまで来るとは思ってなかったな。『王家の塔』ってトコ行って、それで終わりなんだと思ってた。

「カズキ?」

 ぼーっとそんなふうに思っている俺を、不審そうにキグナスが見上げる。

「いや……いろんなことがあったんだなあと思って」

「……いきなり何だよ。解毒剤からどうしてそこまで話が飛べる?」

「俺の頭の中で、いろんな展開があったから。今」

 たった数ヶ月でいろんな人に会ったものだ。

「あ、あれ、道具屋かな」

「勝手に買っちゃって良いと思う?」

「良いんじゃねぇ?」

 道具屋らしき店に入ってみると、中はすっきりと片付いて綺麗な感じだった。カウンターの内側で、俺たちとさほど年の変わらなさそうな女の子が店番をしている。

「いらっしゃいませー」

「えーと、薬とかって、ありますか」

 こういう時、キグナスはほとんど口を開かないので、対応はほとんど俺になってしまう。

「薬ですか?ございますよー。どういったものをお探しですか」

 どうしよう?

「薬草と毒消し?」

「んー……かなあ。疲労回復みたいなの、あればあった方がいーんじゃねえ?」

 ああ、そうか。この先あんまりゆっくり出来そうなところもないって話だったし、キグナスひとりの魔法に頼りっぱなしってわけにもいかないもんな。さすがにロートスの実だって、もう持ってない。ってかあったって食いたくない、いくらもちが良いったって。

「どのくらい買っとく?」

 魔法に頼りっ放しだったせいで、その辺の感覚がイマイチ育ってないらしい。キグナスももちろん同様で、しょうがない、適当に買うことにする。

「えーと、何か疲労回復と治療薬と毒消しを30個ずつくらい」

 何だか凄いことを言っているような気がしなくもない。

 けれど、4人いるわけだし、そうするとひとり頭10個も行き渡らないわけだから……しつこいけど、先がどうなるかわかんないんだし。

「はーい。ありがとうございますー」

 女の子ががさがさと袋に品物を詰めてくれている間に、他に何か必要なものがないかきょろっと見回す。

「あと、何かいる?」

 携帯食は欲しいか……。

 なぜか、食料品にも関わらず、旅に持って出るような携帯食ってのは、その辺の食品店にはない。道具屋でしか売ってない。旅人があちこち回らなくて済むようにと言う配慮だろうか。

 追加して干し肉だの何だのを買って、キグナスを振り返る。

「こんなとこ?」

「そうだな……あ、馬とか一応聞いてみるか?」

 ……ここにはどう見たって売ってないんじゃないかな。

 沈黙で答えた俺の目線に、キグナスが慌てたような顔をする。

「馬鹿、ここで買おうとはいくら俺だって思ってねえよッ」

 良かった。

「でも、馬って高いんじゃないの」

「金ねえの?」

「あることはあるけど」

 大金過ぎて怖いので、大半はシサーに預けてあるけど。だから実は、シャインカルクから貰ったお金の残高がどのくらいか、良く知らない。でも、いくらお金持ってるったって所詮は他人の金、先も見えないじゃあ節約するに越したことはないと思う。

「……」

「……」

「……」

 感覚としてまだこの世界の金銭感覚が馴染まない俺と、そもそもが貴族で金銭感覚のいかれているキグナスではどうにもならない。

「……通れる道があるかと、売ってるとしたらどこかだけ確認しよ」

 あとはシサーに任せよう。

「お待たせ致しましたあ」

「あの……」

 店番の女の子から包みを受け取って、お金を渡しながら尋ねてみようと口を開き掛けたその時、表が騒がしいことに気づいた。

「……? 何?」

「さあ?」

 良く耳を澄ませてみると、「号外ー!!」と叫んでるようだ。

「号外?」

「何だろう」

 キグナスと顔を見合わせ、馬のことなんか忘れ去って表へ出てみる。町角に人だかりが出来ていて、チラシみたいなのを配っているみたいだ。

「もらってこいよ」

 何で俺?

 仕方なく紙を配っている男から1枚もらい、キグナスのところへ戻りながら視線を落とす。

(――!!)

 ……なんて。

 相変わらず俺には文字が読めないので、全く無意味なただの紙切れだ。

「はい」

「さんきゅー」

 これじゃあ俺はただの使いっ走りじゃないか。

 じとっとキグナスが視線を紙面に落とすのを睨んでから、尋ねる。

「で?何?」

「……」

「キグナス。教えてよ」

「……」

「おーい」

「……っかんねッ」

 何だよ。

「何、わかんないって」

「ロドリス語で書いてある。読めねえ」

「……」

 じゃあどっちにしたって役に立たないじゃないか。

「店の名前とかそういうのなら、結構ヴァルス語も書いてあんだけどな」

 日本語の下に英語が書いてあるようなもんだろうか。

「じゃあ、後でシサーに読んでもらおう」

 帝国継承戦争なんかに巻き込まれそうな……って言うか、巻き込まれている手前、やっぱり世の中の動きは知っておくべきだろうし。号外なんて出ているくらいだから、大きな動きがあったんだろうし。

 そう思いながら、号外の紙切れを折りたたんでポケットにしまいかけた俺の耳に、その紙面に目を落としている人たちの話が飛び込んできた。

「やっぱりな、モナじゃヴァルスに勝てないんだよな」

――え!?

 咄嗟に、キグナスと顔を見合わせる。

「ギャヴァン……!?」

 戦闘が、終わったのか?

「聞いてくる」

 読めないんだから、読んでる人に教えてもらえば早いだろう。

「え、おい」

「すみません」

 今の声の主に声をかけてみる。40代くらいの、気の良さそうなおじさんが2人、号外を覗き込んでいた。

「あ?」

 突然話しかけた俺に、きょとんとした顔を向ける。ヴァルス語を話せる人と話せない人といるみたいだけれど、今、ヴァルス語をしゃべってたということは、会話が成り立つのは間違いない。

「すみません、号外の内容って教えてもらえますか?」

「ああ……ヴァルス人か」

 いえ、日本人です。

「何でもモナがヴァルスに立てついてたみたいなんだけどな、決着がついたらしいって話よ」

「……ギャヴァン、ですか」

「だけじゃないみたいだな」

 もうひとりの男性が、手に持った号外を指で追いながら補足してくれた。……だけじゃない?

「海戦もあったみたいだぜ、これによると」

 海戦!?

「でもそっちは、生存者がいないそうだ」

「え……!?」

「生存者がいないって……」

 俺の後ろで一緒になって話を聞いていたキグナスも、思わず声を上げる。

「いや、海戦には良くある話なんだよ。海の魔物は気性が荒いからな」

 良くある話で片付けて良いもんなのだろうか。

「海戦の方は詳しいことはわかってないみたいだなあ」

「ギャヴァンの方は?」

「カタがついたのは昨日の夜か……」

 昨日の夜……。

 じゃあちょうど、『青の魔術師』と戦闘してる頃だろうか。

 物凄い短期決戦だったんだ。

「勝ったのは、ヴァルスなんですね」

「らしいな。そうじゃなくてもヴァルスは強いのに、モナみたいなちっちぇえとこじゃあなあ……」

 シンは、どうしたんだろう。

 俺と別れてから『3つ目の鍵』のダンジョンを攻略して……ギャヴァンへ戻ったんだろうか。

「でもほら、モナってのはいつだか公王が替わったろう」

「ああ、でもあれは……」

 そのまま、モナについての話に移り始めた彼らに礼を言って、その場を離れる。

「宿に、戻ろうか」

 気がついてみれば、日は大分傾いているみたいだった。すっかり暗くなり始めている。

「……うん」

 無事だと、いいんだけれど。











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