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QUEST  作者: 市尾弘那
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第2部第2章第1話 つかのまの安息(1)

「どうだった?」

「全然駄目ね」

 戻って来たニーナの言葉に、隣に並んだクラリスも小さく頷いた。

「素早い対応で結構なこった」

 苦い表情で、シサーが呟く。俺は少し眉を顰めて、クラリスに尋ねた。

「それって……アンリは大丈夫なのかな。殺されたりはしないの」

 クラリスがため息をつきながら小さく首を横に振った。

「わかりません」

「平気だと思うわよ」

 ニーナが横から口を挟んだ。

「外交官は利用価値があるから、殺されたりはしないと思うわ」

「利用価値?」

 俺の問いに、シサーが代わりに答える。

「偽の情報流させたり、届いた情報を奪ったり出来るだろ。情報操作にはうってつけだからな」

 ああ……なるほど。

「なら、良いけど」

 バルザックの館を後にした俺たちは、とりあえずフォグリア近郊にまで戻ってきた。さすがにいけしゃあしゃあと王都に入り込むことは出来ないだろうな、と言うことで、ロドリス国民であるクラリスと、身軽なニーナがフォグリアへと偵察に行ったのだ。

 俺はさすがにまずいだろうし。

「ただ、既に拘束されているような空気感ではありましたね」

「市街門の警戒なんか、半端ないって感じだったわよ。衛兵がうじゃうじゃいて、見てるだけで暑苦しいったら」

 そんなんで果たして、そもそもロドリス王国から出ることは可能なんだろーか。

「しょーがねえなあ。いったん街で準備を整えたかったけどな」

 ひょいとシサーが肩を竦めてぐしゃぐしゃと髪をかきまぜる。

「ま、しょーがないね」

 シサーの言う通り、実際バルザックはどこに行ったかわかんないし、ファリマ・ドビトークにいる保証なんかどこにもない。ってことはいつまで探索が長引くかわからないわけで、出来れば馬を手に入れるとか食料や薬を補充するとか……したかったんだが。

「じゃあ皆さん……お元気で」

 俺たちから一歩引いた場所に立っていたクラリスが儚く微笑んだ。

「おう。平気か?」

「平気だと思います。フォグリアの知人の元を、とりあえず訪ねますから」

 クラリスとは、ここでお別れになる。何束縛されることなく放浪しているシサーやニーナ、修行中で師匠の許可があるキグナス、そして最初からどこぞの馬のホネである俺と違い、クラリスには護るべき神殿がある。先の読めてる屋敷へ行くくらいならともかく、アテのわからない旅にまで連れて行くわけにはいかない。

「けど……グレンフォードに俺たちと一緒にいたことを知られてるし……素性も知られてるだろ?大丈夫なのかな」

 いきなり兵士引き連れてクラリスを捕まえに行ったりとか、ないのかな……。

 心配して言うと、キグナスが俺を振り仰いだ。

「んでもさ、おまえの予想が合ってりゃ、あいつ、神殿には入れねぇんじゃねぇの」

「ああ……」

 俺の予想が合ってれば、ね……。

 キグナスが言っているのは、グレンフォードの戦闘後に俺が立てたあいつの正体の推測のことだ。シサーと話していて脳裏に走ったふたつの言葉。

――キメラに襲われて全滅……

――神殿にいらっしゃったことがあるわけではないのですけど……

 人間であり人間でない彼ら。

 人ではありえない肉体能力。

 ……人間と魔物のかけあわせなんじゃないか、と言う……。

 そんなことが可能かどうかは、俺は知らない。けれど『キメラ』と言う生き物が存在するのならば、ありえない話でもないんだろーか程度の推測だ。シサーいわく、『ネクロマンサー』とか言う種類の魔術師が存在すればありえるかもと言うことだったけれど、ローレシアでネクロマンサーの存在も人と魔物の掛け合わせも聞いたことがないと言うことだった。

 ので。

 微妙っちゃあ微妙だと思うんだが。

 ただ、あの時シサーが引っかかったのが『言語』だ。彼女たちが時折口にした言葉は、トートコーストの言葉だったと言う。とすればグレンフォードもトートコーストから来たのかもしれないし、他大陸の話であれば『ネクロマンサー』とやらが存在しないとは言い切れないからわからない、とのことだった。

 いくらシサーだって、数度しか訪れたことのない他大陸のことまでは詳しくわからない。

 誰か、そこ出身とか何か詳しい人に話が聞ければわかることがあるかもしれないけれど……。

 ともかく、グレンフォードが半魔物なのであれば、神殿に住むクラリスに手出しは出来ないんじゃないかと……そういう話だ。

「でも、何もグレンフォードがじきじきに来る必要はないわけじゃん。別にハーディンだって、人手不足だとかみんながみんな魔物だとかってわけじゃないんだろ」

「……みんな魔物って、どんだけ人手不足なんだよ」

 人手不足で魔物が人間の王城に勤務するのはどうかと思う……そういう話じゃない。

「大体、俺の予想が正しいとは限らない……って言うか、確かな根拠はどこにもないし」

 ほとんどでたらめの領域だ。

「あら、そうとも言えないわよ」

 ニーナが腕を組んで小首を傾げる。

「そうかな」

「だって、あの化け物と何らかの繋がりがあるのは確かだと思うし、『お兄ちゃん』って言葉は同類を指してるんだとはわたしも思うわよ。あの化け物と同類なら人間とは言えない――どういう形であれ、魔物に属する何かだとは思うわね」

 まあ、掛け合わせかどーかは置いといて、それは言えるか……。

「大丈夫ですよ」

 クラリスを心配してやいやい言っている俺たちに、クラリスが微笑みながら口を開いた。

「神殿に入れるかどうかはわかりませんが、あの人、そういう行動をする人にも思えませんし」

「確かにそういうまともな行動をしそうには見えないよね……」

 ぼさぼさの頭とへらへらした顔を思い出しながら言うと、クラリスの笑顔がひきつった。

 それは、そうなんだけど……。

 同時に、あの豹変ぶりを思い出す。

 ……必要とあらば手段を選ばない冷酷無比さが、そして笑顔の裏に冷徹な計算が……潜んでいるような気がして。

 そんな俺の疑念を察したのか、クラリスが俺に向かって言った。

「カズキ、大丈夫です。わたしは、これでもロドリスの国民……タフタルの町の神殿をいただく程度には、教皇庁の信頼もいただいています。何かあれば、手を貸して下さる方も、いるでしょう」

「うん……」

 なら、いーんだが。

「それに、危険と言う話であればカズキたちの方が危険なのですよ。わたしには、祈りを捧げることしか出来ませんけれど……」

 そう言って長いまつげを悲しげに伏せる。

「クラリスの言う通りだな。行くか」

「うん……そうだね」

 確かにここでいつまでも心配してたって、ずっとクラリスについてるわけにはいかないし、兵士に見つかる危険性が上がるだけだ。

「じゃ、行きましょ。クラリス、また寄るわね」

「ニーナ、気をつけて」

 見送るクラリスに別れを告げて、ファリマ・ドビトークへ向けて歩き出す。こうもたらい回しだと、返す返すも馬に逃げられたのが痛い。

「でも、山だしな……」

 ファリマ・ドビトークの姿はここからも見えるが、見える限り結構険しそうだ。馬だとキツかったりするんだろうか。

「あ?何が?」

「いや、馬があったら便利なのかなとか思ったんだけどさ」

「ああ……山越えか」

「そう」

 道によっては行けたりもするんだろうけど。国境越えみたいなのとか。

 でも、キサド山脈なんかは馬が通れる道じゃなかったしな。

 言ってみると、キグナスはぽりぽりと顎をかきながら空を仰いだ。

「キサド山脈だって、通る道筋に寄ると思うぜ。緩やかな回り道使えば、時間はかかるだろうけど行けるだろうし。事実、キャラバンや行商人なんかは馬だの何だの使うわけだから」

「ああ。そうか」

「ただ、ファリマ・ドビトークはどうだろなー」

 言って、まだ遠くそびえる山を見遣る。つられて俺もそちらに目を向けた。

「人が、住んでないんだっけ」

「って言ってなかったか」

「うん……そうだね」

 確かに人が住んでいなければキャラバンなどが行くわけもないし、だとすればいずれにしても馬なんか通りようがないのかもしれない。

「シサー」

 前を歩くシサーに声をかける。天気の良いからりと晴れた朝、魔物なんかも出ないだろうし、全てを忘れてのんびりしてしまいそうな雰囲気。

「ん?」

 心持ち顔を傾けた横顔を見上げる。

「そのさ、ファリマ・ドビトークってトコに行ったことは?」

「ないな。行く用がない」

「ふうん……」

 じゃあ、本当に未踏なんだな……。

 そう思えば、かえって不思議だった。バルザックが出没してるんだとしたら、何が目的なんだろう。普通の人には行きたいと思えないとしても、バルザックにとっちゃ魅力的な何かがあると言うことなんだろうけれど、それが俺たちにとって望ましいものとはやっぱり考えにくい。

(『魔の山』……)

 確かにバルザックが好きそうなフレーズかもしれないけどさ……。

 頭上を飛び回る鳥のさえずりを聞きながらそんなふうに思っていると、ニーナが俺を振り返った。

「ファリマ・ドビトークに行ったことはないけど、この辺なら何度かあるわよ。山に向かう途中に町があるの。今日はそこへ向かいましょ」

「元傭兵仲間がいるんだ。そこに泊めてもらおう」

「あ、うん」

 ……平気かな。俺たちって『お尋ねモノ』って奴になっちゃってんじゃないだろーか。何てったって宮廷魔術師と戦闘しちゃってんだから。

 俺はあんまりこっちの王城内部のことだとか身分だとか政治だとかってのは未だにわかっているわけじゃないんだけど、でも宮廷魔術師ってのがその役職名からして凄いご大層な身分なんだろうってことくらいはわかるし、例えばシェインが何者かと戦闘して血だらけになって帰ってきたら……多分やっぱりそれはまずいだろうとは、思うし。

 それが仮想敵とも言える敵国の王城関係者だったら、是か非でも捕らえたくなるんじゃないかな……なんないんだろーか。

 荷車を押す、農民の姿が見える。何だかちょっと恰幅の良さそうなおばちゃんが3人、大きな笑い声を立てていた。そんなのを眺めていると、そんな切迫した空気なんか何だか忘れてしまって眠くなったりする。

「ちょっと話でも聞いておいた方がいーか……」

「そーね」

「おーい」

 ニーナの返事を受けて、シサーが呼びかける。笑い声がやんで、一斉に視線がこちらに集まった。そちらへ向かって移動する。

「おはようさん。何だい」

 おばちゃんのひとりが、荷車に寄りかかりながら首を傾げて、シサーを見上げる。

「王都が騒がしいみてーだから、何かあったのかと思って」

 しれーっとシサーが言うと、おばちゃんたちは顔を見合わせた。

「あんたたちは?」

「俺らはただの冒険者だよ。ヴァルスに戻る前に王都で一休み……と思ってたんだけどな。なーんか嫌な空気だって聞いたんでな。巻き込まれても面倒臭ぇし」

「あたしらにも、良くわかんないんだよ、まだ」

 気楽な口調のシサーに、おばちゃんも気楽な口調で応じる。うんうんと相槌を打つ他の2人を見回して、シサーに視線を戻した。

「ヴァルスじゃあ、モナと戦端が開いたって言うじゃねぇか。だからこいつはひょっとすると、と思ったんだが、そういうわけじゃねえのかなあ」

「どうかねえ。でも戦争が始まるらしいって噂は、あるのよねえ」

「確かに衛兵はやたらとうろうろしてるしねえ。鬱陶しいったら……」

「そうそう。門を出るのに呼び止められたりしちゃあ、たまんないってのよねえ」

 ……やっぱり、俺たちってお尋ね者?

 それとも、ヴァルスとの開戦を控えたがゆえの警戒に過ぎないんだろうか。おばちゃんたちの話からは、そこまではわからない。

「ふうん?てえと、戦争ってわけじゃなくて誰か捜してるってことかな」

 あくまで何も知らないように、シサーがさりげなく続けた。

「どうかね。あたしら街人には、何の話もおりちゃいないよ」

「王都に近づくのはやめとくかな、こりゃ」

 軽く肩を竦めて、話を打ち切る。礼を言ってその場を離れると、シサーがぼそりと言った。

「何とかなりそうだな」

「え?」

「フォグリアでさえ街人が俺らのことを知らされてねぇんじゃ、他の町は一層だ。少なくとも『青の魔術師』は、表立って俺らを追うつもりじゃねぇだろう」

「でも衛兵は?」

「ロナードの町……ファリマ・ドビトークに行く途中にある町だが、あそこは防護壁はない。……衛兵は、いねーんだ」

「なんだ」

 良かった。

 それなら何とか今夜の宿は確保出来そうだ。

「どのくらい?」

「夕方にはつけるだろう。……そっから先は、ゆっくり休める場所はねぇと思った方がいーだろうなー」

 自分で言っておいて、シサーは嫌な顔をした。

「今夜くらいは、ゆっくりしたいもんだな」

 ところが、そうは問屋が卸さなかった。


          ◆ ◇ ◆


 ロナードの町には、シサーの言う通り夕刻には到着した。確かに防護壁はなく、防護壁がないと言うことは、そこに詰める衛兵の姿もなさそうだ。

 これまでに立ち寄ったどの町ともまた違う、いわゆる『町』と言う感じの雰囲気だった。近いのは……ヘイズ、かな。もろ住宅街と言う感じ。ただ、ヘイズと違うのは、町並みがお洒落なことだ。ディズニーランドの一角にでもありそうな、おもちゃのような雰囲気。

 『魔の山』に行く途中の町だから勝手にどろどろした陰惨な雰囲気をイメージしていたもので、ちょっと意表をつかれた。……いや、良いんだけど。むしろ明るくて。

 町について早々に、シサーの元傭兵仲間だと言うガルシアを訪ねる。町の本当の外れにその家はあった。家の裏手はすぐ、木々の生い茂った結構険しい斜面になっている。

 ガルシアは『傭兵』と言うイメージがしっくり来る感じの、筋骨隆々としていて体中に古傷のあるおじさんだった。どっか寡黙な感じで、どっしりと存在感だけはやたらとある。

 シサーやニーナと再会を喜び合った後、ガルシアは2階にある客室へ案内してくれた。部屋割りはフォグリアの時と同じでシサーとニーナ、俺とキグナスだ。……他に割りようがない。

「足りないものがあったら、遠慮なく言え。明日まではゆっくりすると良い。食事はいつ頃にする」

「……ガルシアが作ってくれるの?」

 思わず尋ねてみると、ガルシアはにこりとも笑わずに頷いた。

「俺の手料理だ」

 ……。

「……ありがとう」

 夕食はガルシアに合わせることにして、とりあえず明日の朝まではゆっくりしようと言うことになった。シサーたちと別れて、キグナスと割り当てられた部屋に入る。荷物を放り出してベッドに転がると、何だかようやく解放されたような気持ちになった。キグナスも空いている片方にダイブする。

「髪切ろうかなあ」

「……何だよ唐突に」

「別に」

 だってこんなのんびりした……って言うか『普通』な空気感は久々だ。ユリアがいなくなってからは、街とかいても当たり前にそんなのんびりした気分になるわけもなかったし。その前はその前でひたすら砂漠、ひいてはダンジョンだったりとか。

 何だか、最初にギルザードを訪れた時まで遡るかもしれない、下手をすると。

「俺が切ってやろーか」

 にやーっと感じの悪い笑いを浮かべて、むくっとベッドから身を起こす。思わず凄く嫌な顔で、その笑顔を見返した。

「……どうやって」

「『風の刃』ですぱぱぱーんと」

 あほ言え。

「髪じゃなくて頭の長さが変わる」

 むしろ、なくなったらどーしてくれるんだ。

 けらけら笑うキグナスに手近な枕を投げつけながら、体を起こした。思い切り伸びをしてあくびをする。

「だらしねぇ顔」

「あくびしてて尚緊張感ある顔してる奴なんていないよ」

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