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QUEST  作者: 市尾弘那
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第2部第1章第18話 ギャヴァン市街戦《後編3》(2)

          ◆ ◇ ◆


 街の南、港付近まで撤退を余儀なくされたモナ軍の被害は甚大なものだった。2万2千の兵は、市民軍との初戦、軍舎の攻防そして傭兵部隊との相次ぐ戦闘で1万8千にまで減少している。

 あと少しで、ジフリザーグを仕留められるところだったインプレスの悔しさは尋常ではない。

 奴を押さえておけば、多分全てを把握している人間がいなくなるだろうに。

「行軍中のヴァルス本陣はどうしてる!?」

 いらいらしたように怒声を上げる総司令官に、将官が慌てて報告をした。

「は。この速度では恐らく数時間後には到着するかと……」

「軍舎付近の様子は」

「ヴァルス軍が布陣しています」

「侵入しているヴァルス軍の総勢力はどのくらいだ」

「それが……」

 将官が口ごもる。

 軍舎近辺に布陣しているヴァルス軍は、恐らく5千が関の山だろう。だが軍舎内部にいる総力はわかったものではない。大体彼らがどこから湧いて出たのかわからないのだ。と言うことは、目に見える彼らが全てではないかもしれない。

 曖昧な事実が、将官を不安に陥れ、口を重くさせていた。

「くそ……」

 このまま引き下がるわけにはいかない。これまでを思い返しながら挽回策を思案するインプレスの脳裏に、案が閃いた。

「……地下水路だ」

 市民軍捜索においては芳しい成果が得られなかった、街中を走るもうひとつの道。

「は?」

「軍舎とて、水は必要だな?」

「はい……」

「地下水路から、必ず軍舎へ侵入出来る道筋がある。調べよ。同時に兵の編成だ。数は……5千で良い。道筋がわかり次第、投入だ。残った兵は全て、表から総攻撃を仕掛けさせろ。侵入の動きを悟らせるな。攻城器はどうなってる」

「新たに作成させてます」

「出来た奴から並び立てていけ」

「はい」

 インプレスの指示に従い、急遽300人がルート確認のために派遣された。一方で精鋭が選び抜かれ、工兵と混成された地下水路を辿っての軍舎攻略部隊が編成される。残った兵士たちも編成がし直され、ヴァルス軍に仕掛ける総攻撃に備えられた。

 夜明けは、遠くない。

「司令官殿!!」

 待ちわびた報告がもたらされたのは、傭兵軍への敗退から4時間が経過した頃だった。

「軍舎へのルートが確認されました!!」

「よし。全軍号令だ。総攻撃を開始するぞ」

 インプレスの命令に、伝令が飛ぶ。

「各班号令!!」

 モナの行動は迅速だった。この戦闘の勝敗如何で、ギャヴァン侵攻の結果が出ると言っても過言ではない。本陣到着前に軍舎陥落が果たせれば、従来の予定に従って籠城戦に持ち込むことが可能になる。

「襲撃だあーッ」

 短期戦に持ち込まなければ、もうモナ兵が持たないだろう。早くことを終わらせて兵に休養を取らせなければ、籠城に持ち込んだ後に精神的に参ってしまう可能性すらある。僅かでも良い。ヴァルス本陣到着前に、時間がほしい。

 既に精神的に切羽詰まっていると言っても過言ではないモナ軍は、勇猛だった。ここで負ければ、船上で耐えた日々から全てが無に返る。

 いくらヴァルス軍が強いとは言え、行軍からそのまま乱戦明け、それも正規軍ではなく傭兵部隊とあれば、死に物狂いのモナ兵に苦戦した。ただでさえ兵力差は未だ歴然としているのだ。

「『火炎弾』!!」

 時折、斬撃の合間を縫って、僅かな魔術師兵から魔法が疾ぶのも痛い。通常の兵士は魔法に対し、対抗する術を持たない。

「……ふん。はめられたか」

 戦闘を見守って状況を見極めていたインプレスが、呟く。傍らに控えた将官が、目を瞬いた。

「はめられたとは?」

「当初の予想から、ヴァルスの状況は何ひとつ変わっていないと言うことだ」

「……?」

「要塞から先行部隊がいるとの報は、最初から入っていたろう。……奴らが、そうだろうな。潜伏していたのでも湧いて出たのでも、増して当初の予想より兵が増えたのでもない。予定通りだ」

「では……」

「敵兵力は、報告を受けた通りの5千余りと見て間違いないだろう。それと市民、自警軍。……総力で、兵力差は未だ1万近くあるはずだ」

 にやり、と日に焼けた口元に笑みが刻まれた。

「勝つぞ」

「は、はい!!」

「敵は兵力を温存してなどいない!!」

 グレートソードを振り回し、ヴァルス軍の血煙を周辺にまき散らしながら、インプレスは味方を鼓舞すべく叫んだ。

「ヴァルスの誘導に踊らされるな!!怯むべき理由はどこにもない!!」

 戦場において、インプレスは決して無能な指揮官ではなかった。次々とヴァルス傭兵の命を剣の滴と変えながら戦中を突進するその姿は、敵には恐怖を、味方には勇気を湧き起こした。

「ここにいる兵力がヴァルス軍の全てだ!!我々は勝てる!!」

 侵攻軍司令官の狙いは的確だった。疲労と不安で淀みがちだったモナ軍の暗雲が、目に見えて払拭されていく。

 ややもすると、このまま正面突破で攻城することさえ可能かもしれない。

 グレートソードを伴ったモナの死の旋風は、前進の代償をヴァルス傭兵の命で支払いながら尚も声を張り上げた。

「豊穣は、目の前だ!!」

「残念ながらそれは、ギャヴァン市民が日夜削って築いた実りだ。おめおめと奪われてやるわけにはいかんな」

「何?」

 落ち着きのある低い声が、横合いから投げつけられた。振り返りざまグレートソードを叩き込むが、強い衝撃と共に弾き返される。

「……やるな」

「ありがたく受け取っておこう」

 雑魚ではなさそうか。

 突進をやめて、インプレスは血濡れた刃を一振りした。白刃を染めた鮮血が振り飛ぶ。

 対峙する男は、声と同様落ち着きのある風体の持ち主だった。年の頃は40前後か。剣を握る姿が馴染んでいる。

「ギャヴァン侵攻部隊総指揮官インプレスだ」

 剣を油断なく構えながら名乗ったインプレスに、男は小さく微笑した。

「名乗るほどの者ではないのだがな……」

 言いながら、剣を構える。美しい構えだった。

「ギャヴァン自警軍隊長……ボードレー」

 その言葉に、インプレスは目を見開いた。

「ほう。ではギルドの長とグルを組んでいたのはお前と言うことになるか」

「……」

 ボードレーはそれ以上口を開かない。腰を低く落とし、重心を定める。インプレスも、それ以上言葉を紡ぐのをやめた。

 沈黙が流れる。

「!!」

 先に動いたのはボードレーだった。力強く足を踏み込み、剣を真横に一閃させる。鋭い切り込みだった。風の悲鳴を一瞬耳にしながら、大剣を振って受け止める。ぶつかり合う刃と刃が、儚い火花を散らした。ボードレーの剣を弾き返したその手を返し、胴に狙いを定めて打ち込む。強く踏み出した足の下から土が舞い上がった。

 5合、10合と剣を打ち合わせていくうちに、少しずつ優劣が明らかになっていく。明らかに、足下の土が抉れて行くのは、ボードレーだった。繰り返される応酬に、顔や腕に血が滲む。額の汗が、血と交じり合って振り飛んだ。

「どうした!?」

 次第に防戦に徹していくボードレーに、インプレスは余裕を取り戻していった。このインプレス相手に、ここまで打ち返したのは褒めてやろう。確かに、雑魚ではなかったようだ。だが……。

「見所があると思ったのは、私の買い被りか?」

 所詮自警軍は自警軍か。正規軍とは、格が違う。

 嘲笑と共に放たれた強い切り込みを辛うじて受けながら、ボードレーの足が地を削った。後方へ僅かによろける。

「はッ!!」

 短い気合の声とともに、インプレスの大剣を避けたボードレーの剣が低い位置に繰り出される。腹部を狙った渾身の一撃だった。

 その一瞬、妻の、子の顔が、その脳裏に浮かんで消えた。

「ふんッ」

 嘲笑と共に、切り込んだ刃が盾で弾かれた。その衝撃で、剣が弾け飛ぶ。次の瞬間にはインプレスの右手から鋭い突きが繰り出され、咄嗟に避けたボードレーは完全に態勢を崩した。続けざまに、襲う刃。――もうこれ以上避けきれない。

「貴様の次は、ギルドの長だ!!」

 空気を切り裂く重い唸りと共に叩きつけられる刃を避ける術は、ボードレーにはなかった。

(――!!)

 首筋に感じた熱い衝撃を最期に、ボードレーの意識は永遠に途絶えた。


          ◆ ◇ ◆


 ズゥゥゥンッ。

「……何だ?」

 軍舎から転射設備を使用しての穹での射的と、火矢の人員配置、攻城器による砲弾で受けた破損の補修を指揮して走り回っていたジフリザーグは、足下から感じた低い振動に顔を上げた。そばにいた何人かも同様、顔に緊張を走らせて天井を仰ぐ。

 音は、断続的に続いている。

 被せるように階上からばたばたと足音が聞こえた。現在上のフロアは、怪我人の介護フロアとして使用されている。

「ジフリザーグ!!」

 ことの次第を確かめようとして走り出しかけたジフリザーグは、背後から呼び止める声に足を止めて振り返った。

「メアリ」

「何の音!?」

「まだわかんねー。今確かめてくるから、お前は上で待ってろ。テッド、メアリと一緒に上に行ってくれ」

「わかった」

 そばにいた構成員たちを介護班及び負傷者の護衛に割り当てると、改めて駆け出す。階段を駆け降りる途中で、グローバーと数人の市民兵に遭遇した。

「何の音だ!?」

「まだわからん」

「くそッ……」

 ろくでもないことが起こっていなければ良いが。

 足早に階段を駆け降りる。その背中にグローバーたちが続いた。物音と振動はまだ続いている。

「どこだ!?」

「1階か地下だろう」

 近づくにつれ、振動は激しさを増していく。それに被せるように足音と戦闘音が聞こえてきた。幾人かの叫ぶ声。

(ちッ……)

 嫌な予感は現実のものとなったようだ。内部の人間だけでは、戦闘音など起こるはずもない。

 駆ける足を緩めることなく、剣を抜き放つ。誰かがこちらへ向かって駆ける音が聞こえた。

「ジフ!!」

「どうした!?」

「モナがッ……給水路を辿って……!!」

「くそッ……そのまま上に行って警戒と増援呼び掛けてくれ。数はどのくらいだ?」

「まだわかんねえ!!何とか食い止めようとはしてるんだがッ……」

「わかった。伝令だけ、頼んだ」

 言って再び駆け出すその前方から、人の気配が近づいてきた。市民兵ではありえない甲冑の音。

「賞金首ッ!!」

「しつけぇッ」

 角から飛び出すなり叫ぶモナ兵を一刀する。重ねるように襲いかかった右手の刃を避け、兵士に蹴りを入れた。だがその後方から新たに駆けつける足音に、市街での初戦を彷彿とさせられる。

「ジフ!!」

 それを更に追うように現れた市民兵が、挟まれた形になったモナ兵に切りかかりながら怒鳴った。こちらはこちらで兵を相手取りながら、奥へ向けて怒鳴る。

「ゲートは!?」

「あちこち下ろしてるが追いつかねえッ」

 最重要事項はここを切り抜けることではない。モナ兵が侵入するのを食い止めることだ。

 襲い来る敵兵に剣を振るいながら、頭の中で軍舎の地下を思い描く。

 侵入口は、地下水路だろう。懸念はしていた。護りも強化してあったはずだ。だが、ここに人がいる以上、必要となる水源に対する護りには限度がある。

 その為、軍舎そのものにも水路からの侵入に対する備えとしてゲートが幾つか設けられてはいるが、何分手動で対応するしかない。不要と思われる通路は予め封鎖してあるが、それでも幾つかは残さざるを得ない。

(開いている通路は……)

 考え、その通路のひとつに思い至った時、愕然とした。確か、最上階まで一直線に続く階段へ繋がる通路は開いている……!!

 介護には水の確保が必要な為だ。

「グローバー!!」

 後方から響く増援の叫びを耳にして、ジフリザーグは相手取っていたモナ兵を切り捨てながら怒鳴った。

「ここ、任せて良いか!?」

「おお!!」

 返答を受けて、踵を返した。介護している部屋までは、こちらの方が近い。どれほどのタイムラグがあるかわからないが、間に合うかもしれない。

 剣を振り、血飛沫を払いながら再び階段を駆け上がる。

 モナ兵は、乗員数の関係からか、戦場につきものの娼婦を同行していない。そしてこの街に残された女性陣は、自警軍介護班のみ――見つかれば末路は知れている。

(じゃじゃ馬でも、一応は女だからなッ……)

 取り立てて目を引く美人ではないが、好みによっては可愛く映ることもあるだろう。加えての鼻っ柱の強い武器商の娘は、余計な言動で真っ先に餌食になりかねない。

「ジフ!?何があった!?」

「モナが侵入だ。ケイン、手当たり次第、地下への援護を呼びかけてくれ。シュトレイド、一緒に上に来てくれるか」

 途中で遭遇した市民兵と合流して階段を駆け上がり、最上階まで辿り着いた時、悲鳴が聞こえないことにひとつ安堵した。とりあえずモナ兵に先駆けて辿り着けたらしい。まだ、阻める。

「メアリッ」

 剣を片手に握ったまま、通路を駆け抜けて怒鳴る。介護に当てられた奥に程近い部屋に飛び込むと、苦痛の呻きを縫って視線がこちらに集まった。

「警戒態勢だッ。モナ軍が地下水路より侵入中!!一部はこちらへ向かっている可能性がある!!全員奥へ退避、錠をかけてバリケードをはれ!!」

 介護に当てているこの部屋の更に奥には、ゲートが下りる部屋がある。狭く、環境が余り良くないので、いざと言う時の避難所とするべくここを負傷者たちの部屋に当てておいた。

 途端、負傷者たちが喧騒に包まれる。介護に当たっていた者たちや護衛をしていた者たちが慌しく移動の準備を始めた。それを見て、階下から共に上がってきた市民兵たちを振り返る。

「シュトレイド、ここ、頼んだ。……イース、ボードヴィル!!」

 護衛に当たっていた者たちの中からギルドメンバーの姿を探し、怒鳴る。ジフリザーグの声に応じて、2人がこちらへ駆けた。

「ちょっと一緒に来てくれ。まだゲートを閉められるかもしれない」

「ここはどうしたら良い!?」

 血相を変えて、メアリや他数人の介護班の女性が駆けつける。

「ギルドの奴に、ここの増援も声をかけさせろ。重傷者を可能な限り奥の部屋へ。……何とか、ここに来させないよう努力はするさ」

「ジフリザーグッ」

 踵を返すジフリザーグの言葉に、メアリが切羽詰った瞳を向けた。

「……信じるよ」

 安心させるよう小さく笑いを残し、通路を駆け出したジフリザーグにイースとボードヴィルが従う。

 下へ続く階段に向かって幾らも経たないうちに、硬質の音が近付いてくるのが聞こえた。階段に到着するまでに要した、ジフリザーグとモナ兵のタイムラグが埋まったらしい。間一髪で、負傷者たちの避難に間に合ったと言うわけだ。だがさすがに、ゲートの封鎖までは手が回らなかった。

 何とか、ここまで侵入してきたモナ兵を駆逐せねばならない。

「塞き止めるぞッ」

 剣を構えてモナ兵に切り込みながら、怒鳴る。イース、ボードヴィルも、それぞれ兵を相手取る金属音が聞こえた。人数は先方の方が多いが、階段と言う場所柄、幅はそれほどない。広がることが出来なければ、人数差はそれほどハンデとはならない。但し、ひとり頭の相手取る人数の負担は跳ね上がる。

 階段を駆け上がってくる最初にひとりを蹴り落とし、続けざまに別の兵士に剣を振り翳す。別の角度から襲ってきたモナ兵に、イースの剣が襲い掛かった。1人、2人と傷を受けてバランスを崩すモナ兵が、味方を巻き込んで転がり落ちる。

 左から水平に襲う剣を剣で弾き返し、そのまま腹に蹴りを叩き込んだ瞬間、ジフリザーグの剣が折れた。いとも簡単にバランスを崩した兵士が、またも味方を巻き込んで階段を転がり落ちていくがそれには目もくれず、視界を掠めて弾け飛んでいく切っ先に、折れた下半分を新たなモナ兵の首根に叩きつけてその手から剣を奪い取る。

 ようやく上まで押し寄せてきていた敵兵をひと通り片づけて階段を駆け降りるが、下り階段のその先から、またも甲冑の音と人の声が響いた。新手だ。

 ……こちらに侵入しているモナ兵がどれほどいるかはわからないが、この階段は一本道だ。片付けながら階下まで辿り着ければ、今からでもゲートを封鎖することが出来る。

 封鎖出来れば、こちらからの侵入は警戒しないで済むようになる。

「信じられちゃったからな。食い止めるぞ」

 重なる戦闘に開いた傷から流れ出る血も顧みず、ジフリザーグは階段を駆け降りる勢いを緩めることなく、再び剣を構えた。











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