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QUEST  作者: 市尾弘那
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第2部第1章第18話 ギャヴァン市街戦《後編3》(1)

 ギャヴァンにおける第二戦となったモナ軍と傭兵軍の戦闘において、その兵力差を思えばモナの失態は甚だしかった。

 市民軍の策に翻弄され、闘う前から総崩れ状態だった彼らは、陣形を立て直す余裕もなく傭兵軍によって軍舎周囲からの撤退を余儀なくされたのである。

 傭兵軍の戦い方は、実に巧妙だった。

 相手が混乱状態でこちらの兵力を把握していないと見るや、市街と言う地形を利用して縦横無尽に隊形を変形させ、ヴァルス軍の総力をモナ軍に決して読ませることをしなかったのだ。

 ゲリラ的に出没しては消えていく市民軍、軍舎から出撃して後背を守る自警軍の働きも大きかった。

 ギャヴァンにとって、今回の戦闘における最大の戦功は、何と言っても捕虜の解放と軍舎付近の奪還だろう。現在は軍舎前の広場や通りには傭兵軍が布陣して、モナの干渉を許さない態勢を取っている。

 軍舎の一室で目を開けたジフリザーグは、壁際の椅子で脚と腕を組んだ姿勢で眠っている義弟の姿を見つけた。

 足元さえおぼつかなかったジフリザーグは、軍舎への入城を果たすなり崩れるように意識を失っている。誰かがここまで運んでくれたのだろう。

 体を動かすと節々が痛んだ。だが、モナ兵に斬りつけられた肩傷は手当を受けた跡がある。痛いものは痛いのだが、治癒の魔法を使うような便利な人間はこの軍舎の中に存在しないので仕方がない。

 痛みに顔を顰めながら、体を起こす。ベッドの上に上半身を起こしたところで、じっと目を閉じていたシンが、ふと目を上げた。

「目が覚めたか。相変わらず体力がないな」

 その通りなので、思わず苦笑する。

「時間は」

「……3時を回ったところだな」

 ちらりと時計に目をやって、シンが愛想のない声で答える。では自分は、3時間ほど意識を失っていたことになるだろうか。

「ゲイトとリグナードは、どうした?」

 共に、インプレスの前から姿を眩ましたのは覚えている。リグナードはモナ兵から受けた深い傷で、半意識不明に近い重態だったはずだ。ゲイトがフォローしながら辛うじて、軍舎への帰還が果たせた。

「リグナードは手当を受けて休んでいる。生命に別状はないそうだ。安心しろ」

 安心した。ほっと息をつく。

「ゲイトは元気なもんだ。今も傷を受けた捕虜のフォローを手伝って走り回ってる」

「そっか……」

「お前も黙って寝てろ」

 とても心配しているようには聞こえないが、これでもひどく心配をしてくれていることをジフリザーグは知っている。事実、シンは良く気がつく。細かく他人に気遣いをしている証拠だ。感情表現が人一倍下手なだけで。

「……シン」

 立ち上がったシンは、サイドテーブルに置かれた水差しに手を伸ばした。グラスに水を注ぐと、黙って差し出す。受け取って礼を述べながら、ジフリザーグはシンのシャープな瞳を見上げた。

「お前が俺の代わりに頭、やってみねーか?」

 言葉の代わりに、ダガーが飛んできた。紙一重でジフリザーグの真後ろの壁に突き刺さる。

「……シンくん。俺、死にますけど」

「その程度、避けられずに死ぬなら死ね」

 幾ら感情表現が苦手とは言え、他に表現のしようがなかったのか。

 どこかで育て方を間違えたんだろーかと密かに所帯じみた悩みを吟味しつつ、グラスの水を口に運ぶ。怒りを微かに浮かべながら、シンが口を開いた。

「お前を信頼してついてきている構成員の前では、死んでもそんなことを口にするな」

 『信頼』。

 何と重たい言葉だろう。

 自信があると言えば、嘘になる。自分の判断が、どこかで仲間を死に導いていないとどうして言えるだろう。

 沈黙で答えるジフリザーグに、シンは短いため息をついた。

「何に迷ってるかは知らんがな。他の誰かなら正しい決断が下せると思うなら間違いだ」

 この短い時間で失った多くの仲間の温もりが、消えない。

「ひとつ言えるのは、誰もお前が先代の息子だから従ってるわけじゃない。わざわざそんな理由で従ってやるほど暇人でもなければ従順でもない」

 そこに込められた真意が、胸に迫る。

「ついでに言えば、お前が間違える人間だってことは全員が知ってるだろう。考えるだけ無駄なことだ」

「ひでー言い草だなあー」

 思わず苦笑いを浮かべた。まあ確かにいつまでも愚痴っていたって仕方あるまい。

「シン、何でここにいる?」

「……最終地点の目処がついたからな」

 言いながらシンは、先ほど投げつけたダガーを拾い上げ、片手で弄びながら壁際の椅子へと戻って行った。脚を組んで再び座る。

「そうか。じゃあ風の砂漠のダンジョンは、攻略したんだな」

 シンは現在、ギルドが追っている財宝のひとつを担当している。大陸さえ選ばない節操のなさで散らばるダンジョンに眠る鍵。それらを集めてたどり着けるはずのどこか。

 先代の頃から追い続けているそのクエストは、ジフリザーグに代替わりしてから一層真剣にその財宝の行方を追っている。ガーネットもまた、それを強く望んでいた。

 シンが一度失敗して戻って来たのが、数ヶ月前。それから何度かひとりで探索に乗り出していたのは知っているが、いつだかギャヴァンに紛れ込んだある少年を追ったきり音沙汰がなかった。恐らく、そのままダンジョンの攻略に乗り出していたのだろう。

「船が必要だ。それに……」

 ちらりとシンが、ジフリザーグを見遣った。

「ギャヴァンが戦火に巻き込まれていることは聞いていたからな。俺はこの街に心配ごとがふたつある」

「ふたつ?」

 まともに問い返したジフリザーグを、シンがじろりと睨んだ。

「ひとつはお前に決まってるだろう」

 ここでも俺かい、と言う呟きは口の中だけでしまいこまれる。

 もうひとつ、と言うのはジフリザーグにもわかった。ガーネットにギルドを守らせている、その理由だ。

「いつ、出るんだ?」

「今すぐってわけにはいかないだろう。今は船が動かない」

 それはそうだ。

「それに、俺だってギャヴァンのことは気にかかる。カタがついてからにするさ。どうせ全ての鍵は俺が持っている。他に攻略出来る奴はいないはずだろう」

「まあな」

 焦ることはないだろう。前回のダンジョン――『3つ目の鍵』のダンジョンで、シンはパーティを失っている。誰かをつけてやらなければならないだろうが、現状ではそれも間々ならない。

「正体はわかったのか」

 手の中でグラスを弄びながら尋ねる。腕を組んで壁に背中を預けたシンは、目線だけをこちらに向けた。

「どっちだ?」

「どっちでも」

 考え込むような目つきでしばし黙り込んだシンは、ややして小さく頷いた。

「多分な」

「多分」

「会わせてみないことには本当にそうなのかはわからんとしか言えないが、まあ間違いないだろう」

 その言葉に、息を飲む。問い返した言葉は掠れたものになった。

「……いいのか、このままで」

「ガーネットの守りが必要なんだろう」

「間違いないと言える根拠は?」

 その言葉にシンが軽く肩を竦めた。

「『あいつ』に俺を騙す理由がないし、嵌めたのはこちらだ。……頭に馬鹿のつくお人好しだな。お前といい勝負だ」

「……褒めてるのかな」

「お前の耳には褒めているように聞こえるのか?」

「聞こえないけど、褒めていると思いたい」

「どちらにしたって、ガーネットも『あいつ』もいないここで議論したって始まらない。風の砂漠で別れてから、今どこでどうしてるかは知らないが、馬鹿じゃなければここに戻ってくるだろう。その時に考えるべきことだ」

「風の砂漠?じゃあ、そこまでは一緒に?」

「山脈越えだけだがな」

 事情を知らぬ者が聞いても謎掛けのような会話を、打ち切るようにシンが立ち上がった。

「……今は、考えるな。ただでさえ要領の少ない脳味噌が爆発するぞ」

 どうして素直に『今余計なことを考えて疲れることはない』と言えないのか。シンらしいと言えば言えるのだが。

「わーるかったな。中身の少ないおつむで」

「その分皺でカバーしろ」

「ジフリザーグッ?」

 そっけなくシンが言い放ったところで、遠慮の欠片もない怒鳴り声と共に、ドアが勢い良く開いた。思わずぎょっとしてドアの方へ体を捻り、傷に痛みが走って激痛に呻く。

「うぅ〜」

「ちょっとは考えて動きなよ、単細胞だね」

 そんなジフリザーグに、シンに匹敵する容赦のない言葉を放ったのは、飛び込んできた女性だった。癖のない黒髪を2つに分けて縛り、紫がかった深い藍の瞳がきらきらと生気に溢れて輝いている。

「……メアリ、俺、怪我人」

「知ってるよそんなこと。手当てしてやったの、誰だと思ってんの?」

 自警軍介護班として軍舎に逗留中のメアリは、ギャヴァン武器商人のひとり娘だ。武器の知識は豊富で、扱いもそんじょそこらの男よりは遥かに長けている、戦場の介護人としてはこの上なく頼もしい相手ではあった。

 自警軍の介護班は全て女性で構成されており、いずれも多少の武術の心得があるにはあるが、その中でもメアリは戦力として数えることさえ出来そうである。

 一見か弱いその容姿からは想像がつかない巧みな剣捌きと弓矢の扱いは、目を見張るものがある。そして中身も、その腕前に匹敵する男勝りだ。ジフリザーグとはギャヴァン戦以前から武器屋を介して面識があり、特別な間柄だった覚えはないものの、それなりに親しい。

「介護班だからね。脆弱な体力の持ち主であるギルドの頭の様子を見に来てやったんじゃないのさ」 

 ……はずである。

「脆弱とか言うなよ」

「脆弱でしょうが。もっと鍛えなよ」

 うるせぇ、と口の中で呟いたクレームはしっかり聞こえていたらしい。じろりと一睨みされて、ジフリザーグは小さく舌を出した。

 シンは、『触らぬ神に祟りなし』と言わんばかりに他人ごとの顔で黙している。

「怪我人の様子はどうだ?」

「あんた?」

「俺はいーんだよ俺わッ」

 怒鳴るジフリザーグを見て、メアリは小さく笑った。覗き込むようにベッド間近の椅子を引き寄せる。

「それだけの元気があるなら、大丈夫そうだね」

「……あ、ああ、まあ……」

 いつもこうして微笑んでいれば、その笑顔に間違えて騙されることもあるかもしれないが。

「上は、てんてこまいだよ。怪我人の数に対して、介護人の人数が足りてない。おたくの団員に手伝ってもらっても、手一杯だ」

「そうか……」

 グランドの、空虚な視線が蘇る。

「……物資は、足りてるか」

「何とか」

「重傷者は、どのくらいいる」

「……200、ってトコかな。自力で動けないほどの……『重傷者』は」

 その中に、死者の数は入らない。

「軽傷者は」

「そんなの数えてたらきりがないよ。……あんたも、一旦は頭を休めなよ。疲れちまうじゃないの」

「……ああ」

 口だけで、おざなりな返事をする。それきり黙ったジフリザーグに、メアリは吐息を漏らして立ち上がった。グラスをサイドテーブルに置き、ころんと横になる。そのまま顔を、腕で覆った。

「ま、今は小休止だよ。……後でまた様子を見に来るからね」

「俺はいい」

「ジフリザーグ……」

「俺の様子を見る暇があるなら、他の奴らに手を回してやってくれ」

「……」

 顔を覆ったまま呟くジフリザーグに、メアリは小さく頷いた。

「そう。わかった」

「頼んだ。……お前たちしか、負傷者を救ってやれない」

「うん。知ってる」

 その言葉を残し、視界を塞いだままのジフリザーグの耳にパタンと静かに戸が閉じられる音が聞こえる。やがて、壁際からシンが移動してくる気配がした。

「……腹は減ってないか」

 言われてみれば、走り回ったわりには食べ物を口にしていない。

「減った」

 視界を覆う腕を外し、あっさりと肯定したジフリザーグにシンがようやく笑顔を覗かせた。ドアに手を掛ける。

「大したもんがあるわけじゃないことは知ってるだろうが……待ってろ。何か持って来てやる」

 意外と苦労性で義理堅い義弟の背中を見送って、ジフリザーグはベッドの中から天井を仰いだ。

 ……ことが多い。

 だがシンの言う通り、全てが再び動き出すのはギャヴァンに安全が戻ってからだ。

 街が、再び動き出してから。

(ちゃんと、弔ってやらなきゃな……)

 その為には、生き残らなければならない。

 視線を向けた小さな窓の外――暗く広がるその向こうに、幾つもの笑顔が、浮かんでは消えた。


 モナが再び攻撃を仕掛けてきたとの報があったのは、それからおよそ2時間後のことだった。早朝5時になろうかと言う頃である。

 疲労しきっている体でうつらうつらしていたジフリザーグは、地を揺るがす低い音と振動で目が覚めた。そばについてやはり半寝状態だったらしいシンとゲイトも同様に飛び起きる。

「何だ!?」

「見てきます」

 いちはやくゲイトが部屋を飛び出す。ジフリザーグも、ベッドから跳ね起きて装備を調えた。間もなくゲイトが駆け戻って来る。

「モナが攻めてきてますッ。今傭兵軍が応戦、自警軍が援護するために武装準備を整えてますッ」

「行こう」

 足早に部屋を出る。肩の傷が熱い痛みを放った。顔を顰めながら、通路を走り階段を駆け降りる。途中のテラスから外を覗いてみるが、軍舎を取り囲む背の高い塀で外の様子までは見てとれない。ただ、戦闘音と怒声が風に乗って耳に届く。

「今何時だ!?」

 ここから見えるだけでも、空は重い雲に覆われていた。もしかすると一雨来るかもしれない。とは言っても、外は仄かに明るさを取り戻して来ている。喧噪に紛れて聞こえないが、静かな朝なら鳥の囀りが耳をくすぐることだろう。

「多分、5時前じゃないか」

「んな朝から元気なこった」

 シンの答えに毒づきながら、モナとて元気が余っているわけじゃないことくらいわかっている。選択肢がないのだろう。

 階段を駆け降りると、フル装備に身を固めたボードレーに出くわした。ジフリザーグを見て目を丸くすると、口元をほころばせる。

「随分元気になったようじゃないか」

「ならざるをえねーだろ。出るのか」

 問うと、ボードレーは無言で頷いた。

「俺も行く」

 ジフリザーグの申し出に、ボードレーが小さく首を横に振る。

「ジフはここに残っててくれ」

「何……」

 反論しかけたジフリザーグに、ボードレーは小さな笑みを投げた。

「国軍はもう間近まで迫っている」

「……」

「到着までに要する時間は、ほんの僅かだ」

 見開いた瞳に、自警軍隊長が小さく頷くのが見えた。

「誘導だけ、頼む。後は、国軍に任せよう」

 よくやった、とボードレーの手がジフリザーグの肩を叩いた。

 もちろん国軍が来たからと言って本当に任せっ放しと言うわけにはいかないが、それでも総指揮は国軍将軍が執ることになる。肩の荷が下りた、と言う奴だ。

「わかった。間違いなく、国軍を街中に招じ入れよう」

「頼んだ。防護壁付近にも戦乱は及んでるからな。開門するわけにはいかんようだ。気をつけてくれ」

 その言葉に、つい苦笑が漏れた。戦場に出る人間が、城内に残る人間にかける言葉ではない。

「言うべき人間が逆だろ?」

 ボードレーも、つられたように笑顔を見せた。

「そうだな」

 それから、腰の剣を確かめる。準備を整えた自警軍兵士を振り返った。響く、堂々とした声。

「行くぞ」

「ボードレー」

 咄嗟に、その背中に呼びかけていた。肩越しに、威厳を漂わせた顔が振り返る。

 年は違えど、共に自警軍リーダー、市民軍リーダーと言う立場で正規国軍兵士に挑み、守った。

 彼は、間違いなくジフリザーグの戦友だ。

「……再会の酒場で」

「楽しみにしている」

 

――ボードレーの笑顔を見た、最後だった。






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