表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
QUEST  作者: 市尾弘那
82/296

第2部第1章第16話 ギャヴァン市街戦《後編1》(1)

 眼下に見下ろす街に、ゆらゆらと松明の炎が揺れる。モナ軍が夜営の準備に入ったのだろう。無論、自警軍舎を取り巻く包囲網は、いささかも緩められることはない。

「……ボードレー殿」

 不意に、ドアが開いた。大柄の、口元に髭を蓄えた男が入って来る。それに続く数人の男たち。いずれも身のこなしはしなやかだ。自警軍舎に留まったギルドメンバーである。

「カイル殿」

 窓から視線を外し、ボードレーは彼らに向き直った。

「どうなされた」

 カイル、と呼ばれた先頭の男は表情を変えずに口を開いた。壮年の、見るからに寡黙で重厚な雰囲気を持つこの男は、確かギルドでもかなりの古株だったはずだ。

「我々はここを出る」

「……ジフを、探しに?」

 短い問いに、カイルは無言で頷いた。

「無事でいるとは思うのだがな……だが」

 言って、視線を窓の向こう……黒々と蠢く(うごめく)人影に向ける。その人影は、モナ兵には留まらなかった。捕らえられた市民――つまり、捕虜だ。次々と軍舎の裏手へと人影が送り込まれていく。

 軍舎の裏側には、ギャヴァン市民である建築業者の資材倉庫が北と南に2箇所ある。南の資材倉庫は使う当てのない材木や石炭、石材などが多く置かれており、移動に難があった為放置されていたが、北の資材倉庫は中身を全て持ち出した為に空である。恐らく、そこを捕虜の収容所として仮に利用しているのだろう。

「あれだけの人数が捕らえられ、それ以上が殺されているだろう。人手が足りないかもしれん」

 人手が足りないのはこちらも同じだ、と叫びたいのはやまやまだが、彼らはジフリザーグの下に強固に組織されている。言わば、別枠だ。止める権利もないし、止めたところで無駄だろう。

「全員か」

「全員だ」

 ギャヴァン盗賊ギルドの構成員は、全部で60人かそこらいるはずだ。うち、一部はそれぞれギルド本部の残留と街中の戦闘に参加している。こちらに残っている中でも更にジフリザーグに従って出て行った者がいるから、軍舎残留はおよそ20余名。

 だが、ギルドメンバーは腕が立つ。ひとりにつき市民兵5人くらいには匹敵すると考えれば、その戦力が抜けるのは……痛い。

 しかしそのことには一言も触れずに、ボードレーはカイルを見つめた。

「抜けられるのか」

 軍舎は、モナの包囲下にある。純粋に案じて言ったボードレーに、カイルは小さく笑った。

「抜けられる。外から、自警軍を援護することを約束しよう」

「……そうか」

 再び、窓の外に目を向けた。傭兵軍が到着をすれば、状況は何らかの変化を見せるはずだ。今頃きっと、それぞれのヴァルス軍にも動きがあるだろう。

――明日には。いや、遅くとも明後日には……。

 それまで、持ち堪えるしかない。

「ならば、何も言うまい。油断せず、気を付けて行ってくれ」

「無論だ。……ジフに伝えることはあるか」

 問われて、ボードレーは短く沈黙した。そして振り返る。

「『生きて、再会の酒場で飲み交わそう』と」

 ジフリザーグが酒を飲めないことを知った上での発言である。カイルも思わず笑った。

「同席しよう」

「ぜひ」

 それから一転して真面目な表情になると、カイルはボードレーに手を差し出した。黙ってボードレーもそれを受ける。互いの目が互いを見つめた。

「……健闘を」

 生きて、再び合い見えることが、出来るだろうか。


          ◆ ◇ ◆


「第1班、東側の壁、補強完了致しましたッ」

「ご苦労」

 幕僚であるスタルフら数人とミーティングを行っていたインプレスは、上げられてきた報告に目も上げずに応じた。

 現在モナ軍は、軍舎を包囲しながら班分けした兵たちに各作業にあたらせている。

「『トゥルス』は、出ないな」

 モナから従軍していた測量士の描いた地図に視線を落としていたインプレスは、ふと思い出したように呟いた。市民軍の動きそのものも、完全になりを潜めている。

「地下水路はどうなった」

 スタルフが僅かに苦く、表を上げた。報告を出来るような芳しい成果は、上がっていない。

「それが……」

「見つからないか」

 スタルフの苦い声色を読んで、インプレスが顔を上げる。

「は。……まるで掻き消えたように、行方が掴めぬままで……」

「あのぅ……」

 2人の会話をそばで聞いていた先程の兵士が、おずおずと口を挟む。その声に、インプレスとスタルフは視線を投げ掛けた。

「何だ。まだ何かあるのか」

「その……兵士たちの間で、ちょっと……その」

「だから何だ」

 歯切れの悪さにいらいらしながらスタルフがせっつくと、兵士は慌てて言を続けた。

「す、すみません。ですから、あの」

 兵士が消えてくんです、と続けられたその言葉に、インプレスとスタルフは思わず顔を見合わせた。

「消えるとは何だ?」

 更に問い掛けたインプレスに、兵士は詳細を話し始めた。無表情で言葉を聞いていたインプレスは、やがて兵士が話し終えてその場を下がると、そばに立ったままのスタルフを見上げた。

「……出たな」

 臨時にしつらえられた机に肘を掛けて小さく笑うインプレスに、スタルフが忌々しい顔をする。

「『トゥルス』ですか」

「他に考えられんだろう」

 兵士の話はこうだ。

 数人で編成されている班で街中を移動していると、目的地についた頃には人数が足りない。見回りに行くと出た者、あるいは何か道具を取りに行くと言ってその場を離れた者は、まず戻って来ない。

 と言って、戦闘音は微塵も聞こえず、市民兵の姿など誰ひとりとして見かけていない。

 異国の夜と言うことも手伝って、兵士たちはどうやら過剰に不安を覚えているようだった。

「闇で姿を隠し人を消す。盗賊の領分だろう」

 ましてギャヴァンギルドは、その腕の高さで名高い。自分の庭で敵を消すなど、まさに赤子の手を捻るようなものだろう。驚くには値しない。ゲリラ戦に切り替えたか。少人数で多勢に立ち向かうには、最も効果的だ。

 ゲリラ戦、しかも夜襲で大勢力に与える打撃は物理的消耗ではない。精神的消耗である。

 いつ襲われるかわからない、どこに潜んでいるか見えないとくれば、兵士たちは疲弊し、弱っていく。しかも防ぎようがない。

 考え込むインプレスの耳に、慌ただしい足音が飛び込んできた。斥候としてギャヴァン周辺に出ていた兵だ。血相を変えている。

「どうした」

「インプレス様ッ……。ヴァルス軍が……」

 不吉な言葉に思わず立ち上がる。兵士は急いた様子を崩さぬままで、続けた。

「ヴァルス軍の進行速度が思いがけず速く……現在西の岬付近まで接近してます!!」

「何?」

 西の岬は、ティレンチーノ要塞とギャヴァンのほぼ中間地点にあたる。単純に考えて、残された行程はほぼ半分。

 行軍は大人数であるがゆえに、通常歩く進度より遥かに遅くなる。測量士に計算させたところではヴァルス軍のギャヴァン到着は明後日以降と踏んでいたのだが。

 このままでは遅くとも、夜明け過ぎには到着しかねない。想像以上に時間がない。やはり、市民軍に引っ掻き回されて費やした時間は痛かった。本来の予定ならば、今日の宿は軍舎の中だったはずだ。

「防護壁はどうなっている」

「他にも、仕掛けられた爆弾が見つかっています」

「撤去は済んでるのか。正門の爆破物の処理はどうなった」

「確認しましょう」

 スタルフの隣にいたイーヴォルが立ち上がり、天幕を出て行く。ややして、2人の男を伴って戻って来た。爆破物の処理に当たっている班の班長だ。

「完了したか」

「いえ、それが……」

 細い、ややしゃくれた顎を持つ男が口を開いた。

「少々、手間取ってます」

「ほう?なぜ手間取る?」

「かなり複雑な仕組みになってます。ダミー配線が複数なされてましてね。仕掛けられた爆破物同士も、複雑に相互作用を起こすようになってます」

「ヴァルス本陣が到着するまでに、全ての撤去を完了させておけ」

 インプレスの命令に、技術者が下がる。スタルフがこちらに顔を向けた。

「……いよいよ本命、と言う感じですね」

 複雑で解除が難解な爆破物を作れる者は、そうはいないだろう。手間もかかるし時間もかかる。ヴァルス軍誘導の為に仕掛けられたと言う話には、信憑性が増すと言うわけだ。

「スタルフ。予定変更だ」

「は。変更、と言いますと……」

「ただちに軍舎を落とすぞ」

 スタルフが目をしばたいた。確かに予定通り明朝に仕掛けていては、表のヴァルス軍と中の自警軍の両方を同時に相手取る羽目になりかねない。早急に陥落させるには、策を講じる必要がある。

「捕虜を連れてこい」

「捕虜?どう、なさる……」

 尋ねかけたスタルフの顔が、強張った。

「10人程度で良い」

「まさか……」

「兵に呼び掛けよ。……攻撃を開始するぞ」


          ◆ ◇ ◆


 複数の甲冑の足音が、ジフリザーグの耳に届いた。

 誰かの庭先の葉を茂らせた木の枝に身を潜めていたジフリザーグは、同様にすぐ上の枝に身を潜めているゲイトに、無言のまま視線を走らせる。ゲイトは音も立てずに身を乗り出し、ややして右手を開いたままこちらに示した。5人、と言う意味だ。

 答えを受けてジフリザーグが頷くと、ゲイトが身軽に地面に降り立った。

 狙うは最後尾の男。細い路地を連れ立って歩いて行くモナ兵の、影を追うように続く。前方の男たちが角を曲がった瞬間、即効性の毒を仕込んだゲイトのダガーが閃いた。鎧の継ぎ目を狙って正確に飛んだダガーは、声を出す間もなく男の命を奪った。

 ゲイトが戻るのを待ち、ジフリザーグは無言のまま親指で移動を示した。ゲイトもそれに無言で頷く。

 現在、ギルドメンバーは2人1組となって、ギャヴァン市内に散らばっている。

 次々と声もなく消えていく仲間たちに、モナ兵の間では動揺が走っているようだ。いつ襲われるかと思えば、おちおち休憩もしていられない。落ち着いて眠ることさえ出来ないだろう。

 ジフリザーグと行動を共にしているギルドメンバーは、22名。軍舎から共に出て来たメンバーと地下水路からこちらに合流したメンバーだ。到底モナ兵とは比較にならない人数だが、目的は直接の兵力減少ではない。表立っての戦闘は、ヴァルス軍が到着した時にやっていただこう。こちらはそれまでに、モナ兵を衰弱させておく。

 戦場における糧食と休養の確保は、最重要事項と言っても過言ではない。戦闘が始まる前から疲弊していれば、攻撃力はもちろん判断能力や俊敏さも失われていく。

 街中を徘徊するモナ兵を避け、庭先から庭先へと移動して軍舎の方向へと向かう。軍舎の周囲には、モナ兵が陣を構えているはずだ。あまり近付き過ぎればさすがに危険である。

「頭……」

 民家を伝い、軍舎の間近まで近付いていくジフリザーグに、ゲイトが不安な声を出した。まだ年若いゲイトを微かに振り返る。

 ゲイトは、義弟シンと同年の16歳だ。ギルドの中でもかなり若い部類に入る。元々はトートコーストの辺境にいたらしい。

 トートコースト大陸は、多神教カルラ教を国教とする巨大な統一国家が治めているが、帝国に属しない部族というのももちろんある。帝国外の部族は大陸辺境に細々と暮らしているが、トートコースト大陸統一国家――バティスタ帝国は貧富の差が激しく身分制度が厳しい。そして最下層として組み込まれている奴隷は、ほとんどが元々は辺境で暮らす帝国外部族の者だった。

 ゲイトも、住んでいた小さな集落が突如バティスタ帝国に襲われ、奴隷として売買されるところだったのだと言う。身ひとつで逃げ出した、逃亡奴隷だった。密航でトートコーストを抜け出し、ギャヴァンへと辿り着いたのが5年前。ゲイトが11歳の時だった。

「近付かなきゃ、わかんねぇだろ」

「けど……危ないすよ」

「この街にいる時点で十分危ねーよ」

 頭ってゆーな、と呟きながら、尚も隣の民家へと移る。渋々と、ゲイトもジフリザーグに従った。もう軍舎はすぐそこだ。窓に映る人影さえ、誰のものなのか判別がつきそうなほどである。裏手から近付いたジフリザーグの目に、資材倉庫が飛び込んで来た。

「頭……あれ……」

 隣でゲイトが、呻きに似た声を上げた。モナ兵が周囲を多数固めている。縛り上げられたまま、次々と送り込まれていく人影。

「……捕虜だ」

 はっきりとは見えないが、歩き方がおかしいものや兵士に引き摺られるように放り込まれる者もいる。相当の暴行を受けたのだろう。既に、半分死体のような状態の者もいるようだ。

「くそ……野蛮人が」

 同じ軍隊でも、ヴァルス軍ならそこまではしない。ファーラ教を篤く信仰していると言う理由もあるが、捕虜に対して寛大な処置をすることは政治的に効果を発揮することがあるからだ。文明国と発展途上国の差か。

「捕虜の居場所がわかったことは僥倖、かな……」

 とは言っても、この状況下で解放など出来るものでもないが……。

「ゲイト、南の資材倉庫、ちらっと様子を見て来てくれ」

「はい」

 視線を、捕虜を収容している倉庫に定めたまま、ゲイトに囁く。短い返事の後、ゲイトが姿を消した。そこへ慌しい足音が聞こえる。植込みの僅かな隙間から目線だけで探ると、男が急いた様子で一際大きなキャンプへ飛び込んでいくのが見えた。恐らくは、司令官が滞在しているのだろう。

(何か、あったのか?)

 じっと周囲の様子に耳を澄ませた。何かことが起きたのだとしたら、その辺を徘徊している兵士たちの会話からわかるかもしれない。

「……さすが……スってとこか……」

 ざわめきや甲冑の音、攻城器を作る喧騒の中、資材を抱えて通り過ぎる兵の声が聞こえた。

「じゃあもしかして、夜のうちに……」

「ありえるよなぁ……」

 ずっと船の上にいて、ようやく陸に下りたと思ったら働き詰めで勘弁して欲しいよなぁとぼやく声が混じる。

(夜のうちに……?)

 そっと首を傾げると、ぼやいていた男がそのままの声で続けた。

「夜間強行軍なんて勤勉過ぎて迷惑極まりないよな」

「……!!」

 夜間強行軍。

(ヴァルス軍が間近に迫ってる……)

 と言うことは、それより先行している傭兵部隊の到着は、もう間もなくだろう。ややもすると、もう到着しているかもしれない。

 やっと訪れた朗報に微かに顔を明るくさせたジフリザーグの耳に、更に追うような足音が飛び込んで来た。資材を抱えて歩いていった先行の2人を追い抜かしていく。その背中に、資材を抱えたひとりが声をかけた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ