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QUEST  作者: 市尾弘那
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第2部第1章第15話 Imposed Role(1)

「ユリアッ……」

 戦闘音だと気づいた時は、心臓を鷲掴みにされたような気がした。これは……魔法!?

 吹き付ける風の出所を追って、階段からすぐの部屋に駆け込む。それとほぼ同じタイミングで、噴き上がっていた魔法が止んだ。視界に真っ直ぐに飛び込んできた、翡翠色の瞳……。

「ユリア……」

「カズキッ……」

 安堵で、眩暈がした。

(無事で……ッ)

 俺をとらえたユリアの瞳が、何かがこみ上げるように潤む。その口が何かを言いかけるように、微かに動いた。

――ユリアッ……。

(……やっと)

 会えた……。

 胸に押さえ込んでいた愛しさを、これ以上どう堪えたら良いのかわからない。

 そのままの勢いでユリアに駆け寄ろうとした俺は、咄嗟に、ほとんど動物的な判断で足を止めた。後方へ跳ぶ。前へ向かって駆けていたものを無理矢理後方へ引き戻したのだから、太腿に妙な負担がかかって足元がよろける。

 一瞬前まで俺がいた場所を、高速で何かが回転しながら通り過ぎた。大きさの割には激しい音を立てて壁にぶつかったのは……何だろう?アクセサリー、だろうか。恐ろしいことに石壁にめりこんでいる。アクセサリーだとしても、ただのアクセサリーじゃないのは確かだろう。あれじゃあ俺の首が吹っ飛ぶ。

「勘は悪くないようだ」

「『青の魔術師』ッ……!?」

「シェイン!!」

 続いて部屋に飛び込んできたキグナスが、俺の言葉にかぶせるように叫ぶ。状況、容貌から察するにロドリスの宮廷魔術師と思われる男と対峙するように……ユリアを、庇うように立ちはだかっているのはヴァルスの宮廷魔術師だ。

 2人とも、顔やローブのあちこちには細かな傷が走っている。が、致命的と言えそうなものは双方負っていないようだ。

「……『レガード』か」

 『青の魔術師』が動いた。振り翳された指は真っ直ぐこちらに向けられている。何の前触れもなくその指先から『石弾』が放たれ、咄嗟に腕を顔の前で交差させかけた俺に、シェインから『風壁』が疾った。激突する爆音。目の前で石礫が次々と破砕音を上げながら砕け散っていく有様は、凄絶なものがある。間近で巻き起こる爆風に、俺の髪が後方へと凄い勢いでまきあげられた。

「邪魔臭いな、『好色道化師』」

 ……この状況下で『言い得て妙』と思ってしまうのはやっぱり失礼だろうか。

「ゲヌイト・オムニア・フォルトゥーナ・カウサエ・マナ、ダテ・エト・ダビトゥル・ウォービース・イグニス!!」

 『青の魔術師』のクレームには応えず、シェインが魔法を唱える。聞き慣れた呪文、キグナスが好んで使う『火炎弾』だ。

 が。

(な、何だあれッ……)

 ゴォォォォォッ!!!!

 マンホール大くらいのでかさの火の玉が、幾つもシェインの周囲に巻き起こる。それだけで部屋の温度が10度も20度も上がったような感覚だ。炎の燃え盛るごうごうと言う音が、距離のある俺の耳にさえ届く。

 僅かなカンテラで照らされただけの薄暗い地下が、まるで夕暮れに染まったようだった。その火の玉の全てがシェインの動きに合わせて、自身が意思を持つ生き物のように『青の魔術師』に襲い掛かる。

「……シェイン!?」

 俺たちに続いて、追いついて来たシサーたちがいるはずのない宮廷魔術師の姿を見て驚きの声を漏らす。その間も俺の目は、シェインの『火炎弾』に釘付けだった。

「嘘でしょ……」

 マンホール大の火の玉って、ハンパない。悪いけど。

「だから言ったろ……」

 確かにこれなら、グリムロックなんかまとめて一瞬で薙ぎ倒す。

 が、相対するのも宮廷魔術師だ。グリムロックのようにはいかないらしい。

 避けるように右へ床を蹴りながら手を翳した。空気が激しく振動するのが目に見えるようだ。『青の魔術師』の周囲で見えない障壁が立ち塞がっているように『火炎弾』がおっそろしい勢いで回転しながら塞き止められる。車のタイヤがフルで空回りしているのに似ていた。

 唸りを上げる『火炎弾』が、幾つかその障壁の前に霧散した。それでも生き残った『火炎弾』が障壁を突破して『青の魔術師』に叩きつけられる……いや、叩きつけられる寸前に『青の魔術師』が身を屈めた。髪や腕を微かに焦がしながらも、すり抜けるように前方へ向けて地面を蹴る。塞き止められていた分加速した『火炎弾』は、『青の魔術師』にかわされて後方へ吹っ飛んで行った。背面の壁に激突し、石壁を破壊しながら自らも霧散する。破壊された石礫が凄まじい速さで飛来し、それだけで『火炎弾』の威力がどれほどのものだったのかが推測出来た。

「ゲヌイト・オムニア・フォルトゥーナ・カウサエ・マナ、ダビト・デウス・ヒース・クォクェ・フィーネム、『風壁』!!」

 キグナスが石礫からこちらを守るべく、防御魔法を発動させる。風と石礫が再び止み、『火炎弾』を避けた姿勢のままでいた『青の魔術師』が、こちらに忌々しげな視線を向けた。

「……ちょっと分が悪そうだな」

「現実把握能力はあるようだな」

「まったく減らず口を……」

 言いながら『青の魔術師』は、腰のベルトに吊るした小さな布袋を抜き放った。一挙に中の物をぶちまける。……砂?

「媒介だよ。今日はこいつと遊んでてもらおう。……ヌンク・ペデ・リーベロー・プルサンダ・テッルス、アルマ・スリサズ」

「逃がすか!!」

 シェインが『青の魔術師』に駆け寄るより早く、その間に全身黄土色をした巨体が立ち塞がった。それなりに高さのある地下の、しかし天井付近で能面のような頭が揺れている。とりあえず、でかい。

「サンド・ゴーレムかッ……」

 キグナスが、視線を奪われたまま言う。シェインが微かに身構えたまま怒鳴った。

「効かぬと言っただろうッ。ゲヌイト・オムニア・フォルトゥーナ・カウサエ・マナ、モルス・ケルタ・ホーラ・インケルタ!!!」

 ロッドから噴き出る閃光。凄ぇッ……。まるで火炎放射器のような勢いでロッドから光の奔流がサンド・ゴーレム目掛けて噴きつけられた。それを受けて、その巨体は一瞬で霧散する。……うっそ。

「え!?」

 その鮮やかさに思わず目を奪われていた俺だが、次の瞬間目を疑った。

「ちッ……!!」

「残念だね。こいつはストーン・ゴーレムのようにはいかないよ?何せ元々が細かな砂だ。石のように形成する物質そのものを破壊出来るようには出来ていない。……じゃあね。次は、戦場で会おう……」

 見る見る元通りに整形していく意志を持った砂に、シェインが後方へ飛び退る。駆け出そうとした『青の魔術師』の前に、シサーが剣を構えて立ち塞がろうとした。レイアが『青の魔術師』に『風の刃』を叩き込む。同時にシサーが力強く剣を払い、『風の刃』を片手で霧散させながら危ういところで後方へ跳んだ『青の魔術師』の前髪が散った。その間にキグナスとニーナがシェインの援護をすべく魔法を準備しながら、サンド・ゴーレムの方へ走り寄る。

「ついでだから、ヴァルス王女と『レガード』にまとめて消えてもらおう……!!」

 シサーが繰り出した剣を避ける為に一瞬身を屈めて地に膝をつき、手で体を支えながら後方へ跳んだ『青の魔術師』が呪文を唱える。乱れた髪の中、青い瞳が一瞬こちらを向いた。ロッドの代わりなのか、突き出した指先、嵌め込まれた指輪から放たれる石礫――『石弾』ッ……!!

「ユリアッ……」

 ユリアに駆け寄ろうとしたままの位置にいた俺は、咄嗟に地を蹴っていた。現状、シェインがユリアに施した防御魔法が生きているかどうかわからないッ……。

 シェインがサンド・ゴーレムに魔法をぶつけたのか、猛火の熱風が横殴りに吹き付けられ、髪が舞い上がる。構わず、壁際のユリアの前に身を投げた。庇うように、腕の中に包み込んだ瞬間に、絶叫のようなクラリスの魔法が響く。

「アモル・オムニブス・イーデム!!大地の恵み、大気の守り、その全てを統べるファーラよ、清らかなる守りにて邪悪な者を退けたまえ!!!!」

 次の瞬間続けざまに背中に襲い掛かる、息も詰まるような衝撃と激痛。さすが宮廷魔術師の放つ『石弾』はその強力さが並大抵のものではないらしく、これまでの戦闘で俺が見ていたものとは桁違いの威力のように思われた。クラリスの防御魔法をかけてもらってさえ……防いであるとは到底思えない、背中に無数の包丁を突き立てたような、痛み。叩き込まれるその衝撃で、体中の至るところが絶望的な悲鳴を上げて軋んだ。

「ぐッ……」

「カズキッ……!!」

 守るように抱き止めた腕の中のユリアが、悲痛な声を上げる。『石弾』の衝撃そのままに、ユリアを腕に抱き締めたまま俺の体が吹っ飛んだ。ユリアの体が壁に、地面に叩きつけられないよう、その頭と背中を胸に庇っている俺の腕が石畳の上を滑る。骨と肉が削られるような、嫌な痛み。

 ユリアを抱え込んだまま床の上を滑るように吹っ飛んだ俺は、そのまま頭から壁に叩きつけられた。割れるような痛みと吐き気。脳震盪程度で済めばむしろ幸運だと思える衝撃だ。

「カズキ、カズキ、カズキッ……」

 激痛が支配する俺の脳裏に泣き出しそうなユリアの声だけが届く。

 いや……。

 ……泣いてるの、かな……。

「ユリア……」

「イーラ・フロル……ブレウィス・エスト、インモディカ……イーラ、ギグニトッ……インサーニアム!!」

 背後から無情にも、追い討ちをかけるような『青の魔術師』の呪文が聞こえた。途切れがちなのは多分、シサーの攻撃が加わっているせいだろう。自分を襲う敵に攻撃を加えず、飽くまで狙いはこちららしい。

 重なり合うように再び轟音を立てるほどの猛火が、そしてキグナスの声とクラリスの声が立て続けに聞こえる。ユリアを胸に抱え込んだまま床に倒れこんでいる俺の背中に、新たに襲い来る激痛。巻き起こる風が猛然と俺の肩や背中を切り刻むのがわかる。腕から、肩から、背中から、血飛沫が舞った。サンド・ゴレームへ放たれるニーナやレイアの魔法に混じって何かが叩きつけられるような音、それと『青の魔術師』の呻きが微かに耳に届く。駆ける足音が、どこか、遠くで……。

「カズキ、カズキ……」

「……ユリア……」

 全身がずたずたで、目も開けることが出来ない。

 精一杯押し出した声は、ユリアの耳に届いただろうか……。

「痛い、ところ……ない……?」

 指の1本も動かせない。

 腕の中にいるはずのユリアの温もりさえ、わからない。

 意識が飛ぶ寸前、額を地面にこすりつけたままの状態で途切れ途切れに尋ねる俺に答える、ユリアの声さえ耳に届かなかった。


          ◆ ◇ ◆


「いつまでそうしてる気だ?」

 もはやどこがどう痛いのかさえ全くわからない、痛覚のみで形成されているような状態だった俺の全身から、ふわりとその痛みだけが掬い上げられるように掻き消え、何ひとつ自分の意思で動かすことが出来ないほどの重みがふっと軽くなるのと同時に、背中を蹴られた。閉じていた瞳をゆっくりと開ける。

「……ユリア」

 飛び込んできたのは、涙でぐしゃぐしゃになった翡翠色の瞳。……あれほど会いたかったユリアが、俺の腕の中で涙まみれになっていた。

「まだ痛むところは、あるか」

 今しがたとは打って変わった優しい口調でシェインが問う。ユリアを腕から解放し、体を起こした俺はその赤い瞳を見つめた。

「……大丈夫、みたい……」

「全く無茶をする」

 どうやらシェインが回復魔法をかけてくれたらしい。どう考えても今しがたまで半死半生だったとは思えないこの回復力に、宮廷魔術師はどうやら伊達じゃないらしいと……ちょっと俺は尊敬した。

「クラリスやキグナスが咄嗟に防御魔法を重ねてくれなければ、さすがに俺がいるとは言っても手の施しようがなかったかもしれぬぞ」

 そうだったんだ……。

 ……それであれだけずたずたってことは、確かに剥き出しだったらどうなってたのかと思うと……ぞっとする。

「ありがとう」

「こちらこそ、礼を言おう。……ユリア様を守ってくれたこと、感謝する」

 真面目な顔で言われて、少し変な感じだった。

「カズキ、カズキ、カズキ……」

 他に言葉が浮かばないのか、ひたすら俺の名前を繰り返して泣きじゃくるユリアに視線を向ける。

「……ユリア、ごめんね。俺、ユリアのこと守ってあげられなかった」

「何……」

「シェインがいなかったら、今頃……」

 シェインが今この場にいると言うことは、『遠見の鏡』で召還されたとしか考えられない。そして、『青の魔術師』。――ユリアが切実な危険に曝されていたと言うことだろう。

 シェインがいなかったら、ユリアは『青の魔術師』に消されていたのかもしれない。

「……ごめんね」

 俺が助けてあげたかったけど。

 ユリアが勢い良く顔を横に振る。その動きに合わせて、まだ溢れ出ている涙が振り飛んだ。

「また危険な思いをさせてしまってごめんなさいッ……」

 ……泣かないで欲しい。

 笑顔が、見たい。

 ユリアの涙は、俺の胸を締め付ける。

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