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QUEST  作者: 市尾弘那
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第2部第1章第14話 2つの焔(2)

 無理だとわかっていても僅かな希望に縋らずにはいられず、ユリアは部屋の奥へと駆け込んだ。楽しむような表情はそのままに、セラフィも後を追って部屋へと足を踏み入れる。

「あッ……」

 振り返ってその様子を認めたユリアの足がもつれた。思い切り地面に転倒し、あちこちに擦り傷を作る。ずきずきと痛む腕や膝を叱咤して立ち上がろうとするが、過度の恐怖で膝が震え、思うように動けない。へたりこんだまま立ち上がることが出来ずに、そのままずるずると後退するユリアの少し手前でセラフィは足を止める。

「へえ。良く見れば随分愛らしいじゃないか。周りから愛されて生きて来たろう?」

 ユリアからの返答はない。セラフィは構わず続けた。

「でもごめんね。悪いけど、死んでもらわなきゃね。僕が絡んでるとバレちゃったしさ」

 セラフィはあくまでも世間話の続きのような調子を崩さない。むしろ、その表情は無邪気とさえ言えた。そっと歩を進める。

「可哀想だね」

 近づいてきて、無邪気な残忍さを秘めた瞳でユリアを覗き込んだ。しゃがみこんで片膝をつき、その手をユリアの頬にかける。ひんやりとしたその指先に、ユリアは見開いた目を逸らすことが出来なかった。まるで氷の彫像のような美貌。

「君のお祖父様は選択を間違えたんだよ。おかげで君は死ななきゃならない。君は悪くないのにね。可哀想だ、本当に」

 お祖父様……?

 ユリアは目を見開いた。なぜここで先代が出てくるのか。

「そして君のお父様が、僕に付け入る隙を与えた。……残念だったね。せっかくこんなに、愛らしく生まれたのにね?」

 唇を噛む。震えるほど怖い。自分はきっとこのままここで殺されるのだ。ヴァルスはどうなるのだろう。……カズキは、悲しむだろうか。

(……)

 気力で全身の力を奮い起こし、まるで愛おしむかのように優しい視線を投げ掛けるセラフィの手をユリアは叩きつけるように振り払った。きっと強い視線を向ける。

「……殺したければ殺すが良い。わたくしは誇り高きヴァルスの王女。我が父君にてアルトガーデン皇帝陛下は、お前ごとき下らぬ小物の意のままにはならぬ」

 先ほどまでの怯えた顔が姿を消し、真正面から目線を逸らさず睨みつけ、毅然と言い放つユリアを面白そうに見つめる。それからゆったりと腕を組んだ。

「構わないよ?」

「何……」

「皇帝陛下はどちらにしてももう長くはないだろう?」

 セラフィは再び、ユリアの顔を覗き込んだ。青い瞳に、怯えを隠して毅然と睨みつけるユリアの姿が映っている。

「君がいなくてレガードがいなければ、後継者はいなくなるしね。ああ、大丈夫。ヴァルスのことは心配しないで。僕がちゃんと後任をつけてあげるから。レガードのお兄様なら、文句はないだろう?」

 言って、楽しそうに笑う。

「不幸な君は、たったひとつだけ幸福なことに、祖国が戦禍に巻き込まれるのを見ないで済む。……僕だって可愛い女の子は嫌いじゃない。苦しまないよう、すぐに殺してあげるからね?」

 セラフィが立ち上がった。数歩その場を退く。急激に、息苦しくなるほどの圧迫感が襲った。空気に狂気の色がついたようだ。それほどの無邪気な殺意。強力な、魔力。

 セラフィの魔力が発動し、空気がビリビリと耳に痛いまでに微振動する。まるで空気そのものが意志を持ったように、緊張感が高まっていくのがわかった。肌に感じる違和感。

 確実に襲ってくるだろう死を感じ、ユリアは戦慄した。瞳を閉じる。微笑んだままセラフィが両手を微かに掲げ、その両腕に嵌められている黄金の腕輪に刻まれたルーン文字が発光した。風がユリアの前髪を舞い上げる。――逃げられない。

 瞳を閉じて歯を食いしばり、覚悟を決めたその刹那だった。

(……え!?)

「何……?」

 僅かな間、セラフィが驚愕したように動きを止めた。

 ユリアの荷袋からひとりでに舞い上がった『遠見の鏡』。緩やかに放たれる赤い、光。ヴァルス王城が保有する著名な秘宝。

 カッ――――――――――!!!!!

 閉じた瞼の裏側で、閃光が炸裂した。


          ◆ ◇ ◆


「……お迎えに上がりました。遅くなりましたことをお赦しいただければ、幸い」

 その波動の中に、良く知っている懐かしいものを感じて瞳を開く。

 視力を奪わんとばかりに炸裂していた赤い閃光がゆっくりと霧散するように消失し、その中から低い、けれど軽やかな声が聞こえた。薄暗い地下通路に現れたすらりとした長身、灼熱の赤い髪、軽薄そうな眼差し。

 その姿を認め、ユリアは驚きのあまり声が出なかった。唖然と沈黙している主に、突如姿を現したヴァルスの宮廷魔術師は殊更に軽薄な調子で続ける。

「感激の余り言葉が出ないとお見受け致しますな。いやいや結構、このシェイン、言葉などなくとも王女のお気持ちは良く存じておりますゆえ、敢えてとは申しませぬ」

 それはまあ、そう言われれば……確かにそうなのだが。

「あ……」

「あのような下賎な者がおりますゆえ、その愛らしいお口を開かれては汚れます。お控え下さい」

 こうも言われてはありがたみに欠ける。

 しかし。

 元々無駄なことばかりを紡ぐ口ではあるが、何か違う。これは。

(怒ってるんだわ、多分……)

 それも、かなり。

 怒り狂っていると言っても過言ではないのではないだろうか。

「……ヴァルスの好色道化師か」

 突然湧いて出るなりまくしたてるシェインに、毒気を抜かれたようにしていたセラフィが言葉を投げ掛けた。ゆっくりと振り返る。

「これだけかっこよく登場したならば、誰何くらいするのが礼儀と思うのだが、それを省略された上にそのような認識とあらば、無礼なと怒るべきか、『良くご存じだ』と誉めるべきか、些か判断がつかぬな」

「なるほど。噂に違わぬ道化のようだね」

「誉め言葉と受け取っておこう」

 ユリアを立ち上がらせながらしれっと答えると、シェインはふっと顔に真剣な表情を浮かべた。真っ直ぐにセラフィを見据える。

「ロドリス王国はアルトガーデンに叛意ありとみなすが良いか。……『青の魔術師』」

「否定したところで受け入れてもらえるとは思えないな。無駄なことだよ。省いた方がお互いの為じゃない」

「その点についてはまったく同感だな」

 シェインが嘯いてロッドを握り締めると、セラフィがふっと笑った。

「天罰でも下すかい」

「おぬしのこれまでの悪行の限りに天が罰を下すかどうかなど、俺には興味がない。おぬしと天とで話し合いの場を持ってくれ。……だが、ユリア様を不安に陥れた罪は重い。例え天が許し、心優しきユリア様が許したとて、俺が許さぬ。この代償、おぬしの命で払ってもらおう」

「……出来るかな」

「やってみよう」

 シェインが低く呟くのとほぼ同時に、セラフィが剣を薙ぐように腕を横に払った。前へと突き出された右手の中指にはめられた厚みのある金色の指輪が、仄かに光を放つ。

「……ユリア様。後方へ」

 シェインが庇うように言うのと、セラフィから『石弾』が放たれるのとはほぼ同時だった。間髪入れず、シェインが『光の壁』を発動する。噴き上がる光と風にユリアは咄嗟に目を瞑った。叩きつけられる無数の『石弾』と『光の壁』が烈しく火花を散らす。

「お得意の玩具か」

 浴びせられる『石弾』が途切れ、辺りを包んでいた光が消失した。発動した魔法の名残がシェインの髪を舞い上げる。揺れる前髪の下、口元に皮肉な笑みを浮かべ冷めたような鋭い視線で睥睨するシェインに、セラフィが微かに顔を俯けた。視線を伏せたまま、笑みを浮かべる。

「エンチャンター能力もあるんだろう?『遠見の鏡』には召喚能力なんかなかったはずだからね」

「魔力付与か?こんなものはただの児戯だな。玩具に頼るのは基本的には好かぬ」

 冷酷な色合いを浮かべたまま言い放つシェインにセラフィが僅かに怒気を孕ませた。――現存する唯一のエンチャンターに対して『児戯』と言い切ったその言葉が、ロドリスの宮廷魔術師のプライドを刺激する。

「ふうん……遊びと言い切れるかな」

「言い切れるな」

「つくづく嫌な奴だな……」

「俺もそう思っていたところだ。まったくおぬしとは意見が合うな」

 やれやれと言うように顔を顰めるセラフィに、追い討ちをかけるようにシェインが続ける。

「いつの時代にも、他人に認められぬのに自己評価だけが異様に高い奴と言うのがいるもの。俺なんか何も言わぬのに、世間が持て囃して適わぬ」

 自己評価もここまで高ければ大したものだ。

「……では『児戯』ではない魔力付与を見せてやろう」

 再び指輪から『石弾』が放たれた。ユリアに『光の壁』を発動させながら、自分は身を屈めて左へと跳ぶ。

(ちッ……)

 このまま戦闘が続くのは、不利だ。相手はエンチャンター ――つまり魔力を付与した道具での攻撃を仕掛けてくる。魔力付与道具の使用は、本人の魔力消費に繋がらない。消耗するのは、こちらだ。

 地を蹴り、躍動しながらシェインばロッドを構えた。呪文を口の中で完成させる。ロッドから噴き出した魔力が、空間に突如炎で形成された微粒子を発動させた。火系最上級魔法『炎の霧』。セラフィが舌打ちした。取り囲む炎に、寸でで防御を固める。だが、守りを突き抜けて襲い来る細かな微粒子に身を焼かれ、顔を顰めた。防ぎきれない。

「どうした、『青の魔術師』」

 挑発するようなヴァルスの宮廷魔術師の言葉に、セラフィは小さく笑った。

「言ったろう。『児戯』ではない魔力付与を見せてやろうと。……ヌンク・ペデ・リーベロー・プルサンダ・テッルス、アルマ・スリサズ」

 素早く耳にはめられたピアスを抜き取る。呪文を唱えると同時に、床へと叩きつけられたピアスから光で構成された鎖が幾つも放たれる。そして、自身も鎖の合間を縫うように発光した。

「……木偶か」

 鎖を躱して地に横っ飛びに滑り込んだシェインが、短く呟く。光の渦が消失し、そこに姿を現した巨体――ストーン・ゴーレムだ。原始的なだけに、ヒットポイントだけは高い。単純ながら通常であればてこずる相手だ。

「シェイン……」

 壁際に下がったユリアが不安げな声を上げる。重いうねりを立てて地響きと共に足を踏み出したゴーレムを見据えたままで、シェインはユリアに答えた。

「ご案じなさいますな。あんなものは、ただの玩具に過ぎません」

 物も言わずに、ストーン・ゴーレムが再び足を踏み出す。ずしん、と重い響きが起こり、パラパラと天井から粉が散った。……崩れたらどうしてくれるのか。その巨大な腕を振り上げ、低い唸りと共に風が巻き起こった。

「ゲヌイト・オムニア・フォルトゥーナ・カウサエ・マナ、モルス・ケルタ・ホーラ・インケルタ!!」

 全く動じた様子を見せず、シェインは慣れた様子で低く呟く。呪文が完成した次の瞬間、目も眩むほどの激しい閃光がロッドから放たれ、空気が振動した。轟音が聞こえる。『雷撃』だ。

 思わず瞳を閉じたユリアが、再びその目を開いた時、そこにいたはずの巨体は瓦礫と化していた。まさに一瞬の出来事だ。

「効かぬな」

 淡々とシェインが呟く。セラフィは目を見張ると、面白そうに腕を組んだ。

「これほどストーン・ゴーレムが効かなかったことは初めてだよ。さすが天才魔術師とでも言っておこうか。ただの好色道化師ではなかったわけだ」

「あいにくとそれは仮の姿でな。本来はこちらが俺の姿だ」

 ラウバルあたりに聞かれたら、「肯定するにやぶさかではないが、好色道化師も本性であろうが」とでも毒づかれそうなことを平然と言ってのけて、シェインは再びロッドを構えた。

「ゲヌイト・オムニア・フォルトゥーナ・カウサエ・マナ、ポスト・ヌービラ・ポエブス!!」

 遮るもののなくなったセラフィ目掛け、眩いばかりの光を放つ無形の矢が襲い掛かる。セラフィは金色の腕輪をつけた両腕を、顔の前で交差させた。恐らく魔力付与をした防具なのだろう。

 セラフィの腕輪から発される魔力とシェインの光矢が激しく激突し、護りを抜けた光の矢が秀麗な顔に幾筋もの血線を走らせる。地に踏ん張ったセラフィの足がじりじりと後退した。

「くッ……」

 口から微かな呻きが漏れる。その美貌が、微かに歪んだ。

「……ッ!!!!」

 気合いの声と共に、光矢が霧散した。同時に、腕輪が砕けて地に落ちる。

「ほう。やるな」

「……あーあ。気に入ってたのになあ、これ」

 セラフィはさほど気にしている様子もなく呟いた。

 シェインの邪魔にならぬよう、2人が対峙する部屋の中央を避けて、壁際へ移動したユリアは胸元に手を寄せて、睨み合ったままの2人を息を飲んで見つめた。セラフィが舌打ちをして片手を掲げる。その指に嵌め込まれた指輪が、煌いた。

「ゲヌイト・オムニア・フォルトゥーナ・カウサエ・マナ、アブソーラビート・イース・タルタロス・カダント・イン・オブサカルム!!」

「コンファタティス・メルディクティス・フラームズ・アクリバス・アディクティス!!」

 ほぼ同時に、2国の宮廷魔術師から魔法が発動される。まるで燃え盛る赤い焔と静かに灼熱を噴き上げる青い焔が噴出しているかのようだ。ユリアに及ぶ余波までが、叩きつけられる熱風のように感じられる。このままではこの建物そのものが崩壊してしまいそうである。

 轟音と閃光、ビリビリと言う空気の振動を伴って魔力が激突した。巻き起こる爆風に、石礫や木屑が舞い上がりこちらへと吹き付けてくる。吹き飛ばされそうな髪はそのままに、両足に力を込めて片腕で顔を覆いながらその細かな痛みに耐えるユリアは、ふと何かを耳にしたような気がして顔を上げた。

(――!?)

 今。

 名前を呼ばれた。

「カズキ……?」

 掠れた声で呟く。

 会いたいと思うあまりの幻聴か。

 それとも……真実、そこに……?

「カズキ……」

 名前を口にするだけで、泣きそうになった。耳を澄ませても2つの魔力が交錯し、石壁の上げる軋みに掻き消されて聞こえない。

「カズキッ……」

 顔を上げたユリアの耳に、もう1度……今度は、確かに。

「ユリアァァァァッ!!」

 心臓が高鳴る。

 ずっと、聞きたかった。ずっとその声で名前を呼んで欲しかった。

 通路の方から聞こえる複数の足音。会いたい。自分はここにいる。

「カズキッ……!!」

 掻き消されまいと叫んだその声は、届いただろうか。

「ユリア……」

 魔力の激突が止むのとほぼ同時に部屋へと駆け込んできたその姿が、涙で霞んだ。

 ……ユリアがここに幽閉されている間ずっと、その心を支えてくれた少年が、確かにそこに姿を現していた。











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