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QUEST  作者: 市尾弘那
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第2部第1章第13話 魔術師の館3

 階段を1番下まで降りる。先ほどは逸れた廊下を、今度は直進する方向に足を向けた。1階まで降りてくると、やっぱり蜘蛛が異様に多い。それも、奥に進めば進むほど、天井には所狭しと蜘蛛の巣が広がっていくようになっていった。

「気味悪ぃ」

 『導きの光』で天井を照らしてキグナスが、鼻の頭に皺を寄せる。一緒になって天井を見上げた俺も、さすがにちょっとブルーになった。

 取り立てて虫が苦手だのなんだのってのがあるわけじゃないが、好きなわけでもない。しかもそれが時折、もたっと落ちてくるとくれば……。

「いやあああッ」

 シサーの背中に張り付くようにしていたニーナが悲鳴を上げて飛び退った。20センチほどの大きさの蜘蛛がすうーっと糸を垂らしてニーナの間近に降りてきたのだ。何も言わずにシサーが、グラムドリングから持ち替えたショートソードを突き立てる。

「あああああ……もおお……嫌ぁぁぁ……」

 珍しく涙なんか浮かべちゃってシサーにしがみついているニーナは、いつもと違って妙に女の子っぽく見えてちょっと可愛い。

「クラリスは大丈夫?」

 黙々と歩いているクラリスがふと気になって振り返ると、いつも冷静沈着な彼女もどこか強張った笑顔を浮かべた。ちなみにレイアはとっととそのサイズをフル活用し、俺のマントの下に潜り込んでいる。

「え、ええ……」

 大丈夫ではないようだ。その足元を、これまたややでか目の蜘蛛がすうっと歩くのを見て、ものも言わずに全身を震わせて飛びついてきた。……お化け屋敷じゃないんだから。

「フードとか、被ったら?」

 半分抱き付かれたような状態のまま、クラリスのローブに手を伸ばす。

「直接頭の上に落っこちてこられるより、良いんじゃない」

「あ、あ、あ、ありがとう……」

 こちらも目が泣いている。

 クラリスの頭にフードをかぽんとかぶせてやって、前に向き直る。

 歩きながら、俺は至るところに注意を払っていた。どこかに隠し扉のひとつでもあるかもしれない。ユリアへ繋がる道が、あるいは何かが。

 ガーゴイルが、ここがバルザックに与えられた屋敷なのだと示している。『青の魔術師』とのその繋がりを。

 ……いるはずなんだ、きっと、この建物のどこかに。

 今も、ひとりで。

 長い間……1ヵ月ものの間……!!

 もうひとつの扉、あっちなのかもしれない。けれど開け方が何かあるはずだ。ユリアに害を加えるつもりが取り立ててないなら、ただ閉じ込めておく必要なんかないはずなんだから。

「扉があるぜ」

 背中にニーナを張りつけたままのシサーが、不意に足を止めて言った。突き当たりには言葉通り、扉がある。

「開くかな」

「さぁ〜な」

 言いながらシサーがショートソードを鞘に収めてしまいこみ、ドアに手を掛けた。かちゃり、と微かな音を立てて扉が開く。

「入れるな……っと、また奥にも扉がある」

 シサーが扉を全開にすると、その内部が明らかになった。さほど大きくはない部屋だ。何だろう、王城の謁見室の手前にある、控え室みたいなイメージだ。10畳くらいの広さはあるんだが、どっか空虚な感じで壁際にソファが置かれている。

「ホントだ……」

 そしてその部屋の奥、扉から正面の壁にはもうひとつ扉がある。こちらはもっと重厚感のある……ものものしい、両開きの扉。

「こいつはちーっと、臭いんじゃねぇか?」

 言いながら抜き放つ、発光した刃。嫌な、空気。

「……出るぜ」

 俺も、剣の柄を握り締めた。シサーが一歩、足を踏み出す。その動きに合わせて、地面から黒い炎が舞い上がるような錯覚を覚えた。

「隠し魔法陣……?」

 俺の背後にいるはずのクラリスの声が、噴き上がる黒焔と風にかき消された。

 隠し魔法陣……?

「召喚獣は魔法陣、いらないんじゃないの」

 真っ直ぐに前を見据えて、剣を構えたまま言う。ニーナの声が答えた。

「自分の支配下に置いている召喚獣にはいらない。けれどそれ以外にも召喚は出来るのよ。下級であれば、契約さえ必要ないわね」 

 黒焔が次第に姿を消し、ゆらゆらと陽炎のような名残が消えると、入れ違うように姿を現した巨体が顕になった。予想通りと言うか何と言うか……体長2メートルは越えるバケモノ蜘蛛。脚も含めたら全長どのくらいになるのか良くわからない。と、言うか、考えたくない。

 黒を基調にしているが、背中には黄色い幾筋もの線が走り、頭には目なのか模様なのか赤いポツポツがライン状に並んでいる。中心に2本赤いラインが走り、その両サイドに1本ずつ、やはり緑色のポツポツがライン状に走っていた。

 全身を硬そうな黒い体毛が覆っていて、体に比べれば細い、節くれだった複数の脚にも、まるで刺のように俺の指ほども太さがありそうな体毛が生えている。黒い、巨大なモールを思わせた。

「こいつぁ、本命か?」

 魔物が……召喚獣が守っているとあれば、確かにこの扉は本命臭い。魔物を倒したら扉が開くなんて、RPGで良くありそうなパターンだ。

「シャァァァァッ」

 威嚇なのか、大蜘蛛がその口を開けて空気を吐くような唸りを発した。左右にでかく鋭い牙が覗いている。

 蜘蛛って肉食だよな、そう言えば。虫食って生きてんだから。これだけでかければさぞ食う……んだろうな。そのサイズに見合った餌がどれほどあるのかわからないが、少なくとも俺たちはきっと美味しそうに見えていることだろう。

「アモル・オムニブス・イーデム。大地の恵み、大気の守り、その全てを統べるファーラよ、清らかなる守りにて邪悪な者を退けたまえ」

 クラリスが防御を固めてくれた。幾度かの戦闘でわかったんだが、やはりクラリスの魔法はユリアより効果があるのは確かだった。かつてはもっと深い傷を負ったものが、浅くて済んだことが何度かある。

「腹狙え、カズキ」

 そう言ってシサーは、大蜘蛛の右手に向けて床を蹴った。振り上げられた足がシサーを捉えようとするが、それより速く剣が叩き込まれる。

「わかった」

 当たり前だが、蜘蛛は四つん這いと言うか……まあ、そういう状態である。つまり腹部は鉄格子のように長い脚で覆われ、床を向いている。シサーが体勢を誘導するからその隙に、と言うことだろう。

 シサーによって脚を1本斬り飛ばされた大蜘蛛は、赤い斑点を煌々と光らせて別の脚でシサーに襲い掛かった。キグナスの『風の刃』がその胴体を斬り付ける。屋内だから『火炎弾』を遠慮したんだろうか。

 ぼーっと見ているわけにもいかないので、剣を払ってもたげられた脚の1本に斬り付けた。思いのほか遥かに堅い。やはりシサーが軽々と斬り飛ばすようにはいかないようだ。

「軽やかに踊る風の精霊シルフよ、その姿を刃に変えよ!!ウォラト!!」

 ニーナとレイアも続けざまに『風の刃』と叩き込んだ。その間、高く跳躍したシサーを狙うように、大蜘蛛がその後ろ脚4本で状態を持ち上げる。無事な前脚を振り上げた。そのタイミングを逃すまいと剣を握る手に力を込めて、再び地を蹴る。左から真横に、その腹部目掛けて剣を力一杯薙ぎ払った。

「うわッ」

 脚と比べて圧倒的に柔らかいその腹部に斬り付けた剣は、間違いなくかなりの傷を負わせることに成功したのだが、痛みか何なのか大蜘蛛がバランスを崩した。後部の脚の1本が変な角度に振り上げられ、それに跳ね飛ばされる。

「……ってぇー」

 何が痛いって、複数のトゲトゲした体毛が痛い。

 床の上を滑るように弾き飛ばされた俺に、クラリスが駆け寄ってくる。大蜘蛛はその間にこちらに向きを変えた。くわっとその口を大きく開く。鋭い牙が剥き出しになり、口から何か白いものがこちら目がけて勢い良く吐き出される。

「カズキ、避けろッ」

 んな無茶な。

 シサーと違って凡人の俺には高速で飛来する蜘蛛の糸を避けるなどと言う離れ業が出来るわけもなく、あっさりとその塊に絡めとられた。そばにいたクラリスも巻き添えをくらっている。粘液質の、巨大な白いネットが全身に覆いかぶさっている状態だ。

 もがいてみるが、とにかく強力に付着していて、剥がれるどころか一層絡み付いてくる。

「うわ」

 しかも、獲物を捕らえたと思ったらしい大蜘蛛が驚くべきスピードでこちらへ向かって来るのが見えた。……そういや蜘蛛って、巣に絡んだ獲物がもがく振動目指して移動する習性があるんだっけ……などと悠長に考えているバアイではない。このままでは気持ち良く食事されてしまう。

「くそ……」

 何とか剣を持ち上げて糸を切ろうと試みるが、思うように腕が上がらない。

「軽やかに踊る風の精霊シルフよ、その身を障壁の渦と変えよ。フェレンティース!!」

 ニーナが、魔法で牽制をかけてくれる。それに追い付くように、シサーの剣が大蜘蛛の背中に突き立てられた。続けて襲うレイアの『風の刃』がその頭部を切り刻む。

 猛然と怒りの目を向けて、大蜘蛛がシサーに向き直る。こちらに放った糸の名残を口から垂らしたまま、シサー目がけて再び口を開いた。吐き出される絡み合った糸。

 剣を構えたままそれを見据えるようにしていたシサーは糸が届くその直前、跳躍して左に跳ぶ。

「……」

 避けたよこの人……。

「どうにかなんねえのかこれッ……」

 キグナスがこっちに駆け寄って来て糸に手をかける。ねばーっとその手に付着して、ひどく嫌そうな顔をこちらに向けた。

「よくこんなもん、まとわりつかせてられんなあ」

 好き好んでやっていると思っているのなら、それは大変な誤解だ。

 先程から剣を利用して少しずつ解いてはいるが、離れたと思えばまた剣にくっついて戻って来るので埒があかない。

「『浄化』の魔法とか効かないでしょうかねぇ……」

 効かないだろ。

 おっとりとクラリスが言い、キグナスが目を上げた。

「『火炎弾』とかで燃えるんじゃねぇの?」

 俺らまで燃やす気か?

「地道に外すしかないんじゃないか」

 仕方なく、嫌な顔をするキグナスに手伝ってもらいながら、ようやく蜘蛛の巣を抜け出した頃には、大蜘蛛はもはや満身創痍の状態だった。

 体中の至るところに血の染みが広がり、脚も何本も取れてたり取れかけたりしている。

「脱出成功かぁ?」

 大蜘蛛の正面に陣取ったままのシサーの言葉に、顰め面を返した。

「一応は」

 とは言え、まだ全身べたべたで、髪や服からふわふわと糸が垂れ下がった状態だ。不愉快なことこの上ない。

「シャァァッ」

 さっきより幾分元気のない声で、大蜘蛛が威嚇の声を出した。シサーを手伝うべく、剣を構えて駆ける。

 ズゥゥゥンッ!!

 地響きのような音が聞こえたのは、その時だった。いきなり激しく揺れた地面に、一瞬動きが止まる。

「何だ!?」

 大蜘蛛までが異変を察知したように、もたげかけた脚を止めた。足元から響く振動。

(まさか)

 ユリアに何か……!?

 過った考えに、心臓が止まる思いがした。僅かに血の気が引くのを感じる。

 扉の前に居座るその巨体を突き飛ばして、駆け込みたい衝動に駆られた。――ユリア……!!

「地下か……ッ」

 ゴォォォォンッ!!

 そんな俺を嘲笑うかのように、再び足元から……一層激しい破砕音が、響く。

「カズキッ、扉確認しろッ。もしも開くようなら構わねぇから先に行けッ」

 振動が収まると、大蜘蛛はまたもシサーに向けて脚を振り上げた。それを躱しながら怒鳴る。

「わかったッ……」

「キグナス、カズキと一緒に行けッ」

「おうッ」

 大蜘蛛が後退するシサーにつられて扉の前からその体をどけると、俺はすかさずその背後に回りこんだ。離れたとは言っても狭い部屋のこと、大して距離は開いておらず、ちょっと脚を動かしたら簡単に吹っ飛ばされそうだが、そんなこと構っちゃいられない。

「くそぉッ……!!」

 ノブに取りついてしきりと回すが、がちゃがちゃ言うばかりで一向に開こうとはしなかった。押しても引いても、動く様子はない。気が急いて、汗で手が滑る。ニーナやレイアが飛ばす魔法の合間を縫って、シサーの声が届いた。

「開いたかッ!?」

「開かないッ……」

 怒鳴る声に怒鳴り返しながら、尚も扉を揺する。そんなことをしたって開かないものは開かないとわかっているのに、やらずにいられない。

(ユリアッ……)

 またも、足の下から振動が伝わって来た。その衝撃のせいか、部屋の隅からパラパラと石屑が落ちてくる。焦るせいで、心臓の鼓動が早くなった。

 どうッッッ。

 また、体に振動を感じた。けれど今度は床下からじゃない。と、同時にノブがするりと回る。これまでの抵抗が嘘のように、簡単にドアが開いた。

「カズキ、先行けッ」

 シサーが、大蜘蛛に止めを刺したんだ。ドアが開いたのはそのせいだろう。やっぱり、『門番』を倒さないことには扉は開かない仕組みになっていたわけだ。

「うんッ……」

 シサーの声に押され、中に飛び込む。

 中は、広い部屋だった。応接間と思った部屋に匹敵する広さだ。けれど、あちらに比べてこちらの方が調度が多く、その分狭く感じられる。

 どこか……どこかに、下へ通じる道がッ……。

 駆け込んだ部屋の中、ソファやライティングデスク、書棚や飾り棚などその全てがやはり埃まみれだった。……いや、違う。

 中央に設えられたライティングデスクと、それに合わせられた木製の椅子だけは、最近人が使用したらしい形跡があった。

(――そんなことはどうでも良いッ……!!)

 バルザックに関する手がかりなんか後回しで良い!!そんなことより、ユリアッ……。

「カズキ、こっちに扉ッ……」

 俺と同時に部屋に飛び込んだキグナスが怒鳴る声が聞こえた。部屋の隅、分厚い本棚に体が半分隠れるようにしてこっちを見ている。俺は剣を握り締めたままそちらへと駆けた。

「開くか!?」

「開く!!」

 キグナスは既に扉を半分ほど開けていた。薄暗い空間、石畳になっているのが見える。そして僅かな踊り場の先には、下へと続く階段があった。

「行こうッ……」

 ガァァァァァァンッ!!!!

 ガラガラガラッ……。

 促した俺の声にかぶせるように、先ほどよりかなり大きく聞こえる破砕音が飛び込んできた。やはり音の出所は地下だ。扉が開いたせいか、その振動もより激しいものに感じる。

「何だ!?」

 バーンッ。

 キグナスが手を放した瞬間、扉が内側からの突風に煽られて勢い良くこちら側へと開いた。咄嗟に避けた俺とキグナスを通り過ぎて、壁に勢いそのままに叩き付けられる。

「凄い風がッ……」

 なぜか地下から、突風が吹き出しているんだ。風に靡く髪をそのままに、俺はキグナスを抜かして扉の内側に飛び込んだ。それほど階段は長くない。薄暗い階段を駆け下りながら、声を限りに叫んだ。

「ユリアーーーーーーーーッ!!!!」

 そしてまた、轟音。地響きに一瞬よろけ、壁に手をつく。

「ユリアァァァッ!!」

 風と轟音が止み、もう一度叫んだ俺の耳に。

「……カズキッ……!!」

 確かに、ユリアの声が、聞こえた。











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