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QUEST  作者: 市尾弘那
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第2部第1章第12話 魔術師の館2(1)

 ……手の平が、じんじんと痛い。

 心臓が、胃の辺りで早い脈を打っているような奇妙な感覚。

――ユリアがきっと、この屋敷のどこかにいる。

 そう思うと、なぜかひどく気が急いた。緊張している、とでも言うのだろうか。それに近い感覚だ。

(早く……)

 早く、助けなきゃ……。

 1ヶ月以上だ。連れ去られてから。どんな思いをしているだろう。どうしているだろう。泣いて、ないだろうか……。

 シサーたちが奥の小さな扉の方へ足を向けるのを見届けて、俺とクラリスはレイアを伴ってこちら側にある両開きの大きな扉の方へ足を向けた。薄く積もった埃の上を歩いて近づき、ふと首を傾げる。

(……?)

「どうしました?カズキ」

 クラリスが俺を見上げた。

「うん……」

 生返事をしながら、ドアに目を向ける。蝶番がこちら側についている、と言うことは内開きの扉だ。

「このドア、使われてないね」

「え?」

「内開きなのに、埃が動いてない」

 扉を動かせば、浚うように埃が払われていくはずだ。ついでに言えば、他の部分と埃の積もり方に大差がないってことは、掃除した気配があるわけでもないから恐らくはバルザックがこの屋敷に移ってから一度も開かれていない、と言うことにならないだろうか。

「本当ですね……。じゃあこっちじゃないのかしら」

「わかんないけど」

「そっち、開いたか?」

 クラリスとそんなふうに言いながら扉に手をかけてみたところで、キグナスが走り寄ってきた。

「まだやってない。これから。……開かなかったのか?」

 ノブに手を掛けたまま振り返ると、ちょうどキグナスが俺の真後ろにたどりついたところだった。その後方からシサーとニーナも、こっちへ向かって歩いてくる。

「開かなかった」

「得意の鍵開けは?」

「ってゆーか、ノブもなかったし」

 それは扉とは言えないような気がする。

 そう思いつつ、ノブを回す。抵抗を予想していたんだが、思いのほかあっさりとノブはくるりと回り、キィ……と軋みをあげて扉は開いた。

「そっちは開くのか」

「開くみたいだね……」

 言いながら、奥を覗き込む。ついでだから、もう片方の扉も開けて全開にしてやった。扉の動きに合わせて、こちら側の床の埃がすーっと払われる。扉の下の方に、もこもこと埃の玉がくっついた。

「あっちが本命ってことかな……」

 ちょっと顔を顰める。こっちが使われている気配がなく、あっさりと開いて、向こうはノブさえなくて開かないんじゃあ、どう考えても怪しいのはあっちなのだが。

 ……どこが、ユリアに通じているんだろう。

 どこに、いるんだろう……。

 きっと、すぐそばにいるに違いないのに。

 ユリアに近いところまでようやく……辿り着いているはずなのに……!!

「ついでに2階もちょっと見てくるか」

「……そう?」

「ああ。カズキ、こっち、その辺見といてくれ」

「わかった」

 こっちに近づいてきてたシサーが、言って踵を返す。それに答えながら、俺は通路に足を踏み入れた。

「ゲヌイト・オムニア・フォルトゥーナ・カウサエ・マナ、ペティテ・エト・アッキピエーティス、『導きの光』」

 キグナスが灯りを灯す。さすがに人の家に侵入する手前、一応灯りを控えていたのだが、あれほど豪快に戦闘しておいてもはや何の遠慮があろう、と言うところだ。

「その辺で待ってて」

 クラリスに言って、キグナスと通路を少し進んでみる。奥の方までは暗くて良く見えない。ダンジョンの時のような恐怖感はないけれど、外から受けた印象通り広い家なんだなと言う気がする。

「部屋数、多そうだな」

「人ひとり攫って放り込んでおいても不自由はなさそうだよなー」

 そういう表現か?

 ここから見える限り、この通路にはそれほど多くの部屋があるわけでもなさそうだ。まあ、1階だしな……。1階って言うと大きな間取りの部屋が幾つかあるってのが定石だろうし。

「特に、何がいるわけでもなさそうか?」

 左手に扉を見つけて、手を掛ける。

「開けてみる?」

「まあ……一応……」

 念の為、剣を抜いて片手に持ち、扉を開く。

 が、別段何が出るわけでもなく静かなものだった。広い部屋で古びたソファ、重たそうなカーテン、飾り棚の内側には何も入っていない。ここを引き払う時に阿漕でがめつい使用人たちがめぼしいものは運び出したんだろう。位置関係や広さから考えて、応接室と考えても良さそうだ。

「宝箱ねぇのかな、宝箱」

 ……あったとしたって、仮にも人の家なんだからそこから物を持っていくのは泥棒ではないだろうか。

 至るところに蜘蛛の巣が張り、しかも埃が付着してふわふわと宙を漂っている。あまり気持ち良いとは言えない。

「後でゆっくり探るよな……」

 とりあえず、害がなさそうなことだけ確かめて部屋を後にする。また少し進むと、今度は右手に扉があった。開けてみる。

「物置?かな」

 4畳程度のスペースだ。特に何が置かれているでもなく、空いた木箱が3つ転がっているだけだった。

「食料だろ、多分。その辺に台所があるんじゃねえかな」

 キグナスの言葉通り、そこから僅かに奥へ行ったところで調理場らしき部屋が見つかった。ここも埃まみれで、とてもバルザックがここで調理をしていたとは思えない。……してたとしたら、それはそれで笑っちゃうので……良いんだけど……。

 あんまり奥まで行くのもまずいだろうか。適当なところで足を止める。天井は結構高く、『導きの光』に照らされてゆらゆらと蜘蛛の巣が揺れるのが見えた。拳大くらいの、結構でかい蜘蛛がゆらゆらとその真ん中で揺れている。あんなのがぼとりと落ちてきたら、さすがに気持ち悪いだろうな。

「うえー……良く見りゃ廊下も蜘蛛だらけでやんの」

 確かに。まあ、廃屋みたいなもんだよな、この様子だと。バルザックがいたとしたって、通常の生活を営んでいるとも考えにくいし。

「虫、嫌いなの」

「ってわけでもねぇけど。汚ねぇの、嫌なんだよ俺」

 そういやフォグリアでしきりと宿の掃除してたっけ、キグナスって。

「どうしようか。もう少し行ってみようか」

 言いながら、ちょっと奥を探るように目線を向けた。向けたところで何が見えるわけでもないが。けどダンジョンじゃあるまいし、果てしなく直進ってこともないだろう。

「あーんまし行かない方が良いんじゃねぇ〜?はぐれても、何だし」

 はぐれても先が見えてるような気がする。

 少しでも早くユリアに辿り着きたく、僅かでも彼女に続く手掛かりが欲しい俺は、それに答えずに前を向いた。歩き出した俺にキグナスが一応ついてくる。そこから分岐点に出るのに、時間はかからなかった。右手に折れる廊下と、そのまま直進。どちらも先が暗い。……やっぱり、これ以上はまずい……よな……。

「戻るか……」

「カズキー?」

 俺の言葉にかぶるように、ニーナの声が響いた。もはや誰も「こっそり」などと言う言葉は念頭にないようだ。

「うん。今そっち戻る」

 答えて歩き出す。とりあえず、大して何があるわけでもなさそうなことがわかったから良いだろう。……焦るな。落ち着け。

 今、緊急に事態が悪化するわけじゃない。

 ……ユリアは、無事だ……。

「カズキさぁ……」

 自分に言い聞かせて戻り始めた俺の少し後をついてきながら、キグナスがやや躊躇いがちな声を出した。

「え?」

 振り返ると妙に真剣な……と言うか、どこか気遣うようなオレンジ色の瞳に出会った。

「何?」

「あんま、考え過ぎんなよ」

「……何が?」

 唐突に、何だろうか。

 見当がつかず、足を止めて見つめる俺に、同じく足を止めたキグナスが視線を微かにそらした。

「わかんねぇけど。いろんなこと。何か自覚ないで思いつめてるみたいな気がすっから」

「俺が?」

「おめぇ以外に誰がいるんだよ」

 それはそうだけど。

「ユリア様、いなくなって焦んのわかるけど。慌てたってしょうがない。ここまで来てるんだ、どうせじき、何かわかるだろ」

「……」

 何か……妙に意外だ。キグナスがそんなふうに気遣ってくれるのが。

 ……とか言ったら失礼なのかもしれないけど。あんまし細かいこと気にしないであっけらかんとしてるような気がしていたから……。

 そんなふうに思いかけて、ふと気がついた。

 そう言えば、ロドリスに来てから幾度か、キグナスが何か言いたげな顔をして言葉を飲み込んでたことがある。……心配してくれてた、んだろうか。俺が、気がつかなかっただけで。

「おめーが他の世界から来て……わかってるつもりだけど、本当のところは俺には良くわかんねぇしさ、実際。どういうとこから来て、ここがどんなふうに映っているのか。でも、本来のカズキにしてみたらやりたくないこととかいろいろ……やらされてんだろうし。そういうのどうして良いのかなんか、俺には全然わかんねーんだけどさ」

 もそもそ言いながら、視線を廊下に向けて頬をかく。何となくその横顔をじっと見ながら、俺は黙ってキグナスの言葉を聞いていた。

「でもここしばらくで……ちょっと、変わった気がするから」

「……」

「メディレスってでけぇにーちゃんも、気にしてたぜ」

「ああ……うん」

「……このまま、どんどん壊れていかなければ良いけどって」

 壊れてって……。

 笑みを口元に作り、キグナスに向けた。

「別に、壊れてなんかないよ。どこも」

「そうか?」

「……うん」

「カズキを取り巻いていた優しい空気が、影を潜めたみたいだって言ってた」

「……」

 それじゃあ今の俺が冷血漢みたいじゃないか。

「同じだよ、別に」

「カズキ、笑わなくなったから」

「……え?」

 思わずキグナスを注視した。キグナスも真っ直ぐに俺を見ている。心なしか少し、寂しい表情をしているような気がした。

「そんなこと、ないだろ。笑ってると思うけど」

「笑ってる顔を作ってる――それが1番近い気がする」

「……」

 答えに詰まる。

 言われてみれば確かに、あれからこっち、自然と笑みが零れたのは……ドルヴィスにダガーを突きつけた時だけだった。――まるで狂気の始まりのように。

 あの時以外に見せる笑顔は、意識して作っている……そう言っても、過言じゃないのかもしれない。

「そうかな……」

 また、小さく口元に笑みを模った俺の声にかぶせるように、再びニーナの声が俺たちを呼んだ。思わず止めていた歩みを再開しながら、キグナスに微かに顔を向ける。

「同じだよ。俺は、俺のやれるようにやるだけだから……」

「やりたくねぇこととか、どうしても無理なこととか……言って良いんだぜ」

「……」

「その為に、他の……俺とかシサーとか、いるんだろ」

「……うん。ありがとう」

 もう……やりたくないことなんて……。

 ……飽和してしまって、既に、ないけれど。

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