表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
QUEST  作者: 市尾弘那
70/296

第2部第1章第9話 ギャヴァン市街戦《前編3》(2)

 ギャヴァンの街は、元から大きな街だったわけではもちろんない。最初はごくごく小さな、辺境の港町のひとつに過ぎなかった。今のように王都に次ぐ人口を抱えた大都市となったのは、ここ数十年の話だ。

 ギャヴァンに貿易の拠点となる港を築こうと考えた国が街の整備に乗り出し、そのおかげで人口が爆発的に増えた。……それまでの設備では、追いつかなくなったのだ。

 地下水路は当初、本来利用していたものを拡張する話となっていたのだが、余りに急激に人口が増えたこととかつての地下水路の設備の甘さに、新たに設けられることとなった。つまりギャヴァンの地下には、現在使用されている地下水路とは別にもうひとつ、旧地下水路が走っている場所が一部、ある。

 地下水路と旧地下水路は当然交差する部分もあれば、全く無関係の方向へ伸びている部分もあり、市民兵は現在、地下水路から地下へ入り込み、交差点から旧地下水路へ潜り込んでいる。軍舎に置ききれない物資も、ここへ移動してあった。

 加えて、この旧通路の役割はこれに留まらない。この後、重要な役割を果たしてもらうこととなっていた。

 旧地下水路の存在は、多くのギャヴァン市民でさえ知らない。長く、ここを拠点に活動し拡大してきたギルドの協力あってこその利用である。

 通じる出入り口はほんの僅か、そしてその大半はやはり、地下水路への入り口と同様に油紙や蝋、そしてこちらは石を使って塞いであった。利用できる極少の出入り口も、知らぬ者には気付かれぬよう板や蔦でカモフラージュがなされている。

「んで、どこだっけ」

「……頭」

「っと、この辺か」

 頼りない発言をした長に、グランド以下9人ががっくりと揃って肩を落とす。気にする様子もなく、ジフリザーグは手探りで入り口を探した。灯りの届かない地下水路、夜目が効くとあっても限度はある。

「ジフ!!無事だったか!!」

 旧地下水路へと入り込み、その入り組んだ通路を更に奥へと進むと、ようやく灯りが見えた。軍舎へと戻れず、こちらに避難した市民軍が集まっている場所まで辿り着いたのだ。

 こちらは既に封鎖されているので、現地下水路のように水は通っていない。湿った空気が流れてくるせいで至るところに水滴はあるが、その程度である。おかげで、狭い通路だがそれなりの幅が確保出来ている。

「おー。無事無事。ここは、どんくらいだ」

 ジフリザーグを見つけて、何人かが駆け寄ってきた。そうでなくとも、そこにいる人間のほぼ全ての視線がこちらに向いている。こちらから見えていない奥の方まで、人がいるのだ。

「ここは大体300くらいだ。そっちの先と右に折れた行き止まりの方に200ぐらいずつ。物資の辺りに100くらいか?」

 駆け寄ってきた男が、そばの男を振り返った。頷く。

「じゃあ、地下水路の総勢は……千に満たないのか」

 愕然とした。市民兵は3千はいたはずだ。

「あっちに潜り込んだのは、どのくらいいるかわかるか」

「多分……ここより少ないと思う」

「……そうか」

 暗澹たる気持ちになってきた。では、半分ほどが殺されたか捕虜になったのだ。自警軍の1500人は軍舎に逗留していたはずだが、残りの1500がどうなったのかを考える気にもなれない。

「今、上は……」

 壁際にじっと座り込んでいた男が、おずおずと声をかけた。見知らぬ男だ。疲れたような顔をしている。

「モナが軍舎の包囲を開始している。羊毛を詰めた袋や土嚢で、防護壁を内側から防御を固めたりもしてるみてーだ。それから」

 言葉を切って、目の届く範囲の男たちを見回す。

「モナが気付いたようだぜ。ここへ来る途中、甲冑の音が聞こえた」

 男たちに動揺が走った。それを制すように、殊更軽くひらひらと頭の上で手を振る。

「ああ、心配すんな。別にこっちがバレたわけじゃねー。あっちだ。あっちの地下水路の存在がバレんのなんか、最初っからわかってんだろ。今更動揺してどーおすんだよ」

「けど……」

「バレねえって。ここで宴会して大暴れする気があるわけじゃねーんだろぉ?」

「そりゃあジフだよ」

 だから何でいつも俺なんだよ、とかくっと肩を落とす。それからそのまま、その場にしゃがみこんだ。

「んで、だ。何が言いたいのかつーと、出る時に注意しろってだけの話だ。地上に出るまでにはあっち通んなきゃなんねーからな」

「わかった。後ろと、他の待機場所に伝えろ」

 手近な男の言葉を受けて、何人かが移動する。それと入れ違いになる形で、通路の奥から屈強な男が近づいてきた。オレンジ色の長い髪を束ね、片目には眼帯を嵌めている。

「グローバー」

 その男の存在はジフリザーグも知っていた。親しいと言える間柄ではないが、グローバーの船はギャヴァンを良く訪れるし、飲み屋にも良く出没している。ジフリザーグは酒は飲めないが、それでも以前にも何度か言葉を交わしたことはあった。

「どうするんだ」

 加えて、グローバーはたまたま港に立ち寄っただけの、言わばギャヴァン攻防とは無関係のはずなのだが、この街を守りたいと言って船員と共に協力をしてくれている。ギャヴァンの水夫とも馴染みが深いので、何人かのリーダーと共に水夫たちの取り纏めを行ってくれていた。

「……奇襲を掛ける」

 微かに顔を俯け言ったジフリザーグの言葉に、グローバーは腕を組んだ。その場の何人かに、また動揺が走る。

「ヴァルス軍は、どうしたんだ」

「俺たちを見捨てる気なのかな」

 不安が伝染するように空気を震わせていくのがわかった。弱気になるのはまずい。

「馬鹿。ティレンチーノ要塞からだってすぐに駆けつけて来られないことだって、わかってただろ」

「けど」

「ギャヴァンを見捨てて困るのは俺たちだけじゃない。国だって一緒だ」

「……」

 蹲った男のひとりが、抱えた膝に顔を埋めた。

「俺、もう、嫌だ……ッ」

「……」

 その言葉に、胸を突かれる。

 正規軍が相手なのだから、強い。それは最初から知っていた。頭では、だ。

 だが、実際仲間がこうも簡単に半数以上行方が知れないとなると気が塞ぐ。見ると聞くでは大違い、と言う奴だ。

 戦争において、兵力差が全てではないことはわかっている。他大陸では80万の大軍が8万の兵に敗北した例さえあるのだ。だが、それをジフリザーグ率いる市民軍に当て込めて考えるのは、無謀が過ぎると言うものだろう。

 徴兵される兵だって、実戦投入の前にプロ――将軍らによって厳しい訓練を受ける。何ら訓練を受けていない市民兵が、付け焼き刃でどうなるものでもない。統率するジフリザーグとて、戦争屋ではないのだから。

 勝てる要素など、最初からどこにもない。

 ジフリザーグがすべきはただ1点。――負けないことだ。勝つことと負けないことは、イコールではない。

 ゲリラ的に撹乱し、ヴァルス軍を街に引き込むだけなら少人数でも、出来る。どうせもうじき、傭兵軍が到着するのだから……。

「……良いさ」

 立ち上がって男のそばに歩を進め、しゃがみ込んだジフリザーグは優しく声を掛けた。

「傭兵軍が侵入してくるのはこの旧地下水路だ。……この通路は、街の外へと通じている」

 男が顔を上げる。

「知ってるだろ?」

 その言葉に、声もなく頷いた。

 旧地下水路の重要な役目――それは傭兵軍をギャヴァンの街中へと導くことだ。

 攻城するにあたって、敵兵が外から坑道を掘ることさえある。まして今回のギャヴァン戦に至っては、事前から市街戦、籠城戦となることが読めているのだ。ただでさえガイドとなる通路があるのに、それを繋いでおかない馬鹿はいまい。

 ただ、古く、一時国から見離された旧水路であればこそ、限界がある。国軍ほどの人数が通れる道には出来ない。ゆえに、傭兵軍を小分けにして初期投入する際にのみ使用することになっている。

「他の人も聞いてくれ」

 立ち上がって、ジフリザーグは不安に曇る人々の顔を見回した。

「元々、この戦闘への参加は誰にも強制されていない。……国にもだ」

「……」

「逃げたい奴は、逃げてくれ」

 微かなどよめきが走った。グランドがジフリザーグの肩を掴む。

「おいッ……」

「そーだろ?」

「……」

「……何人も、失ったんだ」

 呟くような、ともすれば掻き消されそうな声を、誰もが静かに聞いていた。

「何人も、失った。これからも、失うんだよ。自分を守る権利は、ここにいる誰にも平等にあるんだ。逃げることは恥ずかしいことじゃない」

「ジフ……」

「この通路は、外へ通じている。ギャヴァンの外だ。夜は魔物が出るだろうから……朝、日が昇ったら、真っ直ぐティレンチーノ要塞を目指せば、必ず助けてくれる。今はまだ、命は保障されてるんだ」

「……お前は、どうするんだ」

 グローバーの低い問いに、ジフリザーグはまたも顔を俯かせて小さく笑った。今、自分の顔が憎悪に染まっていそうで見せたくない。笑顔が成功している自信も、ない。

「……俺、大事な仲間失ったから」

「……」

「だから、俺……この街を、守らなきゃ……」

 それ以上何も答えないジフリザーグに、グローバーが吐息をついた。言葉にしなくても、その意図は明確だ。

「それにほら、俺、宮廷魔術師サマにタンカきっちゃってるしな。中からの協力者がいなきゃ、ヴァルス軍が辿り着いたって中に入れねーっしょ」

 ようやく、笑顔を作れた気がして顔を上げる。

「だから、行くわ、俺」

 短く言って、踵を返した。ギルドのメンバーが、黙ってそれに続く。それを背中に感じて、ジフリザーグは低い声で言った。

「……連中は今、市民兵を探して街中を徘徊している。軍舎を包囲しながら、発破を解除しながら、防護壁を補強しながら。……それほどの大人数で行動しているとは考えられない」

 現地下通路に近付くにつれ、水路を流れる水音が微かに耳につきはじめた。

「時は闇、俺たちの領分だ」

「……」

「片っ端から闇に引きずり込んで、消して行け」

「はい」

「……自分の背後の闇に潜む盗賊の恐ろしさを、心行くまで思い知らせてやれ」











評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ