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QUEST  作者: 市尾弘那
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第1部第3話 紫眼の少女(1)

 今回に関して言えば、俺の決断は間違っていなかったと思う。

 レイアはヒーリング系の魔法が扱えないと言うので、ソーマ草で傷の応急処置をしてから、1時間ほどでノイマンの湖に辿り着いた。

 湖には目もくれずにひたすらヘイズの町を目指して歩き続けた甲斐あり、新しいワンダリングモンスターに遭遇することもなく、もうじき夜半に差し掛かろうかと言う頃ヘイズの町の明かりが間近に迫り、衛兵の姿が視認出来るようになると俺は安堵でその場にへたりこみそうになった。

「すみません、中に入れて欲しいんですけど」

 俺の訴えに、衛兵が寄って来る。小さい町だと聞いていたのに、しっかりと塀や強固な門があって驚いた。

「こんな時間に何をしている? 怪しい奴」

 後で聞いた話だけど、昼に比べて夜になると旅人の死亡率は10倍にも跳ね上がるらしい。

 それを聞いて俺は、心底青冷めた。ぞっとした。

 一応、野営などで火を焚いたりしていれば、火を目印にやってくる奴も中にはいるけど、ウォーウルフみたいな猛獣系モンスターは寄って来ないらしく、歩くよりは安全なのだそうだ。

 レイアが、止めたわけがわかる。俺は安全を求めて、より危険な行動に出ていたわけだ。ワンダリングモンスターに遭遇しなかったのは、かなり僥倖ぎょうこうだったと言える。

 そんなわけで、こんな時間に訪れる旅人はまずいないらしく、俺はかなり怪しまれた。

 門番と押し問答しているうちに、慣れないことが続いたせいかウォーウルフにやられた傷のせいか、あるいはその両方か、俺は発熱してきたらしい。体が熱く火照り、頭がくらくらとしてきた。

 ……もう、いいから中に入れてくれよ……。

「その人、具合が悪いみたいだよ。入れてあげたら」

 そんな声が聞こえたのは、その時だった。まだ幼い、女の子の声。

「誰だ? ……またお前か」

 衛兵から、あきれたような声が上がる。

「何だ、こいつ」

 俺のいる場所からは、女の子の姿は見えない。

「あれだよ、ほら……いつも来る行商人一団の……」

「ああ……こんな時間に何してんだぁ?」

「ああ、もう!! あたしのことは良いだろッ。そこの病人なんとかしなよッ」

 病気じゃなくて怪我だけどね……。

 女の子の登場で気勢を削がれたのか、さっきより幾分砕けた口調で衛兵が俺に問い掛けた。

「具合が悪いのか。どうしたんだ」

 だから魔物に襲われたんだってば。

 仕方なく俺はまたイチから、レガードの身代わりと言うところは省略して、レオノーラからギャヴァンを目指して旅をしている途中で浄化の森を抜けたところで魔物に襲われたのだと言うところまで、説明する羽目になっていた。

 ようやく中に入れてもらえた俺は、門から街に入ってすぐのところに立っている女の子に気がついた。

 あっちの世界で言えば小学校中学年くらいの、ほんの子供。

 サイドの髪がおかっぱくらいの長さで、後ろの髪はいやに長いと言う不思議な髪型をしている。紫色っぽい髪に、紫色の瞳。吊り上がり気味の大きな目が、俺を見ていた。多分、さっき口ぞえをしてくれた行商人の団体の女の子だろう。

「あの、ありがとう」

 熱でくらくらする頭をこらえながら、礼を言う。にこっと笑うその彼女の頬に、笑窪がぴょこんと出来た。

「どういたしまして。……つらいの? ……ああ。魔物に襲われた傷で発熱してるんだね」

「……うん。多分」

「おぼっちゃまなんだ?」

 からかうように言う。

「何で?」

「怪我に慣れてない証拠でしょ。……こっちおいで」

「え? あ、うん……」

 言われるままについて行く。

「この時間じゃあ、もう宿はあいてない。あたしの泊まってるとこで良ければ、泊めてあげる」

 あ……行商人の一団とか言う?

「でも……悪いよ」

「変な遠慮するんじゃないよ、病人のくせに」

 くすっと笑って少女は、俺を先導するように歩いて行く。まるで、この町の住人のように迷いのない足取りだ。

「……名前、何て言うの」

「あたしはナタ。お兄さんは」

「俺は、カズキ」

「へーんな名前ッ」

 また言われた……。

「そっちの、ピクシーは?」

「あたしはレイア」

「そう。よろしくね」

 夜だから良くわからないけど、ヘイズの町はレオノーラのように華やかな町ではなさそうだった。

 そうだな……住宅街って言うのかな。そんな感じ。

 家はいっぱいあるけど、何かホント住んでるだけって感じだった。今は寝静まっているのか、明かりが灯っていない家が多い。

 町の作りそのものも、レオノーラと比べると簡素だった。道も、石畳とかじゃなく普通の……土がむき出しのままだし。

「こっち」

 ナタは多分、町の中心部の公園と思われる場所に入って行った。良く手入れされていて、木々も綺麗に刈り込まれている。

 広場を横切り、大きな池をぐるっと迂回するように歩くと、そこに大きなテントが張ってあった。

「お。ナタ、お帰り」

「ただいまー」

「面白いものは見付かったかい」

 ナタがテントにぴょこっと顔を覗かせると、威勢の良い声がした。大人の女性って感じの声だ。割と太くてしっかりしてる、でも奇妙に艶のある声。

「見付かったよ。拾い物してきたんだけど、良いかな」

「何だい」

「おいで」

 テントから顔を出して、俺の方を振り返る。そのまま中へ入っていくナタに従って、俺は重い体を引き摺るように続いた。

 テントの中は、かなり広かった。

 外から見ると中はだだっ広い空間が広がっているのかと思ったけど、そう言うわけじゃないらしい。巨大な布と棒とかを使ってうまい具合にいくつもの仕切りを作っていて、ちょっとした部屋がいくつもあるような感じだった。強いて言えばここは、玄関からロビーにでもあたるんだろーか。

「おっと、色っぽいお坊ちゃんを連れてきて」

 い、色っぽい……?

 そのロビー的空間の床に直接座り込んで胡坐をかいていた女性が、俺を振り仰いで言った。

 艶やかな濃紺の髪をてっぺんで1つに縛り、それでも尚且つ背中くらいまでの長さがある。インドのサリーみたいな布を巻きつけたような服を着ていて、褐色の肌を惜しげもなく曝していた。藍色の瞳が俺を見つめる。年の頃は正直言って不明、って感じだ。

 整理でもしていたのか、彼女の前には色とりどりの布が山と積まれていた。

「カズキ、よ。門番にいじめられてたから助けてあげたの」

「何だい、いじめられてたのか? やり返すくらいじゃないと駄目だよ、男の子は」

「魔物にやられて具合が悪いみたい。メディレスに言って治してあげてよ」

 その言葉に、褐色肌の女性が俺を驚いたように見た。

「良く見りゃ、あんた血みどろじゃないさ。この時間に旅して来たのか」

「はあ」

 曖昧に頷くとひゅぅっと口笛を鳴らした。やるねぇ、と言って立ち上がる。

「意外にホネがあるんじゃないか」

 ホネがあるんじゃなくて、この世界の状況を良く知らないだけ。 

「あたしはシリー。待ってな。今ウチの名医を連れてくるからね。ついでに着替えも持ってきてやろう」

 言ってシリーは、いくつも扉のようにぶら下がっている布の合間をすり抜けて、消えて行った。ナタが、床の上のゴザみたいなものを俺に勧めてくれる。

 そこに腰を下ろし、レイアが俺の頭の上に座った。……あのね。椅子じゃないんだけど。

 こうして座ってみると、体が本当に疲れていたことがわかる。何か……力が抜ける感じ。

「つらかったら、横になったら」

「……平気。ありがとう」

 ナタが水瓶から器に水を汲んで、俺に渡してくれた。一口飲む。

「ここは?」

 尋ねると、自分の分の水を汲んでいたナタが俺を振り返った。

「行商人パララーザ一団のキャンプだよ。団長はさっきのシリー。良い女だろ」

「ああ……」

 行商人パララーザ……。

 品物を売りながら、あちこちを旅してるんだろうか。ナタも?

「あちこち旅とかしてて、怖くないの?」

 こんなに小さいのに。

 俺が問うと、ナタはけらけらと笑った。

「怖いなんて言ってたら、生きていけない」

 その言葉に、俺は溜め息をついた。……強いんだ。

 俺も、強くなれるんだろうか。

 でもそれは、殺戮に慣れることと同意のような気がしてならない。

 慣れなきゃならないのか? 慣れなきゃ……生き残れないのか?

 それなら俺は……生き残れないかもしれない。

 今更になって、自分の甘さを呪う。レオノーラの街中にいる時は、気がつかなかった。外の世界がこんなにも殺伐としていること。魔物の徘徊する世界で、旅をすることがどういうことなのか。

 シェインが言ってたシサーと言う人に会えば、何とかなるような気が勝手にしていた。その人に任せておけばきっと、何とかなるんだろうって。

 でも……。

「どうしたの」

 ナタが首を傾げて、俺を覗き込んだ。紫色の瞳。

 この世界に来て、いろんな髪の色や瞳の色を見たと思うけど、不思議と紫と言うのは初めてだった。

「魔物とかさ、たくさん、見た?」

 ナタが笑う。

「いっぱい見たよ。そんなもの。旅をしていれば嫌でも襲われる。誰だって、その運命から逃れることなんか出来やしないんだから」

「……怖く、なかった?」

 俺の問いにナタは目を見開いて、俺を見詰めた。

「カズキは、怖かった?」

「……」

「襲われたんでしょ」

 強がっても仕方がない。俺は怖かった。いや、今でも怖い。ため息混じりに、頷く。

「怖かった」

「そう」

「……襲われたことも、怖かった。死ぬと思った。でも、それと同じくらい……」

 言葉を切る。魔物との生存競争を日常のものとして強いられているこの世界の人々にとって、俺が感じたことと言うのはどのように映るんだろう。偽善のように映りはしないだろうか。

 そう思えば……言葉が出なかった。

 途切れさせたまま黙った俺を訝しげにナタが見詰めたまま言った。

「殺したことが、怖かった?」

 俺は驚いて俯かせていた視線を上げた。心を見透かすような紫の瞳。

「……」

「顔に書いてある。……あたしは、そういう考え方は嫌いじゃないよ」

「……」

「ファーラの教えにもある。『汝、無益な殺生をしてはならぬ』」

 こんな子供がきちんと信仰しているんだ……。そういうもんなのかな。

 思ってから、この国がファーラ教を守護する国だとキグナスに教えられたことを思い出した。

 教皇領エルファーラと懇意にしているヴァルスは、ファーラ教を守護する第一の国なのだと聞いている。

 だとすれば……そういうもんなのかもしれないな。

 考えてみれば、日本はともかくヨーロッパなんかではキリスト教を保護していた時代があったわけだし、教会は生活の一部だったわけだし。

「でも、長生き出来ない」

「……」

「そういう考え方は、驕りがあるからだと覚えておいた方が良いね」

「驕り……?」

「そう。……人以外の生き物は……魔物も含め、そんなことを考えない。必死に生きているからだ。食わなければ死ぬ。襲わなければ死ぬ。襲った以上、相手が死に物狂いで反撃してくることも知っている。反撃をされ、負ければ死ぬのが自分だと知っている。……考えなくても、本能で、全身で、それを知っているんだ。それが摂理だからだ」

 俺は相手が子供だと言うことも忘れて、ナタの言葉に聞き入った。

「ただ生きる為に、襲う方も襲われる方も、必死だ。それだけだ。だから無益な殺生もしない。その代わり自分を守る為に殺生することを躊躇わない」

「……」

「誰だって、魔物だって、生命を落とすのは嫌だ。生命は生命を繋ぐ為に明日に向かっている。だから抵抗する。けれど同時に運命を受け入れることを知っている。だから怨みもしないし呪いもしない。……襲わなければいられなかった自分を知り、反撃をせずにおれない相手を知っているからだ」

「……」

「人が人を呪うのは、そこに無益な殺生があることを知っているからだ」

 ナタは、俺を説き伏せるとかそういう感じではなく、ただ淡々と語った。

「けれど、相手を慈しみ、哀れむ心は大切だよ。その心をなくさずにいれば、カズキは自然の摂理の一部となれる。……自分にも、相手に向けるのと同じだけ哀れみを向けるのを忘れないことだね」

「……」

「魔物が襲わずにいられないように、カズキには自分を守る権利があって義務がある」

「義務?」

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