第2部第1章第8話 ギャヴァン市街戦《前編2》(2)
自警軍の指揮官が指揮をしているのかと思ったが、恐らく市民軍のリーダーはあの深紅の髪の盗賊だ。ともすれば、自警軍と市民軍の双方取り纏めているのかもしれない。
奴を押さえれば、市民軍は烏合の衆と化すだろう。制圧は楽になる。
「あの男を潰せ」
インプレスの言葉に、間近にいた将官が顔を上げた。
「は……あの男、と言いますと」
「いただろう、さっきの新手の中にトゥルスを腰に下げた深紅の髪の男が。あいつがリーダーだ。あいつを獲れば、統率する奴がいなくなる」
将官が目を見張り、伝令を伝えようと踵を返し掛ける。その背中に、インプレスは命令を追加した。
「制圧するぞ。落ち着いて当たれ。必ず勝てる。抵抗する奴は容赦なく斬れ。降伏した者は捕虜にしろ。深紅の髪のトゥルス使いを獲った者には特別な計らいをしてやると伝えろ」
「はいッ……」
その頃、突如賞金首となってしまったジフリザーグは、街のあちこちから聞こえてくる戦闘音を頼りに市民兵を援護して回っていた。
「良いから行けッ。振り返るな、真っ直ぐ手近なところから逃げろッ」
怒鳴りながら剣を振り捌き、モナ兵を蹴散らす。 『剣は使えない』と言った割に、その剣捌きは見事なものだった。一流とは言えないが、一兵士と剣を交えるには十分過ぎる腕前と言えよう。
だが。
(くそ……もつか?)
傭兵部隊が到着するまで。
「っしゃ。退くぞッ」
囲まれていた市民兵の生き残りが粗方撤退したのを確認して、叫ぶ。近くでもまた、別の戦闘音と怒声が聞こえていた。そちらに援護に行ってやらなければならないだろう。
「あーあ、俺、こういう役回りする柄じゃないんだけどなあ」
駆けながらぼやくと、隣を走っている男がにやりと笑った。長身の、風にダークグレーの髪を靡かせる美形である。ジフリザーグの兄のような存在であるエスタシークだ。
「ぴったりすよ」
「……勘弁してくれ。俺は体力勝負じゃねーのに」
面倒見が良い辺りがぴったり……とエスタシークが言い掛けたところで、別の路地から激しい足音が接近してきた。響く甲冑の音。仲間ではありえない。市民兵はろくな装備をしていないからだ。後ろからも、先程剣を交えていた兵士たちが追い縋る音が響く。思わず舌打ちが漏れた。
「いたぞ、賞金首だッ」
路地から新たに現れた兵士の口から、声が上がる。その言葉に、ぽかんとした。
「……賞金首?誰が?」
「……この場合、やっぱ頭じゃないか」
「頭ってゆーな。……何で?」
「またろくでもないことしたんでしょう」
「あのなあッ……ってそんなこと言ってる場合かッ」
場合ではない。追い縋る兵の数が倍増し、さすがに青くなる。
「あんなにうじゃうじゃと相手取れるかッ」
一際足の早い兵が肉迫して来た。剣を振りかぶって躍り掛かる兵士に、トゥルスを投げ付けて牽制する。かつて手に入れた魔力付与道具である。
トゥルスにはブーメラン機能はないが、これは自動的にジフリザーグの手に確実に戻る。加えて、個人的な改良を加えたそれは中心点の内側に取っ手がついていて、正面に向ければ盾代わりに剣を受け止めることも可能だ。
「ぐはッ」
兵が仰け反って倒れた時、既に周囲では幾つかの切り合いが始まっていた。
「くっそ……勿体ねーけど仕方ない。発破使うぞ」
言うが早いか、取り出した筒状の爆弾に点火する。ギルド特別調合の発破である。
「ほーら、危ねーぞー」
言いながらこれ見よがしにひらひらと振って見せると、モナ兵から動揺が走った。どころか、「うわあ」と味方からも動揺が走った。ぽん、と放り投げると一斉にモナ兵が退く。爆音が響き渡り、辺り一面が煙に包まれた。
「げほげほ」
「頭……本当に危ないっす……。俺らまで巻き添えくっちゃいますよ」
「以後気を付けよう……」
微妙な表情で答えながら、最も近い戦闘音を目指して駆ける。追い付いてきたシドを横目で見て、ぼやいた。
「なーんで俺が賞金首なんだよー」
「そりゃあやっぱり、頭のワルさは一目瞭然だからじゃないすか」
「頭ってゆーなーーーッ!!……俺のどこが悪いんだよ」
ため息と共に吐き出して、前方に見えたモナ兵のひとりにトゥルスを投げ付ける。市民兵のひとりと切り結び、今にも止めを刺そうとしていたその兵士は不意を突かれた攻撃にもんどりうって倒れこんだ。
「ジフ!!」
味方の到着に気付いた市民兵が叫ぶ。踊り掛かって来た敵兵を斬り飛ばしながら、ジフリザーグは怒鳴った。
「『あっち』でも『そっち』でも手近な方へ逃げ込めッ。俺らが援護するからッ」
「わ、わかった」
一体この言葉を何度叫んだことだろう。
だが、回数が増して行くごとに……駆け付けるのが後になればなるほどに、仲間の屍が目につくようになる。血濡れた民家の壁や塀。通路の端に捨てられるように倒れている、仲間。
(わかっちゃ……いたけどッ……)
見知った市民の死体から目を逸らしながら、唇を噛み締める。
どれほど迅速に動こうと、適切な指示をしようと、結局最後は個人の武勇がものを言う。正規軍対市民軍では莫大な被害が出ることなどわかりきっている。自警軍とて、市民軍に毛の生えた程度なのだから。
それがわかっていながら市民たちは軍を編成したのだし、王城は遊撃部隊として認可したのだ。けれど目の当たりにすればやはり、胸に迫るものがあった。大切なものをひとつひとつ、失っていくと言う感覚だ。
けれど、これは防衛戦だ。自分たちの街を不当な占領から守る為の。
避けては通れない。
「あッ、こいつッ……」
手当たり次第切り込んで行くジフリザーグの耳に、不意にモナ兵の叫びが飛び込んできた。
「賞金首だッ……」
「おいおいおーい……」
場を忘れて突っ込みそうになった。げんなりする。だからいつ何がどうして賞金首になってしまったのか、是非お伺いしたいところだ。
「人気っすね」
「……ああ。お前にわけてやりたいくらいだよ」
「遠慮するっす」
「遠慮するな。俺は仲間と喜びも悲しみも分かち合いたいよ」
「俺は嫌っす」
つれねえなあああッと喚くそのそばから、モナ兵が次々と血飛沫を上げる。その左右を守るように、シドやエスタシーク、ラリー、ゲイトなどの仲間が固め、剣を振るった。だが、狭い路地の奥まで敵兵がひしめき、倒しても倒してもきりがない。
「頭が逃げ隠れした方が良いんじゃないすかね」
息の切れ始めたジフリザーグに、シドが己も剣を振り回しながらやや真面目に言う。
「出来るかそんなことッ」
だが、返答は予想通りのものだった。密かにシドは嘆息する。ギルドとしては、こんなところでまだ若い頭を失うわけにはいかないのだが。
しかし、自分が真っ先に安全なところに逃げ込むようなギルドの長など誰が信頼するだろう。荒くれ者の団員を取り纏めるには、そんな根性では務まらないのもまた、真実だ。
あらゆる面でまだ未熟さを残す、情に深く面倒見の良い頭を放っておけない、との思いがギャヴァンギルドに家族のような温かさを根付かせているのかもしれない。事実、ジフリザーグに代替りしてからのギャヴァンギルドは、急速に結束が強くなった。ガーネットの評はある側面当たってもいる。
尤も、反面頭は切れるし統率力があるのはもちろんなのだが。
「うわー……」
華麗な剣捌きを見せながら、ジフリザーグが顔をしかめた。別の……背後の通路から響く足音。
「ここで挟まれたらさすがに一網打尽だと思うよなあ?」
「間違いねえすねー」
「どおすっかなあー」
「発破使うっきゃないんじゃないすか」
「同感だ」
剣を引き、モナ兵の突きを躱して足払いをかけると同時に、地に手をついた反動で後方へ飛ぶ。残った2本の発破を両方抜き出した。多分1本では撒けないだろうとの判断だ。ギルドの発破は導火線に『炎の種』が接着してあり、そこを叩き潰せば自動的に点火する。キナ臭い匂いが漂った。
「ばらばらに散れッ。一旦、『ガーネット』で落ち合おう。無茶はすんなッ」
「1番無茶すんのは頭でしょーが」
また俺かい、と苦笑いを浮かべた。前方後方それぞれに1本ずつ、白煙を撒き上げながら弧を描いて発破が飛ぶ。爆音と怒号、煙に紛れ、ジフリザーグは盗賊ならではの身のこなしで左右に立ち並ぶ家屋の塀を突破して姿をくらました。
◆ ◇ ◆
「いたぞ、こっちだーッ」
(しつけえーッ)
寿司詰め状態の路地を爆破物で脱出したジフリザーグは、単身街の北西を目指して駆け抜けていた。いくら盗賊とは言え、こうも街中至るところに捜索者がいては見つからずに済むわけがない。気が付けばジフリザーグは、多少数が減っているとは言え2万余の敵兵に追われる身となっているのである。
(くうッ……善良な市民のこの俺が……)
善良かどうかはさておき、納屋の陰に身を潜めて後を追う兵をやり過ごしてからしみじみとため息をつく。そっと顔を出して、これまでとは逆の方向に駆け出した。そのそばから不意に、物陰からモナ兵がひとり飛び出してくる。
ぎょっとしたのはお互い様、ジフリザーグは相手が声を上げる前に剣で一刀した。そのまま、男が飛び出してきた路地に駆け込み、じぐざくに折れ曲がる。
「うおっと……」
最後の角を曲がろうとして、ひゅんっと言う風鳴りを耳にして地に体を伏せた。
(……っぶね〜)
街の至るところに仕掛けられている罠である。ロープと木箱を使った、弓矢の自動発射装置だ。仕掛けた場所は頭に叩き込んでいるはずだが、失念していた。自分で指揮を執って仕掛けた罠にハマっていては、末代までの笑い者である。
ばくばく言う心臓を宥め、冷や汗を流しながら再び身を起こした。目指すは『ガーネット』だ。今回において、『ガーネットの棲み家』を指す。元々『ガーネット』の通称と棲み家を知っているのはギルドの団員しかいないから、わざわざ隠語を作る必要さえない。
だが、敵兵を連れて飛び込むわけにはいかない。完全に撒かなければ。
そう考えたその矢先から、またモナ兵に遭遇した。勢いそのままにひとりを斬り倒し、突破口を拓き駆け抜けるが、後を追って来る足音が続く。
敵兵を引き連れたままジフリザーグが辿り着いたのは、ギャヴァン北西の海に面した崖だった。遠く、キール要塞のあるキール島と、間に砲撃船が停泊している姿が見える。
港のある南から左右に向けて少しずつ高度の上がるギャヴァンは、東も西も北に向かって次第に海とその標高を異にしていく。最西に近いその辺りまで来ると、海面は眼下30エレ(約45メートル)にも達した。落ちればただでは済まない。
「賞金首だ」
「聞き飽きたよ」
諦めたように、剣を腰の鞘に戻す。丸腰になったジフリザーグは、降参するようにひらひらと両手を掲げて振った。取り囲むモナ兵はざっと見積もっても20数人。さすがにひとりで切り抜けるのは、不可能だ。
「何でこの短時間の間に、俺に賞金が掛かってるのか教えて欲しいんだがなー」
その問いに答えられるモナ兵はいなかった。困惑したように隣の兵と顔を合わせる。
「おいおいおいおい。俺は自分が狙われた理由も知らねえで死ぬのかよ!?」
「うるさい。理由なんか何でも良い!!とにかくお前を獲れば、特別な計らいをして下さるんだッ」
「だから何で俺なんだつってんのに……」
ってか何で俺の顔をみんな知ってんだよ……と小声で呟く。腰にぶら下げた特殊な形状の武器と、爽やかに海風に靡くその髪が目印となってしまったとは気がつかない。
「観念して首を獲らせろ」
何人もの兵が、抜き身の剣を手にじりじりと迫る。ジフリザーグが背にしている沈みかけた陽の光を受けて、きらきらと反射した。日没間際の今、海からの陽光を正面から受けているモナ兵はさぞ眩しいことだろう。
「そう言われて『おっけー』と答える奴が果たしてこの世に何人いるもんか……」
言いながら、ゆっくりと崖際へ後退していく。気付かれないように気を使いながら、ベストの背中側のポケットに手を突っ込んだ。盗賊の7つ道具と言われる様々な道具プラスアルファがジフリザーグのベストには装備されている。
そのうちのひとつ、そのポケットに入っていた物とは。
「そいじゃ」
言って、素早い動きで取り出した拳大の丸い石を地面に叩きつけた。義弟シンがワインバーガ王国の『1つ目の鍵』のダンジョンで手に入れた特殊魔法石――閃光弾。
地に叩きつけられたそれは容易く砕け散り、四方へ真直ぐな十字光を発した。まばゆい閃光に、モナ兵どころか自分まで目が眩みそうになる。……眩んでいる場合ではない。
もう1度、今度は別のポケットからフックつきロープを取り出すと、次の瞬間ジフリザーグは崖下へ向かって身を翻した。