第2部第1章第8話 ギャヴァン市街戦《前編2》(1)
フレデリクの開戦命令に従い、モナ海軍はギャヴァン沖から北上、魔法弾による砲撃を加えながらギャヴァンへ迅速に迫った。
本国へ想定外の多数勢力が差し向けられているとあっては、ロドリス挙兵まで待ってはいられない。ヴァルス海軍がモナに迫れば、それはギャヴァン侵攻に対する人質である。仕掛けようが仕掛けまいが、『仕掛けられる態勢にいる』ことが問題だ。そうなる前に、何としてでも足止めをしなければならない。
ギャヴァン港は砲撃を受けたせいで、人の気配がなかった。積荷を下ろしかけたまま、放り出して逃げ出した様子さえある。
モナ軍総司令官インプレスは、速やかにギャヴァン侵攻部隊を艦隊より上陸させた。フレデリクは艦隊の指揮に当たり、ヴァルス海軍を追い詰めるべく海上に残っている。ギャヴァン沖に残されたのは、輸送船3隻のみだ。無論、籠城するにはその物資では2万2千の兵を補うことは出来ない。略奪が大前提である。
本来ならば、退路の確保の為に艦隊がここに残留するはずだったのだが、状況がいささか変わったので致し方ない。だが、ギャヴァン防衛に充てられている兵はモナを遥かに下回る。制圧には不安はない。
隊列を整え、ギャヴァンの港は侵略者たちで埋め尽くされた。高く聳える防波堤の両端に、街へと続く門がある。今閉じられているのは、市民のせめてもの抵抗だろう。
「ヴァルス軍はまだギャヴァンに辿り着かない。街にいるのは取るに足らない自警軍だけだ。ヴァルス軍が到着する前に街を制圧して門を閉じ、公が戻られるまで籠城態勢に入るぞ!!」
有能な司令官の特徴のひとつに、堂々とした声と声量が上げられる。号令の声が逞しく自信に満ちているか否かで、それに従う兵士たちの意気込みは天にも地にも変わるものだ。
「行け!!略奪せよ!!」
号令と共に、モナ陸軍は隊列ごとに街への入り口に向けて進軍した。この扉の向こうには、母国にはない芳醇が約束されている。鴇の声と共に、攻城用の投石器が運び立てられた。ギャヴァンは海側の防波堤も防護壁を兼ね、それなりに堅固だ。
「……来るぞ」
閉じられた門の向こうで、ボードレーが呟いた。防波堤の裏、高く積まれた土嚢の上に、幾人も自警軍の兵士が身を潜めている。その眼下で、哀れなモナ陸軍が、閉じられた門を開く為に殺到していた。望むところに敵の兵力を集中させるのは、基本である。ましてやここは、街へ抜けるためには自動的に集中せざるを得ない。
投石器の準備が整う前に、仕掛けてしまうべきだ。
「まず第1陣、行くぞ」
ボードレーの掛け声と共に、兵士が一斉に屈めたその身を起こした。手にした壺を、港の兵に向けて叩き落す。
「な、何だ!?」
「自警軍だ!!」
運悪く壺が直撃した者の中には短い侵略の歴史を閉じた者もいたが、無論特記すべきことでもない。それよりも問題は、壺の中から降り注いできた液体だった。
「油……!?」
「射よ!!」
続けて放たれたボードレーの指令に、壺を手放し弓矢に持ち替えた兵士たちから火矢が打ち込まれた。油の洗礼を受けた兵士たちが、次々と火達磨になっていく。木製の投石器も、いくつか炎を噴き上げた。
「小賢しい真似をッ。もたもたするな!!早く門を破れ!!」
インプレスの怒声に、火達磨を免れた兵士たちは開門に必死になる。背面は海だ。ここを何とかして開けなければ、いずれにしても逃げ場はない。輸送船団は、全員収納するほどの能力を持たないのだ。まさに必死である。
炎に全身を包まれた仲間が、水を求めて海へ幾人も身を投じる中、持ち込んだ材木と残った投石器でようやく破壊された門が開いた。上からは遠慮なく次から次へと、火矢が降り注いでくる。兵士たちは、門の向こうへと逃げ場を求めて雪崩れ込んだ。
「うわッ」
「ぐおッ」
だが、次の瞬間先頭を走り出た兵士たちの身が宙に浮いた。足場の不在を知った時には地の底にいる。そこへ、同様に足場を失った仲間たちが次々と転落して来た。落とし穴である。
「歓迎の準備をしていないと思われるのは、情に厚いギャヴァンの市民としては不本意だな」
モナの襲撃に備えた自警軍及び市民軍は、防波堤の裏にせっせと土嚢を積み上げて、門の手前には巨大な落とし穴を準備したのであった。上にすのこを渡して通路とし、モナ襲撃の報を受けるなりそのすのこを取り払ったのだ。単純ではあるが、火矢で焦って飛び出してくる兵士たちには効果的である。次々と立て続けに転がり落ちるがゆえに、圧死する兵も多数出るし、負傷する兵士はその上を行く。
「散れッ」
モナ軍が混乱に陥っているうちに、ボードレーは素早く退却命令を下した。罠の成功に酔いしれてここに留まっていては、たかだか3千の自警軍など一挙に叩き潰される。滑り台の要領で一気に土嚢から街へと降りた自警軍は、予め定められた通りに街の奥へと逃走した。
上陸するなり立て続けに嵌められた兵士たちの、一部血の気の逸った者が剣を片手に駆け出す。街の奥へと逃げ込んでいく自警軍を追う為だ。
「馬鹿者ッ。態勢を立て直せッ」
歯噛みしながらインプレスが命じる。ここは草原ではない。幅の限られる市街路で軍の一部だけが突出して深追いすれば、各個撃破されるだけだ。
案の定、深追いをした兵士は道の先で、角から狙いをつけてくる弓矢の集中砲火を受けてばたばたと倒れた。ひとりひとりの技術は稚拙であっても、数を撃てば当たる。そして人の命を奪うには、致命的な1本がそこに混ざっていれば良い。
仲間がたかだか市民に倒されるのに頭に血を上らせた数人がまた駆け出すと、別の角から今度はカトラスを構えた小麦色の上腕逞しい男たちが飛び出す。味方を射ずに済むほど腕に自信がないのか弓矢はなりを潜めるが、カトラスの男たちは市民と言って侮れたものではなかった。
ギャヴァン市民は海の民である。言い替えれば気の荒い、水夫たちの街なのだ。プロではなくとも腕に覚えがあり、度胸だけなら正規兵にさえ負けない気概がある。
カトラスチームが突出したモナ兵を薙ぎ倒して、その勝利の勢いに押されるようにしてこちらへ駆けてくると、つられたように制されたこちらの兵がまた突出した。するとこちらへそのまま突撃をはかったかのような彼らは、するりと手前の角へ姿を消す。そして姿を消した弓矢部隊が再び姿を現し、集中砲火を浴びせた。
気が付けば、前方の通路に限らず右でも左でも同じようなことが行なわれている。挑発的に波打つように押し寄せては姿を消し、それを思わず追う兵が途中に湧いて出る別動隊の襲撃を受ける。引きずられるように街中まで引き寄せられ、モナ軍は分断されていった。
入り組んだ街の路地のあちこちで、戦闘音が起こる。
「魔術師部隊ッ」
インプレスは後方を振り返った。兵士たちに守られるように従軍している、僅か10人の魔術師たち。
モナは裕福ではない。ゆえに、魔力がある者がいたとしても学ばせるような財力は親にはないし、まして一流のエルレ・デルファルへ留学させるなど夢のまた夢である。それよりは労力としてごく普通に使われるので、大した魔術師が育たない。ただでさえ魔力を持つ人間と言うのは、稀有なのだ。これまでのモナは、魔術師部隊など有していなかった。
だが、魔術師部隊の重要性に目を留めたフレデリクが、国の財から魔術師を育てるよう制度を整えた。まだ在位期間が短い為に実りは少ないが、それでも確実に魔術師が育っている。
インプレスの怒声に、魔術師たちが前へ進んだ。口々に呪文を唱え始める。
「やべ、魔術師だッ」
注意を喚起する声が前方で起こり、こちらの魔術師の呪文が完成しようとしたその時だった。
「な、何だ!?」
ババババババッ。
短い、だが連続的な破裂音、いや爆発音。
味方の中から突如起きた爆発に、兵が動揺する。耳を劈く(つんざく)ようなその音に、インプレスも思わず心臓を鷲掴みにされた。
「うわあッ」
「爆弾か!?」
だが、爆弾であればとっくに死んでいる。インプレスは足早に、音のした方へ向かった。混乱した兵は、更にばらばらと分散していく。街のあちこちでも同様の爆破音が響いていた。
「小細工をッ……」
はらわたが煮えくり返る。憎悪で出来たその声で吐き出し、足元の木の箱を蹴り飛ばした。――爆竹だ。
頭上を見上げると、ぶらん……とロープが、力なく中途半端な位置にぶら下がっているのが見えた。木から木、あるいは屋根から屋根へロープを渡して爆竹を詰めた木箱を吊り下げ、火矢で射ったのだろう。爆竹に炎が引火し、モナ軍の只中で突如爆発音がすると言うわけだ。ただでさえ混乱の生じている状態、モナ兵が動揺するのを狙ったのだとすれば的を射ていた。
「うああああッ」
「発破が仕掛けられてるぞッ……」
2万2千の兵は一体どうしたのか、市民に誘導され今や街中に散り散りになろうとしている。インプレスは歯軋りをした。たかだか数千の市民相手に良いようにしてやられていたのでは、フレデリクにどう顔向けすれば良いのか。
カトラスを手に踊りかかってきた男を、一刀で切り捨てる。細切れになった兵は、あちこちで自警軍や市民兵と戦闘を演じていた。乱戦だ。
ここまでの短時間で、モナ兵の被害はかなりのものに上ろうとしている。
(ふざけるな……ッ)
街中に響く爆竹の音と喧騒は、ジフリザーグのいる軍舎にも無論届いていた。窓から街へ視線を向けるジフリザーグの隣に、ギルドの団員が歩を進める。
「なかなか善戦しているようじゃないか。今の段階では、死傷者は圧倒的にモナ軍の方が多いようだし。こりゃあもしかすると……」
「馬鹿言うな」
冷静そのものの顔で、視線を窓から背けずにジフリザーグは応じた。……まずい方向に行こうとしている。
「そうすか?」
「たりめーだろ。相手は正規軍だつってんじゃねーか」
顔を顰めて言いながら、腕を組む。
「今は不意を突かれて混乱しているだけだ。態勢を立て直したら、こっちは斬られまくるぞ。……だから茶目っ気起こすなって言ったのに」
ギャヴァンの市民はノリやすいのは良いが、少々ノリやすすぎる。……逃げるタイミングを、恐らく完全に逃した。調子に乗って、白兵戦を挑んでいる気配が街のあちこちから漂ってくる。
敵勢力を引き回して小分けにしているから何とか善戦しているだろうが、だとしたって相手は正規の訓練を受けた兵士だ。加えて、全勢力で言えば圧倒的にあちらの方が多いのである。
先発の傭兵軍が辿り着くまで、とにかくモナ軍を分散させて可能な範囲で兵力を削る。罠に嵌めさせる。国の指導も訓練も受けていない数千の自警軍と市民軍では、その程度が関の山だ。肝要なのは命を失わないこと。この街の住人が抵抗する意志があり、モナに握られていなければそれは制圧とは言えない。
だが混乱が生じ始めているこの状態で、状況が逆転するのはもう間もなくだろう。
「シド」
「おお」
「発破っていくつあったっけか?」
「3つっすね」
「みっつう!?」
認識よりかなり少なく答えられて、ジフリザーグは窓から目を離した。隣に立つ、ギルドの古株に目をむく。父親が亡き今、ジフリザーグにとっては父のようでも兄のようでもあり、時には弟のようでもある存在だ。
「ああ」
「あ、そっか」
そういや使ってるんだっけか。
思い出して、ジフリザーグはポンと手を叩いた。シドががくりと肩を落とす。
「かしらあ」
「頭ってゆーな。……そうだったそうだった。使ってるんだったよな。んじゃ3つでいーや。それと、白兵戦でもいける団員を何人か呼んでくれ。あと、援護で弓……が使える奴は今散らばってるのか」
普通の市民に、ロープで吊った木箱を遠距離から射落とすなどという離れ業が出来るわけがない。当然ギルドで腕の立つ者を貸しているのだ。
「ま、しょーがねえな」
言いながら、軍舎を奥へと移動する。シドがそれを追った。ジフリザーグはごそごそと武器庫を漁り、小振りの剣を1本抜き出して振ってみる。
「頭……どうするんで」
「頭ってゆーな。決まってるだろ。逃げ遅れた市民を援護だ。……やだなあ、俺、剣は使えねーんだけど」
苦い顔をしながらベルトを取り付け、剣を鞘に戻した。シドに目を向ける。
「上行って、ボードレーに『ここよろしくー』って言って来てくれ。んで上のギルドの団員……そうだなあ。15人ってとこでいーや。呼んできてくれや」
「了解ッ」
シドが踵を返すのを認め、ジフリザーグはロビーへ戻りながら再び苦い顔をした。腰に装備してある、自前の武器トゥルス(三方辺の投げナイフ)を確かめる。やはりこちらの方がしっくり来る。
(ま、しゃーねーやな……)
盗賊は戦闘にはあまり、向かないのだが。
階段の方角から、バタバタと足音が聞こえた。シドを先頭に、武装したギルドの団員たちがぞろぞろと降りてくる。最後尾にボードレーが続いた。
「んじゃ行ってくっから、ここ、頼んます」
「わかった。戻って来いよ」
「牛と一緒にね」
おどけて肩を竦めると、ボードレーが吹き出した。
ギャヴァンには、陥とすべき城はない。代わりに、象徴とされるのはこの軍舎。
加えて、ギャヴァンの街中からは兵站や略奪の対象となり得るものは、可能な限りここともう1つの場所へと持ち出してある。間違いなくここを攻めてくるだろう。ボードレーを初めとする1500人の残留自警軍は、ここの護りにあたっていた。
「行ってきまーす」
散歩に出るような口調で軍舎を出て行くジフリザーグに、ぞろぞろと団員が続く。
その背を見送り、ボードレーは防衛の指揮を執る為に踵を返した。
◆ ◇ ◆
「冷静になれッ。相手は所詮市民だッ」
インプレスは声を限りに叫んでいた。自らも剣で、襲い来る市民兵を斬り捨てる。
フレデリクに徹底的に鍛え上げられたモナ軍を統率するだけあって、その剣技は生半可なものではない。次々とカトラスを振り翳して襲い掛かる男を切り捨て、薙ぎ払い、その堂々とした威厳ある声を張り上げる。
「態勢を立て直せ!!冷静になれば決して負ける相手ではない!!我々にはギャヴァンの富が待っている!!」
勇猛を見せ付ける自分たちの指揮官に、動揺の続くモナ兵は次第に落ち着きを取り戻していった。合間に、まだ頼りない魔術師兵の魔法が飛ぶ。勢いに乗って押していた市民軍が、次第に押されて行った。
ようやくあるべき姿に立ち返れたことに満足を覚えながら尚も2人を斬り捨てると、前方の路地から新たな足音と怒声が響いた。
「退けッ。ここは俺たちが援護するからッ」
(……ほう?)
言いながら飛び込んできた十数人の人影、そのうちのひとり、深紅の髪の男にふと目が留まる。襲い掛かるモナ兵に対峙する、その剣捌きは実に美しいものだった。無駄のない動きと的確な狙いでモナ兵を捌いている。
「すまねえッ」
幅がそれほどあるわけでもない通路のこと、新たな手勢が広がるせいで、逃げる市民軍をモナ兵はそれ以上追撃することが出来ない。
見れば周囲の男たちも、華麗とは言えないが身軽な動きをする。屈強ではない、だが……。
一瞬、深紅の髪の男と目が合った。小さくにやりと、その口元が笑いを模る。
「退くぞッ」
「へいッ」
短い号令の後、統率された動きで男たちが撤退に入った。最初に戦闘を演じていた男たちは、既に行方をくらませている。残っているのは物言わぬ死体だけだ。
撤退姿勢に入った男たちに、モナ兵のひとりが執念に剣を振り被った。瞬間、深紅の髪の男が振り返り、腰に下げた何かを引っつかんで投げつける。襲い掛かったモナ兵は、首から血を撒き散らしながら転倒した。
(トゥルスか……!?)
卍型の一片が欠けたような形に研ぎ澄まされた刃を持つ、三方辺の投げナイフだ。いずれの刃がぶつかっても深い傷……ともすれば致命傷を負うように出来ている。
ブーメランのように戻ってきたトゥルスを受け止め、男たちが路地へと姿を消す。インプレスは声を上げた。
「よせ、深追いをするな」
これ以上ばらけてしまっては適わない。取り急ぎ、軍を召集し態勢を整えることが先決である。
……トゥルスは、ローレシアにおいて騎士や兵士が普通に使用するような武器ではない。トートコーストの投擲武器だ。まして、普通の市民が携帯するような代物では到底ない。
無論ギャヴァンは貿易の街だから、その気になれば手に入れるのは困難ではないだろうが……。
(そうか……通りで)
戦闘市民兵は、どう見ても国が指導していない。にも関わらず、訓練を受けていない市民の集団にしては統制が取れすぎている。指揮をしているのは多分、普段から組織慣れしている人物。加えて先程の新手は、普段から組織だって行動している連中だ。
(盗賊か……。ギルドだな)
あの男が、ギルドの長なのだろう。




