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QUEST  作者: 市尾弘那
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第2部第1章第7話 ギャヴァン市街戦《前編1》(2)

「おーうッ。俺は何度も何度もしつっこく言い続けてやるぞーおッ」

 へいへい頑張って下さいねえ……とギルド団員のフェイルは、木箱を抱えたまま奥へと姿を消した。それを見送って、再び図面に向き直る。手近なティーポットを引き寄せ、とぽとぽとカップに注いでようやく茶を口に運んだ。

「油紙と蝋が足りねーんだけど、どっかにあっかなあー」

「あ、港の倉庫にまだあったぜ」

 ぶほーーーーーッ。

「あーあ、ジフぅー……子供じゃねえんだから」

「げほッげほッ……き、気管に入った……」

 素晴らしい霧を噴き上げたジフリザーグは、涙目になってむせながら立ち上がった。今の会話を交わしていた男たちを目で探す。

「おいおいおい。港の倉庫なんかまだ使ってんのかあッ!?」

 目一杯凄んで怒鳴ってみせるが、間に『げほげほ』とむせこむ音が混じり、目には涙が浮かんでいるとあっては迫力も何もあったものではない。

「あ、まずかったすか?」

「まずかったすか?じゃねーよまずいよッ。海から攻めてくんだつってんだろッ!?港の倉庫をのうのうと使う馬鹿がどこにいるよッ!?たーのーむーよー、もう……」

 へたっと椅子の背もたれに、両手をつく。

「俺、宮廷魔術師サマに『まかせとけ』ってタンカきっちゃってんだからな?わかってる?頼むよまじでー……」

 あぶねーなあもう、とぼやいて再び椅子に座り直してぐしゃぐしゃと髪を掻き混ぜた。

「何でそんな無茶なタンカきるんすかー」

「無茶ってゆーな。……俺より年下そうなのに何かこう……身分高そうって感じで威厳があるもんでつい」

「張り合ってもしょうがないでしょー?こっちゃあ下級市民なんだから」

「うーるーさーいーなああ。俺にだって意地ってもんが……じゃなくて!!物資は全部ここと例の場所に移せよッ」

 そこへ、先程の木箱を運んでいったフェイルが戻って来た。顔を寄せる。

「頭……全部なんて無茶っすよ……」

「全部だ全部ッ。……全部って言ったって手を抜く奴は抜くし、不可能なことは不可能なんだよ」

「不可能なことを要求しないで下さい」

「ばぁか。最初っから『可能な限り』なんて言ってちゃ『可能』なレベルが下がるだけだろー。頭使えよ。……ってだからッ。頭ってゆーなってばッ」

 ジフリザーグがしつこく付け足したところで、斥候の役割をしていた同年のギルド団員ラリーが飛び込んできた。

「頭ッ。ヴァルス軍が動き出したッ」

「頭ってゆーなッ」

 ラリーにも律儀に怒鳴って、立ち上がる。

「各リーダーはどこ行った?チームの作業はそのままに、リーダーだけ集めてくれ」

 掛け声と共に、その場にいた数人が散らばる。間もなく、街の各所で作業をしていた市民軍のリーダーたちが軍舎にわらわらと集まって来た。

「ごくろーさん」

「何か動きがッ!?」

 いきり立つような声が上がる。苦笑いを浮かべながら、ジフリザーグは頷いた。

「ヴァルス軍が動いた。となればモナも動く。開戦は遅くたって数日以内だ。罠の設置場所と塞ぐ場所、これに従って追加してくれ」

 言って、今しがた睨みあっていた地図と図面を手近な男に手渡す。

「んで、各チーム、速やかに作業を終わらせて持ち場で待機」

 一旦言葉を切り、先程まで向かっていた机に寄り掛かって腕を組んだ。

「必ず、最低でも2人一組で行動するよう徹底させろよー。相手は正規軍なんだからな。下手な茶目っ気起こして、真面目に武器持って戦おうとか思うなよ。どーせ負けんだから」

 あくまで気楽な口調で話すジフリザーグにつられるように、数人から笑いが零れた。

「練習した通りに行動すれば良いんだ。運動会みてーなもんだろ。やることやったら、後は逃げ回れ。とりあえず目安は日没まで。簡単だろ、夜まで逃げてりゃいーんだ逃げてりゃ」

 国軍相手ではただ逃げることさえ至難の業だが、殊更けろりとした口調で言われると大したことではないような気がしてしまう。

 戦場で1番怖いのは過度の恐怖と、それに晒されて混乱する味方だ。緊張感は必要だが、過剰であることに益はない。

「ここは俺たちの街だ。誰よりも俺たちがこの街を良く知っている。負けるはず、ねーだろ?」

 にっと白い歯を見せて笑うと、集まったリーダーたちの間から「おぉッ」と気合いの入った声が上がった。

「俺たちは、ヴァルス軍が来るまで持ち堪えりゃいーんだ。気楽にあたれ。退き時だけを間違えるな。……健闘を祈る」

 言って、ジフリザーグは男たちを見回した。ひとりひとりの顔を刻み付けるように。……少なくとも、この場にいる全員が無事に戻ることは、ないだろう。

「……頼んだ」

 その言葉を皮きりに、リーダーたちは持ち場へ戻るべく散って行く。背中を向け掛けたジフリザーグは、思い出したようにその後ろ姿に声を掛けた。

「っと、追加だ追加ー」

「何だよしまんねーなあ」

「自分で罠に引っ掛かんなよー」

「そりゃあジフだろ」

 投げ返された言葉に、どっと笑いが起こる。思わずジフリザーグも、苦笑いを浮かべた。

「俺かい」

 そして、この場に残った信頼するギルドの仲間達を振り返る。

「ギルドは」

「『洞窟のじじい』が居座ってますよ」

「戦争には参加しないが、ここは任せとけって伝言です」

 ガーネットが守ってくれるのであれば、問題はない。

 本来ならばその防御力をギャヴァンにも貸して欲しいところだが、元々ガーネットはヴァルスの民ではない。過剰な期待と言うものだろう。

 何よりギルドを守らなければならない理由が、ジフリザーグにはある。

「おっしゃ。んじゃあ、招かれざる客人たちにもてなしをしようじゃないか」










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