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QUEST  作者: 市尾弘那
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第2部第1章第3話 街角の歌(2)

 フォグリアを午前中のうちに発って目一杯馬を飛ばせば、バルザックがいるだろう森には今日の夜には辿り着けたのかもしれないけど……残念ながら昼過ぎの出発となり、リデルに寄ってソーサーに会ってみてから行くとあれば、今日中にサーティスの――バルザックの屋敷に辿り着くのは多分不可能だろう。ついでに言えば、2人も乗せているシサーの馬は、目一杯飛ばしたって普通より遅い。

「それとも、行けるところまで行ってみるか?野宿でも良いし」

「バルザックの目的って、何なのかしらねー」

 ニーナの馬の頭の上にちょこんと座り込んだレイアが、不意に呟いた。

「バルザックの目的、ね……」

 それを受けて、俺も小さく呟く。

 明らかに、バルザックはユリアを狙って来た。

 俺がレガード本人じゃないことはわかっていたみたいだし、用はないとはっきり言った。そして俺たちが『銀狼の牙』に釘付けになっている間に、さっさとユリアを攫って姿を消した。

 シェインたちの話でいけば、無事で……いるはずなんだけれど。

 それに、ユリアが攫われてしまって勢いユリアにばかり目が向いてしまうが、レガードだって放っておくわけにはいかない。ロドリスと開戦するのであれば、それに向けて、何とか行方を捜さなければならないのだが。このままでは、ヴァルスを統べる王族が誰もいなくなってしまう。

 シンが何かを知っているのだとすると、レガードは無事にどこかで生存しているだろうと思える、と言う期待に縋るしかない。

 ……バサッ。

 そんなことを考えていると、遥か頭上で既に聞き慣れてきた羽音がした。見れば、シサーの剣が光を放っている。

「出たよ……」

 ワイバーンだ。

「こいつはちっと、逃げらんねえからなあ」

 ゴブリンとかだったら、馬なのを良いことに逃げられるんだが。

 俺は相変らず女装のままだけど、今は隠す必要がないのでしっかり腰に帯剣している。左手で鞘を押さえ、右手を柄にかけた。

「キェェェェッ」

 甲高い鳴き声。シサーが馬を停めた。振り仰ぐ。

「ゲヌイト・オムニア・フォルトゥーナ・カウサエ・マナ、ポスト・ヌービラ・ポエブス。『光の矢』!!」

 俺たちより少し後ろにいたキグナスから、魔法が飛んだ。いくつもの鋭い光が、ワイバーンに向けて放たれる。

 その間に俺は、馬から飛び降りていた。馬に慣れていない俺は、地面に下りている方が圧倒的に戦いやすい。

 頭の奥が、白く……しんと冷えるのを感じる。不思議なまでの静寂。モノクロの感情、とでも表現したくなるほどの虚無的な胸の中。剣を握る自分が、他人のようだ。

 まるで予めプログラミングされた機械のように。……ただ斬れば良い。冷静に、状況だけを見据えて。

――――――――俺の手は、既に血塗られて真っ赤に染まっているのだから。

「ギャアアアッ」

 光の矢を受けたワイバーンが雄叫びを上げ、怒ったように急降下して来る。

「のあッ」

 馬に跨ったままのキグナスが、突っ込んできたワイバーンを辛うじて避けた。土煙が上がる。舞い降りてきた敵に、俺は地面を蹴って跳躍し、切り掛かった。シサーが馬を操って剣を振り翳す。

 ワイバーンは飛ばれると面倒臭い。なので、その巨体を持ち上げる羽を狙うのが効果的なのだと、幾度かの戦闘で気がついた。

 下から斜めに、剣を払う。数瞬後には、シサーの剣が長めの首に叩きつけられた。ぶんっと首を振り、尻尾を振り上げる。その胴部を目掛けてニーナとレイアから『風の刃』が振るわれた。

「ヒィィィィンッ」

 もがいたワイバーンの尾が、キグナスの馬に叩きつけられる。痛々しい悲鳴を上げ、馬が吹っ飛んだ。同時にキグナスが地面に投げ出される。

「げほげほげほッ……痛ぇぇぇッ」

 キグナスの呻き声が聞こえる。馬から飛び降りたクラリスが駆け寄ってキグナスを助け起こすのを視界の隅で見遣りながら、俺は再度剣を翳した。鮮血色の弧が描かれ、ワイバーンがまたも雄叫びを上げながら手と尾を振り回す。

「……くそッ」

 ぼやきながら、シサーがしゅたっと地に着地した。その後方を、シサーが跨っていたはずの馬が駆け抜けていく。どうやらワイバーンの咆哮に恐慌を来たし、暴れて逃げたらしい。制御するのを諦めて、叩き落される前に地面に降りたんだろう。見れば、先ほどクラリスが降りたせいか、クラリスの馬も既に姿がない。

「せっかくの足をどうしてくれるんだよッ」

 苦情を口にしながら、シサーが地を蹴った。ぶわっと振るわれたそのずたずたの羽を越える高さに、体を跳躍させる。全く大した身体能力だ。俺にはあんな高さまで跳べない。

 挟み撃ちをするように、下の角度から俺の剣がその首筋に突き刺さる。一閃されたグラムドリングを受けて、ワイバーンは最期の雄叫びを上げた。

 どうっとその体が地面に叩きつけられる前に剣を引き抜き、後方へ飛び退る。薄く上がる砂煙の上に、シサーが着地をするのが見えた。

「くそー。歩きか」

 気がつけば、馬はニーナが未だに跨っているただ1頭となってしまった。2頭はワイバーンに慄いて逃げてしまったし、1頭はワイバーンの攻撃の余波を食らって動かぬ肉塊と化してしまっている。さすがに、1頭に5人も乗るわけにはいかない。

「運がねえなあ〜」

 剣を拭って、鞘に収める。ツンツンと剣先でシサーがワイバーンを突付きながらため息をつくのを見遣って、ニーナがからかうように言った。

「シャインカルクの馬は、ウィレムスタト産の名馬だからね。シェインに弁償を迫られるかもね」

「冗談じゃねぇ」

 ひとり、しっかり馬を確保しているニーナがクラリスを背に乗せてやるのを手伝いながら、シサーが顔を顰めた。

「ウィレムスタト?」

「ああ……風の砂漠の更に向こうだよ。良質の馬の産地として、キルギスに次いで名高い」

「ふうん。キルギスに次いでってことは、キルギスがナンバーワンなんだ」

 俺の言葉に答えたのは、キグナスだった。

「キルギスは元々遊牧民族だからな。……あーあ。また歩くのかよー」

 そのぼやきに便乗して、俺も小さくため息をついた。

「……仕方ない。行こう」

 果たして日が落ちる前に、リデルに辿り着くことが出来るのだろうか。


          ◆ ◇ ◆


 リトリアから、山越えルートを避けた道を海沿いに南下していく影があった。南天まで上がった日が、その黒いぼさぼさの髪を照らす。

「はあああ……ついにひとりぼっちでリトリア往復ですよ。嫌になっちゃいますねえ。こうひとりで旅をしているとですね、いかに明るく朗らかでへこたれない私と言えどもちょっとこう……何て言うんですか?鬱々としたって言うんですか?そういう気分になってきちゃうわけですよね。せめてエレナさんがいればお話し相手に……エレナさんって私を見ると暴力を振るいたくなるんでしょうかね?お話って言うよりは、私が一方的に罵られているような気もしなくはないんですが……。その方がましってことになると、私、ドMってことになりません?それはちょっと……あ、歌でも歌いましょうか。何か楽しそうな感じしませんか?そうと決まったら歌を決めなきゃいけませんねえ……。何にしましょうか。こう、明るく元気なのが良いですね」

 ひとりでもうるさい男である。

 グレンは3度目のリトリアとの渉外を終え、フォグリアへ戻るところであった。現在のところ、あまり良い方向へは進んでいない。

 恐らくは、ヴァルスが差し向けた使者の為だろう。リトリアをこちらに引き寄せるには何か策を講じねば、このままいくと少々危ういことになりそうだ。リトリア国王クラスフェルドは、ヴァルスとロドリスを両天秤にかけている。

 眼鏡を人差し指で押し上げ、深刻な顔でグレンは歌の選定を開始した。小さく歌ってはぶつぶつと呟き、また別の歌を歌い始めるグレンに、道行く農民が薄気味悪い視線を向ける。

「あ、どぉもお。精が出ますねえ。こうもあったかくなって来ると、眠くなっちゃいますよねえ」

 にや〜っと笑いかけると、農民はびくりと体を震わせて慌てふためいて逃げて行った。爽やかな笑顔を浮かべたつもりのグレンは、寂しくその笑顔のまま見送る。

「……シャイですね」

 そして再び、己を鼓舞する歌を真剣に考え始める。

 馬には、やはりまた逃げられた。どうにも馬と言う生き物とは相性が悪いらしい。なぜだか常に徒歩を強いられる羽目になっている。おかげで移動にばかり時間が取られ、効率が悪いことこの上ない。

「こりゃあ今日中にフォグリアにつくのは、無理でしょうねえ……」

 10曲ほど大声で騒音をがなりたてた頃、日が少しずつ傾いていった。オレンジ色に染まり始めた太陽が、海へ向けてゆっくりと落ちていく。それを遠く見つめながらグレンは尚もひとりで呟き続けた。

「落ちていく太陽って言うのは何ともはや、寂しい気分にさせるものですよねえ……はッ。いかんいかん。ブルーになっている場合ではないんですよ。あ、スキップでもしてみたらどうでしょう。ちょっと楽しそうじゃないですか?」

 既に楽しそうを通り越して、狂人の領域である。良い年をした男がひとりで薄闇の中、歌をがなりたてつつスキップをする光景に遭遇する常識人にしてみれば、恐らくたまったものではあるまい。

「スキップじゃあ、イマイチ捻りがないですか?」

 グレンの耳には誰かの意見が聞こえたらしい。ひとりごちて、提案を翻す。

「じゃあツーステップで行きましょう。ツーステップってのは、リズム感が大切なんですよ。いやホントに。出来ない人もいるんですよ?でも私はちゃあんと出来るんだなあ、これが。何をやらせてもこなしてしまうこの才能が怖いですね」

 怖いのは才能ではなく己だ、とは誰も教えてくれない。

 無駄な労力を消費して付近の農民を慄かせながらグレンがその村に辿り着いたのは、既に辺りは闇が支配する時間帯だった。魔物さえ、避けて通ったのかもしれない。

「今日はこちらにお邪魔するしかないですねえ……」

 リトリアとの往復で、何度かこの村には立ち寄っている。

 リデル、と言うその小さな村は、農業で細々と生計を立てている小さな小さな村だった。フォグリアまでは、馬で数時間、徒歩でも1日かけずに行けるほどの距離である。

「おなかも空きましたしねえ……」

 全く無意味に体力を消費したグレンの腹が、ぐるるると抗議の声を上げた。最初からリデルをアテにしていたので、おやつと称して残りの食料を食べ尽くしてしまっている。

「……変ですね」

 村の出入り口付近までやってきて、グレンはふと辺りを見回した。

 闇に包まれているとは言え、まだ七の刻にもなっていない。にも関わらずこの静けさは何なのだろうか。見れば、村の家々は灯りが全く灯っていなかった。いくら農民は朝が早いとは言っても……。

 そして、漂う血臭……。

(……これは?)

 村に足を踏み入れ、微かに顔を強張らせた。何が、あった……?

 辺りに気を配りながら、歩を進める。

 月明かりのみを頼りとし、グレンはその双刀に手を伸ばした。 











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