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QUEST  作者: 市尾弘那
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第2部第1章第2話 フォグリア潜入(2)

 ドアを閉め、きっちりと施錠する。

「聞きたいことがあるんだ。おとなしく話せば別に害は加えない。ただし……」

 一度言葉を切って、キグナスと同じドルヴィスのオレンジの瞳を覗き込んだ。

「下手な真似をすれば命は保証しないから、そのつもりでいて欲しい」

 ドルヴィスは瞳に怯えの色を浮かべて小さく頷いた。あんまり首を上下すると刃が食い込むので、小刻みだ。

 俺より身長の低い、痩せぎすの貧相な顔を見下ろして、俺はキグナスに視線だけを向けた。

「『解除』してくれ」

「ゲヌイト・オムニア・フォルトゥーナ・カウサエ・マナ、オーラー・エト・ラボーラー」

 やっと言葉を解放されたドルヴィスは、緊張したように短く息を切らしながら俺を見上げた。

「あ、あんたたちは何者だ」

「何者でも良いでしょう。知らない方が、あなたの身の為だ。質問にだけ答えてくれれば良い。……ただし、こちらにはエレメンタラーがいるから嘘はすぐにわかる。その場合も、あなたの身に危険が生じることになる」

 ちょこんと俺の肩からレイアが顔を出した。一見して妖精族とわかるレイアに、ドルヴィスが驚いたような視線を向ける。実際のところレイアは、いちいち魔法をかけて確認しなきゃ嘘だろうが本当だろうがわかりはしないのだが、と言うかレイアがそもそもそういう種類の魔法を使えるのかどうか俺は知らないのだが、エレメンタラーはそうそういるものでもないし、一般人にとって精霊魔法とは不可解なもので多少のハッタリは効果がある。

「わ、わかった」

 キグナスが、いつでも魔法をかけられるようにロッドを構える。俺も、その首筋に当てたショートソードの刃はそのままに、低く尋ねた。

「ナタリアのサーティスと言う女性のところで働いていたことがあるはずだ」

「……」

「サーティスは、どうした?」

「そ、それは……」

 口篭るドルヴィスに、俺はショートソードを握った指先に力を込めた。

「素直に言った方が良い」

「し、死んだ……」

「それで」

「あ……その……」

「それで、どうした」

「あ、あるだけの財産を持ち出して……」

 それで食ってたわけか。場合によっては殺したのかもしれない。じゃなければ、サーティスの話を振っただけでここまで青褪める理由もない。

 ……まあ、関係ないんだが。

「持ち出した財産の中に、屋敷の権利書もあったでしょう」

「あ、あった」

「それは今、どこにある」

 ドルヴィスの体がぶるぶると震えた。顔を近づけてその怯えた瞳を覗き込む。

「最近羽振りが良いそうじゃないか。幾らもらった?売ったんだろう?」

「ご、50万ギル……」

 通貨単位はヴァルスと同じだ。帝国内での流通をスムーズにする為に統一されている。だが、物価はそこそこわかりはするが、地価までは俺には良くわからない。キグナスを振り返ると目を丸くしていた。

「通常の5倍は取ってるな。いや、もっとか?」

「どんな奴に売ったのかを教えてもらえるか」

「し、知らない……」

 指先に、ぐっと押し当てた刃が首に食い込む感触。薄く血が滲み、ドルヴィスの顔が蒼白になっていった。……キサド山頂でのことが思い出される。尤もあの時は、『銀狼の牙』の頭にダガーを突きつけていたのは俺ではないが。

「ほ、本当だ。本当にわからないんだ」

「わからない相手に売ったって言うのか?」

「仲介者がいるんだ。そ、そいつも誰かに頼まれたって言ってた。どんなやつに売ったのかは、俺は知らないッ」

 なるほど。仲介者か。しかも複数挟んでいるらしい。手の込んでいることだ。

「た、ただ、吹っかけても文句は言わねえし、すぐにでも必要としているみたいだった……。何でも身分の高い人が探してるから、金に糸目はつけない、すぐにって。お、俺だって持っててもしょうがねえ家屋だし、だから売っ払ったんだよ」

「仲介者を教えてもらおう」

 仕方ない。わかるところから潰して手繰っていくしかない。

「リ、リデルの村の……ソーサーって男だ」

 問うように視線を注いだ俺の目を注視して、ドルヴィスがかくかくと微かに頷く。

「どんなやつか教えてもらいたい」

「村の外れで薬屋をやってる。リデルに行って誰かに聞けばわかると思う」

 ……どうするか。

 見ればドルヴィスの貧相な顔は、見る者に哀れを誘うほどの怯えを浮かべている。元々、大した悪党でもなさそうだよな。

「屋敷の詳しい場所は」

「ば、場所!?」

「……それも知らないのか?」

 嫌味のように言いながら脅すように顔を近づけて尚もダガーを食い込ませると、一層血が滲んだ。すうっと血が流れていく。ドルヴィスは喘ぐように口をぱくぱくと動かし、それを見ていると少しおかしくなった。口元で小さく笑う。ぶるぶる震える指先が壁を指した。そこにはロドリスの地図が貼ってある。

「あの、地図で示せば良いか?」

「ああ。それで良い」

 口元の笑みをしまいこみ、刃を首筋に当てたままドルヴィスと一緒に壁際へ移動する。頭にレイアを乗っけたキグナスが横から覗き込み、ドルヴィスの言う位置を確認した。ロドリスの郊外……フォグリアから見ると北西の位置にある海岸沿いの森だ。これで見る限り、大した距離があるわけでもなさそうだ。

「わかった。悪かったな」

 言うなり俺はダガーの柄で、ドルヴィスの頭部を殴りつけた。ちょうどこめかみの辺りだ。短く呻き声を上げて、その場に崩れ落ちる。

「行こう」

「……鬼」

「何だよ」

「お前ってそういう奴だった?」

 ダガーを太腿の鞘に戻し、着衣を整える。

「どういう奴?」

「無抵抗の人間をダガーで殴りつける」

「騒がれたら面倒だろ……」

 何の因果もなく他人に暴力を振るうように言わないで欲しいのだが。

「魔法かけるとかあるじゃん」

「ああ、そういう手もあったな。……行こう」

 俺たちは足早にドルヴィスの家を出た。人ごみに紛れて、現在宿泊している宿『緑の森』へ向けて歩き出す。

「結構簡単だったなー。もっと抵抗すっかと思ったけど」

「どう見たって小悪党って感じじゃないの」

「まあなー。カズキ見て、ドア開けたぜ?男殺しだねー」

「キグナスじゃ衛兵呼ばれちゃうわよねー」

「……どういう意味だ?」

「……どういう意味かしらねー」

「……」

 両手を頭の後ろに回し、つま先を蹴り上げるように歩きながら、キグナスが俺を見上げた。

「あんな迫力、カズキに出せると思わなかった」

「……そうかな」

 何か言いたそうに俺を見るキグナスに、俺は笑顔を作ってみせた。

「普段は、そんなでもないけどな。……何か、あれ以来……」

 何かを言いかけて言葉を途切らせる。小さく溜め息をついて首を微かに横に振った。それを横目でちらりと見遣って、嬌声を上げて通り過ぎる女の子を避けながら、俺は作ったままの笑顔を微かに俯かせた。

「……何でもない」

 別に、同じだと思うんだけど。

 あれ以来、と言うのは『王家の塔』の時のことを指しているんだろうと言うことはわかる。わかるが、その続きまではわからない。

 あの後、完全に恐慌状態に陥った俺は、ギルザードに戻るまでの道のりで全くの戦力にならなかった。……と、思う。良く覚えていない。

 再び剣を握れるようになったのは……。

「シサーたちは、無事帰ってきたかな」

 大通りを逸れて脇道に入る。人通りがぐっと減って歩きやすくなった。

「大丈夫だろ、あの2人だったら」

 シサーとニーナは、現在ロドリスに在住だと言う知り合いのプリーストの元を訪ねていた。ユリアがいなくなり、回復・防御に長けている神聖魔法を使う人間がいない。加えて、これから対峙しようとしているのは魔術師だ。共に、ユリアを救いに行ってくれないか頼みに行っている。

 そして俺、キグナス、レイアは、バルザックに館を貸した人物――宮廷魔術師セラフィに館を売り渡した人間を追っていたと言うわけだ。

 『緑の森』は、その美しい名前とは裏腹の、ひどく寂れた宿だ。目立ちたくないが為にわざと寂れた宿を選んだのは、確かにそうなんだけど。……一生ここで暮らすわけでもないし。

 宿に入ると、受付のところで見慣れてきた暇そうな店主が、相変わらず煙草をふかしていた。軽く会釈をして中に入り込む。廊下を歩くと、壊れそうな勢いでギシギシと床が悲鳴を上げた。全てが木製なのだが、天井の隅には蜘蛛の巣が張り、床の上は埃だらけだ。どれほど掃除をしていないのかが偲ばれる。

 意外にもキグナスはひどく綺麗好きと言うか……掃除をするのが好きらしい。おかげで、部屋を同室で借りている俺はその恩恵にあやかっている。

 通路を奥まで進み、突き当りのひとつ手前まで来たところで、最奥の部屋の扉が勝手に開いた。

「おーっと。帰ってきたな」

 シサーが顔を出す。その下からぴょこんとニーナも顔を覗かせた。

「おかえりー。どうだった?」

 キグナスがブイサインをしてみせる。

「いちお」

「ってことは、場所を吐いたか」

 シサーの顔がほころぶ。

「よくあっさり吐いたじゃねーか」

「カズキが怖ぇ怖ぇ」

 おどけるように言って肩を竦めると、2人の視線が俺に突き刺さった。……言うほどでもないと思う。

「……そんなこと、ないよ」

「んなことねぇよ。ドスの効いた声で口調だけやけに優しげで。却っておっかねえ」

「うるさい」

「うおッ」

 キグナスを背中から蹴りつけ、ニーナに促されて部屋に入る。

 シサーとニーナが使っているその部屋にはもうひとり、見たことのない女性が座っていた。年の頃は多分シサーと同じくらい。

 流れるような濃緑の髪に、明るいブラウンの優しげな瞳。面長の色白で、ここが日本だったら『大和撫子』と言ってしまいそうな慎ましやかな雰囲気の美女だった。濃紺のローブから覗く細い手には、ユリアが持っていたような小振りのロッドが握られている。

「クラリス。そっちからカズキ、キグナス、レイアだ。……こっちは話してあったプリーストのクラリス」

 シサーが双方に紹介してくれる。クラリスは、百合の花のようなたおやかな笑顔を浮かべた。

「初めまして。よろしくお願いします」

「あ、こ、こちらこそ」

 美女の出現に動揺しているらしい。キグナスがどもっている。俺も黙って会釈した。

「……こんなお綺麗な女性が一緒とは思いませんでした。ニーナも気を揉まれているのでは?」

 口元に笑顔を残したままクラリスが言った一言に、全員が沈黙をする。綺麗な女性?

 次いで視線が俺に集まる。キグナスが吹き出した。……俺?

「……」

 微かにバツの悪い表情を浮かべ、頭にかぶっていたフルウィッグを外した。

「……すみません。俺、男です」

「あらッ」

 ニーナが腹を抱えてベッドの上で笑い転げている。笑い過ぎだろう。

「どうしてもシサーが、カズキの方が良いって言うんなら、しょーがないわー」

「だとよ」

 ……だとよと言われても。

「あんまり違和感がなかったものですから……。失礼しましたわ」

「いえ……」

「まあ、ドルヴィスをオトしたぐれーだからなー」

「何だ、それ」

 キグナスの余計な言葉に、シサーが興味津々な顔をする。

「それがさ……痛ぇッ」

「余計なこと、言うなよ」

 キグナスの頭を後ろからどついて、シサーに視線を向けた。

「カズキが俺に暴力を振るう……」

「振るわれるようなことばっかり言ってるからだろ」

 不機嫌なまま言うと、シサーは「隠すことねーじゃんよ」とぼやいて、空いている方のベッドに転がった。両手を頭の後ろで組んで枕の代わりにしながら、顔だけをこちらに向ける。

「場所がわかったんだから、もうここを引き払って今日出発するか。……あんまり、のんびりしちゃいらんねーしな」

 そう言った時だけ、真剣な表情になった。

「んで?確定だと思って良さそうか?」

 転がったままの姿勢で俺を見る。太ももに巻きつけた、ダガーのベルトを外しながら頷いた。

「わからないけど。即金で通常の5倍近い価格で買い取ったって。かなりの金持ち、しかも切羽詰ってると思う」

「身元はさすがに吐かなかったか」

「って言うよりは、知らねえみたいだったぜ。更に何人かの仲介を通しているみたいだ」

 床に直接胡坐をかいて座り込んだキグナスが、補足する。仰向けだったシサーは、ごろんと寝返りを打ってうつ伏せになった。

「場所は」

「リシア地方。海岸沿いの森だ」

「仲介の人間はリデルと言う村のソーサーって男だそうだ」

「リデルか。近いな。リシアなら方角的にはどうせ通過地点だし……。何人か間に挟まってるってことは、大した話は聞けねえだろうが、会えるんなら会うに越したことはないだろう」

 そう言ってシサーが身を起こすと、ニーナがその脇に腰を下ろしてこっちに視線を向けた。

「こっちもひとつ。ユリアの件とは直接関係があるとは思いにくいんだけどね。……近衛警備隊の人間が活発に動き回っているらしいの」

 近衛警備隊?

 俺とキグナスがきょとんと視線を送ると、シサーが後を引き取って続けた。

「『ジェノサイド・イブリース』だよ。多分。長身長髪、眼鏡をかけた間抜け面の変人……もとい軍人が、このところ良くフォグリアを出入りしているそうだ」

 凄い表現をされている。

「近衛警備隊の人が、王城離れて出入りしてて、良いものなの?」

「バルザックとつるんでるのがハーディンなのか『青の魔術師』独断なのかはわかんねえが、状況判断でいけば『青の魔術師』とバルザックが絡んでるのは確かだろう」

「うん」

「とすれば、レガードの失踪だけじゃなく、ヴァルスが今警戒しているロドリスの不穏な動きそのものも『青の魔術師』が大きく絡んでる可能性が高い」

 戦争が起こるかもしれない、と言っていたラウバルの言葉を思い出す。

 ロドリスがヴァルスに戦争を仕掛けようとしていて、それに大きく関与しているのが『青の魔術師』だとして、王城の警備をしているはずの近衛警備隊がちょろちょろと外へ出て行く――つまり外渉にあたっていると言うことは。

「……『ジェノサイド・イブリース』ってのは、『青の魔術師』の腹心にあたるかもしれないってこと?」

「ご明察」

 簡潔にシサーが答えると、ニーナがぱちぱちと手を叩いてくれた。……それは大変に嬉しくない。

「じゃあこのままいくと、そいつと……」

「交えることになるかもしんねえな」

「いーやーだーなああああ」

 キグナスが盛大に顔に皺を寄せて、床に倒れこんだ。俺だって嫌だ。まだ死にたくはない。

「ま、まだわかんねえけどな。挨拶がてら、ヴァルス大使館にも寄って行こう」

 シサーが立ち上がるのに続いて、腰にバスタード・ソードを装備し直しながら、ふと思いついて俺はクラリスに顔を向けた。

「クラリス、会ったことが?」

 尋ねてみると、クラリスはおっとりと頷いた。

「変わった方で……良く街でふらふらしているのをお見かけしますわ」

 シェインのようだ。

「ただ、神殿にいらっしゃったことがあるわけではないのですけど」

「んじゃそうと決まったら、早速行動開始だ」


 

 ……ようやく。

 動き出せる。

(ユリア……)



――待ってて。











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