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QUEST  作者: 市尾弘那
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第1部第27話 TORAUMA-傷-(2)

 ……まあ、意地で帰ってたら……ユリアとはあれっきりだったんだよな。

 つったって、別に何の進展があるわけじゃ、ないんだけど。大体ギルザードを出てから、何だかてんやわんやでそれどころじゃなかったし。

「……何でもない」

 でも……。

 街に戻れたら……いや、レオノーラに戻ってからでも良い。ユリアの気持ちを聞くことなんかは、出来ないだろうか。

 あるいは、俺の……。

 ……でもそうしたら、いっそうつらくなったり、するんだろうか。

「何ッ……」

 不意に前方でニーナの声が上がった。何事かと顔を上げる。ニーナが硬直したように足を止めていた。両手で耳を覆うようにしている。

「ニーナ!?」

「ニーナッ」

 シサーが駆け寄った。俺たちもニーナのそばに駆け寄る。

 ニーナの視線はどこか遠いところを見ているみたいだった。何か恐ろしいものでも見ているみたいな怯えた目をして中空を見据えている。

「ニーナ!?」

「何!?急にジンの叫びが……怒りがッ……何なの!?」

「ジンの声が!?」

 鋭くシサーが問い返した直後だ。

―――――――――ドォォォォォォンッ!!!!

「きゃああッ」

「何だ!?」

「うわあッ」

 目の前に稲妻が走り、轟音と共に俺たちの前方にあった巨大な岩が弾け飛んだ。ビリビリと空気が振動する音が耳に届く。衝撃で砂漠の砂が吹き飛び、木っ端になった岩の破片と共にこちらへ飛来して来た。思わずユリアを背中に庇いつつ、腕で顔を覆う。……痛いって!!!

「……ジンの叫びが聞こえたか」

 次いで、しわがれた声。もうもうと舞い上がる砂塵の中、いつ現れたのか黒いローブを身に纏った老人がそこに佇んでいた。痩せ細って、小柄だ。手に持ったロッドがそのせいで必要以上に大きく見える。てっぺんに黒い石を嵌め込んだシンプルなロッド……。

(――!?)

「バルザック!!」

 俺がはっとするのと同時にシサーがその名を叫んだ。

 バルザック―ロドリスの宮廷魔術師と手を組んで、『銀狼の牙』と共にレガードを襲った張本人……!!

「私を知っているか」

 興味深そうに顔が動いた。でも、深くローブをすっぽりと被っているので、その表情までは見えない。黒衣の魔術師は顔をシサーの方に定めて、低い笑い声を立てた。

「お前か。グロダールの時に、ヴァルスの宮廷魔術師と共に私の邪魔をしたのは」

「覚えているようで光栄だねぇ……」

 砕けた口調で言いながら、しかし緊張しているのはその目線で明らかだった。手が剣の柄に伸びる。

「ジンは私に縛られているのが気に食わぬでな。私の気配を感じて怒りを燃やしているようだ……」

 シサーの手が剣に伸びたことなど気にならないように、ふっと顔を逸らして『王家の塔』の方角へ視線を向けた。独白のように呟く。……じゃあ、この竜巻は。

「あなたが、竜巻を……」

 思わず声に出していた。バルザックの顔がこちらに向けられる。どきりとした。

「……レガード、と呼んでおこうか」

「……」

 俺が本人じゃないと知っている……。何だ?やっぱりシンじゃなくてバルザックがレガードの行方を知っているのか?

 腰を低く落とし、剣の柄に手をかけた。指先が震える。

「残念だが、今日は私はレガードに用はない。お前たちの相手は、彼らがしてくれよう」

「彼ら?」

 その言葉に、背後を振り返る。いくつかある岩場から、ざっと複数の人影が展開した。再び足元から巻き起こる砂埃を、強い風が攫って視界をクリアにしてくれる。思い思いの服装の、武装した男が7人。

「『銀狼の牙』の残党だ、と言えばわかるか」

「……!!」

 残党……!!

「頭の仇を討ちたいそうだ」

「ユリア、下がって!!」

 バルザックに対して背中に庇っていたユリアは、当然彼らからは剥き出しの状態だ。俺はユリアを後ろに突き飛ばし、何も言わずに剣を振り翳して飛び掛ってきた男の斬撃を剣で受けた。……うッ、痺れる。

「ゲヌイト・オムニア・フォルトゥーナ・カウサエ・マナ、ダテ・エト・ダビトゥル・ウォービース・イグニス!!『火炎弾』!!!」

「類稀なる知恵者ノームよ、縛めの手を伸ばせ!!オースィラ!!」

 キグナスが『火炎弾』を飛ばす。俺の方に新たに駆けつけようとした2人のうちひとりがそれを受けて後方へ吹っ飛んだ。ニーナの『ノームの手』でもうひとりがその場に縛られる。その間にシサーが相手の一閃を避けてひとりを斬り飛ばし、返す刀でもうひとりに斬り付ける。

「くッ……」

 ニーナもレイピアでひとりと切り結んでいた。続けて魔法を唱えている猶予もなく襲い掛かられたらしい。相手の剣を打ち返し、素早く身を屈めて足払いを食らわす。

 キグナスが立て続けに『火炎弾』をぶっ放して、自分に向かってこようとしたひとりに叩き付けた。当たり所が悪かったらしく、一挙に火だるまになる。更にもう一発、先ほども『火炎弾』を受けて後方へ吹っ飛んだ男に叩き付ける。

 俺は、目の前の男の押してくる剣を遮るので手一杯だった。腕が震える。キサド山頂での出来事が脳裏に甦る。

(――出来ないッ……)

 剣技で言っても力で言っても、ダンジョンの骸骨騎士の方が圧倒的に上だ。でも、俺は相手の剣を剣で受けたまま、それ以上のことが出来ずにいた。砂地に踏ん張った足の裏が、じりじりと後退していく。

「……それでは、私は先に失礼しよう」

 黒い影が視界の隅に飛び込んできたのはその時だった。背後にいたはずの陰が、いつの間にか前方……『銀狼の牙』残党が先ほどいた辺りに移動している。

(――!!!)

 どくんッ、と心臓がひとつ、大きく鳴った。黒い影……バルザックの腕の中に横たわる人影。――ユリアッ!!!

「ユリアッ」

 動揺が剣に表れる。ぶれた俺の剣の隙を逃さず、目の前の男が一度剣を引いた。すかさず、横に薙ぐ。

「カズキッ」

 が、それより一瞬先に、シサーの怒声が響いて血飛沫が舞い上がった。シサーの刃にかかった男がのけぞって倒れる。

「ユリアッ」

 もう一度叫ぶが、バルザックの腕の中にぐったりと仰向けに横たわったまま、ユリアは微動だにしない。バルザックが低く笑った。キグナスの『火炎弾』が黒衣の魔術師目掛けて真っ直ぐ疾るが、片手を軽く動かしただけで霧散した。

「私は偽物には用がない」

「どけええええッ!!!」

 剣を片手にバルザックに駆け寄る俺の前を、『ノームの手』の呪縛を逃れた男が立ち塞いだ。剣を斜に構えて叩きつけて来る。それを剣で受けて弾き返すと、何も考えずに俺の腕は自動的に返す剣をその首筋に向けて叩き付けていた。……アギナルド老に鍛えられた、その、鋭い刀身を。

「王女は、預かるぞ……」

「ユリアーーーーーッ!!!!」


 ざしゅッ……。

(――……!?)


―――――……え?


「くそッ」

 ニーナと切り結んでいたひとりを始末してシサーがバルザックに向けてグラムドリングを振り上げる。足が地を蹴ったその先に辿りつく直前、魔術師の姿はユリアと共に掻き消えた。

「くそッ、あのじじいッ……」


―――――目の前で、首が、吹っ飛んだ。……思い切り叩き付けた手の中に伝わる、鈍い感触。


「ユリア様ッ」

 キグナスの、叫び。


―――――何かを問うような、見開いて凍りついた瞳が、俺を見つめたまま視界の中を流れていく。……首から、鮮血を噴き上げ、ながら。

―――――濃い、血の匂い。

―――――びちゃッ、と……やや遅れて、俺の頬目掛けて返り血が飛散してきた。どこか粘液質っぽい、感、じ……。


「ユリア……」

 ニーナの、呟き。


―――――ばす……と、飛んだ生首が砂地に落ちて、血の染みを作った。頭を失った体が、ゆっくりと崩れ落ちる。俺の手からするり、と剣が抜け落ちた。

―――――赤く染まった刀身。血に濡れた手の平。


「……カズキ?」

 シサーが俺を振り返った。けれど俺の視線は目の前の何もない……何もなくなった空間をただ見つめていた。

 心臓の音。全身の、神経が逆立っているような感覚。頭の一部を残して、ただ真っ白……。



―――――俺は。


―――――今……。


―――――……何を、した?



「……人、を……」

「……え?」

「……ッ……うわあああああああッ」

 全身の力がふっと抜けて、砂の上に膝をついた。首が飛ぶ瞬間の、虚ろな目を幻視する。

「カズキ!?」

「どうしたッ!?」


―――――ユリア……。




(人を、殺した)




―――――俺の中で、何かが、壊れた。








                          QUEST 第1部 王家の塔








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