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QUEST  作者: 市尾弘那
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第1部第26話 思惑と想い(2)

          ◆ ◇ ◆


 マーリアと約束したその日、幾つかの仕事を片付け、幾つかの仕事を放り出し、セラフィがフォグリア郊外の邸宅に辿り着いたのは既に夜半過ぎのことだった。マーリアは待ちくたびれて眠ってしまっていることだろう。約束を違えてしまったことに胸が痛む。

 つい先だって、レガードの暗殺を指示してきたこの自分が、マーリアを待たせているだけでこれほど胸が痛もうとは。我ながら笑えてしまう。

 馬を厩舎に繋ぎ、出入口の扉に手を伸ばしたセラフィはふと、中から漏れ聞こえてくる小さな歌声に気が付いた。

 セラフィを、そしてグレンをも癒す、マーリアの歌。

 エルファーラのどこかの村に伝わる歌だったはずだ。セラフィは思わずそこにたたずんだまま、か細い歌声に耳を傾けた。

 知らず、当時のことを思い出した。

 セラフィは元々、貴族などではない。いや、平均的な市民でさえなかった。ロドリス辺境の、孤立した寂しい村で生まれ育ったのだ。

 体中に負っている傷は、その頃実の親によってつけられたものだった。年を追うごとに女性を圧倒的に凌駕するほど美しく育ったセラフィに対し、父親は過剰な愛情から、母親は烈しい怨嗟から。

 日夜体と心に受けた暴行。心の崩壊はきっと、その頃から既に始まっていた。

 そしてあの夜が訪れたのだ。

 セラフィは自分の両親を、その手にかけた。明確な自分の意志を持って。

 グレンもまた同じだ。裏の顔と、偉大な神官としての表の顔を持つ育ての親の血で刃を染め、故郷トートコースト大陸を追われた。流れ込んできたのはロドリス辺境の村ヴァイン。――マーリアが母親と2人きりで暮らしていた、村。

 グレンを育てた人物の、真実の姿は神官などではなく……。

(……?)

 ふと気付くと歌声は途切れていた。しまった、ぼんやりとこんなところで考え込んでいる間に、待ちくたびれたマーリアは本当に眠ってしまったらしい。

 そっと扉を開け、中に滑り込むと、仄明るい入り口そばの階段に座り込んでいるラルと、ラルに凭れ掛かって小さな寝息を上げている少女の姿が見えた。微かに軋んだ音を立ててラルが立ち上がろうとするのを片手で制し、マーリアに近付く。

 すぐそばにしゃがみこみ、そっと顔を覗き込んだ。起こさぬよう気をつけながら抱き上げる。

「マーリア」

 立ち上がり、その頬にそっと口付けると小さく囁いた。

「……マーリア。君に、必ず故郷を見せてあげる」

 腕の中の温もりが、微かに身動ぎをした。


          ◆ ◇ ◆


 開け放されたままのドアに寄り掛かり、ラウバルは形だけその扉をノックした。こちらに背を向ける形で机に向かっていたスペンサーがゆっくりと顔だけで振り返る。

「おお、これはラウバル殿」

「開け放したままとは開放的だな」

「天気が良いのでな。空気を入れ替えようと思ったのだ。王城内では何が起こるわけでもあるまい」

 スペンサーは角ばったごつい顔に笑顔を浮かべてラウバルに体ごと向き直る。

 シェインに対しては頑なな態度を見せるスペンサーも、その見た目とは裏腹に遥かに年長にあたるラウバルにはそれほどでもない。無論、事実はさておき見た目が若ければこそ、無意識に若者扱いされることもしばしばだが。

「少々時間をいただきたいのだが」

「……ギャヴァンか」

「……」

 ラウバルは無言で扉を閉めた。中に入り込む。

「軍の動向は現在どうなっている」

「国軍を3万、ラルド要塞へと差し向けた。禁軍は城内に留めてある」

「では差し向けた3万のうち、1万をギャヴァンへと至急進路変更していただきたい」

 スペンサーの目に険が宿る。

「ラウバル殿ともあろうものが、あの若僧に影響されたか」

「影響されたわけではない。私はシェインと同意見だ」

「笑わせるな。危険なのはロドリスだ」

「モナは海路からギャヴァンへ必ず上陸する。上陸してからでは、遅い。仮にロドリスが動いたとしても、増援するまでに派遣軍2万と要塞の兵1万で持ちこたえることは出来よう」

「ロドリスは同盟を組んでいるのだぞ」

「成立までには時間を要そう。モナが攻めてくるのが恐らく先だ」

 全く動じないラウバルに、スペンサーは歯噛みするように立ち上がった。

「ラウバル殿は、我々とモナの関係をご存知のはず」

「ああ。良く知っている。人とは時に裏切るものだと言うこともな」

「モナごとき、裏切ったところで……」

「ロドリスと挟撃されても、とるに足らぬと言えるのか」

「……」

「『モナごとき』と言うのであれば尚のこと、モナが先に攻めてくるのであれば撃破しておくべきだし、ロドリスと挟撃してくるのであればやはり先に排除すべきはモナだ。いずれにしても、ギャヴァンに差し向ける必要を感じる」

「モナが友軍であると言う可能性は、既にラウバル殿の中にないか」

「ないな」

「……毒されておる」

「モナに派遣した使者は行方不明だ。恐らく王城ウォーター・シェリーの中庭にでも埋まっておろう。私はシェインの情報と分析を信じる。……ギャヴァンに国軍を派遣せよ」

 埒のあかない会話に飽きて、ラウバルは居丈高に言い切った。スペンサーが唸るように言った。

「それは、命令か」

「宰相としての命令だ」

「何かあった場合、そなたの責任が問われよう」

 脅すように低く言ったスペンサーに、ラウバルは失笑を向けて言い放った。

「良いだろう。全ての責任は、私が持つ」


(……ユリア)

 シャインカルク城内の自室で書類に落としていた視線をふと窓の外に向ける。シェインのルビーのような赤い瞳に木々の木漏れ日が僅かに反射した。

 一抹の不安が胸を過ぎる。

 ラウバルの話は、わかった。バルザックがグロダールをギャヴァンにおびき寄せたことも、その目的も、ストームブリンガーを狙っているわけも、そしてバルザックが召還師であると言うことを話さなかったわけも。

(召還師としての能力を、控える為にソーサラーとなったとはな)

 生命を繋ぎ止めるため、バルザックは数十年、いやそれ以上の期間に渡って召喚能力を封じ続けている。だからこそ、確証が持てなかったのだとラウバルは言った。

 だが、控えると言うことはイコール使えないと言うわけではない。

 ……ユリアの身が、案じられる。

 確かにシェインはユリアに防御魔法を施してあるが、それが万全ではないこともわかっている。例えば魔法を遮られた空間である場合。例えば――シェインを凌駕する魔法の使い手である場合。

(……わかっていたことではないか)

 緩く頭を振り、不安な考えを追い払おうとした。

 旅に出せば、どれほど心砕こうと、必ず危険は付き纏う。ならば引き止めれば良いものを、それが果たしてユリアにとって最良なのか疑念が湧くのを止められなかった。ユリアは飾り物ではない。意志のあるひとりの人間だ。王女と言う掛け替えのない身であらばこそ、本来ならば断固としてその責務の前に止めるべきだったのだろうが、シェインは一個人としてのユリアを尊重してしまった。

「……」

 ふとその視線が動く。扉に近付いた。

「幾らだ」

「6千ギルと」

「待っていろ」

 扉を開け、そこに陰のように立った男をひと目見て、シェインは僅かな会話の後部屋の奥へ向かった。金庫から金貨の入った皮袋を取り出す。それを手に扉に戻り、男を見据えた。

「話せ」

「モナがロドリスに送った使者は外務大臣です」

「……」

 また、思い切った真似を。場合によれば命を落としかねない。

「対面の際に同席したのは、カルランス国王、宰相ユンカー、宮廷魔術師セラフィ他は不明。モナの使者は外務大臣ただひとり」

 言葉を切った男に、シェインは視線で話を続けるよう促した。

「対応にあたったのは主に宮廷魔術師だったそうです。……以下は、報酬と引換えに」

 シェインは皮袋を差し出した。代わりに書簡を受け取る。

「……カイザーに、宜しく伝えてくれ」

「……は」

 カイザーはロドリスに潜入している間諜のひとりだ。男はその使者である。扉を閉めて部屋の中に戻りながら、シェインは書簡を開いた。視線を落として目を見開く。

(――だから言わぬことではないッ……)

 ぐしゃり、と手の中の書簡を握り潰して、シェインは険しい顔をした。

 再びのノックの音に、険を浮かべたままの表情を扉へ向ける。

「いるぞ」

「シェイン、国軍をギャヴァンに向けるよう……どうした?」

 執務室ではなく私室にいたシェインを訪ねてラウバルがドアを開ける。シェインの顔を一目見て、頬に緊張を走らせた。

「……モナの海軍が、南下を開始した」

「何」

「次はフレデリクがロドリスを訪問するぞ」












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