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QUEST  作者: 市尾弘那
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第1部第2話 旅立ち(2)




 レイアに連れて行かれた謁見室では、とても王女様との対面を待っているとは思えない態度で、シェインがソファにぐでーっと沈み込んでいた。

 俺の壮行会だなどと言う建前で昨夜、俺とキグナスを引き摺って街へ出たシェインは、要は単に二日酔い。

 これまでは俺も度々、散々飲まされはしたけれど、昨日に限っては今日に影響を及ぼしても困るので、シェインも程々にしてくれた。……俺に勧めるのは。

 そしてキグナスは、あどけない見た目のわりに酒を飲ませればザルで、結果としてシェインだけが二日酔いに陥っている。自業自得としか言いようがない。

「全く、同情の余地がないな」

 冷淡にそう評したのは、宰相のラウバルだった。

 彼は、俺が滞在中もシェインほど絡んでこなかったので、余り良く知らない。

 だけど、ローレシアでは珍しい召喚魔法と言う……何つーの? 妖獣だの魔物だのと契約をして使役下に置いたり、魔法陣で呼び出したり、何かそんな類の術を身につけている特殊な人だと聞いている。

 召喚魔法ってのは、身につけるにも修行が大変で、身につけた後も使役するのが大変で、習得している人はほとんど存在していないらしい。

 そして、彼は、異様なまでの長寿なのだと言っていた。

 見た目は、20代半ば過ぎくらいだ。だけど実年齢は半端じゃないらしく、既に何代もの王に宰相として仕えていると聞いている。真っ当に外見で表わしたら、干からびきった梅干だろう。……なんて言ったら、多分無言で抹殺されるだろうくらい、シャレと笑顔のない人。

「息抜きは大切ですが、ほどほどにして頂かねばなりませんねぇ」

 一方で、そう穏やかに評したのは、ラウバルの隣に立つ矍鑠かくしゃくとした老人だった。

 彼が、大司祭ガウナだ。

 この人は別に大長寿ってわけじゃないらしく、ま、普通の人なんだろう。普通におじいさん。

 だけど、絶やさずに浮かべている笑顔が、人徳者な雰囲気を醸し出している。

 彼も、俺から言わせれば魔法使いに分類される。

 司祭や神官なんか、神に仕える類の人は、神聖魔法と言うのを身につけているのだそうだ。

 司祭や神官は、ヴァルスに隣接する教皇領エルファーラに最も多いらしい。教皇領エルファーラは、ローレシア全土で広く信仰されているファーラ教の聖地でもある。

 神聖魔法は、主に回復とか防御とか補助魔法のようなものを得意とする種類の魔法で、神の元に修練を重ねた人間が仕えるんだそうだ。要は信仰心?

 後は……アンデッド・モンスターなんかを一発で消し去るような魔法とかもあるとかって聞いたな。いや、そもそもアンデッド・モンスターが出る時点で、俺的にありえないんですけど。

 そして、病床にあるクレメンスの病状を見ているのも彼なのだそうだ。

 神聖魔法で病魔を撃退することは出来ないらしいけど、多少の緩和は不可能ではないらしい。

 加えて言えば、大司祭は戴冠式などの重要な儀式を執り行ったり、王家の医者みたいな役割もするんだそうだ。普段は王城ではなく、王城から続いて行ける郊外の大神殿にいるらしく、俺はこれで会うのはまだ2回目だった。

「宮廷魔術師でしょ。ぱぱっと魔法で治せば」

 無理と知っていながら、意地悪くそう言ってやる。シェインが恨めしそうに俺を睨んだ。

「神に定められた病には人智の力は及ばぬ」

 神に定められた二日酔いね〜ぇ……。

「魔法で全ての病が治るのであれば、我が主君を真っ先に治している」

 ま、そりゃそうでしょうが。

 シェインや、そしてその甥で見習いでもあるキグナスが使う種類の魔法は、言霊魔法と言うんだそうだ。

 これが、一番俺の想像する魔法に近そうだった。

 呪文を唱えて、ロッドからゴォォォ〜ッと炎を出したりするような奴。

 だけど、魔術師と言うのも召喚師ほどではないけど多いものでもないらしく、特に、リトリア王国にあるエルレ・デルファルと言う魔術師学校の超エリートコースを出るような人間は滅多にいないらしい。

 シェインもキグナスも、エルレ・デルファルの出身なのだと聞いたわけだが……わけだけど……。

 ……エリートねえ……。

 一般的には、私塾であったり学校であったり、あとは魔術師に弟子入りしたりとかして学んだりもするらしい。で、見習いを卒業すると師からロッドが与えられる。それでようやく一人前。

 キグナスは、シェインに師事して学んでいる最中ってわけだ。

 叩き込まれたことを復習がてら、頭の中でつらつらとそんなことを考えてシェインの隣に座り込んでいると、突然、激しい物音と共にドアが開かれた。

 ぎょっとして体を揺らすと、ドアの向こうから部屋にピンク色の塊が飛び込んで来る。

「まあああッ。本当にそっくりですわッ」

 ――これが。

(王女様……?)

「ユリア様ッ」

 唖然と目を見張る俺の前で、ラウバルが飛び込んできた美少女に向かって叱責するが、彼女はどこ吹く風で完全に受け流した。

「会わせて貰える日を、お待ちしておりました」

「……」

 すっっっっげぇぇぇ……。

(可愛い……)

 王女様の、余りの愛くるしさに、咄嗟に言葉が出ない。

 これこそまさに俺の世界でお目にかかることが出来ないほどの……美少女。

 翡翠色のきらきら輝く瞳に、長く波打つ黄金色の髪。艶やかに宝石で飾られ、ふわふわのピンク色のドレスが色の白い彼女を引き立てている。

 知らず、鼓動が速くなった。とんでもない美少女であるのに加えて、「王女様」と言う付加価値が彼女のレベルを押し上げて見える。

「会いたかったわ……」

 あげくの果てに、間近に足を進めてそんなことを言われてみろ。しかもその瞳が潤んで、俺を見つめているとくれば、脈拍が平静な方がおかしい。

 ついついどぎまぎしている俺に向かって、ユリアがどこかうっとりしたように口を開いた。

「本当に、レガード様のようですわ……」

「……」

 ……あの。

 俺、レガードじゃなくてカズキなんですけど。

「俺は、レガードじゃない」

 俺自身を素通りする彼女の発言に、思わず俺はむっとした。ユリアが驚いたように目をぱちくりさせる。ラウバルが憤慨したように言った。

「ユリア様に向かって……」

「いいの、ラウバル。確かにわたくしが悪かったわ。……ごめんなさい、気をお悪くなさらないでね」

 言って、ユリアは微笑んだ。

 むっとしたとしたって、やっぱり可愛いものは可愛いので、素直に謝られてついついどきりとする。

「あ、いや……」

 ユリアは俺の前に立ったまま、目を伏せた。

「あまりにも似ているのです。わたくしの婚約者に……。我を忘れました」

「いえ……」

「カズキ、と申しましたね」

「はあ」

「事情は、もうご存知?」

「はあ」

 いて。

 間抜けな返事しかしない俺の足を、べこんとシェインが蹴飛ばした。

「良いのです、シェイン。カズキはこの世界のことを、まだ良く知らないのですから」

 くすっと笑ってシェインに言うと、ユリアは俺に再び視線を向けた。

「お願いです。わたくしの婚約者レガードを見つけ、『王の証』を持ち帰って欲しいのです」

 これ、拒否するのもありなんだろうか。

 ……。

「あの」

 少し迷って、顔を上げる。ユリアの翡翠色の瞳に俺が映っていた。

「何でしょう」

「俺、元の世界に帰る方法って、わかるんですか」

「カズキ!?」

 がたっとシェインが立ち上がる。それを黙殺して、俺はじっとユリアを見据えた。

 ユリアはしばらく沈黙していたが、やがて頷く。

「はい。シェイン……出来るわね」

「それは……けれど……」

「今すぐと言う話じゃ、ないです」

「カズキ」

「……やることさえやれば、ちゃんと、元の世界に帰してもらえるんですよね」

 ユリアの目が見開かれる。

「では……」

「やりますよ」

 短く息を吐いて、言った。ユリアの顔に喜びが広がる。

「確認、しておきたかっただけです。……やります」


          ◆ ◇ ◆


「思わず『沈黙の魔法』をかけてくれようかと思った」

 ユリアとの謁見を終えた俺を引き連れてシェインはぶつくさ言いながら俺の前を歩いていた。長身のシェインの頭は俺より高い位置にあり、動きにあわせてさらさらと揺れるその髪を見つめながらシェインに絡む。

「シェイン、俺のこといつでも帰せるんじゃんね」

「いつでもと言うわけにはいかぬがな。……ユリア様の為だ。堪えてくれ」

 俺がこれからどうすれば良いのか、持ち物だとか行き先の説明だとかを今からシェインが教えてくれるってことなんだけど。

 どこに行くのか、階段をひたすら降りてシェインは地下に向かった。

 上とは違って、壁から床から全てが石造りで暗い。窓からの明かりがないせいか、カンテラの火もひどく頼りなく見える。

「みんな、ユリア……様に忠誠を誓ってるの?」

 俺の問い掛けに、シェインは軽く顔を振り返って眉を上げた。

「当然だ。王家に仕える者として、王族に忠誠を尽くすのは当然のことだろう」

「シェインって破天荒にやってそうなのに」

 その言葉に苦笑する。

「好きにやらせてもらっている方ではあると思うがな。自分が忠誠を尽くすべきと定めた主君には、命も賭けよう」

「ふうん?」

「俺は、己の主君をクレメンス8世陛下と定めた。クレメンス8世陛下の愛娘であるユリア様もまた同じだ」

 意外に真面目な言葉に驚いた。そう言うものなのかな。騎士道精神みたいなもんだろうか。騎士じゃないけど。

「どこ、行くの」

「おぬしに餞別をくれてやろうと思ってな。ひとりでは心細かろう」

「……ひとり?」

 何だって?

 思わずぴたりと足を止める。

 待ってくれ。誰も俺について来てくれないのか? 地理も何もわからない、言葉も覚えたてのこの国で?

「ああ、ちょっと言葉が悪かったな。レイアは一緒に行くから安心しろ。ああ見えても結構な精霊魔法の使い手だ。大船に乗ったつもりでいるが良い」

 船、ちっちぇぇぇ〜……。

 構わず先に歩いて行くシェインの背中を、小走りに追いかける。

「シェインは来てくれないの?」

「行きたいのはやまやまだがな。俺には俺の仕事と言うものがある」

「遊びまわってる癖に……」

「何か言ったか?」

「別に……」

 ぼそっと言ったところで、シェインが足を止めた。鉄の、古そうな扉。

 シェインは鍵束から1本の鍵を選び出し、その鍵穴に差し込んだ。ガチャリと重たい音がして鍵が開く。

「ここは……?」

「俺の宝物庫だ」

 俺のって……。

「魔力付与道具、と言うものが世の中にはある。古いものになると用途不明のものもあったりするし、危険な可能性もあるからな。俺が管理している」

「シェインが管理してて、お金に困って売っ払ったりしないの?」

 ぼそっと言うとシェインはがくっと躓いた。

「おぬしはどういう目で俺を見ている……」

「いやまあ……」

 シェインに続いて中に入る。シェインが管理していると言う割には意外と綺麗に整理されていて、それなりの広さのある宝物庫にはたくさんの物が置かれていた。俺には用途がさっぱり想像もつかない物もある。

「待っていろ」

 言われて、出入り口のところできょろきょろしながら待っていると、奥の方でガタガタと音をさせていたシェインが戻って来た。手には小さな箱を持っている。

「おぬしの身を守ってくれるだろう物だ」

「何?」

 シェインが開けたその箱の中には、真っ赤な石に金色のプレートがついているピアスだった。プレートには何か文字が刻まれている。

「俺、ピアスの穴なんかあいてないよ」

「あけてやろう」

 やめて。

 ひいーっと耳を押さえて壁際に後じさった俺に苦笑してシェインはそのピアスを両手に1つずつ持って俺に近づいた。

「こんなものは一瞬だ。命を落とすことに比べればましであろうが」

「え、本気?」

「本気も本気だ。俺が冗談など言ったことがあるか」

 全てが冗談に聞こえるんですけど。

「街を出れば魔物が徘徊している。おぬしはまだろくに自分の身も守れぬだろう。……これは古代の魔術師が防御魔法を込めたものだ。必ずおぬしの役に立つ」

「……」

「……と良いと思うのは本心だ」

 おいおいおいおい。

 こらこらこらこら!!

 言ってシェインは俺の両耳にそれぞれの手を翳した。小さな声で何かを呟く。次の瞬間には、俺の両耳には慣れない重みが感じられた。

「え? もう?」

「だから一瞬だと言っただろう。行くぞ」

「あ、うん……」

 促されて宝物庫を出る。元通りシェインが鍵をかけて、元来た道を戻り始めた。

「これ、どうやって使うの」

「知らぬ」

 あのなああああ。

 突っ込みそうになった俺に、シェインはおどけたように両眉をひょこんと上げてみせた。

「あの宝物庫の品物は現在研究中でな。……ただ、それに関しては自動発動の防御魔法だと言うことがわかっている。まあ、お守りだと思っておけば良かろう」

「うーん……」

 頼りないな……。

「ただ、それはあくまでそれ単体の話で……」

 俺の前を長い足ですたすたと歩きながら、シェインは顔だけで振り返った。

「どうやら、対となるアイテムがあるらしい」

「対になるアイテム?」

「ああ。それが何だかは、まだわかっていない。せっかくだから対になるアイテムがわかったら俺に教えてくれ」

 ……。

 俺の為、と言うより、むしろ俺、利用されてるような気がしますけど。

 そんなアバウトな物くれないで、もっとわかりやすい物が欲しい。

 長い通路を抜け、上へ戻る階段に差し掛かった時にシェインが言った。

「上の部屋で地図と一緒に説明をするが、レオノーラを出たら、とりあえずは南東へ向かえ。浄化の森を抜け、ノイマンの湖を越えるとヘイズと言う小さな町がある。ヘイズから更に南下し、海沿いの港街ギャヴァンに行くと良い。細かな道筋はレイアが知っている」

「うん……」

「ギャヴァンについたら、『再会の酒場』と言う店がある。ギャヴァンまでは順当に行って……ま、かかっても3日か4日だろう。その頃にその店にシサーと言う人物を待たせておく。彼に、会え」

「シサー……?」

「ああ。フリーランスの傭兵だ。腕が立つ。おぬしとレイアでは、ギャヴァンまで辿り着くので精一杯だろう。ギャヴァンまでなら、昼間を選んで移動をすれば魔物はそうそう出ない」

 傭兵……。

 高校生活で登場するはずのない職業を出されて、ちょっとだけどきどきした。ふうん、傭兵なんてのがいるんだ。

 シェインが、ちらりと俺を振り返る。

「ラウバルを黙らせるのに苦労をしたぞ」

「え、どうして」

「ラウバルとシサーは反りが合わぬ」

「シェインとは?」

「絶妙だ」

 ……何か嫌だ。

「だが、腕は確かだ。俺が言うのだから間違いない。せっかくだからいろいろと、シサーから学ぶのだな」

 どんな人なんだろうか。ごつい大男とかスパルタだったら嫌だな。

 そんなふうに思いつつ、俺はシェインの言葉に答えて頷いた。

「うん……わかった」


          ◆ ◇ ◆


 とりあえず、レイアだけをお供に連れて、俺はヘイズへ向かってシャインカルクを出発した。

 レイアのような妖精族は、この世界で言うもうひとつの魔法――精霊魔法と言うのを生まれつき操ることが出来るんだと言う。

 攻撃特性なんかは言霊魔法と似通っていて、当然レイアも精霊魔法を操ると聞いているから、何かあった時に力になってくれるのは間違いない……んだろう、きっと。

 精霊魔法ってのは通常、人間には持ち得ない能力なんだそーだ。

 ともかくも、彼女の魔法が俺の命の先行きに大きく貢献するだろうことは間違いない。

 そしてもうひとつの命綱――渡された食料や水なんかの入った皮製の袋を肩にかけ、左腰には何と、剣がぶら下がっている。

 ぶら下がっているだけだ。

 使えない。

 シャインカルクにいる間は言葉を叩き込まれるだけで精一杯で、はっきり言って剣の訓練まで受けている余裕はどこにもなかった。握り方と振り方だけざっくばらんに教えてもらっただけで、使えるようになるわけもない。

「シサーは、頼りになるわよ」

 日はまだ高い。

 俺は、最初にこの世界で俺が見た場所……浄化の森へ向けて歩いていた。

 シェインの言う通り、この辺りは昼間は魔物が出たりはしないのか、のんびりと手押し車を押す農民や行商人らしき人の姿もちらほら見える。

 城から出す人数を控えたのは、余り俺の出発が目立っても困ると言うのが理由らしい。本当かどうかは知らないけど。この辺りは王都に近いだけあって昼間は魔物がそれほど出るような場所でもないと聞いている。

「ギャヴァンって、行ったことある?」

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