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QUEST  作者: 市尾弘那
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第1部第25話 隠された目的(1)

 再びゆるゆると王城へと戻る道すがら、シェインが組んだ腕の一方で指先にリズムをとんとんと取りながら首を傾げた。赤い髪が風に靡く。

「あんなところにあんな堂があろうとはな」

「ああ……」

「だが、堂そのものの大きさに、ストームブリンガーの封印堂は見合っていないようだな。奥に何がある」

「……」

 沈黙で応えたラウバルに、シェインは短く吐息した。問いを変える。

「……バルザックはなぜストームブリンガーを狙う?ソーサラーには剣など必要なかろうが。欲しいのは永き生命か?」

「……」

「グロダールの一件も、奴の策略だろう。目的はストームブリンガーを帯剣したおぬしなのか?どうやってグロダールをおびき寄せた」

 またもラウバルは沈黙したが、今度はシェインも辛抱強く解答を待った。

 やがてラウバルが静かに口を開く。その足元で芽吹いた新草を踏み分けるわずかな音が聞こえた。

「やつはただのソーサラーではない」

「……?どういう……」

「やつは一介の魔術師ではなく、本来の姿は召喚師――私と同じく、召喚師だ」

 その言葉を聞いて、シェインは目を見開いた。歩みが止まる。先日鏡越しに言ったニーナの言葉が蘇った。

――精霊魔法あるいは、召喚魔法……じゃないかしら

 では。

 この状況において、風の砂漠に竜巻を巻き起こしたのはバルザック以外に考えられないではないか……!!

「……なぜ言わなかった」

 歩みを止めたシェインを不審に思い、ラウバルが足を止めて振り返ると押し殺したような声が聞こえた。どきりとする。

「おぬしは俺に、秘密事が多すぎる!!」

 向けられた視線に含まれる真剣な怒りに、ラウバルは驚いた。その瞳の色と相まって、まるで苛烈に燃え盛る焔のようだ。

「風の砂漠に竜巻が発生していることは調査団を派遣した後、おぬしの耳にも入っていたはずだ!!バルザックがジンを召還したのだとわかっていれば、みすみすユリアたちを『王家の塔』に向かわせずにギルザードに足止めしたものを!!!」

 シェインとて、ラウバルが気楽に他人に言えない事情を抱えていることは感じている。だからこそ、かつてもそれとなく尋ねはしたものの、バルザックについては深く触れるのをやめることにした。だが事情が違う。興味本位や好奇心ではない。

「俺が信頼出来ないと言うのであれば、今そう言え。重鎮たちと軋轢など起こさずにうまくやる宮廷魔術師は他にいくらでもいよう。俺は別に地位にこだわりなどない。代わりがいれば、いつでも降りてやる」

「シェイン……」

 言い捨て、ラウバルを追い越して歩むシェインの深刻な怒りを感じ、ラウバルは動揺した。

 表面上の付き合いしかしない宮廷内において、シェインは明らかに異質だ。明け透けにものをずけずけと言い、己の感情や意志を隠そうとしない。若さもあるのかもしれないが、恐らくは本来持つ性格において、人によっては我侭ともとられかねないその奔放さが、ラウバルには好もしく感じられた。

 堅物と言われ、恐れられるラウバルに対し、あれほど遠慮なくものを言う人間は他にいない。

 6年前、王城に現れて、シェインはあっと言う間にラウバルの懐に飛び込んだ。だが、逆はどうなのだろう。

 ラウバルは人付き合いを得意としない。何代もの王に仕えた間、最も『人間関係』らしきものを築き上げられたのはシェインをおいて他にいなかった。

「シェイン、待て」

 秘密主義のつもりはない。ただ、言えぬことは確かにある。ストームブリンガーがラウバルの元に渡った経緯、そしてそれを狙うバルザックの思惑、封印堂の奥に封じられし者、そして大元となる、バルザックとラウバルの関係については、現段階で気楽に口には出来ない。それはある人物との誓いを破ることに繋がる。

 ただ、シェインを信頼していないわけではない。かつて交わした誓いを頑なに守ろうとする真面目さと、人付き合いの不器用さが相乗効果でシェインとの関係を突き崩そうとしている。

「その、悪かった。隠しているつもりがあったわけではないのだが……」

「……魔術師であると同時に召喚師であると言うのは、可能なことなのか……?」

「は?」

 どんどん遠のいていく宮廷魔術師の背中に慌てて追いついたラウバルが逡巡しながら声をかけると、シェインから返って来た言葉は全く予想だにしなかった言葉だった。

「……ああ、いや……通常は難しかろう。ソーサラーとエンチャンター能力を併せ持つのとはわけが違う。召喚には己の生命を削られるゆえ、双方体得する頃には普通は死んでいるだろうが」

 虚を突かれながらも答えると、シェインは考え深げな視線を前方に向けた。

「怒っているのではなかったのか」

 ようやく隣に並んで歩き始めると、シェインは目線だけをラウバルに向けた。

「ああ、怒っているな。だがこれで今後はそういうこともなくなろう」

「……」

「だとすればこれ以上、過ぎたことを愚痴たれていても無駄だろうが。言うことは言った。それで本当におぬしが俺を必要とせぬのなら、俺自身の力不足を認めて黙って王城を去ろう。それもまた致し方ない。だが」

「……」

「俺だっておぬしが本当に俺を信頼しておらぬなどとは思っておらぬ」

 あっけらかんと言うその姿に、ラウバルは思わず肩の力が抜けた。がくっと肩を落とす。

「まったく……変わった男だ……」

「変わってるのはおぬしだろう。2度目はないぞ。今回はっきり言ったからな。話せぬことは話せぬと言えば良い。だが今後は、話せることは話してもらおう。おぬしの性格から自動的には言わぬだろうから、最低限俺が聞くことには答えを用意することだ」

 シェインなりに譲歩しているつもりなのだろう。もしかすると言い過ぎた、と本人としては反省しているのかもしれない。

「……努力しよう」

「では話してもらおうか。おぬしが話せることと言うやつを」


          ◆ ◇ ◆


 湯浴みを済ませ、自室に戻りかけたセラフィは鏡に映った自分の姿に一瞬視線を止めた。上半身は裸のままだ。決して筋肉質とは言えない華奢なその体の上を走る無数の傷跡。幾筋もの線のようなものもあれば、染みのように広がったものもある。

 幼少の頃に刻まれたその刻印は誰に治癒の魔法をかけてもらうこともなく、心に巣食う傷と同様生涯消えることはないだろう。

 暗い光を瞳に落としてセラフィは浴室を出た。階段を上がり自室に入ると、着衣を整える。

 ここはハーディン王城内の居室ではない。フォグリア郊外に構えた邸宅だ。とは言っても共に暮らす血縁者をひとりとして持たないセラフィにとって、豪奢な邸宅など必要ない。加えて他人に干渉されるのをひどく嫌う為、貴族としてはかなり簡素な造りだった。大きくすればするほど、使用人を雇う必然が生じる。ならば小作りでも自分の手で賄いきれる範囲のもので良い。どうせほとんどはハーディンで過ごしているのだ。今回ここに戻って来たのも、1ヶ月ぶりとなる。それに、身の回りのことを自分でやるのは嫌いではない。

 外出の支度を整えたところで、ドアが控えめにノックされた。微かに顔をほころばせて答える。

「開いてるよ」

 いつもの、グレンに『他人を騙す』などと評された意図的な笑顔ではない。自然な笑顔だ。

 そっと扉が開かれて、この世界で唯一セラフィの領域に踏み込むことを許された少女が顔を覗かせた。

「おいで、マーリア」

 両腕を伸ばす。

 枯草色の肩まで伸びた真っ直ぐな髪と吸い込まれそうな夜空色の瞳。優しげだがどこか頼りなくきょときょとと動いている。痩せた体に纏う衣服は、宮廷魔術師の邸宅に居候しているとは思えないほど質素だった。別に買い与えてやらないわけではない。嫌がるのだ。

 今年11歳になるマーリアは、セラフィにとって生涯かけてただひとりの大切な宝物だった。セラフィに招じ入れられてマーリアは、そっと押し開けた扉から中へと体を滑り込ませる。あどけない笑顔を浮かべ、とたとたとセラフィに駆け寄った。広げられたセラフィの腕の間に飛び込む。

「セフィ」

 かつて住んでいた村が全滅したマーリアは身寄りがなく、幼い頃に母親から受けた虐待で脳に障害がある。言葉を上手く話せないのだ。出会ったのは7年前。セラフィが17歳、マーリアが4歳の時だった。それ以来、親とも兄とも言える立場でセラフィはマーリアの面倒を見ている。

 とは言っても、セラフィはこの邸宅にいることはほとんどなく、使用人を雇うことを嫌う為マーリアはひとりで過ごすことが多い。言語に障害があるとは言え、生活能力には別段問題があるわけではないのだが、幼い少女ひとりではセキュリティに不安がある為、エンチャンターである彼はマーリアを守るあらゆる仕掛けをこの邸宅に施している。お守り役として、ゴーレムも一体この邸宅を守っていた。マーリアの唯一の友人でもある。

「ごめんね、マーリア。僕はもう出かけなきゃならないんだ」

 マーリアを腕に抱きとめたまま、耳元で囁く。顔を覗き込むとマーリアの顔が寂しげに曇った。

「ああ、そんな顔をしないで。今日……は無理かもしれないけど、明日にはまたここへ戻るから」

「ほ、ん、と?」

 ゆっくりと言って首を傾げる。セラフィは笑顔を向けるとその頬に口付けた。

「本当だよ。だからそれまで、ラルと大人しくしておいで」

 ラル、と言うのが、マーリアのゴーレムの名前だ。ウッドゴーレムの彼は、ストーンゴーレムほど武骨ではない。最初に造った小振りなストーンゴーレムはマーリアのお気に召さなかったようで泣き喚いたものだが、ウッドゴーレムに変えてみると大喜びだった。

「わ、た……。マーリア、まてる」

「うん」

 たどたどしく微笑むマーリアが不憫で、再度抱き寄せてやる。本人が望めば街の学校に入れてやっても良いのだが、他人とうまく付き合えないマーリアはここでセラフィを待つことを望んだ。

「じゃあ……行くよ」

「は、い」

 部屋を出て階段を下りる。階段の下に控えていたラルがマーリアと手を繋いだ。

「ラル。マーリアを頼んだよ」

 物言わぬウッドゴーレムは、主人の言葉を噛み締めるように視線を注いだ。ラルと手を繋いだマーリアがセラフィに手を振る。それに笑顔を返して邸宅を出ると、セラフィは馬に飛び乗った。

 セラフィの心の傷を癒してくれたマーリアの為なら何でもしてやりたいと思う。だが、最も彼女が望むこと……いつでもそばにいてやることだけが出来ない。

 大通りを駆け抜け、ハーディン城へと急ぐ。モナからの使者が訪ねて来たと、宰相のユンカーから緊急に呼び出された。グレンもリトリアから戻って来たと言うことだし、久々に休暇とするはずだった1日が丸潰れである。マーリアに約束してしまった手前、何としてでも明日はこちらに戻らねばとは思うが、実際問題果たして可能かどうか。

 バルザックに与えたロドリス辺境の森にある屋敷も、遠からず訪ねねばならないだろう。

(モナか……)

 モナが海軍を動かしたことは知っている。だが、グレンの予想を裏切って、セラフィはモナには使者を飛ばしてはいなかった。完全に、モナの自主行動だ。

(どういう意図があるんだ……?)

 モナはヴァルスに追従していたはずだ。陥落するのは容易ではないと踏んで、味方の勘定に入れていなかった。もちろん、こちらの味方についてくれるのであれば歓迎なのだが。

(おいそれと信用するわけには、いかないよね)

 それに、こちらとしてもまだモナの動きに合わせて軍を動かすわけにはいかない。物事には段取りと言うものがあるのだ。クレメンスの崩御と同盟の成立までは、まだ見合わせたい時期だ。そして、それまでにレガードの行方が掴めればベストである。

 いざ侵攻、となって、ヴァルスがシャインカルク城からレガードを戴いて対峙してきたのでは洒落にならない。

 慌しく王城に駆け込んだセラフィは、馬を衛兵に預けて正門へと駆けつける。うろうろとその出入り口付近でセラフィの到着を待っていたユンカーが、セラフィを認めて顔を輝かせた。

「セ、セラフィ殿」

「お待たせ致しました」

 得意の笑顔を向けると、ユンカーはほっとしたようにセラフィを迎え入れ、急かすように足早に通路を急ぐ。

「久々の休暇のところ、申し訳ない」

「いえ。こちらの方が大事ですから。それで、モナの使者と言うのは?」

「現在陛下と謁見の間にて……」

 一瞬舌打ちをしそうになった。ユンカーと言う男は真面目で善良なのだが、善良であるがゆえにセラフィにとっては今ひとつ使えない。気が小さいのだろう。もっとも、家柄も良く、官僚たちをまとめるには信頼に値する人物ではある。

(ろくでもないこと、言ってないだろうね)

 ぼんくらとは言えども、カルランスは一国の主だ。彼の発言はロドリスの意志と見なされる。下手なことを口にしていなければ良いのだが。

「急ぎましょう」

 言って通路を駆ける。相手の意図も見極めずに安易に馬鹿なことを国王が口走る前に辿り着かなければ。

「失礼します」

 謁見の間に辿り着いて、ノックもそこそこに押し入った。突然開かれたドアに何事かと部屋中の視線が注がれたが、そこにセラフィの笑顔を見つけ、ロドリスの者は安堵の表情を、モナの使者はややぼーっと見惚れるような表情をする。

「遅れまして」

「良い。セラフィ、こちらへ」

 カルランスが下ろされた御簾の後ろからあたふたと手招きをする。そちらへ歩み寄るセラフィの後ろをユンカーが追い掛けた。

「お話はもう済まされましたか」

 カルランスではなくモナの使者に尋ねる。見事な白髪で、顔に刻まれた皺は深い。整った身なりと気品から、相応の身分の人間と思われた。

「いえ、これからでございます」

「そう。良かった。わざわざご足労頂いて二度も話させてしまっては申し訳がないからね」

「は。お気遣い痛み入ります。モナより参りました外務大臣ローデツォと申します」

「宮廷魔術師のセラフィです。それで、ご用件は」

 そつない笑顔を浮かべたまま、間髪入れずに問う。恐らくセラフィが駆けつけるまでの間、出来るだけ応接で待たせておいたのだろう。

「アルトガーデンの、現状と未来について、ご相談させていただきたく」

「現状と未来とは?」

 セラフィが来たのでもはや解決と言わんばかりに、カルランスは御簾の後ろで黙りこくっている。その方がセラフィにとってもありがたい。

「我らが公王フレデリク2世陛下は、現在のアルトガーデンの将来について深く憂いております」

 ローデツォは頭を深く下げたまま言を紡いだ。

「率直に申し上げましょう。モナはクレメンス皇帝陛下の決定に、不満を抱いております」

 その、いっそ明け透けと言える言い方に、思わず吹き出す。

「良いのですか。そんな言い方をしては、モナはアルトガーデンに叛意ありと受け取られましょう」

「そう取られても致し方ないかと。フレデリク公より、包み隠さず我らの意志を伝えよとの命でございましたので」

「では」

 セラフィは笑顔を口元にだけ僅かに残してしまいこんだ。低く言う。

「ご存知ですか。使者の首と言うのは意外なほど価値がある。ヴァルスにあなたの首をモナ謀叛の報と共にお届けすれば、モナはいささか苦しい立場となりましょう。大臣となれば土産としての価値は一層上がる」

 淡々と脅しを含めた発言をすると、ローデツォは表情を変えずに冷静そのもので頭を下げた。

「この白髪首ひとつでロドリスのご信頼をいただけるのであれば本望です。外務大臣としての職務も全うされましょう」

 立派な覚悟だ。モナがロドリスの信頼を得るには一筋縄ではいかぬと腹を括ってきたのだろう。

「……失礼な発言をお詫び致します」

「いえ」

「では仮のお話をしましょうか。ロドリスにアルトガーデン粛清の意志があると仮定しましょう」

 自国に対してはあくまで謀叛と言う言葉は使用しない。セラフィは立ったまま腕を組んでモナからの命懸けの使者を見下ろした。

「しかし、モナがヴァルスに相対するとどうして信頼出来ましょうか。これまでモナはヴァルス――アルトガーデンの恩恵を受けてきている。いささか虫が良い話だとは思いませんか」

「無論、やすやすと信頼を得られるとは思っておりませぬ。さすればこそ……」

「……海軍を動かした?」

「……は」

 ローデツォは深く頭を下げた。セラフィは更に意地悪く問う。

「ですが、ロドリスが兵を挙げたとして、モナがこちらを攻撃してこないとは限らない。いやむしろ、これまでのモナとヴァルスの歴史を振り返れば、その方がより自然でしょう。いわく……『ロドリスに叛意あり』と」

「そのようなことは……」

「モナとしても、ヴァルスに相対することはいささか胸が痛むのでは?『忘恩の王』との謗りは免れぬでしょう」

 ローデツォは顔を上げ、セラフィを見据えた。セラフィ以外の周囲の人間ははらはらと2人を見守っている。

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