第1部第21話 風の砂漠〜ダンジョン4〜(2)
「あれ?そこの壁、煉瓦が外れてる」
不意にそんなことに気がついた。浮いている煉瓦のすぐの壁に、ちょうど煉瓦1つ分のスペースが空いている。ここから抜け落ちたのかな。でもどっちにしても煉瓦が1つ足りない計算になるんだけど。
シサーが足音を立ててそちらに近付く。角にしゃがみこんで片膝をついた。全員ぞろぞろとそっちに集まる。
ガコッ。
シサーがその煉瓦に手を掛け、引き抜くとすんなりと抜けた。けど、何があるわけでもない。ただの、煉瓦1つ分のスペースが空いただけだ。
「例えばこの煉瓦をこっちの壁に入れてみたら?」
ニーナが言う。
「これが鍵穴でこの煉瓦が鍵ってわけか」
シサーは持ち上げた煉瓦を壁に押し込んだ。
ズ、ズ、ズ、ズ……。
カチンと煉瓦がぴったり穴に収まり、それと同時に地響きのような音がした。シサーが顔を上げてにやりと笑う。
「ビンゴだ」
よ〜〜〜〜く見ればその最奥の壁には縦に切れ間があったらしく、まるで切り取るように壁の一部が上へ向けてスライドしていった。空き始めた壁の向こう側には薄暗い、狭い空間が見て取れる。
ズン!!
一際大きな音がして、壁が動きを止めた。上がりきったらしい。入り口の高さは2メートル程度。このくらいの高さがお好きなダンジョンマスターだ。
「何があるんだぁ〜?」
キグナスがわくわくしたように覗き込む。その後をシサー、俺、ニーナ、ユリアと中に入り込んだ。
北に向かって細長く奥に伸びた部屋だ。部屋と言うより、通路って感じ。これまで歩いてきた通路と壁も床も造りは変わらないし、幅も同じだからだろう。意外に長いし。ただ、あの小部屋と同じように壁にはカンテラが掛けられていて、ぼんやりと辺りを照らしている。
「奥に何かあるな」
これと言って目ぼしい物は目に飛び込んでこない。その通路の奥に、何か石碑のようなものがあるのが見えるくらいだ。
通路の奥までは3分もかからず辿り付いた。宝箱も何もなく、辿り付いてみてもやっぱり石碑だけだ。仮に宝箱があったとしたってどうせ空だろうからいーんだけどね。奥の壁には、何だか良くわからない模様が彫られている。上を頂点にした三角を支点にして真横に伸びる垂直の棒。
石碑は50センチくらいの高さの台座の上に垂直に立てられていた。大した大きさはない。大き目のノートパソコンくらいの大きさ。厚さは5センチくらいだ。
「何て書いてあるの?」
何度も言うが、俺には文字が読めない。石碑の表面を穿つように刻まれた文字を無意味に指先でなぞりながら誰にともなく問う。大した文字量はなかった。
「『乾いた青の中天に、与えよ。さあらば与えん』」
「……それだけ?」
「それだけ」
何だよー……。
「誰に何を与えれば何をくれるの?乾いた中天って、誰」
「書いてない」
「とりあえずこれがキーワードってことかあ?」
シサーのぼやきに被さるように、ズ、ズ、ズ……と言う重い音が聞こえた。
「あ、やべえ!!」
慌てて振り返る。通路の入り口の方だ。上がった出入り口が再びスライドして落ちてこようとしている。
「閉じ込められちゃう」
慌てて駆け戻り、半ば閉まりかけていた扉の外に転がり出ると、さっきの煉瓦は壁から床に戻っていた。時間がたつと自動的に転がり落ちるようになっているらしい。……本当、性格悪いよな。
「何か慌てちゃって、周辺探ってる時間なかったけど、良かったのかな」
「良いんじゃねえか。他に何がありそうでもなかったしなあ」
「与えるって誰にだよ」
「求めてる人を見つけなきゃって話?」
「求めてる人って……」
全員が顔を見合わせた。
「あの人しかいないじゃんね……」
◆ ◇ ◆
来た道をぐるぐると戻り、またも遭遇したゴブリンやヘルハウンドを薙ぎ倒して小部屋へ向かう。
求めてる人……小部屋にあった像しかない。『乾いた青の中天』ってのが良くわかんないけど。でも何をあげれば良いんだ?あげられるもんなら良いんだけど。
小部屋に続く通路に辿り付いて東へ向かう。途中新たな隠し扉をシサーが発見して中に入り、踏むと落とし穴になってるトラップパネルを避けて奥へ進むと宝箱があったんだけど、やっぱりここも空っぽだった。
「あ」
代わりにと言うわけでもないが、ユリアが声を上げて宝箱の陰に転がっていたダガーを拾い上げる。
「カズキ。また、シンと同じダガーよ」
「本当だ」
やっぱり、間違いないと思う。
シンはこのダンジョンに来てるんだ。
前に見つけたのと一緒に、俺はそのダガーを荷袋に閉まった。また会う機会があるって話だから、その時まとめて返してあげよう。こうもあちこちで投げ捨ててたら、こういうのってお金かかってしょーがないんじゃないだろうか。だから投げ専用のは小振りで割と安そうなんだろうし、それとは別に大振りのダガーも持ってるのかもしれないけど。
小部屋に再び戻って来た時、何だか妙にほっとしたような気がした。何十時間もたっているわけじゃないと思うんだけど、前にここに来たのが何日も何日も前のような気がする。
「こいつだよなあ……どう考えても」
2つの像の周りに集まる。当たり前だけど前に見た時と姿は変わってなくて、相変らず苦しそうで右手を中空に掲げていた。
像の間は、人ひとりが立ってちょうどかな?ってくらいのスペースしかあいていない。その間に立って2つの像を見比べているシサーの背中に向かって問いかける。
「何欲しいと思う?」
「うーん。首押さえて苦しんでるから、空気?」
壮絶馬鹿なことを答えたのはキグナスだ。空気なんかそこらじゅうに溢れてる。好きなだけ持っていけ。
「砂漠だから、求めると言えばやっぱり水じゃないの」
呆れたようにニーナが言った。シサーが台座に両手をかけて体を持ち上げ、像の翳した右手を覗き込む。台座の上のざらざらした感じは、言われてみれば砂漠を表していると言えなくもない。
「それ、いけそうだぜ」
「いけそう?」
「手の平に細い穴が開いてる。水なら流し込めるな。それなら『乾いた中天』っての、何とか当てはまりそうじゃねえか?」
確かに濡れてはないし、天に掲げられている。でも『青』くない。
「やってみようか」
ニーナが荷袋を漁った。水の入った筒を取り出す。砂漠を旅してるのはこっちだって同じで、喉なんか渇いちゃいない銅像なんかに貴重な水を上げるのは非常に嫌だけど、ここから出られなかったらどっちにしても水も食料もいつか尽きる。背に腹は替えられない。
全員が見守る中、シサーが片方の像の、手のひらで作った器にとくとくと水を注いだ。確かに穴の中から滑り落ちていっているようで、大した大きさもない器から水は零れ出したりはしてこない。でも。
「……どんだけ乾いてんの?」
何も起こらない。このままじゃニーナの水が空になっちゃう。
「まじいなあ。凄ぇ量を必要としてたらどうする?」
「でもそんな膨大な量の水を持ってダンジョン旅する奴なんかいないよ。通常持ってそうな範囲で何とかなるもんじゃないの」
「だよなあ」
なんて言っている間にニーナの水筒は空になった。……ああああ。
「駄目だこりゃ」
「違うのかしら」
「いや、穴が開いてるってことはここを通る必然があるんだろうし、こんなとこ通過出来るのは液体くらいしかねえな。持ち歩いてる範囲って話で言えば水以外ねえだろうし」
「シサーならエール酒くらい持ち歩いてそう」
「じゃあ何か?酒を求めてるってのか?姿見ただけでこいつがもがき苦しむほどアル中だなんてわかんねぇよ」
それもそーだ。
「うーん……」
思わず腕組みをして唸る。全員頭を廻らせているので沈黙が訪れた。
「……あれ?ユリア、何してるの?」
ふと見ると、ユリアは何やら紙にペンでせこせこと書き込んでいる。覗き込むと、壁の魔法陣を写しているのだった。
「何か、意味ありそうでしょ。この先必要になると困るし……こう言う意味ありげなもの、メモするようにした方が良いかなって思って」
確かに。
言いながらユリアが手を動かすのを眺めつつ、頭を再び廻らせる。
水で合っているんだと仮定して。何も起こらないってのは、どういうわけだろう。『乾いた青の中天に』って……乾燥してる青色で天高く上るもの?手が上がってるから中天?でも青くないんだけど。
量が足りない?でも通常範囲で考えれば、あげられる量なんかたかが知れている。
何だろう。あげる場所?穴まで開けてて間違いってことはないだろう。大体あの像に、他に何かをあげられる部分なんかない。頭からかけるしかなくなってしまう。『中天』は体の中で1番高い部分って意味?んな馬鹿な。それにこれも『青』くない。
あ、もしかして『乾いた青の中天に』って対象じゃなくて『いついつに』って言う時を示しているのかな。だとすると例えば『乾い』ているのは晴れ、『青の』は青空、『中天』は、青空に上るものとくれば太陽しかない。つまり晴れた昼間。
あとは……あげ方……。
(あ、あれってもしかして……)
奥の壁の絵。あれももしかして関係あるんじゃないだろうか。あるんだとしたら、あれって……天秤?
シサーが自分の荷袋を開けて懐中時計を引っ張り出した。覗き込んで水筒を取り出すと立ち上がる。同じことを考えたのかもしれない。俺も自分の荷袋を漁った。
「何?わかったの?」
「時間、平気?シサー、俺、こっちやる」
「おう。ただ『乾いて』っかどうかは、こっからじゃわかんねえけどな。ま、砂漠だから十中八九乾いてるだろ。乾いてなけりゃ、相当の運の悪さだ」
ニーナには答えず、俺は試していない方の像に歩み寄った。シサーが先ほどの像に水筒を掲げる。
像は一対。壁に掘り込まれていたのは垂直に保たれた天秤。だとすれば意味するとことは均衡。片方にあげるのと同時に、もう片方にもあげなきゃならないんじゃないか?
2つの像は、距離がそれほど離れていない。万が一ひとりしかいなくても、真ん中に立って両方に同時に注ぐことは出来そうだけど、一応俺とシサーはひとつずつ、水筒を持ってそれぞれ像の前に立った。
「行くぜ」
「うん」
シサーの言葉を合図に、掲げた水筒の水を流し込む。今度は変化が起こるまでにそれほどの時間はかからなかった。
「あッ」
「やった」
ググググ……と唸りを上げ、水を注ぐ右腕が下がっていく。
「いつまで入れたら良いと思う?」
止まるまで入れてたらなくなっちゃう。
ちょっと不安になって言うと、穴から抜けてちっとも溜まらなかった水が、器に溜まり始めた。正しくやれば底なしってわけじゃないらしい。
「いっぱいになるまで入れて止めるか」
シサーの方も同じらしい。下がっていく右腕が満たされるまで水を注ぎ、止める。ほとんど俺の水筒は空に近くなっていた。……外に出られても水不足で死んだらどうしよう。
軋みを上げて下がっていった腕が動きを止める。下がりきったらしい。何が起きるのか、ちょっとどきどきしながら像を見詰めていると、思いもかけない方向から激しい音がした。
部屋の奥、魔法陣が掘り込まれた壁の向こう側。
ダァァァァンッ!!!
何か重い板が倒れたような音。そして。
「凄ぇ」
「うおー。何だこれ」
ざーっと言う凄まじい音と共に、魔法陣が白く浮かび上がっていった。……いや、違う、浮かび上がってるんじゃない。掘り込みの裏に嵌ったガラスのような透明な壁の向こうに積み上がっていた砂が、斜めに一斉に滑り落ちていったんだ。外との間を遮るものを失って、眩しいばかりの太陽の光が魔法陣の形に差し込んでくる。床に描かれる、光の魔法陣。
「わ」
「眩し……」
「これ、どうすれば……」
「あ、まずいぞ。上からまた砂が降って来てる。時間がたつと消えちまう」
くそぅ……そんなんばっかだな。よっぽどここのダンジョンマスターは、人に考える時間を与えるのが嫌いらしい。
「とりあえず、入ってみよう」
荷物をまとめて魔法陣の中に飛び込む。
カッ!!!
地面に描かれた魔法陣から、視力を奪うほどの激しい光が噴き上がり、俺たちを包み込んだ。