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QUEST  作者: 市尾弘那
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第1部第20話 風の砂漠〜ダンジョン3〜(1)

 ワープトラップに引っ掛からないよう、慎重に歩を進めながら、俺はシサーが今どの辺りにいるのかをぼんやりと考えていた。

 ウィル・オー・ウィスプが残されていたポイントにも、トラップガイドはあった。ワープトラップでシサーが飛ばされたのは多分間違いないだろう。……ウィル・オー・ウィスプを置き去りにしてしまったってことは、シサーはこの真っ暗闇のダンジョンで……大丈夫なのかな。

「ニーナ」

「何」

「シサーって、明かり、持ってるの?」

 トラップガイドの石を壁に見つけて足を止める。薄ぼんやりと光っているのを見て、そこで消えるまで待機することにした。

「……自分の荷物は持ってたみたいだから。カンテラは持ってると思うわ」

 微かに悲しげな声で、ニーナが答えた。さぞかし心配してるんだろうな。

「そう。治癒薬とかそういうのも?」

「うん」

「なら、良かった」

 カンテラ持って魔物と戦うのはさぞかししんどいだろうとは思うけど。

「シサーは、強いから……ひとりでも、無事だと思う。ちゃんと、合流出来るよ」

 振り返ってニーナに微笑みかけると、ニーナも笑顔を作って頷いた。

「そうね」

 光が消えたのを見て、再び歩き出す。一応歩数で間隔を測って、俺はマップを作ることにしていた。本当は方眼紙とかあれば良いんだろうけどないから、自分で大体等間隔になるよう罫線引っ張って、10歩で1マスって感じで塗り潰してる。……こういうの、先頭を歩く人に任せるべきじゃないと思う、普通。

「あ」

 俺のすぐ後ろでニーナが声を上げる。顔を上げると、ウィル・オー・ウィスプの明かりに照らされて角が浮かび上がっていた。

「曲がり角だわ」

 心なしかニーナは嬉しそうだ。これまでと比べて、変化があったからだろう。

「えーと。左手に折れる、と……」

 手にした紙に書き込んで、壁を見上げる。十字路とか分かれ道じゃなくて、単純に左に曲がる角だ。角も垂直で、取り立てて複雑な感じではない。

 ワープガイドの存在に気が付いてから30分くらい歩いたけど、結局ずっと直進だったので最初正直言って不安になった。けどどうやらここは、本当に直進通路だったらしい。この通路には物凄い勢いでワープガイドがあって、これに片っ端から引っ掛かってたらひたすら直進するハメになるのも頷けるような気がする。って言うか、やり過ぎ。

 にしても。

 このまま気が付かずにいたら、凄いヤバいことになってたかもしれない。

 そんなふうに思ったのは、ワープトラップに引っ掛かったおかげで最初の『硬質の足音』から逃げられたんだなあなんてことを考えたからなんだけど。

 まかり間違って、逆に魔物の眼前に飛ばされる可能性だって、ないわけじゃあないんだろ……。何も知らずに跳ばされて、目の前に突然魔物が出現したらやっぱりぶったまげると思う。

 幸い、グリムロックとヘルハウンド以来、魔物には遭遇していない。このままずっと遭遇しないで済めばありがたいんだけどな。

 なんて思った時だった。

「カズキ」

 ニーナの緊張した声が聞こえた。その声で我に返った俺の耳に、荒い息遣いと聞き覚えのあるひたひたと言う足音。爪の音も混ざっている。

「ヘルハウンドか……?」

 前方の吸い込まれそうな暗闇を見つめた。

 ひた、ひた、ひた……。

「複数いる……」

 姿が見えず足音だけ、と言うのは、凄く嫌だ。目前に来るまでどんな魔物なのか、確信が持てない。

「ガルルルッ」

 獰猛な唸り声と共に、暗闇から塊が飛び掛ってきた。目視する暇もない。咄嗟に抜き放った剣を顔の前に構えて庇うが、鋭い爪が俺の頬を抉った。

「ゲヌイト・オムニア・フォルトゥーナ・カウサエ・マナ、グッタ・カウァト・ラピデム・ノーン・ウィー・セド・サエペ・カデンドー。『氷の矢』!!」

「きゃあッ」

 キグナスの魔法とニーナの悲鳴が重なる。ヘルハウンドは合計3匹。俺に襲い掛かった1匹とキグナスの『氷の矢』を受けた奴以外の最後の1匹がニーナに踊りかかったんだ。

「ニーナ!!」

「『氷の矢』!!」

 ユリアが魔法石を投げつける。炸裂した『氷の矢』に、ヘルハウンドが仰け反って地面に転がった。素早く跳ね起きる。

「グルル……」

 俺の剣で弾き返されたヘルハウンドは、地面に四肢を踏ん張った。ヤバイ、炎の掃射だ。つられるように他の2匹も四肢を踏ん張った。

「逃げろッ」

 急いで後方へ飛び退る。が、ユリアが転んだ。駆け寄ろうとした寸前、僅かなタイムラグを持って3匹のヘルハウンドの口から炎が噴き出される……!!

「きゃああッ……」

 カッ……とユリアの足元から光が噴き上がった。彼女を取り囲むような、分厚い光のカーテン。まるで全く何者も寄せ付けないその勢いに妨げられて、炎が遮断された。シェインの魔法が発動したらしい。

「凄ぇ……」

 俺のすぐ後ろでキグナスが呆然と呟くのが聞こえる。

「こんな凄まじい『光の壁』、見たことねぇ」

 その恩恵でこっちまで炎が届かない。

「キグナス、ニーナ、今のうちに魔法……」

「おっと。言えてら」

「光を与えしウィル・オー・ウィスプよ!!その身を裁きの矛と変えよ。ポエブス!!」

 ニーナが素早く魔法を完成させた。『光の壁』が発動中なので良く見えないけど、『光の矢』が放たれたらしく、四肢を踏ん張ったままだったヘルハウンドの1匹が「ギャイン」と鳴いて吹っ飛ぶ。

「ゲヌイト・オムニア・フォルトゥーナ・カウサエ・マナ、グッタ・カウァト・ラピデム・ノーン・ウィー・セド・サエペ・カデンドー。『氷の矢』!!」

 続けてキグナスが同じ1匹に魔法を放った。立て続けに矢を浴びせられたヘルハウンドは、地面をのた打ち回っている。

 不意に『光の壁』が消えた。炎の掃射が止んだからだろう。ユリアはあの時のように気を失ってはいなかった。呆然とした様子で辺りを見回している。構わず俺は剣を構えて突っ込んだ。

「ユリア、援護を!!」

 ニーナがレイピアを抜いて怒鳴る。その声に我に返ったように、ユリアがロッドを構えた。

「アモル・オムニブス・イーデム。大地の恵み、大気の守り、その全てを統べるファーラよ、清らかなる守りにて邪悪な者を退けたまえッ」

 防御を強化してくれる。キグナスも続けて防御魔法をかけてくれた。

「ゲヌイト・オムニア・フォルトゥーナ・カウサエ・マナ、オムニア・エウント・モーレ・モドークウェ・フルエンティス・アクウァエ。『水膜』!!」

 俺とニーナでヘルハウンドを1匹ずつ相手取る。先ほど魔法を立て続けに受けたヘルハウンドに、ユリアが魔法石を投げつけた。

「『氷弾』!!」

「ギャンッ……」

 一際大きく鳴いて、動かなくなる。止めとなったらしい。

「くッ……」

 俺の剣を大きな跳躍でかわしたヘルハウンドが、三角跳びの要領で壁に足を着き、勢い良く蹴る。その反動を利用して俺目掛けて太い前足を振った。避けるけれど避けきれず、腕を爪で抉られる。着地する瞬間を狙って、俺は剣を払った。その反動で、傷ついた腕から血が振り飛んだ。

「ギャウンッ」

 胴に大きく切り込む。その瞬間ニーナが俺の方目掛けて吹っ飛んできた。

「うわッ」

「きゃッ」

「ゲヌイト・オムニア・フォルトゥーナ・カウサエ・マナ、ポスト・ヌービラ・ポエブス。『光の矢』!!」

 2人仲良くもんどりうって地面に転がる。援護するようにキグナスの魔法が、ニーナと戦闘していたヘルハウンドに飛んだ。その隙に、俺が斬ったヘルハウンドが傷を振り払うように体を起こす。よろつく体を足を踏ん張って支え、口を開けかけた。

「させるかッ」

 跳ね起きて地面を蹴る。ヘルハウンドはたじろがずに炎を吐く姿勢を整えた。

「ゲヌイト・オムニア・フォルトゥーナ・カウサエ・マナ、グッタ・カウァト・ラピデム・ノーン・ウィー・セド・サエペ・カデンドー。『氷の矢』!!」

「『氷弾』!!」

 キグナスの魔法がニーナの方のヘルハウンドに、ユリアの魔法石が俺と対峙するヘルハウンドに放たれた。『氷弾』を受けたヘルハウンドは姿勢を崩してよろける。おかげで炎を吐くタイミングが失われた。力を込めて薙いだ剣がその首に深々と刺さり、断末魔を上げる間もなく地面に崩れ落ちる。

「はあ……はあ……」

 肩で息をしながら地面に片膝をつくと、ニーナの方でも最後のヘルハウンドの始末が済んだところだった。

「ってぇ……」

 抉られたあちこちが痛い。キグナスが近寄ってきて回復魔法をかけてくれる。みるみる傷が塞がって、やっぱ何度やってもらっても便利だなあとか……しみじみ……。

「しっかし凄かったなあ……さっきの」

 まだ言ってる。

「そうなの?」

「俺が『光の壁』を使ったとしても、あんなになりゃしねえよ。……まだ使えねえけど」

 ユリアがニーナを回復してこちらへ歩み寄ってきた。

「さっきのは……シェインが、わたしに?」

 知らなかったの?

「と思うよ。……そういうもん?」

 ユリアに答えて、キグナスに話を戻した。

「ああ。同じ魔法でも、使う人間の魔力によって効果ってぜんぜん違うんだぜ」

「え。そうなんだ?」

 呪文によって効果のほどって変わるのかと思ってた。だってゲームなんかそうじゃん。3段階くらい強弱の段階があってさ……。

「そりゃそうだろ。例えば俺だったら、火系最上級攻撃魔法『炎の霧』を使ったって、グリムロック1匹を1撃で倒せるかどうかわかんねえけど、シェインだったら火系初級攻撃魔法『火炎弾』で10匹くらいまとめて吹っ飛ばすぜ、多分」

 げぇ。

「そ、そういうもんなんだ?」

「そういうもん」

 シェインと喧嘩をするのはやめておこう。


          ◆ ◇ ◆


 俺とニーナがそれぞれ怪我を治してもらい、再びダンジョンの探索を再開する。

 以降も、ぽつりぽつりとヘルハウンド、グリムロック、コカトリス、ゴブリンなんかと遭遇したし、目新しい魔物としてはオーガーなんて言うおっそろしい魔物にも1度だけ遭遇したが、ずたずたに怪我をしつつも何とか生命は保っていた。……シサー、本当に大丈夫なんだろうか。

 2時間くらいかけて何度か角を曲がりつつも直進コースを歩き続けた結果、俺の手元の地図は最初の地点へと戻ってしまった。つまりぐるーっと回廊状になっているらしい。俺の地図が正しければ、ほぼ正方形状の外枠を歩き、中がすっぽりとやはり正方形状に未踏地帯となっている。

「戻るか……」

 最初の地点を正方形の下辺とすると、西側の、垂直に続いている通路の割と北寄りの辺りに、1箇所だけ内側へ続くらしい道があった。どうやらそっちへ行くしかなさそうだ。ぐるぐると回っていても仕方がない。

 元来た通路を北上し、途中、先ほど倒した魔物の死体を避けつつ30分ほどかけて上辺周辺まで辿り着く。右手に、やはり先の見えないさっき通り過ぎた通路があった。

「……こういうダンジョンで、倒した魔物がごろごろしてたら腐臭とか充満しないのかな」

 ぼそっと呟くと、ニーナが肩を竦めた。

「魔物にもよるけど。ある程度腐敗が進んでくると、砂に還る魔物も多いし、魔物の死肉を食べる魔物もいるしね」

 げえ……。悪趣味。

 もうぐるぐる跳ばされて方向感覚なんかめちゃくちゃだから、とりあえず便宜上最初にいた地点を南とすると、角を曲がって通路はすぐ南下していた。何の変哲もない一本道。もちろん相変わらず真っ暗だ。

「もうどのくらいさまよってるのかなあ」

 歩数に合わせてマス目を塗り潰しながら呟く。あの円形ホールを出てからあれよあれよと言う間に、予定外にダンジョンの奥地をさまようハメになってしまっている。短く見積もっても6時間とか?そのくらいになるのかな。時間感覚さえぐちゃぐちゃで、もうわけがわからない。

「よく考えたら歩き続けだね。何も食ってないし」

「そうね。どこか休めそうな場所を見つけたら、食事しておこうか」

「もうさっきの小部屋にさえ戻れねーからなあ」

 後ろの方からキグナスが会話に参加した。

 確かに、あそこって何か魔物入って来なさそうな感じだったし、休憩するにはうってつけだったのかもしれない。

「ユリア、平気?」

 黙々と歩いているユリアが気になって、声だけで尋ねる。疲れたような声で「うん……」と言う短い返事だけが返って来た。へばって来ているのかもしれない。……そりゃそうか。飲まず食わずで歩き続けて、しかも魔物と戦って。ユリアじゃなくたってへばるよな。

 15分くらい通路を南下すると、僅かに左に逸れてまた南下した。でもそれはほんの5分くらいで、すぐ突き当たる。左に曲がって北上する通路が続いていた。

「……すーごーく、いや〜な感じ」

「迷路みたいね」

「左手で壁伝ってったら出られるのかな」

「『左手の法則』?」

 ニーナの言う通り、ダンジョンの中はまさに迷路みたいだった。ぐにぐに曲がって左右に分かれている通路もあるし、上へ下へ右へ左へ、地図の上はぐちゃぐちゃだ。

「……汚いわね」

「……うるさいな」

 俺の書いた地図を覗いてニーナがぼそりと洩らす。仕方ないだろ、歩きながら地図書くなんて初めてなんだし!!難しいんだぞ、結構。それでも頑張ってんじゃん、努力してんじゃん……。そりゃあ、変なトコ繋がりそうになっちゃったりとかしてるけどさ。

 東方向へ真っ直ぐの通路を進んで行くと、20分くらいで壁にぶち当たった。道なりに南方向にジグザグになる感じですぐ西へ向かう通路があった。それに従って通路に足を踏み入れる。

 ……と。

 ゴゴゴゴゴ……。

 どこからともなく、地響きのような低い音がした。

「……何?」

 思わず一同足を止めてしまう。止めてしまっ……て……。

「に、逃げろッ」

 叫んだ。

 何となれば。

「え、何!?」

「うわあああッ」

「壁!!壁が!!後ろ!!!」

 会話になってない。

 西へ続く通路に入ってすぐ、その通路の奥から壁がこっちへ向かって迫って来たんである。しかも物凄い勢いで!!

 あんなもんに潰された日には、生き残る可能性どころか骨さえコッパだ。

「うわああああ!!!」

「やだあああああッ」

「ちょっと早く行ってよ!!」

「精一杯!!!」

 パニック状態で怒鳴りあいながら賑々しく逃げていく。

 幸いその通路はそんなに凄い長いものでもなくて、壁が押し迫ってきてからは5分くらい全力疾走したところで角にぶつかった。走る勢いもそのままに角を左に曲がると、そこですぐに直進と右に折れるのと道が分かれている。咄嗟に迷って足を止めてしまうと、後ろからニーナが激突してきた。

「うわッ」

「きゃッ」

「きゃあッ」

「わわわッ」

「むぎゅぅ……」

 結果として、俺に激突したニーナにユリアがぶつかり、ユリアにキグナスが激突して4人まとめてすっ転ぶハメになり、先頭だった俺は3人分の体重を一身に受けてつんのめった。潰される。

「何してんのよッ馬鹿!!」

 ニーナが叫ぶその後ろを、ゴゴゴゴ……と重い唸りを上げてスピードを上げた壁が通り過ぎて行く。

 ドシーンッ。

 激震がして、パラパラと天井から粉が零れた。壁に壁がめり込んだのだ。……良かった、曲がってくるなんて器用なことするやつじゃなくて。

「あっぶっね〜……」

 キグナスがユリアの上に圧し掛かったまま後ろを振り返って呟いた。……って、重いから!!どいてッ!!!

「苦しいぃぃぃ……」

「あ、ごっめーん」

 バンバン地面を叩いて抗議すると、順番にどいてくれた。……げほげほ。

「あ、ヤベ。今の距離よくわかんないな。適当に足すか」

 地図を開いて、感覚で道を付け足す。ユリアがぴょこんとさっきの通路を覗き込んで振り返った。

「ここは、トラップガイド、なかったのかしらね」

「さあ……。でも、壁が着実に追いかけてきたってことは、移動してないってことじゃないの」

「そうよね」

「壁注意……と。んで?どっち行く?」

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