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QUEST  作者: 市尾弘那
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第1部第19話 風の砂漠〜ダンジョン2〜(2)

「扉?」

「さっきあった?こんなの」

「……でも、さっきは急いでたし」

「それはそうだけど……こんだけ戻ってきてるってことは、シサーの後を追ってる頃かなあ」

「にしては、まだまだ最初の場所に辿り着かない感じだけど……。まあ、先が見えないから何とも言えないけどさ」

 口々に言いながら、何となしに扉の前で足を止める。取り囲むような感じでそれを凝視して、悩んだ。

「……見た方が良いと思う?」

「あ、でも……シサーの手掛かりになるかもとか」

「ここに入ったのかもしれないって?」

 それにしちゃ場所が変って気もするけど。歩いて来た距離感から考えれば、本当言うとシサーが消えたらしい場所……つまりウィル・オー・ウィスプが残されていた場所なんかとっくの昔に通り過ぎて、それどころか円形ホールも通り過ぎちゃってるような感じなんだが。

「まあ、気になるところは調べた方が良いよね」

 そう呟くと、全員の視線が俺に集まった。……待って。それは俺に扉を開けろってハナシなの?

「わかりましたよ……」

 そりゃ確かにこう言う危険な役回りってのはファイターの役目なんでしょうが。けどでも俺、ファイターじゃなくって剣持って戦ってるだけで、高校生なんですけど、ただの。

 とは言え、こう言うダンジョンなんかでは至るところにトラップが仕掛けられているってのがお約束らしいし、扉なんかまさにその基本中の基本って感じだし、開けた瞬間何が起こるかわからないようなもん、ユリアやニーナにやらせるわけには当然いかないわけだし。

「気をつけろよ。毒を塗った矢が飛んで来たりとか、開けた瞬間魔物が襲って来たりとかするかもしれねーし」

 キグナスが言う。あんまり脅すようなこと言うとやめちゃうぞ。

「下がってて」

 3人が扉から身を引いて、何かあってもすぐ対応出来るよう構えたのを見て扉に手をかけた。思い切ってぐいっと扉を引っ張る。

「……あれ」

 予想に反して、扉を開けても何もおかしなことは起きなかった。ちなみに実は押し戸だったなどと言うお約束なオチもなしだ。

「平気そうか?」

「うん……多分」

 半開きにした扉から、中を覗いてみる。そこは通路と違って濃灰色の石造りの部屋になっていた。8畳くらいの広さだ。ガランとした部屋の隅には開けられた形跡のある宝箱が3つくらいある。部屋の中央より正面奥の壁寄りに、何か俺の胸の高さくらいの台座があって30センチ程度の像が2つ置かれていた。

 壁にはカンテラが掛けられていて、細々と炎が揺れていた。おかげで薄暗いとは言え、魔法なしに中の様子が見ることが出来る。……ってか、このカンテラそのものも魔法で持続してるのかな。まさか管理人がいて、蝋燭が切れたら灯しに来るってわけじゃないだろ。

 蝶番が錆びているらしく、扉を更に押し開けるとギィと軋んだ音がした。構わずに目一杯開けて、部屋の中に足を踏み入れる。

「何も、なさそうね」

 俺に続いて部屋に入ってきたニーナが、辺りをきょろっと見回して呟いた。とりあえず、壁際の宝箱に近付いてみる。幅50センチくらいはありそうな宝箱で、ありがちな半円形の蓋が付いていた。もちろん今は開け放たれている。

「鮮やかだな〜」

 一緒になって宝箱を覗き込んだキグナスが感心したように呟いた。

「鮮やかって?」

「お手並み。これ、多分いちいち鍵見つけて開けたんじゃねーんじゃねーかなあ。大体ダンジョンにある宝箱って、鍵がどこ探したってないやつだって多いって言うぜ。鍵開けのスキル持ってるやつが開けたんだろ」

「シーフってこと?」

「とも限らねえだろうけど。まあ、8割9割は、職業盗賊じゃねえかな。苦戦した様子、なさそうじゃねえか?綺麗に開いてるよなあー」

 やっぱりシンなのかなあ……。

「ねえ、これ見て」

 宝箱にはあまり興味がないらしい女性2人が俺たちを呼んだ。2人とも、扉から入って正面の壁を見上げている。2つの像の間だ。

「何かあった?」

 倣って視線を壁に向ける。扉正面のその壁には、規則性を持った凹凸が刻まれていた。壁彫刻って言うのかなあ。大小の2本の円を外枠にして、中心には何やら奇々怪々な図形が描かれている。大小の2本の円のその間には幾つか区切り線のようなものが縦に入っていて、区切られたそのひとつひとつに文字が書かれていた。

「何これ」

「魔法陣ね」

「魔法陣?」

 何でそんなもんが?

「これ、最初の場所にもあったわ」

 ユリアが呟いた。それを受けてニーナも頷く。

「あったわね」

 え。何でそんなもん見てんの。

「どこに?」

「気付かなかったの?」

 呆れたようにニーナが言う。キグナスもきょとんとした顔をしていた。……何か男2人、注意力が足りないみたいじゃん。

「気付かなかった」

「床にね、描かれてたのよ」

「床?」

 壁の石にばかり目が行ってたので気が付かなかった。

「何か意味ありげじゃん」

「でも、どうしようもないわね、何か」

 ニーナが魔法陣に目を戻しながら溜め息をつく。俺は壁に近寄って、その魔法陣を良く見てみた。近付いてみると、その魔法陣はただ壁の石を削って作られたものじゃないらしいことがわかった。

 いや、削られているはいるんだけど、ぶち抜かれてるって言うか……つまり、魔法陣を描く形に石が繰り抜かれている。抜き型って感じだ。繰り抜かれた向こうはどうなってるのか良くわからない。触ってみるとつるっとした感触で……ガラス、かなあ。これ。

 何だろう。何のためにこんなややこしいことを?

 ガラスのその向こうは、多分、砂。外?なのかな。

 ここ爆破したら外に出られるんだろーか。……生き埋めになるのがオチか。

「気持ち悪ぃなあ、これ」

 魔法陣に飽きたのか、キグナスの嫌そ〜〜な声がした。振り返ると顔を顰めて像を覗き込んでいる。

「何」

「人間じゃねえのか」

 言われて見てみると、俺の胸の高さくらいの台座の上に飾られている像は確かに人間を模っているものだった。台座と同じくらいの大きさのざらざらした地面の上を、どこかよろよろした感じで中腰に歩き掛けている。何かを求めるように右手を器型に中空に翳し、左手はもがき苦しむように自分の首に当てられていた。

 もう1つの像も、全く同じものだった。ただし方向が違う。2つとも中心……つまり互いを見るような形で作られている。

「何だろね」

 あんまり気持ちの良いもんじゃない。苦悶の表情なんかやけにリアルで……バシリスクに石化された人間じゃなかろうかなんて馬鹿な考えが一瞬過ぎる。いや、大きさ的にありえないんだけどね。高さ30センチくらいなんだから。

「あんまり目ぼしいものはなさそうね」

 がっかりしたようにニーナが言った。

 まあここにいきなりシサーがいるとは思っちゃいなかっただろうけど、どっかに続く階段とか、そう言うのがあれば良かったんだろうけど。

「そうだね。……行こうか」

 とは言ってもどこへ行くのかなんて良くわからない。

 とりあえず円形ホールを目指しているはずなんだけど……。

 意味ありげなこの部屋が気にならないと言えば嘘になるし、さっきの戦闘と真っ暗な通路をひたすら歩き続けると言う気力も体力も著しく消耗する作業で疲れてはいるんだが。

 こうしている間にもシサーの身に何が起こってるのかと思うと気が気じゃないし、早く合流してこんなトコ抜け出したいし。

「そうね」

 ニーナが頷くのに合わせるようにして、俺たちは再び通路へと戻った。

 扉を出て、右手に向かって真っ直ぐ歩く。ギルザードを出てから歩いて来た方向とダンジョンの入り口の方向から察するに、今は北に向かって真っ直ぐ歩いているはずだ。……はず……なんだけど。

「いくらなんでも、嘘でしょ……」

 俺のすぐ後ろでニーナがぼやいた。全く同感だ。少なくとも、あの扉の部屋から既に2時間は歩いていると思う。感覚が狂って長めに換算しがちなことを差し引いても、だ。グリムロックやヘルハウンドの戦闘からは、3時間とかそんくらい歩いてると思う。

「おかしいよ、やっぱり」

 魔物には遭遇していない。静かなものだ。俺たちの立てる僅かな足音と、防具や武器の触れ合うかちゃかちゃと言う音しかしない。後は……遠くで、風の音。でも最初に聞いたのより遥かに風の音は遠くなった。……遠くなった?元の場所に向けて歩いてるはずなのに?

「同じところ、回ってるのかしら」

 どう考えたって、ヘルハウンドから逃げていた距離がこれより長いはずがない。そんなに何時間も走っていられるわけがないんだから。って言うか、これだけの距離を1度も曲がることなく直進してたらいつか海に出ちゃうぞ。サンドワームじゃないんだからさあ……砂の中を通って砂漠を横断するのもどうかと思うんだけど。

「ちょっと休もう」

「……そうね」

 溜め息と共に言葉を吐き出し、ニーナが賛成した。足を止めてその場に座り込む。ずるずるとニーナもユリアもキグナスも、その場にへたり込んだ。

「おかしい。ぜーーーってぇ、おかしい!!」

 キグナスが自分の両膝に顔を埋めてぼやく。ユリアは疲れ果てて言葉も出ないように壁に背中を預けて瞳を閉じていた。

「迷路、なのかしらね」

 迷路ってもっと右に左に曲がったりするもんじゃないの?

「1度も角を曲がらないってのは、変だよ……」

「……よねえ」

「ワープトラップ……?」

 閉じていた瞳を開いて、ユリアが長い睫毛を瞬かせた。

「ワープトラップ?」

「それよ」

 ニーナが頷く。……そうか。そうだとすればシサーが忽然と消えたわけもわかるし、ひたすら直進してるのもわかるかもしれない。つまり、直進通路の途中でワープトラップに引っ掛かって、新たな別の直進通路に飛ばされる。そこでまた新しい通路の直進部分に飛ばされれば、実際は同じところをぐるぐる回ってるのかもしれないけど、こっちにしてみればひたすら直進していることになる。

 あ、そうか。追って来た魔物の足音が入れ替わったのって、そう言うわけだったのかな。考えてみれば、ヘルハウンドがあんなに金属質な足音立てるわけがないし、最初の魔物から逃げてるうちにワープトラップに引っ掛かって……で、ワープ先でヘルハウンドに遭遇したんだ。

 もう少しダンジョンの……進行方向の先が見えていれば、例えばこの先に曲がり角があるだとか、あったはずの角が消えただとかってわかんのかもしれないけど、生憎ほとんど先は見えていない。壁や床はずっと同じ造りだし、気付くはずもないわけだ。

 ワープトラップか……。

 忽然と消えたシサー。どこのかわからない『第3の鍵』。開けられた宝箱。シン。ワープトラップ。風の砂漠。

(……あれ!?)

「ワープトラップだとしたら、トラップガイドがあるはずだよな。どのタイミングで作動してんだ?」

「カズキ?どうしたの」

 ニーナが俺を覗き込む。……あれ?今……・。

「いや、何でも……」

 何か……何か凄く重要なことが繋がったような気がしたんだけど。一瞬で忘れてしまった。

「何でもない。……トラップガイド?」

「だからさ、俺たちの動作のどこかに、ワープトラップを作動させる何かがあるわけだろ。例えば何かのスイッチを無意識に踏むとかさ」

「意味不明にワープ空間でもあるんじゃないの」

 魔法のことなんかわかんないので、ほとんど投げ遣りな返事をする。

「馬鹿。ここは『3つ目の鍵』のダンジョンなんだろ。どこの何の鍵かわかりゃしねえけど、とにかく大事なもんなわけだよな、きっと。で、不特定の奴には奪われたくないからこんなダンジョンに仕込んでるわけじゃねえか。でも鍵なんか用意するくらいだから、受け継ぎたい誰かがいるんだろ、多分」

「ああ……孫とか?」

「それはわかんねえけどさ。ともかく、無差別稼動じゃその『特定の誰か』だって辿り着けねえじゃねえか」

 それは言えている。

「だとしたら逃げ道があんだよ絶対。知らないうちに、ワープトラップのスイッチ押してんだ。気付けば、避けられるようにはなってるはずなんだよ」

「ああああ!!!」

 わかった。

 突如大声を上げた俺に、ニーナが飛びついた。俺の口をその手の平で押さえつける。

「騒がないでよ馬鹿!!」

 う、ごめん……。

「俺、わかったかも、その……トラップガイド」

「本当に!?」

 みんなの視線を受けて俺は、壁にぽつりぽつりと設置されている石の存在を話した。

「見るタイミングによって薄く光ったり消えたりしてるみたいなんだ。光り方……って言うか、光ってる時間の長さも結構ランダムでまちまちみたいなんだけど。俺が見てた限り、平均して1分くらい光ってると思う。もう少し短い時もあるかな……」

「臭いわね、それ」

「光ってる時が、ワープトラップ作動中ってことか?」

「わかんない。逆かも知れないし」

 とりあえず立ち上がって、俺は壁を見上げながら数歩歩いた。みんなもついてくる。休憩していた場所からほんの5メートルくらいのところに石を見つけて、俺はそれを指差した。

「確かに、時々見かけたわね。でもただの装飾だと思ってたわ」

「時々、ほんの少しだけ光るんだ。よーく見てないと気が付かないくらい、本当に薄くなんだけど」

 言いながら石を見つめる。みんなでじっと見守る中、少し経ってから石が光り始めた。ぼわーっと、光ると言うよりは色彩が明るくなったのかなって言う程度。

「本当だ」

 光は40秒ほどで消えた。また元通り、薄暗い沈黙で壁に収まっている。

「良くこんなの、気が付いたわね。光ってるって言えないわよ、こんなの」

 ニーナが褒めてんだか呆れてんだか、良くわかんない口調で言った。

「最初のホールになってるとこにもあったから。そこで気が付いたんだ」

「んじゃ、これが光ってる間にここを通過すると、ワープさせられてんのか。どこに跳んでんだ?」

 キグナスが言う。

「それはやってみないとわかんないけど……光っている石から光っている石に跳ぶとか」

 覗き込むには少し高い位置にあるので、首を伸ばして見上げながら勝手な想像を口にした。

「じゃあともかく……しばらく、光っている時は通過しないってやり方で進んでみましょーか。それで状況が変わらないようだったら、今度は逆にしてみましょ」

「じゃあ、行こう」

「ねえ、待って」

 歩き始めようとした瞬間、ユリアが制止の声を上げた。

「さっきまでは最初の場所を目指してるつもりだったから、右手へ進んでいたわけでしょう。でもワープトラップで跳ばされてたんだとしたら、本当にそっちで良いのか、わかんないわ」

 ……まったくだ。

「もし他の階とかあるんだとしたら、階を越えて跳ばされているのかも知れないし」

「俺、このダンジョン、ワンフロアじゃないと思う」

 ユリアのセリフを受けて俺は口を開いた。

「シサーが、爆破物で塞がれてる通路を掘ってる時に、思ったんだ。外から砂が流れ込んでなかった。このダンジョンは砂漠の中にあるんだから、外壁が爆破されたら砂が流れ込んでなきゃおかしい」

「そっか。そりゃそうよね」

「うん。だから上のフロアがあるんじゃないかなって思ったんだけど。……単に外壁が二重構造になってて内側だけ壊れたってだけなのかもしれないけどさ」

「でも、ここで突っ立っててもしょおーがねえじゃん」

 議論に飽きたようにキグナスがロッドを弄びながらぼやいた。それも一理ある。どこにいるんだかわかんないのは確かだけど、黙って立ってたって先には進まないし。

「マップ、作りましょ」

 言いながらニーナは自分の荷袋をごそごそ漁った。薄い茶色の、目の粗い紙束とペンを取り出す。

「マップぅ?」

「そうすれば少なくとも、今いる場所からはわかるようになるじゃないのよ。ダンジョンの基本なのよ、一応」

 ゲームなんかだと自動的にマップがあるから良くわからない。

「マッパーがいれば良いんだけどね。生憎そんな技術持ってる人はいそうにないし。……誰が書く?」

 言いながらニーナは俺を見た。自動的にみんなの視線が俺に集まる。……あのねえ!!

「カズキ、お前、元の世界で学生やってたんだろ?」

 それがこの場合どこにどう活かされると?

「キグナスに任せたらぐちゃぐちゃになりそうだし、ユリアに書かせるわけにはいかないし、わたしは嫌だし」

 嫌だしって、それ言ったら俺だって嫌だし。

「わかったよ……」

 全員の視線の圧力に負けて、ニーナから紙とペンを受け取った。深々と溜め息をつく。

「何か、やりたくないこと、みんな俺に回ってくるような気がする……」

「頼られてるのよ」

「頼られてるのよ」

 ユリアが励ますように言い、キグナスが茶化すようにそれを真似た。

「こういうのは頼られてるんじゃなくて、貧乏くじを引かされてるって言うんだと思う……」











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