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QUEST  作者: 市尾弘那
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第1部第16話 近づけない想い(2)

「だからさ……俺だけ馬鹿ってわけにもいかねーし」

「けど別にキグナスのお父さんも魔術師とかそう言うわけじゃないんだろ?」

「うん、まあ……。けどな、何かな」

 ふうん。

「お前は?」

「は?」

「お前ん家は、どんな家なんだ」

「ああ……」

 さくさくと砂を踏みしめる微かな音を聞きながら、遠い異世界にあるはずの自分の家族を思い浮かべた。別に特殊な家庭じゃ全然なくて……どこにでもある、普通の家庭。でも、俺にとっては唯一の大切な家族だ。

「俺ん家は……普通の、庶民だよ」

「ふうん?」

「親父は会社員……人に雇われて働いてて、母親は専業主婦で。弟がいて」

「弟か」

「で、じーさんが、職人やってたけど」

「職人?」

「うん。時計のさ、修理とかやるようなそういうの」

 とは言っても、俺はほとんど会ったことがない。じーさんと親父がめちゃめちゃ仲が悪いので。

「恋人とかいたのか?その……あっちに」

 急に話が戻った。

 さっきのキグナスじゃないけど、俺は自分の頬を人差し指で軽く掻きながら上空を見上げた。昨夜の不安は杞憂だったようで、天気は心配の必要なんか全然ない、快晴って感じだ。雲ひとつない、澄んだ青空が広がっている。遥か遠くに、キサド山脈が見えた。

「いないよ」

「へえ」

「あんまりそういうの……良く、わかんなかったから、俺」

 前にも思ったけれど、なつみに好感を持っていたのは確かだ。でも……こうして見ると、ユリアに対する感情とは全然違う。環境の違いはあるのかもしれないけど、ユリアに対するような、自分を突き動かす何かみたいなものは全く感じない。綺麗なもの、可愛いものに対する、素朴な感情にしか過ぎなかったことが良くわかる。

 キグナスとぽつりぽつりと話をしながら、先頭を歩くシサー、それに続くニーナやユリアの後を5時間ほど歩いたところで、1度休憩をすることになった。とは言っても、砂漠の真ん中、木陰や何かがあるわけでもなくその場で休むしかないわけなんだが。

「必要以上に足が疲れてる気がする」

 ぼやくと、シサーが俺の隣に座り込んで苦笑いをした。

「砂漠だからしょうがねえな」

「うわ」

 そこへ突風が吹き付けてきて、思わずむせた。目を瞑って腕で顔を庇うが、その腕に吹き付ける砂が痛い。髪の中なんか、とっくの昔にざらざらだ。

「しっかし本当に凄い風だな」

「普段より?」

「そうだなあ……。まだこの辺は『こういう日もあるな』って程度でもあるけどな」

 通常だって風の強さなんか日によって変わるだろうしね……それはそうかもしれないけど。

「ニーナ」

 少しだけ離れた場所にユリアと並んで座り込んでいるニーナにシサーが呼びかける。バテたような顔をしていたニーナがこっちに視線を向けた。

「何かわかりそうか」

「どうかしらね。何とも言えないわ、まだ。でももう……シルフとは意思の疎通が出来なくなり始めてる」

「そうか」

 シサーがそう応じたのを見て、俺はふと遠くに視線を移した。……あれ?

「シサー」

「あ?」

「人がいる」

「え?」

 俺の声にシサーも同じ方向を見る。声が聞こえたのか、他の3人もつられたように顔を上げた。

 人がいる、とは言ってもまだ結構遠いんだけど。俺たちが今いる場所より少し先から緩やかに砂が盛り上がり始めていて小高い丘のようになっているが、そのほぼてっぺんよりまだ向こう。5人とか6人とか、そのくらいの人数の。

「……シャインカルクからの調査隊だな、ありゃあ」

 立ち上がって見遣ったシサーが呟いた。砂地の上にべたっと倒れていたキグナスも跳ね起きて隣で頷く。

「本当だ。戻って来たんだ」

「何か、情報がもらえりゃあありがたいんだがな」

 あんまり期待していないような口調で言って、シサーは荷物を手に立ち上がった。

「行くか」

「うん」

 それぞれ立ち上がって砂を叩く。どうせ吹き付けてくるからあんまり意味はないんだけど。

 言われて、再び歩き始めたのは良いが、しかしそこから先は結構長かった。単調な風景と言うのは、思ったより人間の感覚を狂わせるものらしい。通常より歩みが遅いってのもあるんだろうけど……。

 双方歩み寄っているはずなのに、調査隊のところまで辿り付くのに40分近い時間を消費していた。

「ユリア様!!レガード様!!シサー殿!!」

 俺とユリアの前に調査隊が一斉に地面に膝をつく。凄い光景だ。……そうだよな。俺がレガードじゃないと知っているのはシャインカルクでもほんの一部なわけで。

 つまり彼らにとって俺は『レガード様』なわけで。

 で。

 ……どう対応して良いのか困る。

「デリス!!」

「よお」

 どうやら知り合いがいるらしい。ユリアも破顔して駆け寄った。シサーの名前も敢えて挙げると言うことは、シサーが禁軍にいた頃に会ったことがあるんだろう、きっと。

「ご無事で……ッ」

「わたくしは大丈夫です。あなたたちこそ、ご苦労ですね。無事な姿を見られて、嬉しく思います」

 久々に見る、『王女様バージョン』のユリアに、何か変な感じだった。普段普通の女の子なのに、こうしているとそこに不自然さがない。身分の高い人間らしい、毅然とした雰囲気。……距離を、感じる。

「勿体無いお言葉」

「何か、わかったことはありますか」

「それが……」

 どうやらこの中で1番偉いらしいデリスと言うゴツ目の、髪を短く刈り込んだ男性が頭を深く下げた。

「『王家の塔』周辺には全く近付くことも叶わず……。情報を集めようにも人はいない有様でして」

 それはそうだろう。砂漠だ。

「そうですか」

 特に落胆の色を示すこともなく、ユリアは鷹揚に頷いた。だが彼女が何か続ける前にデリスが口を開く。

「ただ、関係があるのかはちょっとわかりかねますが、『王家の塔』へ向かう途中にあるダンジョンが、最近何者かが侵入した形跡がありました」

「ダンジョン?」

 風の砂漠には、たくさんの遺跡やダンジョンがあると言うシサーの言葉を思い出す。ダンジョン、って言葉の響きが……嫌だよな、何か。暗い感じで。

「シサー。関係があると思いますか」

 ユリアに問われて、シサーは肩を竦めた。

「わかんねえなあ……。最近か」

 シサーの問いにデリスは頷いた。

「これまでに誰かが踏み入れたわけではなさそうです。恐らく、長い間眠っていたのでしょう。単に立ち入れなかったのかもしれませんが。いずれにしても、侵入したのは新しそうでした」

「寄るだけ寄ってみるか?あんまり意味はなさそうだが」

 大して興味もなさそうな顔でシサーがユリアに問う。ユリアは困ったような顔をして頷いた。

「可能性があれば、全て探ってみたいとは思いますわ」

「ですが」

 遮るようにデリスが顔を上げた。

「我らもそう考えて侵入を試みたのですが……少し進んだところで通路が塞がれておりまして」

 ユリアの言う『可能性』とはレガードの行方に関してだが、デリスの言うのは違うだろう。大体彼らの頭の中で、ユリアがこんなところにいると言うのはどのように処理されているんだろうか。『レガード』と一緒だから……一緒に『王の証』へ向けて旅をしていると理解しているんだろうか。

 ま、いーや。何でも。

「じゃあ、奥まで行けねえってことか」

「は」

「塞がれてるってのは?人為的に?」

「恐らく」

 キグナスの問いに、デリスはこちらへ顔を向けた。

「爆破物で塞いだものと思われます。竜巻にそれほど関係があるわけでもなさそうだったので、そこで打ち切ったのですが、行かれるのであればご一緒致します」

 それはやめて欲しいなあ、とぼんやり思った。俺を『レガード』だと思い込まれていると、どうにも対応がしにくい。俺、レガード知らないもん。フリをしようにも出来るわけがない。

 こっそり顰め面をしていると、シサーがちらりと俺を振り返って苦笑した。

「いや、そっちは王城へ戻って報告をしなけりゃならんだろう。場所だけ教えてもらえれば、こっちで勝手に行くさ。あんたらよりは、俺の方がそういうのにも慣れてる」

「ですが」

「入りゃしねえだろ。ちょろっと様子を覗いて来るだけだ。そんなに気を使ってるとハゲるぜ」

 何とも失礼な物言いでデリスを黙らせた後、そのダンジョンの場所を聞き出して調査隊と別れる。見送る彼らに手を振って砂漠に歩を進めながら、シサーが俺に向かって笑った。

「……カズキの顔」

「……何だよ」

「『俺にレガードの真似なんか出来ないよ』って書いてあるもんだから、おかしくってな」

「黙りこくってるのは正解だったわね」

「カズキにレガード様のフリは無理だろ。あれほど気品がない」

 言いたい放題言われている。

「あのねえ……」

「ま、王城の調査隊なんか一緒に来られたら肩が凝ってしょーがねえやな……」

 わざとらしくくりくりと肩を回し、シサーはダンジョンの場所を書き込んだ地図に目を落とした。

「関係、あるかな」

 隣から俺も覗き込む。風が表面の砂を攫うように吹いて、辺りが一瞬黄色く煙った。

「どうだかな。あんまり期待は出来そうにねえけど。行ってみるか、とりあえず」

「……あら?シサー、ここって……」

 俺と反対側からやはり地図を覗き込んだニーナが何かに気付いたようにぽつりと呟いた。視線は地図に落としたまま、シサーが頷く。

「ああ……『3つ目の鍵』のダンジョンだな」

 『3つ目の鍵』?

「何それ」

 俺の視線にシサーが顔を上げた。

「詳しいことは良く知らん。そう言われてるって話を耳に挟んだだけだ。『1つ目の鍵』がローレシア最北の王国ワインバーガの森、『2つ目の鍵』がラグフォレストの山、そして『3つ目の鍵』が風の砂漠で手に入るんだそうだ」

 へえ?何の鍵?

「が」

「何の鍵かまでは知らないのよねーえ」

 がく。

 じゃあ意味ないじゃん。

 ありありと不満を顔に書いた俺に、シサーは地図を折畳みながら肩を竦めて見せた。

「生憎と俺は冒険者じゃねーからな。興味が持てん。傭兵稼業で食えるだけ稼げれば、余分にお宝を手に入れようとも思わないしな」

 冒険してる人って話なら、シサーだって十分そのカテゴリーに入ると思うんだけど。

 後ろからついてくるユリアとキグナスを時折振り返りながら言うと、シサーは緩やかに首を横に振った。

「冒険者ってのがいるんだよ。職業って話で言えば俺と同じ剣士だったり魔術師だったりするわけだが。パーティを組んで、ダンジョンを攻略したりとかそう言うのを専門にしてるのを冒険者と言うな」

 ふうん。そう言う人たちもいるんだ。

「だからそう言う奴らなら何か知ってるかも知らんが。俺は真面目に攻略しようと思ったこともないんでな。調べたこともない」

「でも、興味のないシサーが噂を耳にしてるってことは、有名なダンジョンなんだ?それが最近まで攻略されてなかったってことは……」

「ああ。結構厄介なダンジョンではあったらしいな。だがまあ、出入り口付近の通路が爆破されて塞がれてるってことは……多分誰かが攻略したんだろう」

「攻略したら塞ぐの?」

「と決まっているわけでもないが。そうする奴もいるらしいぜ」

 けど……そうやって聞くと確かにシサーの言う通りあんまり関係があるとは考えにくいかもしれない。まさかごく最近攻略されたダンジョンに、レガードを監禁してるとは思えないし。まして竜巻との関係なんてあると思えないし。

「ちょっと回り道になるんだが、寄るだけは寄ってみるか……」

 そこでシサーは僅かに顰め面をした。銀色の瞳で何かに挑むように遥か遠くを見据える。ニーナが風に靡く長いさらさらの髪を片手で押さえながら溜め息をついた。

「あの辺は、厄介なのよね」

「厄介?」

 俺の問い返しに答えたのはシサーだった。

「ああ。あの辺りはサンドワームやバシリスクの多発地帯だ」


          ◆ ◇ ◆


 両脇に広がる畑では農家の人がのんびりとお弁当を広げている。昼食時だろうか。1年を通して総じて穏やかな気候に恵まれるロドリスでは真冬を除き何らかの実りがもたらされる。グレンの上司の髪の色のような空に綿菓子を連想させる雲がぽかんぽかんと浮かんでいる。

「はああああ……まったくセラフィさんは優しい笑顔を浮かべて人を徹底的に使う方ですよねえ……。これで特別手当ってのがないと来てるから、私、転職考えちゃいますよねえ」

「あんねえ、セラフィ様の悪口ばっか言ってると言いつけるよ?」

 長身に似合わない情けない物言いに、隣を歩く女性が白けたような声を出した。ちなみにセラフィに使用を許可されたはずの乗馬は、昨夜の野営の時にグレンが繋ぎ損ねて逃げられている。そのせいで徒歩を強いられる羽目になり、彼女はすこぶる機嫌が悪い。

「ああああッ。やっぱり!!そうじゃないかと前から常々疑ってたんですよ!!」

「ななな、何がさ」

「私の味方のような顔をしながら、エレナさんはやっぱりセラフィさんの味方ですね?エレナさんもセラフィさんにぞっこんなクチですね?」

 エレナ、と言う愛くるしい音の名前の割には、長身でがっしりとした体躯の筋肉質の体をしている。肌は黒く日に焼けており、臙脂色の短く刈り込んだ髪はまるで男性のようだ。だが長い睫毛と髪と同じ色のくりっとした瞳が僅かに女性らしさを感じさせる。

「ななな何言ってんのさ」

 エレナは色黒い顔を微かに赤らめたが、グレンはじっとりした目でそれを横目で見つめ、肩を落とした。

「大体あたしはあんたの味方のような顔をした覚えは人生掛けてただの1度もない。セラフィ様の味方なのは当っ然だろーが」

「全くセラフィさんが羨ましいですねえ。あれだけ男も女もたぶらかしてれば人生楽しい……」

 セリフを最後まで言うことは出来なかった。エレナが鞘に収めたままのショートソードでグレンの頭を殴りつけたからである。

「……うううううう。エレナさん。逞しい女性がか弱い男性に武器を使って暴力を振るうのはやはり反則かと……」

「誰が逞しいって?」

「……ううううう」

 殴られた後頭部を押さえ込んで蹲るグレンに、続けて蹴りを食らわせてやろうかと構えたエレナは、ふっとその視線を彼方へ向けた。王都フォグリアから海に程近い通りを北上している2人からは、岬のせり出しているモナの港が辛うじて見て取れる。

「……グレン」

「はひ……」

 まだ蹲っている呑気な相棒に、エレナは呆然と言葉を投げかけた。

「……あんた、何かした?」

「は?」

 ようやくグレンが顔を上げた。海上に向けたままのエレナの視線を追って、グレンもその黄金色の瞳を細める。

「あれは……?」

「モナの海軍だ……」

 緩やかにモナの海軍と思しき船は、2人の視線に気付くはずもなく南下していく。思わず顔を見合わせた。

「私じゃありませんよ」

「でも」

「セラフィさんは、私の他にも使者を何人か飛ばしているはずです。そのうちの誰かが成功した、と言うことなんでしょうかね」

「だって……モナだよ?」

「モナですね」

 何かを言いたげにグレンを見上げたエレナに答えず、グレンは突然慌てた顔になった。

「はッしまった」

「え?何!?何かまずいことが……」

「誰かが成功していると言うことは、私も成果を上げなければ特別手当どころか減俸になってしまうじゃああーーりませんかッ。こうしてはいられません、エレナさん、急ぎましょう」

「……グレン……あんたって……」

「どういう思惑かは知りませんが、モナが今動くと言うことは、こっちもうかうかしていられないと言うことですよ……」

 ふっと低められたグレンの声に、エレナは顔を上げて息を飲んだ。

「……そうか」

 のどかな風景を横切っていくモナの海軍とは逆の方向へと、セラフィの使者たちは足を速めた。












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