第1部第1話 終わらない昼休み(2)
「なッ……」
何だって……!?
「ふざけんな、帰せよッ」
「駄目よ。わたし、帰せないもん」
攫っておいて何て態度のでかさだ。
「どうして連れて来られて帰せないんだよッ。逆にすればいーんだろッ」
「それが駄目なの。連れて来たのだってわたしの力じゃないもんね。それにあんたに用があってわたしが迎えに行ってんのよ。別に浄化の森見学に連れてきたわけじゃないの。ここだけ見せてはいサヨナラってわけにはいかないでしょ」
「いくよッいいよッ俺はもう堪能したよッ。いいから帰してくれッ」
「だから出来ないんだってば」
聞き分けのないコねぇ……とでも言い出しそうな顔でやれやれと顔を横に振ったレイアは、その小さな腕を伸ばしてびしりと俺の前に人差し指を突きつけた。
「悪いんだけど、付き合ってもらうわよ。王女たっての願いなんだから」
「あのねえ、俺の都合は考えないの!? 俺の意思はどうなんのその場合!!」
「あんたの意思なんか二の次三の次よッ」
い、言い切ったな、このヨーカイ……。
「んじゃあわかったよッ。その王女ってのに会わせろッ。そいつがうんと言えば、俺を元の世界に戻せるんだろッ」
勢い込んで言うと、レイアは小さく何か唱えた。ばすっと俺の体が吹っ飛ぶ。……ふぇッ!?
「王女に対して失礼な口きいてんじゃないわよ。……会わせるには会わせるけど、ユリア様にそんな口きいたら、このくらいじゃ済まさないからね」
何、されたんだ……?
威張るように言ったレイアをぽかんと見上げていると、レイアはきょろっと辺りを見回した。誰かに向かって叫ぶ。
「キグナス!! いるんでしょ? 出て来なさいよ」
つられて辺りを見回すが、人の気配はない。
レイアの余りの態度のでかさに既に抵抗出来なくなりつつある俺は、またこんなちっちゃいのが出て来たらどうしよう、と内心思っていると、不意に頭上から声がした。見上げる。
「**********」
え?
そしてすとん、と俺のすぐそばに誰かが降り立った。
白金……と言うんだろうか。全体としては白っぽく見えるのに、やっぱこれは金髪と言うんだろうって言うか……。艶のある髪の光が金色っぽく見えるせいかもしれない。長めの髪を結構豪快に逆立てて、その前髪の下勝ち気そうなオレンジ色の吊り目が……オレンジですけど。
にこっと笑った口元からは八重歯が覗き、まるで牙のように見えた。顎の下に小さくバッテンのような傷がある。顔だけ見るとまるで悪戯っ子のようなのに、襟の詰まったきっちりした服装にローブを羽織っているのが妙にミスマッチだ。まるで魔法使いみた……まさか。
「何よ、さっさと姿を現しなさいよね。カズキ、見習い魔術師のキグナスよ」
のぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜……ッ。
本当に『魔法使い』なんてもんが存在しちゃったりするのかよぉぉぉ……?
確かにここは、俺がついさっきまでいた世界じゃないみたいだ。み、認めたくない。物凄く。俺の理性が、今起こっている全てを拒絶する。
「***************」
言葉も動きも全てを放棄してぼうっと眺める俺の前で、キグナスが俺とレイアを見比べて何かを言った。それを聞いて、俺は自分の血の気が引くのを感じた。
さっきも俺は、キグナスの言ったことがわからなかった。
……待て。今までレイアと普通に話せちゃってたもんだから気が付かなかったけど、ここって言葉通じるのか? 通じるわけないじゃん、日本じゃないじゃん、俺どうやってその『王女様』に俺のこの心情を訴えるんだよ? 訴えよーが、ねーじゃん!?
一気に混乱状態へ戻ってしまった俺をよそに、ふわりとレイアが何も気付かずにキグナスに言った。
「でしょ。あたしもびっくりしちゃったわ。ま、中身は到底比べ物になんないけどね……。さ、王城へ戻る準備しましょ。このまま連れて帰ったんじゃ目立ちすぎちゃって」
「********************」
「ん。あれ、出して」
「レイア……」
「何よ?」
キグナスが、ごそごそと肩に背負っていた荷袋のようなものから布を取り出す。そのそばをふわふわと上下していたレイアが、俺の声に振り返った。
「あのさ……あの……俺さ……」
「何よ? はっきり言いなさいよ」
「……言葉、全然わかんないんですけど」
俺の言葉にレイアはきょとんとした視線を向けた。
が、その顔が見る見る凍りついていく。……凍りつかないでくれる? 俺の方がずっと困ってんだからさ。
「……わ〜ぉ……」
しばしの氷結から解放されてレイアは呻くように言った。……『わ〜ぉ』って。
「あの……魔法でぱーっと、何か、ないの?」
信じたわけじゃないけど言ってみると、レイアは渋面を崩さずに答えた。
「あるわけないでしょそんな便利なモン」
ないのかよ……。
俺がレイアとキグナスのやりとりがわからないのと同様、キグナスも俺とレイアのやりとりはわからないらしい。きょとんとした顔で俺とレイアを見比べて、汚いボロ切れを俺に手渡し……と言うよりは半ば押し付けながら、レイアに何か言った。
「言葉が、わからないんだって」
レイアの言葉に、キグナスが目を丸くして俺を見る。
わかるわけないだろ、だって……。同じあっちの世界だって国が違えば言葉も違うんだ。増して……こんなどこなんだかなんなんだかわかんないよーな場所で、俺が言葉を知るわけがない。
「……そうね。あたしの言葉はわかるみたい。……さあ? ピクシーだからじゃないの? 一応これでも精神を司る精霊たちと無関係じゃないんだし」
ふうん。そうなんだ。
ともかく、とレイアは空を見上げた。
「早いトコ、戻った方が良いわね。ラウバルに相談してみましょう。シェインも何か良い案をくれるかもしれない。……カズキ。その布を頭から被って」
手渡されたままだったボロ布をレイアは指した。……って、えぇぇぇ〜……? これぇ……?
「やだよ、こんな汚いの」
「贅沢言ってんじゃないわよ。さっさと被らないとこの森ん中に放置してくわよ」
俺に用事があってここに拉致したんじゃなかったのかよ?
キグナスがくすくすと笑う。仕方なく俺は、その汚らしいボロ布を頭から被った。フードつきの上着みたいに、キグナスがきゅっと俺の首の辺りで緩くヒモを留める。
「とりあえずこんなとこいつまでもいたってしょうがないわ。行くわよ。いつまで馬鹿みたいに座り込んでんのよ。さっさと立ちなさいよ」
馬鹿みたいってことはないじゃんよ……。
仕方なく、立ち上がった。ここに置いていかれても、俺にはこの後の身の振り方がわからない。
「日暮れまでには、レオノーラにつきたいからね」
「……何かあんの」
もうどうにでもしてくれと言う投げやりな気分で適当に尋ねると、レイアはあっさりと、しかしひどく聞き捨てならないことを言った。
「魔物」
「……は」
「浄化の森に魔物は出ないけど、森を抜けてからレオノーラに着くまでの草原には日が暮れると出るからね」
「……………………………………………………はッ!?」
ま、魔物!?
レイアはすたすたと……いや、ふわふわと、俺に構わずに前に進んで行く。ちょ、ちょっと待て、落ち着け。いや、落ち着けるか!! 相当とんでもないことを言わなかったか、お前?
「何、魔物って」
「魔物って言ったら魔物でしょうよ」
だから待てって!!
(か、勘弁……)
レイアのような到底人間とは思えない生き物がいて、何やら魔法めいたものを使う以上、魔物もいるんだろうか、やっぱり。
……。
いやー、いるわけないでしょ。そんな。ねえ? まさかご冗談を。
……。
……魔物って……。
(はぁぁぁぁ……)
そんなの、ありか?
脳裏に、俺の世界でありがちなファンタジーの絵面が浮かぶ。
剣持って、パーティ組んで、旅をして。
……俺が、あれ、やるの?
(……)
いやいやいやいや……それはないでしょー……。
(……………………)
ははははは……は……。
レイアとキグナスについて鬱蒼とした森を抜けると、森を出てすぐは乾燥した土地が広がり、疎らに草が生えていた。それほど遠くなさそうな場所に街が見える。辺りは少しずつ日が傾き始めている感じだった。
今までとっ散らかっていて気が付かなかったけど、少し肌寒い。7月の東京の学校にいた俺は当然半袖の制服姿だ。対してここの気温は……多分秋口くらいだと思う。
ふわふわと揺れるレイアの背中とキグナスの後ろ姿を見ながら、俺は、盛大なため息を落とした。
……帰る。
俺は、帰る。断固として帰らせていただきます。
とにかく、レイアは元の世界に戻す方法を知っているんだろうし、レイアは『王女様』とか言う人の命令なら聞くらしい。と言うことは『王女様』に俺を戻すよう言うしかないと言うわけだ。
ファンタジーやりたければ別の人でお願いします。俺には到底向いていそうにない。ミスキャストだ。
『王女様』とやらが物分かりの良い人だと助かるんだけどなあ……。
◆ ◇ ◆
レイアの脅しは現実のものとなることはなく、幸い得体の知れない『魔物』なんぞに遭遇することはなかった。無事、街に辿り着く。
街は巨大な塀に覆われていて、強固な門が今は開かれていた。屈強な衛兵が、その門を固めている。
「夜になると門は閉じられるの」
レイアがそう説明してくれた。魔物対策とかそう言うんだろうか。でも空飛ぶやつとかそういうの、いないのかなあ。だとするとあまりに無意味なんじゃ?
「まあね。でも大型の魔物なんかは棲息する場所が大体決まっているし、小物が迷い込んだりしない分、あるだけましでしょ。この程度でも、魔物は人里には余り近寄ることがなくなるのよ」
ないよりましって発想なわけね……ああ、そう……。
「空から飛来する魔物は、詰め所の衛兵と魔術師が警戒しているわ。もっとも……」
レイアはそこで一度言葉を切って、僅かに沈んだ顔で続けた。
「今一番怖いのは、魔物なんかじゃないかもしれないけどね……」
門を抜けようとした時、鎧で身を固め、2メートルほどもありそうな巨大な槍を突き立てた衛兵が駆け寄って来た。
「待て!! 怪しげな奴め。見慣れない衣服を身に纏っているな。異国の者か?」
……と、言ったかもしれない。俺の妄想。
キグナスが、俺と衛兵の間に割って入った。身振り手振りで何か言っている。
何を言ってるのかは俺にはさーっぱりわかんないので、完全にお任せして俺は街の方に視線を向けていた。綺麗な街だな、何か。ノスタルジック。
キグナスと衛兵がほんの少し会話をしただけで、俺は難なく門を通過することが出来た。街の中に足を踏み入れる。
もしかするとキグナスって結構大物だったりするのかな……。でも見習い魔術師って、到底偉い人間には思えないんだけど。だって見習いだろ?
街は石畳の通りで、煉瓦造りの建物が左右に並んでいた。
ここは大通りなんだろうか、たくさんの店があり、通りに花やフルーツを積んだ籠が所狭しと通りに沿って並んでいる。多くの人が行き交い、屋台のようなところから良い匂いが漂ってきた。
かなり活気があると言っても良いと思う。
街行く人は節操なくいろんな髪や目の色をしていて、肌は白っぽいけど西洋人ほどの彫り深さもない。東洋人と西洋人の中間って言うか、そんな感じ。服装はお洒落な感じだった。中世ヨーロッパの映画の世界に紛れ込んだ気分。
……が。
街中に溢れる人から発せられる言葉。会話。その全てが俺には全くわからない!!
キグナスについて街の中を歩きながら、不安が募っていく。
言葉が通じなければ王女様にも訴えることが出来ない。街中で放り出されても、まるで勝手のわからない世界にも関わらず、俺には道を尋ねることさえ出来ないわけだ。それって、生きていけない。
キグナスが時々、振り返る。身振り手振りで、俺にしきりと何かを話してくれた。多分、街の説明をしてくれているんだろう。
言ってる内容の10分の1も理解出来たかは怪しいけど、その気遣いはありがたい。レイアはともかく、キグナスは良い奴そう。キグナスが日本語をしゃべってくれりゃあいーのになあ。譲歩して、英語でも良い。
街の中ほどまで進んでくると、建物の間から大きな城のようなものが見え始めていた。どうやらあそこを目指しているらしい。華やかな街の中、ひときわ目立つ巨大な建物……まるでディズニーランドのシンデレラ城みたいだ。
あ、そうか、なるほど。うんうん、許容範囲だ許容範囲。ディズニーランドにいるんだと思えば。
(思えねぇぇぇ……)
城への道は大通りから真っ直ぐと言うわけではなくて、かなり複雑に入り組んでいた。細かな道をいくつも通り、既に俺、街の外までひとりで出られるかさえ怪しい。
「凄ぇ……」
城までようやく到着して俺は一瞬、自分の立場も忘れて呆然と呟いた。あまりにも華麗で壮大だったので。日常の生活の中ではお目にかかれない。
白い外壁に澄んだ海のような、綺麗なブルーの三角の屋根。壁のところどころに緑色の蔦が這っているのが、妙におとぎ話ちっくだ。
いくつもの細長い塔めいたものが突き出ているような造りで、上方ではそれを繋ぐように回廊が廻らされているように見える。高い塀の上を時々左右に移動するのは、回廊から守備する衛兵だろうか。
「ヴァルスのお城シャインカルク城は、ローレシアの中でも類を見ないほど美しいの。……さ、中に入って。キグナス。あたし、ラウバルとシェインに言ってくるわ。カズキを任せたわよ」
お、おいッ……。
俺と会話が成り立つのはお前だけなんだぞッ!? ……と思った時にはレイアは既に姿を消していた。……汚ぇ……。
キグナスに促されて、城に入る。
城の周囲には大きな濠が廻らされ、背の高い塀で覆われている。巨大な門があり、その両脇を衛兵がこれまた固めていた。けれどキグナスが軽く頭を下げて何かを言うと、衛兵も頭を下げた。その後ろを何だか所在無くついていく。
キグナスって何者なんだろ……。普通の見習い魔術師が、ほいほいお城に入れるとは思いにくいんだけどな……。
門を入ると広い庭だった。真っ直ぐ石畳の広い道が続いていて、その先にお城の入り口が見える。石畳の両脇は綺麗に手入れされた芝生が広がり、やはり手入れの行き届いた庭木が計算された間隔で植え込まれていた。
その真っ直ぐ続く道をそのまんま歩くのかと思ったら、ふいっとキグナスが道をそれたので慌てて俺もそれに従う。分岐する細い道に入った。
キグナスが笑いながら俺を振り返って、身振り手振りで話しかける。
……多分、この入り口はいわゆる……正門つーか。そういうんで、基本的に偉い人とかそういうのが使う入り口だから……ああなるほど。つまりスタッフ通用口に向かってるわけだ? きっとそうだ。そうに違いない。それに決めた。違ったとしても、知らない。
先ほど正面に見えた城の豪奢な入り口とは違う、ちょっとしょぼい入り口から城の中に入る。もちろんそこにも衛兵はいたんだけど、こっちもキグナスは顔パスだった。
城の通路も石畳で出来ていて、そんなに幅は広くなかった。
壁には等間隔でカンテラが掲げられ、多分国旗みたいなのが同様に等間隔で飾られている。壁も石造りで、明り取りの為か窓のように四角い穴がいくつもあいていた。ガラスなんかは嵌められていない。屋外みたいな扱いなのかな、ここは。
しばらく通路を歩き、その突き当たったドアから中に入る。
これまでの通路とは違う、何か普通の床。リノリウム……なわけはないんだろうけど、そんな感じのつるっとした床だ。壁にはやっぱりいくつもカンテラと国旗が掲げられていて、廊下の真ん中に緑色の絨毯がずーっと敷かれている。
時々衛兵がいる以外は、あんまり人の姿はない。ってか、人のいないところを選んでいるのかもしれない。何でだろ。
きょときょとと周りを見回している俺に、キグナスが疑問を感じ取ったのか振り返って肩を竦めた。俺の顔を指差して、何か言う。
「……?」
俺の、顔?
どうやら俺の顔が目立つとか何かそういうことを言ってるっぽい。……目立つ? 何で? ……かっこよすぎるのかなあ、て、照れるなあ……。
……。
……そんなわけないんだが、俺の顔が目立たなきゃなんない理由がわからないんで仕方がない。妄想癖が育ってしまいそうだ。
ま、理由はともかく、俺の顔をあまり人に見せたくないらしい。……それはそれで何となく失礼なような……。
エレベーターなんぞと言う便利な物はないらしく、階段をいくつか上ってようやく俺は部屋に通された。城の、多分結構奥まった場所にあるんだと思う。街から外に出るどころか、そもそも城から出られるかが俺にはわからない。
廊下は緑色の絨毯が敷かれているところと、赤い絨毯が敷かれているところとあった。何か意味があるのかもしれないが、現段階で俺にわかろうはずもない。
通された部屋は、質素だけれど上品な造りの部屋だった。調度を見ても高価なのがわかる。あまり広さはない。学校の教室よりちょっと小さいくらいだ。
大きな窓が幾つもあり、明るさは十分だった。薄いピンクっぽい重そうなカーテンが、今は全開に開けられて端で留められている。ダークブラウンの木製の棚の上には、何だか良くわからない美術品らしきものや花を生けた花瓶だとかが置かれていた。
部屋の中心に据えられたこれまた高そうなソファを勧められ、そこに腰を下ろす。目の前の木製のテーブルの上には、何かお菓子みたいなのが入っているガラス製の壺があった。
キグナスのジェスチャーに従って、ようやく俺はその小汚い布を外すことが出来た。キグナスがテーブルの上の菓子壺の蓋を開けて、中のものを口の中に放り込む。何か砂糖菓子みたいな感じ。
食べるか?と言う仕草に頷くと、キグナスは俺の方にそれを押しやった。自分はどかっと向かいのソファに腰を下ろし、ふんぞり返って足を組む。両腕を頭の後ろで組んで背もたれに沈み、窓の外へ目をやった。
菓子壺の丸っこいお菓子を1つ口に放り込むと、甘さが広がった。やっぱり砂糖菓子らしい。わけのわかんないことばっかりで疲れていたらしく、何か急にほっとした感じがした。
ふと、壁にかかった時計が目に入る。時計。……時間の流れって、どうなってんだろう……。
自分の腕時計と見比べて見る。……あれ?
(止まってる……)
おかしいな……高校入学した時に、入学祝でもらった物だからまだ新しいのに。どっかにぶつけたんだろうか。記憶を探っても思い当たる節がない。
だけど、混乱しきっている間に何かしたのかもしれないしなぁ……。壊れちゃったのかな。
顔を顰めて、俺は腕時計を外した。ポケットにしまう。
言葉が通じないので会話のしようもなく、俺とキグナスはしばらくぼーっとそこに座っていた。
キグナスは深くソファに崩れるように座り込んで、足をぱたぱたさせながら何か鼻歌みたいな歌を歌っている。
壁の時計の時間は4時半。一緒くたにしても良いのなら、俺が中庭にいたのが昼休みで1時前だったから、既に3時間以上……。
……心配、してるだろうか。
雄高が心配してるかもしれない。
そう思うといても立ってもいられないような気がしてきたけど、どうしようがあるわけでもなかった。帰れるなら、とっくに帰ってる。ここでじっとレイアが来るのを待つしかない。
やがて、廊下の方でざわざわと人の気配がした。キグナスも感じたらしく、鼻歌をやめて顔を上げる。
ドアがノックされるのと同時に立ち上がって、ドアを開けた。思わず、俺も立ち上がる。
入ってきたのは、2人の男性だった。
2人とも長身だ。
ひとりは何かダークグレイのきちんとした身なりをしていて、真っ直ぐな白っぽい長い髪をしていた。精悍な顔付きをしているけれど、その切れ長の瞳には理知的な光が宿っている。
もうひとりは赤い短髪の男で、ちょっと軽そうな感じの、整った顔立ちをしていた。高そうな、シンプルだけど凝ったデザインの黒いマントを身につけている。銀色の硬質な感じの巨大なロッドを持っているのが容姿にそぐってなさすぎておかしい。
――それが、宰相ラウバルと宮廷魔術師のシェインだった。