第1部第15話 過去の柵(2)
「レガードとギルドの盗賊の接点か」
話し終えて黙ったシサーの代わりにシェインが口を開く。
「『借り』とは何なのだろうな」
「さあな。カズキ、尋ねてはみたんだろう」
シサーの視線を受けて頷く。そりゃ聞いてはみたけどね……あの人の非友好的加減ときたら……。
「必要なこと以外話してくれない人でね……。ギャヴァンのシーフだって聞いたのだって、一緒に行動するようになってから5日だか6日だか経ってて……シンに関して得られた情報って言ったら、そのくらいだなあ」
隣でユリアもこくこくと頷く。ユリアも俺と同様、シンのそっけなさを身に沁みて知っている。
「その『また会う時が来る』と言うのが引っ掛かりはするがな……。まあ良かろう。聞く限り有害な人物と言うわけではなさそうだしな。『借り』とやらはその『今度会う時』にでも聞いてみれば良い」
話してくれるかは全然別問題なんだけど。
「それより『銀狼の牙』だな」
「ガレリアから遥々のご遠征だ」
「ご苦労なことだ。ロドリスには略奪する蓄えもなくなって豊かなヴァルスに出張か」
嫌味を洩らしてから、シェインはやや改まったように続けた。
「ロドリスに奇妙な賓客がいるとの情報がある」
「奇妙な賓客?」
「ああ。……黒石のロッドを持つ黒衣の魔術師だそうだ」
「……ビンゴか」
「わからんな。調査をしてはいるが、戻りがない」
「青い髪に青い瞳の男と、黒石のロッドを持つ黒衣の魔術師……。双方特徴だけ挙がっていて決定的な証拠がないわけか」
「ああ。……ロドリスの宮廷魔術師セラフィと黒衣の魔術師バルザックが組んだ、としか思えぬが。決定的に示す証拠はない。セラフィが『銀狼の牙』を使い、バルザックと手を組むのも、その為だろうな。加えてロンバルトに裏切り者がいると思われるが、それも不確かだ」
「なるほど。そこからレガードの情報が漏れたわけか。……にしても用心深いことだ」
話が見えない。
「いずれにしても、現段階では動けぬな」
「だが組んだとしたって目的が……」
言いかけたシサーの袖をつんつんと引っ張る。言葉を途切らせて、シサーは俺に銀色の瞳を向けた。
「あ?」
「俺、全然話が見えてない」
「……悪い」
苦笑してシサーが組んだ腕の一方で自分の顎を撫でた。
「つまり、戦争になりそうってことだ」
「戦争!?」
シサー以外の全員が同時に聞き返した。
……それもそうか。ロドリスの一貴族とかならまだともかくとしても……宮廷魔術師――公職に就いている人間がヴァルスの後継者を殺害しようとしたのならば、それは間違いなくヴァルスは放っておくわけにはいかないだろうし、増してヴァルスの後継者はアルトガーデンの後継者だ。アルトガーデン内部の一王国であるロドリスが次期皇帝を暗殺すればそれは……シサーが昨夜言っていたように謀叛になる。謀叛と来れば当然アルトガーデンは制圧するしかない。
――つまり、戦争だ。
そうか……レガードを暗殺したいけれど、ロドリスに叛意があるとは知られたくない。知られても構わないのかもしれないけれど、とにかく制圧に乗り出す口実を与えたくない……その為に、ロドリス宮廷と直接関係のないバルザックや『銀狼の牙』なんて辺境の盗賊団を金で動かしたりしたと……そう言うわけか。
ようやく話が見えてきたような気がする。
「ありがとう。……で?」
「現段階では、確実な情報がまだない。青い髪に青い瞳の男など他にいないわけではないし、黒衣の魔術師なら一層だ。ロドリスを叩く正当な口実はないな」
促した俺にシェインの声が応じる。
「それに、ロドリスとの戦争は……現状出来れば避けたいのが本音でもあるな」
渋面を作っていそうな渋い声を出してシェインが呻いた。
「ロドリスは、リトリアと並んでヴァルスに次ぐ大国だ。戴く主が不確かな状態で、ことを構えるには荷が重い」
説明をするように続けるシェインの言葉に、ニーナが不意に顔を上げた。
「……『ジェノサイド・イブリース』は、ロドリス兵だったわよね」
じぇのさいど・いぶりーす?
シサーが低く肯定した。
「ああ」
「何だ?それ」
ベッドの上に寝そべって、聞いてんだか寝てんだかって感じだったキグナスが問うた。
「ロドリスの戦士だ。確か、近衛警備隊か何かってことにはなってたと思うがな」
「ああ。俺もそう聞いているな」
「……会ったことは?」
「……戦場での遭遇だな」
「3年……いや、4年前か?ナタリアとマカロフ間で紛争が起こったことがある」
多分、俺やユリア、キグナスに説明してくれているんだろう。
言われて俺はシャインカルクで学んだ地図を頭に思い浮かべた。ローレシア最南端にあるヴァルスのすぐ上にレガードのロンバルト公国、そのすぐ上にロドリス王国が確か来ていて……ロドリスと国境を接する形でバートとリトリアがあったはずだ。ナタリアはバートから更に北上、マカロフもリトリアを北上した位置にあり、ナタリアとマカロフは国境を接している。
「知っての通り、ナタリアはアルトガーデン帝国領、マカロフは独立王国だ。要請に応じて、アルトガーデンを統括する立場にあるヴァルスは兵5千を派遣している」
そんなことまでしなきゃなんないんだ。大変だなあ……。
「一方ナタリアはロドリスと常に友好関係を保っている。リトリアと接しているから小競り合いが絶えないと言うのもあるんだろうが、ともかく、ロドリスも友軍を派遣した」
シェインはそこで一旦言葉を切った。後をシサーが引き受ける。
「俺はその戦争に傭兵として参加している。ニーナもな」
「え!?」
俺の視線に応えてニーナが頷いた。そのか細い容姿からは、戦争に参加している姿なんか想像が出来ない。けど……そうか。シサーって傭兵稼業で食べているわけだし……共にいるニーナも同様だ。
「ロドリスに派遣された兵の中にいたんだ、そいつが」
「『殺戮の天使』……」
ニーナが補足するように呟いた。――『殺戮の天使』?
「ちょいと、剣を交えたくない相手だな」
「その人が、何なの?」
「いわゆる狂戦士、と言う奴か」
狂戦士……バーサーカー。
「敵味方の区別はつけているようだから、正式にバーサーカーとは言えぬだろうが、奴の剣が閃く場所で生き残る奴はいないと言う。恐ろしいほどの体力とスピードの切れを持つと聞いているが、俺は見たことがあるわけではないのでわからぬ」
オソロシイ。
「その通りよ。……敵でなくて良かったと思った」
ニーナが青い顔で俺を見つめた。
「ああ。遊撃部隊を1人で撃破した。どこの部隊にも属しない、孤立無援の遊軍としてな。指揮系統を必要としない……と言うよりは、無意味なんだろう。群れて戦うタイプじゃない」
「ひとりで一個中隊程度なら殲滅すると聞いているな。……加えてクレメンス陛下が病床に臥され、レガード王子がいない今、ヴァルス軍の士気は上がらない。帝国髄一の強国ヴァルスが負けるとは思わぬが、戦争を行うのは些か嬉しくない」
何だか……物凄く物凄く大きな話になって来たような気がする。
『殺戮の天使』……。
「しかし、仮に『青の魔術師』とバルザックが手を組んでいるとして、その目的は何なんだ?お前、肝心のバルザックの話をしてないだろうが」
「だから俺自身さほど知っているわけではないと言っておろーが。……バルザックは、ラウバルの知己だ」
「何!?」
「詳しいことは知らぬ。話さぬのでな」
いまいましそうな声で言うとシェインはしばし黙った。
「……俺が知っているのは、さっきも言った通り、グロダールに絡んでいるのが奴だと言うことくらいだ。おぬしとさして変わらぬ。僅かな違いと言えば、その目的がラウバルにあると言うことを知っているくらいだ」
「その、グロダールの件にはどう絡んでたわけ」
「グロダールとの戦いの折にはシェインやラウバルもいたことは前にも話したろう」
シサーが答える。頷いて先を促した。
「その時に話した通り、シェインと俺は遊軍としてグロダールの攪乱に当たった。ラウバルは本陣の指揮だ。遊軍の動きで攪乱されたグロダールを本陣が攻撃し、その総攻撃でグロダールは倒れた」
「うん」
「そして本陣へ戻った俺とシェインが見たのは、グロダールではなく黒衣の魔術師と戦うラウバルの姿だった」
「え!?」
「状況がわからぬままに横からシェインが魔法攻撃でラウバルのフォローに入ってな。魔術師は姿を消した」
「じゃあ、それが……」
「ああ。去り際、ラウバルが奴に向かって叫んだんだ、その名を。それを耳に挟んだんだな、俺は」
そうなのか。うーん、じゃあまあ……忘れてても仕方ないとしよう。
「グロダールをギャヴァンに誘導したのは、あの魔術師なんだな?」
再びシェインとの会話に戻ったシサーに、シェインが肯定した。
「ああ。そのようだな。目的や手段などは俺も聞いておらぬ」
「話させろ」
「聞いて素直に話すようなタマならとっくの昔に聞きだしてるわ」
沈黙が訪れた。
つまり、レガードを消したいロドリスの宮廷魔術師がロンバルトの何者かからレガードの情報を入手し、戦争の口実を作らせない為に、一見王城と無関係な『銀狼の牙』とバルザックの協力を得てレガードを襲撃した、と。
バルザックが『青の魔術師』に協力したわけは現段階ではわからないが、バルザックって魔術師はラウバルと何か深い因縁があって……黒竜グロダールにギャヴァンを襲わせ、ラウバルをシャインカルクから引っ張り出して襲撃したわけだ?
ってことは、今回も何かその……ラウバルとの因縁に起因していると考えられないわけでもないと。
「そのバルザックって人は、直接シャインカルクにラウバルを襲撃しに来るってことはないの?」
ふと疑問に思って尋ねると、シサーが肩を竦めた。視線を鏡に落とす。
「バルザックはシャインカルクには入れぬ」
「何で」
「かつてはラウバルを狙って何度か侵入したらしいな。俺自身、一度遭遇したのだが。そこでガウナ殿が神聖魔法を強化した」
ふうん。ガウナさんの聖なるバリアーで悪者バルザックはお城に入れないんだ。……そういうもん?ってか善人と悪人の区別ってつけられんのか?
「それはともかく、レガードの行方だ」
シェインが話を方向転換した。
「バルザックが魔法を使って後レガードが行方をくらましたと言うことは……奴が行方を知っていると言うことはないか」
「そこを探るしかあるまいな」
「『王家の塔』の竜巻はバルザックとは無関係か」
「俺が知るはずがなかろうが。だが、一介のソーサラーに、一過性ならともかく常駐の竜巻を巻き起こせるとは考えにくい」
「グロダールをギャヴァンに誘導するほどの魔術師を『一介のソーサラー』と言っていいのか?」
「さあな。ただ俺の知る限り、ソーサラーの守備範囲ではそのような魔法は存在せぬ」
「魔力付与道具、とか……」
俺がぼそりと言うと、シェインの溜め息が聞こえた。
「魔力付与された道具は今もあらゆる遺跡やダンジョンに眠っている。どのような道具が存在するかなど、計り知れぬ」
「ってことは可能性もある?」
「あるな」
一度肯定はしたものの、シェインはすぐに「だが……」と続けた。
「だが、その場で竜巻を起こすだけでもそれだけの能力を要求されるし、相当の魔力を消費する。それを果たして継続させられるような付与を出来るかどうかは正直疑問だ」
「シェインは魔力付与ってやつも出来るんでしょ?『遠見の鏡』とか。仮にシェインだったら、可能なこと?」
「残念ながら俺にはそこまでのことは出来ぬ」
「『青の魔術師』は、エンチャンターだと聞いているが」
えんちゃんたー。
俺の表情を読んで、ユリアが小声で教えてくれた。
「魔力付与を得意とする魔術師のことを言うの」
「ふうん……」
「ああ。かなりの能力を持っているとは聞いているがな。だが果たして出来るかどうか。会ったことのない人物の能力までは推し量れぬ」
「逆に言えば、人為的にそれを可能とするにはどんな能力を必要とする?」
シサーが攻める方向を転換する。それに答えたのはシェインではなくニーナだった。
「……精霊魔法あるいは、召喚魔法……じゃないかしら」
「召喚師か」
精霊魔法か召喚魔法ってことはつまり、風の精霊を召喚しているってことだよな。
「ジンが?」
ジンってのは、風の上位精霊だったと思う。
鏡の中から尋ねたシェインに、ニーナは考え込むような視線をそのまま向けた。
「かもしれない。……近付いてみれば、もう少し何か探れるかもしれないけど」
「では、それからだな」
話を打ち切るようにシェインが言った。シサーが真面目な面持ちでそれを受ける。
「当面の課題は2つか。『王家の塔』周辺の竜巻が……何者かがジンやシルフに制約をかけているのか。バルザックがレガードの行方を知っているのか」
「俺の方でラウバルに探りを入れてみよう。素直に話すとは思えぬが。ロドリスの動向にも注意を払っておこう」
「頼む。動きがあったら教えてくれ」
「そちらもな」
シェインとの交信を打ち切って、思わず全員溜め息をついた。
「ややこしいことになってやがるな、何か」
シサーが舌打ちをする。俺もベッドに仰向けに倒れこんだ。頭の中がぐちゃぐちゃだ。
「調査隊が何がしかの成果をあげてくれりゃあいいんだけどな」
ベッドの上に寝そべって頬杖をついたキグナスがぼやくように言い、顰め面をした。
「ま、大して期待出来ねえけど」
「何だか思っていたよりも随分と、大変なことになりそうね」
ニーナが再び溜め息まじりにぼやいた。
「……レガードが」
ぽつり、とユリアが呟く。
「レガードが、無事でいてくれたら良いのだけど……」