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QUEST  作者: 市尾弘那
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第1部第15話 過去の柵(1)

 ギルザードでまるまる1日骨休めをして明日出発しようと言うことになっていたので、疲労もたまり、寝たのも遅かった俺は昼過ぎまで眠り続け、キグナスのエルボードロップで目覚めた。……嫌だ、こんな目覚め方。

「ぐえッ。……もう少し優しい起こし方って出来ない?」

「……俺が『カズキ、起きて★』とか言って優しくキスのひとつでもしたら気持ち悪くてしょーがねえだろが」

 それはそれで、ある意味目覚めは早いかもしれない。

 したたかに打たれた背中をさすりながら、ようやく堅いベッドを這い出して、俺は着替えた。

 昨夜寝る前に洗っておいた衣服は、ここの乾燥した気候で綺麗に乾いている。上は袖のないシャツだけにして、後のはとりあえずベッドの上に放り出し、キグナスと並んで部屋を出た。

「……みんなは」

「シサーは下のロビーでだらだらしてる。ニーナとユリアは買い物にでも行ったみてえだな」

 そう言うキグナスも、ご大層なローブとか官服みたいなのじゃなく、ラフなシャツとパンツと言う出で立ちだ。こうしてるとますます、悪戯小僧風になる。

 階段を下りると、昨夜話し込んでいたソファのひとつにシサーがだらしなく寝そべっていた。長い足が肘掛から飛び出している。

「おー。よーやく起きたかあ。良く寝てたなあー」

 う。

「ニーナたちには、昨日の話はざっと話しておいたぜ」

「あ、ありがとう」

「腹減っただろう。ニーナたちが戻って来たらメシ食いに行くか」

 そう言ってシサーが伸びをしたところで、ニーナとユリアが連れ立って戻って来た。ドアが軋んだ音を立てて開くと、急に華々しい笑い声が飛び込んで来る。

「ナイスタイミング」

「あ、カズキ起きたの?寝癖ついてるわよ。かーわいーい」

 油断をするとニーナはすぐにそうやって俺を子ども扱いしてはからかう。……くっそ。

 ねめつけながら焦って前髪に手をやる俺を、ユリアがくすくす笑いながら見上げた。

「おはよ」

「あ、お、おはよ」

 ユリアを見下ろして笑顔を向け、どきっとした。下ろしたままの緩やかに波打つ髪に、ギャヴァンであげた髪飾りが……凄い、嬉しい。何か安物でも無駄じゃなかったのかなって言うか、喜んでくれているみたいな気がして。

 妙に照れ臭くなって、俺は髪に手をやったまま言葉もなく顔をそらした。つまんないことのひとつひとつに、こうしてどきどきしたりするのがまた一層照れ臭い。

「んじゃあ行くか」

 照れた顔を見られたくなくて、片手で顔をそっと覆う俺の肩を、ソファから立ち上がったシサーの大きな片手がぽんと軽く押し出した。


          ◆ ◇ ◆


 移動したのは泊まっている宿『砂上の楼閣』からすぐ近くの食堂『オアシス』だ。

 ギルザードは、環境のせいか色黒の人が多い。髪の色や目の色も、黒とか茶とか、濃い色が多かった。次いで多いのが金髪だ。国ごと、と言うより、街ごとにそういう人種……って言うのかな。そういう特色があるのかなあなんて考える。

 この街も結構大きな街で賑わっている感じだったけれど、上品で華やかなレオノーラとも開放的で陽気なギャヴァンとも違う空気感だった。何だろう……もっと地に足が着いていると言うか、堅実な感じの活気とでも言うんだろうか。

 『オアシス』は、昼時をやや過ぎた時間帯のせいか、通りを歩く人の数を考えればそれほど混んでいるわけでもなかった。窓際の大きなテーブルに陣取って、ランチの定食をオーダーする。

「あとエール酒」

 最後にシサーが言った。

「昼から飲むの?」

 目を細めて言ってやると、シサーは飄々と背凭れに背中を預けて腕組みしながら頷いた。

「あたりめーじゃん。昼間に飲む酒は格別だしなー」

 大人って……。

「あと水を4つ」

 日本ではレストランで当たり前に出てくる水も、ここではそうはいかない。いちいち金を取られる。特にここは砂漠の街だから、通常より更にお値段が嵩む。

 ウェイトレスのお姉さんが去って行くと、俺の向かいでシサーはテーブルに肘を乗せて頬杖をついた。

「さてと……作戦会議といくか」

「これまでの状況整理しといた方が良いわね」

 シサーの隣に座ったニーナが両肘をテーブルについて組んだ手の上に顎を乗せてシサーを見遣った。

「そうだな。状況整理と行こう。……レガードがヴァルスの後継者、つまりユリアの婚約者として正式に選出され、各国に通知が行ったのが、ええと……4ヶ月前だったか?」

 確認するようなシサーの視線に俺の隣に座ったユリアが頷く。そこへ水のグラスとエール酒が先に運ばれて来た。とりあえずそれに口をつけてからシサーが先を続ける。

「で、それから……クレメンス8世陛下が病床につかれた」

「ロドリスが猛反発をしていたの。だからお父様はわたしたちの華燭の儀の正式な日取りなどを決めることも出来ず、ロドリスと幾度も話し合いの場を持った。……お父様が臥されたのは、2週間後よ」

 ユリアが補足する。シサーが頷いて、続けた。

「レガードが旅に出たのが、およそ3ヶ月くらい前」

「そう。そして1週間ほどで、行方不明になった」

「風の砂漠を旅する奇妙な一団が出たってぇのも、その頃だ」

 ユリアとニーナに挟まれるような形でテーブルについているキグナスが口を挟んだ。

「ってことは、カズキが助けてもらったシンと言うシーフは……その間に恐らくどこかでレガードと遭遇している、と仮定しよう。そして仮に『銀狼の牙』を訪ねた男ってのがロドリスの宮廷魔術師だとすれば、『銀狼の牙』に接触しているのがこれより前……レガードとユリアの婚約発表がなされてから『銀狼の牙』出現までの間ってことになるな」

「うん」

「シンと接触を持ったレガードは『王家の塔』へ向かう為、風の砂漠に入った。ルートは不明。そして奇妙な一団……『銀狼の牙』及びバルザックと言う謎の魔術師の襲撃を受け、戦闘の最中に行方をくらました。どこへ行ったかは、まだ謎だ」

 全員神妙な面持ちでシサーの言葉を聞いている。そこへオーダーした料理が運ばれて来た。

 ランチ定食は2種類で、魚のムニエルみたいなやつがメインのものと鶏肉のステーキみたいなのがメインのものがあって、俺とシサーは肉の方を、キグナスとユリアは魚をオーダーしている。ニーナはランチと無関係にただサラダだけ。

 とりあえずフォークに手を伸ばして食べる気がなさそうにサラダをその先で突付きながら、シサーがユリアに目を向けた。

「で?」

「捜索隊を派遣したのだけれど、見つけることが出来なくて……」

「その捜索隊ってのは、どこを捜索したんだ?」

「もちろん表立って仰々しくは出来ないから、密使のような形だったのだけど……レガードが通るであろうルートを、と聞いているわ。つまり、レオノーラからノイマンの湖やヘイズ、ギャヴァン、リノそしてキサド山脈」

「もちろん風の砂漠やギルザードも?」

 こくりとユリアが頷くのを見ながら、パンをちぎる。口に放り込んで、思わずシサーを見た。

「……竜巻は、いつ発生したんだろう」

「だな。……その、レガードの捜索の際には、風の砂漠に竜巻が異常発生しているなんて話は」

「出なかったわ」

 言いながらユリアはキグナスを見た。キグナスもかぶりを振る。

「俺も知らねえな」

「じゃあ恐らく……なかったんだろう、その頃はまだ」

 結局食事には手をつけずにエール酒のグラスにばかり手を伸ばしながらシサーは宙に視線を定めたまま呟いた。

「……で。シェインがカズキを見つけ出した?」

 ニーナがキグナスに尋ねた。パンに直接かじりつきながらキグナスが頷く。

「とりあえず、陛下がいらっしゃるうちに後継者を何とか形にしなきゃなんねえからな。レガード様の捜索がてら、一方で『王家の塔』の攻略も考えた方が良いんじゃねえかって話で」

「必要だったのはレガードの影武者か」

 頬杖をついてぼそっと言ったシサーの言葉に、キグナスが凍りついた。ユリアは俺の隣できょとんとした顔をしている。どこかしらーっとした空気が流れ、俺は肉を頬張りながら苦笑した。

「……で?」

 続きを促す。

「それで……シェインが宝物庫の魔術付与された道具に細工して、レイアに持たせてカズキを迎えに行かせたの」

「……そう言えば、シェインと連絡取った?」

 今聞くことでもないんだけど。話の流れで思い出したもんだから、つい聞いていた。ユリアが俺を見上げて頷く。

「怒ってなかった?」

「全然怒ってなかったわ」

「……あ、そう」

 激甘だ。

「話の腰を折っちゃった、ごめん。……で、俺がこっちに来たのが1ヵ月半ちょい前くらい?かな」

「そうね……」

 俺の言葉をユリアが肯定する。ぼんやりと突然『浄化の森』に拉致されたことを思い出しながら、内心「たった1ヵ月半なのか……」と言う気がしていた。随分経ったような気もするけど。

 ……でも、元の世界で俺が行方不明になっているんだとしたら、既に十分な期間が経過してるとも言えるか。死んでることにされててもおかしくないかもしれない。

「一度、レガードの捜索は打ち切られたのか?」

 ユリアはこくりと頷いた。

「シャインカルクにカズキ……レガードがいることになっている。レガードを捜索するわけにはいかないわ。それに、元々それほど大掛かりな捜索を組むわけにはいかない。……諸国にレガードが行方不明だと知られるわけにはいかないんだもの」

「じゃあ、その間に『王家の塔』周辺で竜巻が発生したわけだな。レガードを見失った『銀狼の牙』は、再びロドリスの宮廷魔術師の命令を受けてレガードの捜索を開始した。で、山頂でカズキとご対面したってわけだ」

「その……バルザックって男も、かしらね」

 ニーナが綺麗に皿を片付けて、口元を拭いながら首を傾げる。俺も最後のパンの一欠けらを口に放り込んで、水を一口飲んだ。

「バルザックって、キグナスは聞いたことある?」

 キグナスならシェインとある意味一番近いから、何か聞いてるもかもしれないと思ったんだけど。

「いや。俺は知らねえなあ……」

「そうか?俺、聞いたことあるんだよな。ラウバルかシェインが知ってると思ったんだが」

 みんなが食べ終わった今頃になって、ようやく食事に手をつけ始めたシサーが、豪快に鶏肉にフォークを突き刺しながらもごもごと言う。

「ただ、ちゃんと聞いたってわけじゃねえんだよな、多分。ちゃんと聞いてたら覚えてるだろうし。……会話の流れでちらっと耳にしたとかそんな……」

 そこで不意に言葉を途切らせた。視線が一点に固定されたまま固まる。

「……シサー?」

「でも、それなら後でシェインに聞いてみれば早いんじゃ……」

 そんなシサーに気付かずに言ったニーナの言葉を遮るように、シサーが呆然と呟いた。

「グロダールだ……」

「は?」

 シサー以外の全員が目を丸くし、その意味を図りかねて問う。グロダールってだって……倒されたブラック・ドラゴンだろ?

「ユリア、シェインと交信ってのは、すぐに出来るもんなのか?」

「え?え、ええ、まあ……。宿に戻らないと『遠見の鏡』がないけど」

「戻ろう」

「え、だってシサー、食事の途中……」

「構わねえって」

 がたっとシサーが立ち上がって足早に店を出て行くので、勢いこっちも急いでついていくしかない。慌しく精算を済ませて店を出ると、宿に戻った。

 とりあえず、男3人が泊まっている部屋に集まることにして、ユリアが『遠見の鏡』を取りに行くのを待つ。

「シサー」

「あん?」

「グロダールって、ギャヴァンに現れた黒竜でしょ?」

「ああ」

「……何か、ヤバそう?」

 キグナスとニーナもシサーに視線を注ぐ。

「ヤバいかどうかは、聞いてみないとわかんねえな。俺が考えたことが当たってるとすれば、もしかすると敵に回すにしちゃあちょっと厄介かもしれねえけど……」

 シサーが言葉を切ったところで、ユリアが『遠見の鏡』を片手に戻って来た。ドアを閉め、俺が腰掛けているすぐ隣に腰を下ろす。狭いベッドだし、みんなで話す都合もあるので……距離が近い。

「ウティナム・タム・ファキレ・ウェーラ・インウェニーレ・ポッセム・クァム・ファルサ・コンウィンケレ」

 ユリアが呪文を呟くと、『遠見の鏡』から光が放たれた。一瞬その鏡の面は眩く反射していて何も映していなかったのだが。

「わ」

「どうした?」

 シェインが、そこに覗き込むようにして姿を現した。これってどうなってんだろ。あっちにもこれと同じような物があったりするんだろうか。

 などと悠長に考えていたら、優しさ溢れ返る顔でユリアを見ていたシェインが、一転してむっとした表情をするとトゲの入った声で俺に言った。

「近付き過ぎだ。離れろ」

 あのねえ……こんな小さいもん、こうしなきゃ見えないでしょーが。

 向こうにこっちの映像が見えているのはわかったけど、どうなってんだろとは思ったんだけど、そんな話をしている場合でもないので飲み込む。ユリアがシェインに説明した。

「あのね、シサーがシェインに聞きたいことがあるそうなの。替わるわね」

 言って、鏡をシサーに手渡す。目を丸くして鏡を覗き込んでシサーは口元をほころばせた。

「相変わらず妙なことを考える男だ」

「久々の対面でその感想はなかろう」

「考えるだけじゃなく実行に移すからなあ、お前さんは」

「考えるだけで良いのなら、もっと凄まじいことを考えておるわ」

「……場を改めて聞かせてくれ」

 あんまり聞きたくないような気もする。

「聞きたいことがあるのだろう?」

 俺のいる場所からはシェインの姿は見えないので声だけだ。だがその声がすっと低められたのを感じた。シサーの声も同様に低く応じる。

「……バルザック」

「……」

 短い沈黙が訪れた。シェインが低く尋ねる。

「確かか」

「わからん。『あの時』も俺はちらりとしか見ていないしな。今回に至っては名前が出たと言うだけだ」

「……」

「何を知ってる」

「知っていると言うほどのことは知らんな」

「ほざくな。グロダールの時のことを忘れたとは言わさんぞ」

 自分は忘れてて今さっき思い出したんじゃん……。

「そんな昔のことは忘れたな」

「ぼけ老人が」

 俺たちは黙ってそのやりとりを見守っていた。 『グロダールの時のこと』とやらを知らない俺たちには口を挟む余地がない。

「シェイン」

 睨めっこに飽きたのか、シサーがため息と共に言葉を吐き出した。

「何の関係もないカズキが命を懸けて戦っている。……話してくれ」

「……」

「あの、バルザックとか言う魔術師は、浅からぬ因縁があるな?」

 シェインの答えはなかった。どんな表情をしているのかわからないけれど。

 シサーは忍耐強くその沈黙を受け入れた。やがてシェインの声が聞こえ始める。

「……知っていると言うほどのことは知らぬと最初に言っただろう」

「まだそんな……」

「事実だ!!俺とてバルザックと会ったのはあのグロダールの時が初めてだ。会話を交わしたわけじゃあるまいし、大したことは知らぬ」

「じゃあ、本当に知らないのか?」

「最初からそう言っている。信じぬのはおぬしだろうが」

「日頃のお前の態度の成果だ、喜べ」

 むきになったように言い募っていたシェインはその一言でぐっと押し黙った。シサーが勝ち誇ったような笑みを浮かべている。……子供の喧嘩じゃないんだからさ。

「だがまあ、おぬしらより知っていることが多少あるのも、事実だな」

「だからそれを話せ」

 気を取り直したように言ったシェインに、畳み掛けるようにシサーが問う。

「その前に」

 それを制してシェインが問うた。

「そちらで入手した情報から話してもらおう」

「……いいだろう」

 頷いて、シサーは先ほどの状況整理を踏まえながらギャヴァンを出発してからの出来事を、事実のみを述べていった。その間、俺たちはもちろんシェインも一切口を挟まずに黙って聞いていた。

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