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QUEST  作者: 市尾弘那
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第3部第2章第7話 存在の理由(1)

「はっはーん。パレスが魔物に襲われたわけが、わかったぜ」

 翌朝、パレスの村は昨日の後片付けに村全体が追われていた。一晩寝て襲撃がなかったことで、人々も少しは落ち着いたようだ。

 とは言え恐怖心が消えるものでもなく、村人に頼み込まれてパララーザの護衛部隊ら、魔物の排除に助力した人間が手分けして周囲の巡回にあたっている。

 馬を借りて村の外を回っていると、崖の淵に立って遠くを見晴らしていたシサーが小さく呟いた。

「わけ?」

「ナタリア軍だ」

 乗せてもらっていたジークの馬を下りて、シサーのそばに立つ。見晴らしは思いの外良く、パレスの村自体が意外と高度にあることがわかった。眼下に平地が広く続き、森や集落が見える。陸地が途切れた先には、海が広がっていた。真冬の冷たい風が下から吹き上げてくる。

「本当だ」

 俺の隣で、馬上からジークが呟く。広々と伸びた平地には、蟻の行列のような黒く太い線が見える。ナタリアの国旗を掲げているのは、言われなくても視認出来た。

「軍隊が北上して来てるから、トラファルガーに押さえつけられていた魔物たちが右往左往してんだろう。その皺寄せを食ったってとこかな」

「どこに向かってんですかねえ」

「どこだと思う?」

 のんびりと問うでもなく呟くジークに、シサーが試すような口調で尋ねた。

「どこって……」

「王都」

 ナタリアの地図を頭に描いて短く答える。ナタリアの王都エフタルは、確か領土の北東にある。戦域から撤退してくれば、北上してパレス付近を経由して……撤退?

 顔を上げると、シサーもそれを受けて頷いた。視線をナタリア軍の上へと戻す。

「理由はわからねえが、とりあえずは撤退だな。トラファルガーの活動を知っての全面撤退か、はたまたヴァルスとツェンカーの同盟を知っての当て馬か。どっちかはわからねえが」

 そこでシサーが渋面を浮かべてみせた。ジークが眉根を寄せる。

「ナタリアが撤退……もしそれが戦線離脱を意味するなら、ツェンカーは動けなくなるんじゃ?」

「ナタリア軍が自国に滞留している状態で、ナタリアを素通りして南下してくるわけにゃいかねえよな。とは言え、敵国が減るのは望ましくもある。ツェンカーとの同盟が成立した今となっては、ヴァルスにとっては痛し痒しと言ったところか」

 俺たちが見守る中、ナタリア軍は着々と進んで行く。

 ナタリア軍が帰国する理由が何にせよ、ツェンカーは身動きが出来なくなるか……。戦地で交える相手が減るのは良いが、こちらとしても援軍を当てに出来なくなる。

 とすれば差し引きで、ヴァルスと対するのは残り四国。――ロドリス、バート、リトリア、そしてロンバルト。

「リトリアはどうなったんだろう」

 マカロフからツェンカーに向かう途中で、リトリアも内乱がどうこうと聞いた気がする。

 小さく呟いたのを聞き咎めたように、ジークが俺を見下ろした。

「リトリアに入って、何かわかることがあると良いんですがね。パララーザはしばらくラシーヌに留まって、アジャーニ方面に向かうんでしょ? 我々はどうしますか?」

「王都に寄ってみるか」

 シサーが嘆息した。

「バートへの窓口は、東部シガーラントにある。リトリア北東の街ラシーヌからシガーラントへ向かうには、セルジュークの付近を通る羽目になる。少し迂回したところで、大きなロスにはならんだろう。様子を見ておく価値はあるかもしれん。……さてと。村に戻るか。カズキ、こっち乗れ」

 シサーに促されて、その後ろに引き上げてもらうと、村へ戻る道を辿り始めた。

 周囲に魔物の気配がなさそうなことを確かめつつ進んで行く。

 村の近くにある墓地には、急遽合葬場所が用意され、正体もわからないような遺体に関してはまとめて埋葬されることになった。

 今日の午前中から村の男性が駆り出されているが、作業はまだ終わっていないらしい。人々の姿が見える。

「ハヴィ」

 その中にハヴィの背中を見つけて、シサーが声をかけた。振り返ったハヴィが元気なく微笑む。

「シサーさん。ジークさん」

 どうやら俺は勘定に入っていないようだ。

「魔物はどうですか?」

「今んとこ、おかしな様子はこれと言ってねえみたいだな」

「俺、先に村に戻ってるね」

 ハヴィにとって俺は余分らしいと判断して、馬を下りる。シサーが短く「おう」と答えるのを聞いて、俺は歩き出した。歩いたって大した距離じゃない。

 村に戻ると、至るところで死体を集めたり、清掃をしたりなどの修復作業が行われている。

 パララーザに一度戻ると、することもないので俺は清掃道具を片手に広場へ出た。石畳に残る血の染みを、モップで擦る。

 しばらくそうして黙々と清掃に励んでいると、遠くの方から「カズキちゃん」と呼ぶ声が聞こえた。今のところ、俺をちゃん付けで呼ぶ人間には一人しか心当たりがない。

「メディレス」

 振り返ると、案の定、パララーザのお抱え魔術師メディレスが、巨体を揺らしてこちらへ来るところだった。手を止めてそれを待つ。

「カズキちゃんたら。良いのよ。あなたは巡回を受け持ったんだから。あと一時間もしたら、また巡回に出るでしょう? 少しは休んでいた方がいいわ」

「別に疲れてない」

 短く答えて、清掃を再開する。

 石畳についている血痕はまだ良いが、問題は木の塀なんかについた血痕だった。こっちは石と違って、染み込んでしまって完全にとることが出来ない。

「そんな。体を壊しちゃうわよ。それとも、疲労回復の魔法でもかけましょうか?」

 メディレスは、昨日から聖職者と一緒に怪我人の治癒に忙しかったと思う。今日も、昨日治癒しきれなかった人々や、あるいは怯えきっている人心を宥める為に魔術を使いっ放しのはずだった。疲れているのは俺よりあんただろうと思う。

「必要ない」

 端的に答える俺に、メディレスが嘆息する。

 それから、黙々と作業を続ける俺の背中に、躊躇いがちな言葉をかけた。

「カズキちゃん。……今まで何があったのか、聞いても良い?」

 その問いは、余りに漠然とし過ぎている。

 最初にメディレスに会った時――ヘイズの村からここまでと言う話だったら、長過ぎて話す気になれない。答える気にもなれない俺をどう受け止めたのか、メディレスが慌てたように付け足した。

「あ、うん。いろんなことがあったのよね。それはわかるの。うん、それはそうよね」

 背中を向けてモップで擦っている地面しか見ていない俺は、メディレスが今どんな表情をしているのかはわからない。ただ、まるで腫れ物に触るかのような遠慮の仕方をしている雰囲気だけは漂ってくる。

「それはそうなんだけど……あのね、カズキちゃんが悩んでいるんじゃないかと思って」

「俺が? 俺は何も悩んでない」

「そう? そうね、私とそれほど親しいわけでもないし、まだ信用が出来なくて打ち明けられないと言うのもわかるけれども」

 何を勘違いしたのか、メディレスが言い募る。それを受けて、俺は手を止めると振り返った。

「そうじゃない。本当に悩んでいることなんて何もないんだ。……ただ、そうだな」

 メディレスが、俺の言葉を待つように真っ直ぐ見つめる。禿げ上がった頭部に刻まれた深い傷やがっしりした躯体に似合わない、俺の機嫌を伺うような素振りだ。

「信用って話で言えば、信用はしていない」

「そ、そうよね……」

「別に、メディレスを信用出来ないと言っているわけじゃない」

 多くを語らない俺の言葉に、メディレスは強ばった表情で俺を見た。

「……誰も、信用出来ないと言っているの?」

「……」

「シサーも?」

 俺は黙って顔を横に振った。

 否定ではない。もちろん肯定でもない。――答えたくない。

「……そう」

 どう受け止めたかはわからないが、メディレスは沈鬱な色を浮かべて目を伏せた。

「カズ……」

「メディレスさん!」

 続けて何かを口にしかけたメディレスを遮るように、キャンプの方から声がした。揃ってそちらに視線を向けると、ハヴィがこちらを見ていた。歩いてくる。

「今、シリーさんに聞いたら、こっちだって」

 言い訳がましく言いながら近づいてきたハヴィは、殊更俺から視線を背けたままでメディレスに元気なく微笑みかけた。

「僕、ここに残ることにしました」

「え? パララーザを抜けると言うこと?」

「はい」

 どうやら俺とメディレスの会話はハヴィに遮られる形で終わったようなので、俺は清掃作業を再開することにした。背後では二人の会話が続いている。

「シリーさんには今、伝えました。メディレスさんにも直接お伝えしようと思って。お世話になったから。ありがとうございました」

 そろそろこの辺りの血痕もだいぶ落ちてきた。水を替えて、別の場所の掃除に行った方が良いだろう。

「パララーザに拾ってもらえなかったら、こうして今生きていなかったかもしれません。……サナは、もういないですけど」

「サナがここにいるから、残ることにしたの?」

「はい。ここを離れたら、きっとサナが寂しがる。だから僕は、サナと一緒にここにいようと決めました。短い間だけど、お世話になりました」

 バケツの水を撒いて最後にもう一度モップで水と血痕を擦ると、俺はモップを引き摺って歩き始めた。井戸のある方へ向かうには、一度キャンプの方角へ戻らなければいけない。

「僕は」

 方角的にハヴィのいる方向へ足を向ける俺に、一際声を高くハヴィが口を開いた。まるで俺に聞かせるような声に顔を上げると、案の定、ハヴィは俺の方を真っ直ぐに睨み付けていた。

「僕は、あなたにようにはなりたくない。……ならない」

「そう」

 攻撃的な眼差しを意に介さず、短い返答を残して歩き去ろうとする俺に、ハヴィは尚も声を張り上げた。

「あなたのそういう態度は、ここ最近のことだと聞きました。……親友を失ったのだと」

 全く、余計なことを話したのはシサーかジークか。どちらでも別に構わないが。

 足を止める。冷たい視線を向ける俺に一瞬怯んだような顔をしたハヴィは、踏ん張るように拳を握り締めて言葉を続けた。

「だけど、あなたのそれは、ただ逃げているだけだ」

 返答もなく再び足を動かす俺を足止めしようと言うように、ハヴィが怒鳴った。

「そんなの、卑怯なだけだっ……」

「ハヴィちゃん」

「僕は、逃げない。あなたのようにはならない。……覚えておいた方が良い。あなたは、ただの、卑怯者だ」

 どう思われても構わない。

 ハヴィの横を通り過ぎる時、俺は短くその言葉に答えた。

「覚えておこう」


          ◆ ◇ ◆


 パレスが魔物の襲撃に晒されてから二日後、パララーザはハヴィと死者を残してパレスを発った。そこからリトリアまでは、山道を越えて五日ほど南下する。

 魔物との遭遇は度々だったが、先日ハヴィを助けた時以来、レーヴァテインの魔力を使う事態になるようなことはなかった。

 リトリアに入って最初にたどり着いたのは、ラシーヌと言う大きな街だ。

 パララーザはここから進路を西にとり、俺たちは南へ取る。彼らとは、ここでお別れになる。

「カズキちゃん」

 数日ここで商売をする彼らのキャンプの準備を手伝って、別れを告げた俺たちに、メディレスが悲しい目を向けた。

「あの……この前、ハヴィちゃんが言ってたこと、その、気にしないでね」

 シサーとジークが俺とメディレスを見比べる。俺は軽く目を瞬いた。

「気になんてしていない」

 本当に俺はハヴィの言葉を全く意に介していなかった。

「そう? ハヴィちゃんも、大事な人を失ったばかりだったから殺気立っていたのだと思うの」

「そもそもは俺の態度が気に入らなかったみたいだから、俺のせいだよ。だからと言って別にどうってこともない」

 しきりと気にするメディレスにそうそっけなく告げると、メディレスの方が責められているように目を伏せた。それからシサーの方に顔を向ける。

「頼んだわよ」

「ああ。いろいろと助かったよ。またどっかで会うだろうが、その時まで元気でな」

「その時までにあのエルフ女と別れてておくれよ」

 メディレスの隣に立って別れを惜しんでくれていたシリーが、シサーの腕に腕を絡めた。今回は彼女にとって邪魔でしかないニーナがいなかったので、終始シリーの機嫌が良かった。

「それはねえように気をつけるよ」

 シリーの腕から腕を抜き取り、苦笑いをしたシサーが一歩下がる。その少し後方で、パララーザから餞別にもらった馬を傍らに引いたジークがこちらを見ていた。

 シリーやメディレス、その他別れを惜しんでくれる面々と別れ、俺とシサーも彼らに背を向けた。ジークが、俺たちを待って歩き始める。

「女性にああも迫られるとは羨ましい話ですねえ」

「じゃあ代わってやるよ」

「いやいや、シリーさんの方が僕じゃあ納得しないでしょう」

 馬の手綱を引きながらからかってみせるジークに、シサーが渋面を浮かべる。

 もらった馬は一頭だから、当然三人で騎乗するわけにはいかない。何でくれたのかと言えば、荷物の運搬用だ。ジークは、長旅と言うことと久々に故郷に帰ると言うことで無駄に荷物が多かったし、俺は大してあるわけじゃないがアレンに返してもらった余剰の剣がある。背中にくくりつけていれば良いと言えばそうなんだが、なきゃない方が身軽に決まっている。

「ニーナさんの目も届かないことだし、ちょっとぐらいシリーさんに優しくしても文句は出ないんじゃないですか。結構佳い女の部類に入るでしょ」

「入るだろうけどな。ああ見えて俺より十五も年上だよ」

「ええ? 何て意外な。ニーナと言い、シリーと言い、シサーは年上キラーなんだなあ」

「……それ、ニーナの前で言うなよ。八つ裂きにされるぞ」

「本当にされそう」

「本当にされるよ」

 南に向かっているとは言え、まだまだ冬は続く。旅道具を揃える為にとりあえず道具屋へ向かうことにして、シサーが思い切り伸びをした。

「さーて。せめて今日中に次の町に辿り着いておきてえもんだがなあ」

「行けるものですか?」

「ここから一番近いのは南西のジャスティか。別段、間に難所があるわけじゃねえし、頑張れば日没後くらいには到着出来んじゃねえかな。ジャスティで、ちっとリトリアの様子を探っておこう」




 シサーの言葉通り、日没して間もなくジャスティと言う町に到着する。近くにラシーヌと言う大きな街があるせいか、こちらは賑やかな繁華街と言うより住宅街のように見えた。ベッドタウンと言うやつだろうか。地図上で見ると王都セルジュークまでもさほど離れてはいない。

 こちらの世界では珍しく、集団住宅が多いように見える。その為、建物の一つ一つが大きいものだった。闇が舞い降りた町に、あちこちで窓から漏れる暖かな光が見える。

 シサーが向かったのは、集団住宅ではなかった。中央の広場から外れ、裏道の方へ足を向ける。そちらの方には、小さいながらも石造りの戸建がいくつか集まっているようだった。

「マカロフとの戦争の時に知り合った傭兵が住んでる。戦争ごとにはそれなりに情報を持ってるんじゃねえかな」






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