第3部第2章第4話 楔(2)
ここまで来て、最早小細工は不要だろう。エディがフレデリクであれば、何もせずとも城門は開く。違うのであれば、何をしたところで入ることは適うまい。いや、入れたところで何になろう。
「何か用か」
城への架け橋から続く、どっしりと重そうな門は閉じられている。両脇に控える衛兵が、それぞれエディの前を塞ぐように近付いてきた。無言で足を止める。
「現在城は忙しい。旅人を相手する時間は……」
「この顔を見知っているか?」
取り立てて声を張り上げるでもなく、しかしながら遮るように言う。訝しげな表情を浮かべて、衛兵が沈黙をした。
「何……」
「お、おい」
ばさりとマントを外すと、エディは静かに裁きの時を待った。衛兵の一人が、何かを思い出したように目を見開く。
声変わり前かと思うようなやや高い男の声が頭上から響いたのは、その直後のことだった。
「兄上っ!」
「……陛下っ!」
途端、衛兵たちが慌しくひれ伏した。それには目もくれずに振り仰ぐと、城壁の望楼からこちらを見下ろす人影が見えた。十代と思しき少年と、その後ろに壮年の男性が控えている。どちらにも見覚えはないが、その呼び方からして少年はエディの――いや、フレデリクの弟らしい。
シェインは何と言っていたのだったか……。
(王弟がいるが、継承はしていないと言っていたな)
現在国政を取り仕切っているのは暫定政権と言っていたはずだ。
弟の名前は記憶にない。シェインもそこまでは知らなかったのか、あるいは言う必要がないと判断したのか、口にしていなかったように思う。
「心配をかけて、すまなかったな」
数少ない記憶を掘り返しながら、ともかくもエディはそちらに向かって穏やかな微笑を浮かべて見せた。
「……本当にあんた、フレデリク王だったんだな」
エディがウォーター・シェリー城に入城を果たしたその夜、少し一人にさせてくれと言い置いてテラスへ足を向けたエディに、ついてきたシーレィがそうぼやいた。
心地良い夜風に髪を揺らされながら、エディは無言でシーレィを振り返った。
城門の前に立ってから以降は、慌しく騒々しいとしか表現しようのない多事多端の時を過ごした。
王城に詰めている大臣らはもちろんのこと、参内していなかった諸侯連中まで駆けつけて来たのだ。
彼らにとっては、心から生還を待ち望んでいた主の無事な姿に、致し方ないと言うものだろう。だが、エディにしてみれば公王時代の記憶もなく、緊張と疲労の折り重なった長旅の後である。
弟ハインリヒとその世話人ディールスとの対面後、主治医に全身を隈なく診察され、大臣に囲まれて慰労の言葉を投げかけられ、次から次へと詰め掛ける人の波に溺れて息が詰まってしまいそうだ。
だが、一方でこの空気が肌に馴染む自分もいる。
「私は、こういう世界で息をしていたのだな」
「変な感じ?」
「そういうわけではないが。……いや、不可思議と言えばそうなのかな。意識が戻ってからこれまでの生活が、幻のように思えてくる」
当てもなく放浪していた身の上が、城に来た途端に一国の主に祭り上げられた気分だ。拍子抜けするほどである。
だが、それはエディに記憶が欠落しているが為だけであろう。
よくよく考えてみれば、公王が遠征から城に戻って公王として扱われるのは何もおかしなことではない。あくまでもエディ自身の気持ちの問題でしかない。
「兄上」
カタン、カタン、と硬質の音を響かせながら、エディを呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、車輪付きの手押し座椅子に掛けたハインリヒと、影のように従うディールスがテラスへと姿を現したところだった。
ハインリヒは、下半身に不随を患っている。片手にも軽い麻痺症状があり、幼少の頃の高熱が原因なのだと先ほど聞いた。
それがゆえに本人の希望で公位継承権を完全に放棄し、ハインリヒは敬愛する兄を影からサポートすることを望んでいた。兄より穏やかな気質の彼は、表出せずとも暫定政権を内側から静かに支えた。兄の生還を誰よりも信じ、貫いたのは彼であると思っても良さそうだった。
「本日は、完全に人払いをさせました。明日からしばらくは忙しくなるかと思います。今夜は、ゆっくりお休み下さい」
エディは、記憶がないことは告げていない。どのような政治勢力があり、どこからどう付け込まれるかわからぬ現状、こちらから弱みを曝してやる筋合いではない。
だが、告げなければ不可解な言動も多いであろうことを考慮すれば、多くの記憶が混濁している旨だけは最低限の人間に告げねばならなかった。
ハインリヒ、ディールス、そしてハインリヒの言う数人と主治医がそれに含まれる。
「本当に心配を掛けて済まなかった」
エディを真実案じる気持ちがひしひしと伝わるはにかんだ笑顔に、エディは改めて謝罪の言葉を口にした。ハインリヒが目を伏せる。
「僕は、こうしてお会い出来ただけでも僥倖だと思っています。兄上がご不在の間のあらゆる情報は、ヴィンクラーかディールスにお聞きすれば良いでしょう。もちろん僕も、知る限りの情報をお話します」
ヴィンクラーと言うのはモナ宮廷の宰相だ。先ほど会ったその顔を頭に蘇らせながら、エディは頭を切り替えることを己に強いた。
何をどう考えたとしても、こうしてウォーター・シェリーに戻って来た時点で、公位に復権したのだ。
これから考えるべきは、モナの公王として、どう利権を確保し、国を守っていくかである。
その為には、対リトリアのみではなく各国の状況、そして国内の状況を正確に頭に詰め込まなければならない。
翌日からエディは、精力的に活動を開始した。まずはハインリヒの言う通り、不在時の情報収集である。
暫定政権の元にもたらされた報告書の数々、立て続けに送られて来ていたヴァルスからの通達、ロドリスからの書簡、リトリアの打診、そして現在リトリアと相対しているハンノ要塞に関する指令書。
頭痛を堪えながら膨大な書類に目を通し、ディールスやハインリヒ、幹部連の生身の言葉を吸収する。
ギャヴァン戦及びロンバルト沖海戦における被害状況、モナ国内の復興事業の進捗状況。ロドリスを中心とするナタリア、バートの反ヴァルス勢力にリトリア、ロンバルトを加えた五カ国が、ヴァルス国内への侵攻を開始して苦境に陥っていること。ロンバルトは敗退して公王が死去し、後継者たるレドリックが城主として君臨していること。ヴァルスは辛うじてギャヴァン、フォルムスと言う二大貿易港を死守することが出来たものの、国境にある大きな要塞が陥落の危機に晒されていること……。
各国の状況を把握するに従い、自分がなすべきことを頭の中で組み立てていく。地道な作業を繰り返しながら、エディは次第に、自分の脳が一国の支配者として切り替わっていくのを感じていた。
「シドにいるありったけの兵士を集めろ。それからハンノ要塞に伝令だ。兵を引いて要塞に籠もれ。そうすればリトリアは手出しして来ない」
「ハンノにはヴァルスの指揮官がいたな。ヴァルス騎兵を率いらせて伏兵をおけ」
「クリスファニアへ偵察を放て。それから、リトリア軍にいる故買商を買収しろ」
「リトリア兵の装備を一式手に入れて来い。人選をし、馬を与えて書簡を持たせろ。出来ればリトリア人が良い」
「剣を交えていたリトリア軍の将軍に使者を出せ」
「焼き討ちにあったレニエの状況を確認しろ。あわせて、志願兵を募れ」
「ヴァルスに書簡を送れ。フレデリクが公位に復権したと通達をする。ヴァルスとは正式に協調の姿勢を見せておけ」
果たしていくつの命令が功を奏するだろうか。
幾度かやり取りを交わしたシェインの書簡を見る限りでは、もう時間がなかった。リトリアの内紛はもう間もなくだ。それに乗じなければ、全てが意味がない。
そう考えながら、ディールスや大臣連を通して指示を通達していたエディは、書類の山に埋もれていた一束の書簡にふと目を留めた。紐解いて目を通し、眉根を寄せながらハインリヒとディールスを呼び寄せる。
「この書簡に目は通したか?」
問われたハインリヒは、書簡を受け取って目を落とすと、静かに頷いた。
「はい」
「これが届いたのは、私が出陣してからのことだな」
日付を眺めやりながら、口頭で確認する。再びハインリヒが頷いた。
「兄上が出征してから数日後のことだったかと思います。報告はお耳に届いていたかと思いますが、書簡を手にされるのは恐らく初めてのことでしょう」
「ふん……これがヴァルスに味方しなかった理由か……」
一人ごちて小さく呟くと、エディはディールスに視線を向けた。
「ヴィンクラーに言って法的根拠を確認しろ。原本の写しを持って来い」
「かしこまりました。すぐに」
ディールスが指示を受けて出て行くと、手押し座椅子に掛けたままのハインリヒが硬い視線を向けた。
「兄上。シドの兵をかき集めた理由をお伺いしても宜しいですか」
「私が率いていく」
改めて手元の書簡を読み返して頭の中で各国の勢力図を描きながら短く返すと、ハインリヒが小さく息を呑んだ。
「ハンノ要塞に任せておけば、兄上が直々に行かれずとも何とかなりましょう。それに、シドを空けてしまっては……」
「リトリアは、シドには攻め込んでは来ない。少なくとも、今のところはな」
ばさりと書簡をテーブルに投げ出し、エディは椅子の背もたれに深く体を預けた。ハインリヒは身動ぎもせずにエディを見つめている。エディと同じ淡い金髪の下に光るスカイブルーの美しい瞳を見返しながら、エディは続きを口にした。
「リトリアにはリトリアの事情がある。奴らの内部分裂を利用しない手はない」
「内部分裂?」
「マウヌ川に布陣しているリトリア軍は、二派に分かれている。国王擁護派と、そして国王を覆さんとする奴らだ」
ハインリヒが目を見開いた。エディに良く似た、しかしそれより優しい面立ちの顔に緊張が走る。
「内乱ですか」
「ああ。……最初からマウヌ川に布陣していたは、恐らく叛乱軍。そして、後から国王軍がクリスファニアより送り込まれている」
エディとて裏を確認したわけではないが、シェインからの書簡を読んでそう判断した。
リトリア軍は一向に戦端を開こうとはせず、そしてまだ戦いが始まってもいなかったにも関わらず、なぜか国王が後から援軍を送っている。
かと思えば、規模の小さい部隊が、モナの集落を焼き討ちにして不可解な戦端の開き方をした。
今ひとつ腑に落ちないこの状況も、当初からいた軍が叛乱軍で、増援部隊が国王配下の軍と仮定すればすっきりと収まるのだ。
クリスファニアの出方を待っていた叛乱軍は、モナとの戦闘に突入するわけにはいかなかった。その最中には、引き返すことが出来ないからだ。
だが、増援された国王軍は、逆に叛乱軍を足止めしたかった。だから、こそこそとモナへの攻撃を仕掛けたのだろう。
モナとしては、リトリアには国境から手を引き、自国の分裂に熱中して頂きたい。モナを禿げ鷹のように狙うクラスフェルドの命を奪おうと言うのなら、ぜひ実現して欲しいものだ。
分裂したリトリア軍は、双方モナどころではないはずだ。そこを効果的に利用すれば良い。
エディは、見慣れぬ弟にモスグリーンの瞳を定め、薄く笑った。
「せっかくリトリアが勝手に分裂しているのだからな。国王を片付けたいのなら、応援してやろうじゃないか」
カールがハンノ要塞からヴァルス騎兵を率いての出陣を拒絶したことを受けて、エディはシドから動かせる兵を全て組み込んだ部隊を編成した。当面、シドをがら空きにしたところで、攻撃を受ける恐れはない。画策すべき相手はリトリアに限られ、そのリトリアさえも手段を講じれば引いていく。シドの兵力を、対国境戦に向けても不都合は生じない。
カールは単独出兵を拒否はしたものの、リトリア軍との戦闘から手を引いて要塞に立て籠もれと言う要求には従った。
速やかに撤退するモナ軍に、戦闘を全面に引き受ける羽目になったリトリア国境軍――ストラトス将軍率いるリトリア叛乱軍は困惑する。国境戦線は、一時、停滞状況に入った。
一方で、火蓋だけを切って落とし、後は高見の見物と決め込んでいたリトリア国王軍の元へ、見過ごすことの出来ない情報が届けられていた。
叛乱軍の将軍が、モナと手を結んでクリスファニアの国王を亡き者にしようと画策していると言う噂話を耳にしたと言う。
叛乱軍に従軍していた故買商から、国王軍に従軍している故買商に流された情報に、将軍リディアファーンは真実を確かめようとする。故買商を呼び出し、密談場所の情報を得ると、すぐさま偵察軍を放った。
何も知らぬ叛乱軍ストラトス将軍の元へは、和解を携えたモナの使者が訪れる。
普通に考えればこのタイミングで和解を持ちかけるなど、モナの立場をすればありえない。だが、指示を下したエディはリトリアの状況を知っている。叛乱の増援に加わりたいストラトス将軍の胸の内を読んでの提案だ。ストラトス将軍にしてみれば願ったりである。後方の危険を考えずに、撤退することが可能となる。
そこへ、追い討ちを掛けるかのように、クリスファニアへ引き返すよう早馬が駆けつけた。クラスフェルドが参加した会議が紛糾し、間もなく火の渦に包まれるだろうと言う援助要請だ。
クリスファニアの情報を集めてエディが用意した使者だとは、ストラトス将軍は知らない。ただ、天の采配としか思えぬタイミングだった。モナとの和解を諾とすれば、モナに追撃されることはありえまい。リトリアの歴史を変える一幕に、今なら駆けつけられるはずだった。
すぐさまモナとの和解に応じたストラトス将軍は、成立するや否や、全軍を引き連れてクリスファニアへの進撃を開始する。
本来ならばそれを阻止すべく派遣されていたリディアファーン将軍率いる国王軍は、エディが故意に流した誤った情報に足止めをされていた。捏造された会合場所に注意を払い、嵌められたと気が付いた時にはストラトス将軍率いる軍は、クリスファニアへと旅立った後だった。
歯噛みし、ともかくも行軍を阻むべく移動を開始する国王軍の前に、エディ率いるモナ・ヴァルス混合軍が立ちはだかり、否応なく両者は激突することとなる。
クリスファニアでリトリアの国運が揺れ動く、その日の早朝のことである。
◆ ◇ ◆
クラスフェルドが指揮を執るグウレイグ離宮の防戦は、国王を支持する諸侯の増援もあり、一時は鎮圧の気配を見せた。
しかしながら夕刻過ぎには再び叛乱軍が勢いを吹き返し、離宮内部も決して静かとはいかなかった。
モナ公王に復権したフレデリク――エディの画策による賜物だとは、クリスファニアで知る者はまだいない。
ソフィアの姿を探して離宮内を駆けずり回るシェインらも無縁とはいかず、押しては引く争いの波に飲まれたのも一度や二度ではない。
ソフィアはどこに潜んでいるのか見つけ出すことが出来ず、地下から侵入してきたらしい一団との乱戦に片が付いた頃、月は天上に差し掛かろうとしていた。全体の戦況など、シェインが知る由もない。
コルテオやフリッツァーらはどうしているだろう。そう考えながら、凭れ掛かっていた石壁から体を起こす。二階の渡し廊下に続く踊り場からは、ほんの少しだけ月が大きく見えた。
「歩けるか」
「はい」
何やら脱力感に包まれて問うシェインに、荒い呼吸で床に座り込んでいたガイも体を起こした。自分が一体何をしているのか、何もかもがどうでも良いような気がし始めている。
戦闘音はどこからともなく絶えず響いており、重い体を引きずるように歩き出しながら、改めて途方に暮れた。一度、コルテオらと連絡を取る方が無難かもしれない。
思いながら石畳の渡り廊下を通過しかけたシェインは、黒く揺れ動く木々の向こうで上がった炎に目を奪われた。
「クラスフェルド……!」
二ブロックほど先の中庭で攻防が繰り広げられている。遠目ではあるが、その片方を率いているのは、先日目にしたクラスフェルドに間違いない。暗闇に可視を与える炎に目を凝らし、それを確かめたシェインは駆け出した。
行ってどうするつもりがあるではないが、ソフィアの目的がクラスフェルドである以上、いずれその付近に現れることは間違いないはずだ。その前に捕らえられてさえいなければ。
シェインの後を、ガイが静かに追う。身に付けた装備が音を立てこそするものの、伸びやかでしなやかな身のこなしはまるで盗賊のようだ、とふと思った。
建物の壁にぐるりと設置されているテラスを繋ぐ渡り廊下を駆けながら、油断なく周囲に目を配る。その姿を視界の隅に捉えた時、シェインの足が思わず止まった。
シェインとは違う空中廊下をクラスフェルドらの方向へ駆け抜ける小柄な姿――。
「ソフィアっ!」
残念ながら戦闘音にかき消されて声は届かない。ソフィアは片手に剣を握り締めているようだった。まさかクラスフェルドを守る為に参戦するつもりか。
阻む為に咄嗟に紡いだ炎の魔法が、暗闇を裂いて駆け抜ける。疾った一筋の炎が、クラスフェルドらが争う部隊の只中へと突っ込んでいった。
「くそ……」
非常に本意ではない。クラスフェルドなどどうなろうと知ったことではないのだ。救う義理ではない。
シェインの放った炎は、ただ敵方に莫大な被害を与えただけで、ソフィアの足止めには至らなかった。下へ続く階段を見つけ、舌打ちと共に走り出す。何かを見つけたような表情を浮かべたガイが方向転換をしたことには気が付かず、階段を一気に駆け下りた。戦闘は一度シェインの視界から外れ、ソフィアもまた視界から外れた。
ちょうど争いが鎮圧されたところのようだ。クラスフェルドが悠然と佇むのを見つけ、国王側が勝利を収めたとわかった。そして、剣を払う一団の中に見知った顔を見つけ、驚愕する。
「コルテオ……」
「シェインっ」
どういう経緯か、外壁の守りにあたっていたはずのコルテオらだった。クラスフェルドの率いる一団として共に剣を交える光栄に浴したらしい。
馬を駆ってこちらへ降り立ったコルテオは、険しい表情のままシェインに言った。
「何とか片が付きそうだ。国境にあてていたはずの軍が叛乱に加わる為に引き返してきた時は、さすがに危うかった」
それを聞いて、内心で唸る。エディが上手く立ち回れなかったのか、あるいはエディの思惑がそうであったのか。
いずれにしても、モナ軍は援軍の足止めとはならなかったようだ。
「宮廷魔術師のヴェルンケル殿が魔術師兵を引き連れて援軍に回ってくれたのでな。辛うじて取り返したと言うところか」
文官とは言え、どうやら宮廷魔術師はこの一件で敵方に回ってはいなかったらしい。
そう確認して息をついていると、コルテオが表情を改めてこちらを見下ろした。
「ソフィア様はどうだ」
「今し方こちらへ向かう姿を見たはずなのだが……」
答えながら、クラスフェルドの方へ視線を向ける。些か兵士とは思いにくい人物がそのそばへ駆け寄ろうとしているのを見て、シェインは記憶を探した。確かクラスフェルドの腹心で、フラクトルとか言うのだったか。