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QUEST  作者: 市尾弘那
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第3部第2章第4話 楔(1)

 フリッツァーの兵が取り囲むクレーフェ邸へ駆けつけたシェインは、総攻撃の的となっているクレーフェ本邸には目もくれずに庭園を駆け抜けた。ソフィアを幽閉するならばそれなりの設備、そして目につきにくい居館をまるごと与えるだろうと推察をつけたがゆえである。

 エディは一体どうしているのか、いずれにしても国境からシェインの手勢となる部隊は期待出来そうになかった。どうせこの後に及んでいる。ここまで来たら、独力で何とか片をつけるしかない。

 館でエブロインに追われている侍女と遭遇し、彼女を引き連れて出た裏庭には、先回りしてきた兵士たちと遭遇した。

「とりあえずは片づけよう。そこに隠れていてくれ」

 言うが早いか、表へ飛び出したシェインに衛兵が声を上げた。ひとつ、派手にやるかと腹を決める。集まる衛兵の数など知れたものだ。ならば目立った方がソフィアも見つけやすかろう。

 大きな魔術ほど、ロッドを介さなければ極端に精神力を消耗する。そうわかってはいるが、威力を見せつけることで小粒な魔法を連発するより効率が良いこともある。

 天空を稲妻が走った。夜空に閃光の亀裂が浮かび上がり、次の瞬間、野太い一本の光の束となって地上に突き刺さった。

 豪快かつ圧倒的な力の前に、衛兵たちが身を竦める。それを見て取ると、シェインは殊更芝居めかして低く笑った。

「ソフィアを返してもらおうか」

 襲いかかる勇気を持てないらしい衛兵に、更に威嚇するように炎を生み出すに至っては、数人が武器を捨てて逃げ出した。

「シェインっ!」

 残った数人が迷うようにたたらを踏む。その後方で、茂みが急に音を立てた。同時に上がった切実な声に、シェインは目を見開いた。

「ソフィアっ」

 咄嗟に叫んで、しまったと思う。衛兵が一人、ソフィアの方へ素早く身を翻した。舌打ちする間もあらばこそ、シェインは呪文を紡ぎながら剣を構えて地を蹴った。ソフィアが剣で巧みに衛兵を牽制する。そこへ呪文が完成した。

「横へ跳べっ!」

 ソフィアが横っ飛びに跳ぶや否や、元いた辺りを風の刃が衛兵ごと駆け抜けた。切り刻まれながら吹き飛ぶ衛兵に目もくれず、ソフィアが剣を片手に走り出す。

「どうしてここへっ」

「どうもこうもあるか。積もる話は安全を確保してからにしよう」

 先ほど疾った稲妻が、まだ時折地から放電するように衛兵を足止めする。絡め取られるのを恐れて動くのを躊躇う衛兵たちの前で、土煙が噴き上がった。一瞬にしてシェインらと彼らの間に障壁が出来、すかさずソフィアを促す。

「行くぞ」

「行くぞって……」

「外に出れば何とかなる。壁は……吹き飛ばすしかないか」

 落ち着き払っての過激発言に、ソフィアが焦りを浮かべた。問い返そうとするのを遮るように、シェインは片手を建物の方へ軽く挙げた。先ほどの侍女を手招きする。

「彼女はおぬしの侍女だな?」

「ヴェリッサっ!」

「口髭に追われていた。行くぞ」

 土煙が視界を隠している間に、庭園の隅へ足を向ける。手の空いている衛兵も、恐らくはこちらへ向かっているだろう。

 駆け出すシェインに、ともかくもソフィアとヴェリッサが続いた。

「だって表には」

「心配するな。屋敷を囲んでいるのは、フリッツァーだ。おぬしに害を加えることはなかろうよ」

「どういう……」

「説明している時間はない」

 口早に言うが早いか、矢継ぎ早に呪文を唱える。壁がある辺りの地面が地響きと共に隆起し、壁を持ち上げた。次の瞬間、その中央部に鋭い突起が生じ、根本から壁を粉砕する。

 ソフィアが目を見開いて息を飲んだ。

「シェイン……」

 唖然とした声に振り返ると、ソフィアが恐怖も緊迫も忘れ去った顔で、ぽかんと壁を見据えていた。

「あなた、こんなことが出来るの……?」

「見直してくれても良いぞ。後でゆっくりな」

 口だけは言い返しながら、険しい表情で素早く辺りを見回す。土煙が晴れてみれば、物言わぬ死体以外に衛兵の姿はなかった。手の施しようがないと判断して逃げ出したらしい。だが、新たな手勢が来るのも間もなくだろう。今が逃れるチャンスである。

 崩れた瓦礫から外へ抜け出すと、轟音を聞きつけたらしいフリッツァー麾下の兵士が駆けつけてくるところだった。シェインに続くソフィアに目を留めて、ぎょっとしたように馬を止める。

「ソフィア様っ」

 どうやらソフィアを見知っている兵士がいたらしい。弾かれたように顔を上げたソフィアは、そちらへ視線を定めながらシェインに口早に言った。

「シェイン。ヴェリッサをよろしく」

「何?」

「わたしは、行かなければいけないところがある。……馬を貸して!」

 言われている意味を理解しかねて思考停止したシェインを顧みず、ソフィアが駆け出した。指示された兵士は、こちらもまたぽかんとしながら慌しく馬を下りる。

「すまない。借りるぞ」

「ちょ、待て! どこへ行くつもりだっ?」

 せっかく苦労して助け出したのに、即座に逃げられては堪らない。焦り声を上げるシェインに、あぶみに足を掛けたソフィアが返答した。

「陛下の元だ」

「なっ……」

「わたしは陛下に何としてでも伝えなければならないことがある。陛下は、自らの敵を全てご存知のわけではないはずだ」

「馬鹿を言えっ。グウレイグ離宮は包囲の最中だっ!」

「だからだっ!」

 馬に跨ったソフィアは、負けじと怒鳴り返した。ともかくも取り押さえようと駆け出すシェインをかわすように、馬を鞭で打つ。

「ヴェリッサを安全なところへっ!」

 言うが早いか、ソフィアはあっという間に馬を走らせた。「この跳ねっ返りがっ!」と天に怒鳴りたい気持ちを飲み下し、シェインは手近な騎兵に走り寄った。

「貸せっ!」

「しかしっ!」

「フリッツァーからソフィアの身の安全を指示されているだろうがっ!」

 戸惑う兵士を気迫で一喝して引き摺り下ろすと、シェインは誰にともなく怒鳴った。

「そこの貴婦人を安全なところへお連れしろっ。ソフィアの侍女殿だ。くれぐれも手荒な真似をするなよっ」

 言い捨てて、馬を走らせる。ソフィアの姿は既にどこにもなく、シェインはグウレイグ離宮までの道筋を脳裏に描きながら、騒動の及んでいない通りを選択しつつ疾走する羽目になった。

 胸の内で、今し方自分が救い出したはずのご令嬢に罵倒を浴びせる。

 ――どこまで苦労をかければ気が済むんだっ! このじゃじゃ馬がっ!




 何とか戦闘に巻き込まれることなくグウレイグ離宮近くまで辿り着く。こちらはクレーフェ邸とは比較にならない規模での争いが起こっているようだった。

 広大な敷地を囲む壁の中から外から、激しい戦闘音が風に乗って流れてくる。

 アルノルト・クレーフェを中心とする叛乱勢力は、侵入を阻止しようとする宮殿からの迎撃と、国王の大事に駆けつけた追撃に挟まれて戦闘をしている状況のようだ。

 一体ここのどこから中へ入れるものなのか、ソフィアがどこからの侵入を目論んでいるのか、わかるはずもない。

(くっそっ……!)

 どこから手をつけたものかわからぬのに気ばかりが焦り、路地裏から移動をしては接近を諦める。この建物自体が把握出来ていないのだから、いかんとも攻めにくい。

 ソフィアを呪いながら幾度目かの移動を試みていると、不意に壁際の戦闘の最中から馬が数騎こちらへ向かってきた。その先頭に立つ一騎に良く知る人物が跨っている。

「シェイン」

「コルテオっ」

「ソフィア様はどうしたっ。なぜここにいる」

 戦闘を指揮しながら、目敏くシェインの存在に気が付いたらしい。シェインの表情がこの上なく忌々しげになったのは仕方のないことだろう。

「逃亡を図られた」

「……何?」

 コルテオが目を瞬く。

「俺に自分の侍女の保護を命じて、自分はクラスフェルドのところへ向かうと姿を晦ました。あの跳ねっ返りがっ……」

 そこにソフィアがいるとでも言うように炎の上がるグウレイグ離宮を睨みつけるシェインに、コルテオはしばし目を瞬いてから眉根を寄せた。

「では、ソフィア様は」

「こっちへ向かったはずだ。だが今どの辺りにいるかまでは見当がつかん。誰かに引っ捕らえられたらどうするつもりだ、あの阿呆」

「既に敷地内にいる可能性もあるのだな」

「あるだろうな。俺にはさっぱりわからん。……ともかく」

 渋い顔でシェインは堅固な城壁を見遣った。

「どちらの兵も有限だからな。手薄な場所を探して潜り込んでみるが……」

 果たして、こんな広大な場所でソフィアを見つけられるものかどうか。クラスフェルドの元へ向かうと言ったソフィアの言葉を手がかりにするしかない。

「何人か外側を見に遣らせる。もし見つかったら、こちらで保護しておこう」

「そうしてくれ」

 コルテオの言葉を受けて、数騎が散る。もしコルテオらが保護した場合シェインにそれを知る術はなく、無駄骨を折ることになる。だが、シェインの無駄骨で済むならば、それに越したことはないと言うものだ。

「お供します」

 コルテオの元を離れて宮殿へ侵入出来る場所を探そうと馬を翻したシェインに、コルテオのそばに控えた一騎が声を上げた。

「こちらで見つけ次第、コルテオ様のところへ伝達致しますゆえ」

「そうだな。そうしてもらおうか」

 コルテオがすんなり頷くと言うことは、コルテオの掌握する傭兵部隊の兵士だろう。シェインも特に異存はなく、フル装備に身を固めた兵士を見た。頭部はサレットと言う鼻まで覆う兜に包まれているが、声や口元から察するにまだ若い。

「俺はシェイン。名は何と言う」

「ガイと呼ばれています」

「では、ガイ。借りていくぞ」

 いくぞと言っても、果たしてどこから行ったものか。

 その場を離れながら人手の届いていない場所を探して馬を走らせたシェインは、その路地まで来て馬を止めた。正面の喧乱からはかなり遠のいている。それもそのはず、どうやらこちらは宮殿の裏手に当たり、壁と尖塔が一体化していた。どう考えても侵入出来る高度ではなかった。

(やはりどこかを壊すしかないのか……)

 破壊して通過出来るような部分は、ざっと見た限り概ね騒ぎの渦である。この辺りは静かなものだが、生憎と容易く越えられそうにはない。相当の破壊を施すしかなく、ともすればシェインが国王に危害を加える者と捉えられかねない。

「ガイ。おぬしは侵入経路に心当たりはあるか」

「すいません。俺も、この辺りは不案内なんです。リトリアに来てコルテオ様の配下にしてもらってから一ヶ月程度しか経ってませんし」

「そうか」

 傭兵とあらば致し方あるまい。

「今、この周囲は危険ですよ」

 尖塔を睨みつけながら考え込んでいると、路地の奥からどこか飄々とした声が投げられた。顔をそちらに向けると、一見してただの兵卒とは見えない男が現れた。

 ひょろりと背が高く両腰に帯剣してはいるが、装備を身に付けていない。騎乗もしておらず、悠長な足取りで暗がりから姿を現す。

 ガイが、微かに身動ぎをした。

「それとも、国王陛下に『おいた』をお考えですか?」

 からかうような口調に、シェインは目を眇めた。リトリア人ではなさそうだ。傭兵か。誰配下の者なのだろう。

「いえ……そうではなさそうですね。叛乱軍の目印がなさそうですが」

 シェインたちから数エレほどの距離を置いて足を止めると、男はシェインとガイを交互に見つめた。叛乱軍は、同士討ちを避ける為に、目印としてリトリア国旗を模した布を二の腕に巻きつけている。もちろんシェインたちは、それを持たない。

「そう言うおぬしもな」

「どこの隊に所属かお伺いして宜しいですか?」

「……クリスファニア伯アレマン家第二旅団護衛連隊第三班」

 一応のところ、コルテオにあてがわれたシェインの所属部隊である。コルテオが掌握している第二旅団の、更にコルテオ身辺に近付くことが許される部隊だ。

 答えながら、馬を下りてコルテオから預かっている剣の紋章を翳して見せると、男は琥珀色の瞳を細めた。見慣れぬ瞳の色が記憶の中に引っかかったような気がしたが、深くは受け止めずに男が頷くのを眺めた。

「クリスファニア伯。お名前は伺っております。会ったことはありませんが。陛下のところへ行かれるところですか」

「惜しいが違う。陛下の近親者の護衛をしたくてな。おぬしは何者だ」

 クラスフェルドの近親者に心当たりがないのだろうか。男は微かに眉根を寄せたが、深くは追及せずに口を開いた。

「私は陛下のお客さんですよ。一応ね。所用があって出掛けていたのですが、クリスファニアが大騒ぎと聞いて陛下のおそばへ戻って来た次第です」

 いずれにしても、アレマンの名が疑心を払拭してくれたらしい。紋章入りの剣や、ガイが身に付けている装備も有効だったのだろう。男は、シェインとガイを促すように軽く片手を挙げた。そのままこちらへ背を向けると、壁に向かい合う。

 何をするのかと見つめる視線に、男は小さく微笑んで振り返った。

「隠し扉ですよ。お出かけ前に、陛下よりここから入れと伺っておりまして」

 壁の窪みに手を突っ込んだ男が何事かをすると、壁の一部が内側へと静かに倒れた。それを眺めやりながら、シェインはそっと眉を顰めた。

 隠された通路など、どこの宮廷にも存在する。隠し扉があったことよりも、男の言葉の方が気にかかる。

 ――『お出かけ前に伺っておりまして』?

 では。

「陛下は、この流れを読んでいたと言うことか」

「さて」

 男に促されて続くと、すぐに暗い通路になっていた。外から見える尖塔に続いているのだろう。背後で扉が閉まり完全な暗闇が訪れたと思ったら、ぽっと前方で仄かな灯りが灯った。男がカンテラの火をつけたらしい。壁際で、炎がちらちらと揺れる。

「私はこの建物に詳しくありません。陛下がどこにおられるかは、はっきりとはわかりかねるのですが……」

 通路は狭く、天井も低い。シェインより長身である男には些か窮屈そうだ。微かに首を屈めるようにして歩く男に黙ってついて歩く。

 ソフィアはどこにいるだろう。彼女は抜け道の存在を知っていてもおかしくはない。もしかするとそういう手段を用いて、宮殿の敷地に入り込んだ可能性はある。

 コルテオの方で見つけ出してくれていれば良いのだが。

 抜け道を通って尖塔内部に入り込み、そのまま外へ出る。どうやら直接宮殿に繋がってはいないらしい。

 グウレイグ離宮において僻地と言える尖塔の周囲には、ほとんど兵士の姿は見当たらなかった。庭内を巡る壁や生垣の遠くから怒号が響いてくる。東の空が明るいのは、先ほど燃えていた箇所だろう。

 広々とした庭園と、幾館にも渡る広大な建物のどこを探せば良いのか。シェインはそこはかとなく途方にくれた。

 盛大な歓声が聞こえたのは、今いる場所からいくらも離れていない距離からだった。

「何だ?」

 同時に、豪快な破砕音が響く。どうやら庭内の壁越しに、すぐ向こうにある外壁が崩された音が聞こえたらしい。

「まずいですね。破壊されたらしい」

 男が、目に見えぬ壁の向こうへと視線を飛ばした。その間も歓声と荒々しい物音は続いている。一際大きな地響きが足元に伝わるに至って、男はシェインを振り返った。

「すみませんが、私はあちらの防戦に参加してきます」

「ああ。助かった」

 シェインは防戦に参加する義理はない。あっさり告げると、駆け出す男の背中と別れる。黙ってシェインの背後に従っていたガイが、一瞬小刻みに体を揺らした。

「行かなくていいんですか」

「俺はソフィアの方が最優先なのでな。さて……」

 騒動から離れる方向へ足を向けながら、シェインは再び嘆息した。

 ともかくも、手当たり次第駆けずり回る以外にない。


          ◆ ◇ ◆


 エディとシーレィがモナ公国王都シドに到着を果たしたのは、それより少し遡る。クリスファニアを経ってからは、およそ十日と一日を数えての到着だった。ほぼ予定通りの行程だったと言える。

 無骨な石造りの街は、整備されてはいるものの、どことなく物寂しい風情が漂っていた。戦へ人手が借り出されているせいだろうか。

 ウォーター・シェリー城は、シドのほぼ中央に位置する。マントで深く顔を覆っているエディは、馬を傍らに引きながら躊躇いなく城門へ足を向けた。やはり耳がすっぽり隠れるような帽子を深く被っているシーレィが、縁をずりあげながら慌てて後を追う。

「エディ。どうやって城に入るのさ」

「どうもこうも歩いていくしかあるまい」






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