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QUEST  作者: 市尾弘那
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第3部第2章第1話 布石(3)

 ここまでの道のりで、シェインはエディと言う人物を実直な人間と受け止めている。有体に言えば信用をしている。但し、時に立場は人情より優先されるべき時がある。公王と言う重い責務を負っていれば尚更だ。エディはシェインらとの信頼関係よりも、モナの存続について優先的に考えなければならない。つまり、エディがそのように考えた場合、ヴァルスを裏切るより味方につけた方が得策であると判断させるだけの材料を用意しなければならない。

 エディが無言でシェインの言葉を待つ。

「以前、酒の肴にシミュレーションをしたことを覚えているか」

「ああ、もちろん」

「少しあの話の続きをしようじゃないか」

 一見悠長なシェインの言葉に、エディが微かに眉根を寄せた。しかし黙って言葉の続きを待つ。

「条件を変えよう。エディ、おぬしが現在モナ公王としての立場に据え置かれたとき、一体どう行動するかを教えて欲しい」

「構わないが……」

「条件の変更は、次だ。現在おぬし……いや、フレデリクがいるのはリトリア王国内であると言うこと。つまりロドリスとは用意に連絡を取れない」

「ああ」

「そしてリトリア軍はモナとの国境に迫り、いつ戦端が開かれてもおかしくないと言う状況」

「現実だな」

「そうさ。そしてそれに対峙するはモナ軍のみならず、ヴァルスが寄越した援軍も協力の姿勢を見せている」

「ああ」

「最後に、終結の暁にはヴァルスがモナの海上権拡大を認め、検疫料の減額を飲む」

 エディが黙ったまま目を見開いた。小さく息を飲むのが聞こえる。シーレィは口を挟まずに二人の顔を見比べていた。

「それは本当か」

「本当だとして話を進めてくれ。ちなみにこれはどういう状況かを念の為に説明すると、あの時おぬしが出した結論……人知れずロドリスの懐に潜ってヴァルスの援助でモナを復興させた後にヴァルスの撤退を要求することは不可能だと言うことだ」

「なぜ?」

「フレデリクがロドリスの袖の下に潜った時点でそれはヴァルスに筒抜けとなり、ヴァルス軍は速やかに撤退する。モナの復興に手を貸すことはあり得ず、独力で国力を回復せねばならなくなる。そしてロドリスが動き出す前にその隙を突いてリトリア軍が攻撃を開始した場合、モナ軍は単独でリトリア軍を相手取らねばならず、恐らくは敗北を余儀なくされる。もちろん、ソフィアの奪回どころではなくなるだろう。下手をすればフレデリク自身が絞首刑だ」

「……」

「さて、この状況で、おぬしならどうする」

 すっと目を細めたシェインに、エディはしばらく無言だった。対するシェインも解を待って言葉を噤む。

 沈黙を破ったのは、エディだった。

「その前に確認を取っておきたい」

「何なりと」

「今の例題は、私をフレデリクと想定していると考えて間違いないな」

 エディの瞳に緊張と困惑が同居している。シェインはその問いに正面から答えることに決めた。

「間違いない」

 シーレィが小さく息を飲んだ。

「まさか……!」

「俺は元々フレデリクの顔は知らぬのでな。状況判断による結論としか言えぬが、ほぼ間違いないだろう。おぬしが持っていたカフスについているは、バーシェルダー家の紋章。エディが発見された地域であの時期にその紋章を身につけることが許されていた者は唯一人。バーシェルダー家の正統な後継者だ」

 そこまで言って、シェインはようやく明言した。

「エディはフレデリクだ。おぬしならリトリア国境のモナ軍を動かせる」

「……」

「おぬしの言葉ならば、モナ全軍は抵抗なく従う」

 探るようなエディの目線に、シェインも真剣な眼差しで答えた。動かせる手勢が欲しい。それには、国境付近にいると言うヴァルス・モナ混成軍を頼るしかない。そしてそれを動かせるエディの手腕と考えに係っている。

「俺はヴァルスの宮廷魔術師だ。モナへの配慮は、帰国後にヴァルス議会を俺が黙らせる。無論、事前に宰相に通達だけはせねばならぬがな。シェイン・アルバート・フォン・クライスラーの名にかけて、約束を違えることはない。先にあげた二点は、必ず俺の力でもぎ取ってみせる」

「……」

「信用してはくれまいか。ヴァルス・モナ軍の指揮に当たり、こちらとの動きに連動して欲しい」

 しばらくエディは無言だった。困惑していると言うのが正直なところだろう。今まで自分の身元を知らずに来たのだ。突然モナ公王だなどと言われて「はいそうですか」と理解が行くはずもない。

 シェインもじっと沈黙をして、エディが頭の整理をする時間を与えた。いずれにしても言えることは、コルテオの目的がわからないままエディをここに置いておくわけにはいかないと言うことだ。どのような形になるにしろ、エディにはシーレィをつけて脱出を図ってもらう必要がある。

「今ひとつ、理解できていないと言うのが本音なのだが」

 やがて前髪をかきあげながらエディが困惑を孕んだままで呟いた。

「だろうな。突然の話で申し訳ないとは思う。ただ、おぬしに話すタイミングを迷っていた。俺が気が付いたのは、タフタルだ」

「そんなに前からか?」

「悪いな。俺もヴァルス高官として考えねばならぬ立場にいるゆえ、おいそれと告げて良い内容とは思いにくかった。ヴァルス高位官として正式に交渉したい。ヴァルスとの協力体勢を期待する」

「……」

「そして正体不明のままおぬしをリトリア国内でふらふら連れて歩くには、正直そろそろ限界だろう」

 エディの頭の中では、現在目まぐるしくいろいろな考えが渦巻いているに違いない。厳しい表情で視線を定めたまま考えを巡らせる横顔を見せ、そしてふと顔を上げた。シェインを真っ直ぐに見据える。

「そなたの言うことを真実としよう。私に、どのような動きを期待している」

 低く潜めた声で、エディが問うた。

「先も言ったが、反乱軍の動きが読めない。そしてソヴェウレイユに控えているリトリア軍の意図も。考えられる動きは二つ。国境リトリア軍が国王軍の味方である場合。その場合は、クリスファニアで反乱が起これば国王軍支援の為にこちらへ駆けつけてくるか、もしくは独軍でモナとの対峙を図る」

「だろうな」

「もう一点が、国境リトリア軍が反乱軍だった場合だ」

「その場合は……やはり取って返して」

「そう。国王軍の背後を突くだろう。……いずれにしても、クリスファニアの外からの増援で状況は混乱を極める」

「つまり、国境リトリア軍がどちらに与する勢力かを見極めつつ、足止めを図れと」

「ついでに、俺の手勢となるヴァルス兵を数十人程度送り込んでもらえるとありがたいがな」

 エディの表情が一層険しいものとなる。

 非常に複雑な事態だとしか思えない。

 モナとしては、いくらヴァルスが協力をしているとは言えリトリアとことを構えたくないのは動かし難い事実である。撤退するならば、ぜひそのままお見送りをしたいところだろう。リトリア軍を国境に引き付けておくために戦端を切り開くなどもってのほかである。

「もし国境軍が国王軍である場合、内乱と同時に撤退を始めたら放って置ても良い」

 シェインとしても駆け引きである。慎重に考えながら言葉を紡ぎ出す。

「内乱を鎮圧させる方向に事態は働くだろうからな。だが、国境軍が反乱軍である場合、足止めをしてもらった方が良いな」

「それによるモナのメリットはどこにある?」

「リトリア勢力の弱体化。ヴァルスが背後についているモナにとっては、今やリトリアは帝国継承戦争においても敵国と言って良かろう。加えて、リトリア国境軍が反乱軍である場合、モナとの戦端が開かれたとて国王からの援軍は望めない。つまり現在布陣している一万五千が最大だ。モナにはヴァルス軍がついている。負ける戦とはならない。援軍の望めない今リトリアを叩いておくことは、決してモナにとってもマイナスではない」

 言い募るシェインに、エディが考え深げな沈黙に陥った。

「見極めはどこでする」

「俺がここに残る意味はそこにある」

「どういうことだ」

「コルテオから……上手くすれば、アレマンから情報を引き出し、シーレィを経由して届けさせる」

「出来るのか」

 直球の質問に、シェインは苦虫を噛み潰したような表情になった。コルテオの意図が読めぬ今、確かとは言えない。しかし、力を尽くす必要は感じる。

 難しい顔のままで、シェインは深く頷いた。

「やってみせるさ」


          ◆ ◇ ◆


 リトリアの内陸は総じて気候も穏やかで厳しい自然に晒されるような環境は少ない。大地も肥沃で、人に優しい住み良い国である。

 だが広大な領土を有するがゆえに、一概に快適な土地ばかりとは言えない。

 リトリア西部のモナとの国境付近になってくると、大地は次第に荒れてくる。

 岩ばかりの険しい山岳地帯を越えながら、グレンはリトリアの現状について頭を巡らせていた。

 リトリア宮廷が現在激震していることは良くわかった。そしてクラスフェルドがその現状を把握していることも。

 王とはかくも孤独なものだろうか。

(まあ、クラスフェルド王は軍隊を掌握してますしね……)

 帝王学の一つに軍部を掌握している君主は多くの困難を軽減するとある。味方となる忠実な武力を持たぬ君主は破滅するのである。その点について言えば、クラスフェルドは実に良く軍隊を掌握し、忠実たらんとする武人に恵まれていると言えるのだろう。

 しかしながら、文官の全てが謀臣でないのと同様に、軍部の全てがクラスフェルドに心酔しているわけでもない。――グレンを含んだ一部が切り分けられて、こうして国境へ向かっているゆえんである。

 クラスフェルドは、国境付近に布陣しているリトリア軍を内乱の手の者と判断していた。

 表向きは、国王軍の到着を待って動くとされているリトリア国境軍であるが、実状はクリスファニアとの切り離しだ。ただし、クリスファニアにて内乱が生じた場合、 直ちにとって返して国王軍の後背を突く恐れがある。グレンたちが派兵されているのは、つまりそれをくい止める為である。

「何をしているんでしょうねえ、私は……」

 返す返すもため息である。ロドリスを離れ、何ゆえにリトリア軍対リトリア軍の争いに巻き込まれているのか。こんな最中にいては、帝国継承戦争の動向さえ掴めない。

 将軍ストラトス率いるリトリア軍一万五千は、現在リトリアとモナの間に横たわるマウヌ川を前に布陣していると聞いている。

 河を越えれば、そこはもうモナだ。

 リトリアに近接するモナのレスヴァーレィ地方には、リトリアを警戒するハンノ要塞が設置されていた。ストラトスはクラスフェルドに先行して国王軍が辿り着く前に、要塞を陥落して逗留地を確保するよう指示を受けている。

 しかしながら、ストラトスは進軍の動きを見せてはいなかった。

 モナ軍は対岸で布陣して、リトリア軍の渡河のタイミングを待っている。睨み合った状態が続くばかりである。

 なぜか。

 グレンには、クリスファニアで火の手が上がるのを待っているからとしか思えなかった。

 敵を前に退陣するのは、常識で考えれば愚かなことである。だが、今回に限って言えば、非常にありうる話だと思えた。

 なぜならモナは、可能ならばリトリア軍との戦闘を回避したいはずだからである。

 リトリア軍が急遽撤退してクリスファニアへ戻っていったところで、モナがこれ幸いと渡河を開始してリトリアへ侵攻してくることは考えにくい。恐らくは黙って見送ることだろう。ストラトスは多分、そこまで読んでいる。だからこそ、ぐずぐずとモナへの攻撃を開始しないで向き合っているのである。戦闘が開始されてしまっては、さすがにクリスファニアで内乱の動きがあったとて、引き返すことは出来まい。

「さて。どうなさるおつもりですか?」

 別動隊を率いるは、無口で重厚なリディアファーン将軍である。目的地まであと少しと言うところで野営を張り、グレンはその夜将軍の思惑を確認する為に将軍のテントを訪れた。

「どうとは」

 いかめつらしい表情で重々しく尋ねられ、グレンは吐息をついた。

「国境軍の動向を見守るのか、名乗りを上げて合流するのか、些か気になりまして」

「合流するに決まっているだろう。合流して全軍の動きを私が掌握する」

「私としては、一つご提案があるのですが」

 ちらり、とリディアファーンが細い目を上げた。強い光が宿っている。怯むことなくグレンは言葉を続けた。

「このまま別に行動し、モナへ攻撃を仕掛けてしまえば良いのではと思うのですが」

「理由を聞こう」

「国境軍は、国王に相対する人物が率いる部隊と伺っておりますですね。と言うことはですよ、切り離されてここへ派遣されてしまったのは彼らにとって予定外ながら、クリスファニアに取って返すに無理のある距離でもないわけですから、火の手が上がれば彼らはここでの任務を放棄する可能性が大きい」

「わかりきっている。だからこそ我々がこうして……」

「であれば、引き返せない状況に追い込んでしまうのがベストではないですか?」

「……」

「船頭の多い船は迷走して沈みます。増して国境軍を率いるストラトス将軍と、この部隊を率いているリディアファーン将軍では思惑が既に違います。指揮は右へ左へと迷走し、内側でぶつかるばかりではリトリアにとってマイナスでしかない」

 リディアファーンは答えない。無言を肯定的に受け止め、グレンは言葉を続けた。

「ならば、選択肢などなくしてしまえば良い。巻き込んでしまうんですよ。こちらが裏からモナに攻撃を仕掛けてしまえば、こちらの分裂など知らないモナ軍は一纏めにリトリアを敵として攻撃を開始してくることでしょう。ならばストラトス将軍もそれに応戦しないわけには行きません。クリスファニアで内乱が起こったとしてもです。彼らは戦陣を放棄するわけにはいかず、反乱軍の援助に駆けつけることは出来なくなる。モナに勝利を収めれば、我々は反乱軍へ援助の手が伸びるのを食い止めるだけではなく、モナを押さえ込むことにも成功する。いえね、余計なお節介かなあと思わなくもないわけですが、一応道中、リトリアの御為に何が良いものかを考えた結果でございますけど」

「その場合、我々はどうすべきと考えている」

「決まっています」

 グレンはすっと目を細めた。

「待機ですよ。万が一にもこの場を逃げ出してクリスファニアに向かうことが出来ぬよう、伏兵を潜ませて国境軍にはモナとの戦闘に従事して頂く」

 グレンとしては、そこにもう一つ意図が含まれている。リトリアに、モナは押さえさせない。

 現在、モナ軍の背後には一部とは言えヴァルス軍が控えている。モナ単独ならばともかく、リトリア軍とて容易い相手ではないはずだ。こちらの軍と国境リトリア軍が合流すればともかくも、国境リトリア軍一万五千のみで簡単に服従させられる相手ではないだろう。

 モナへの侵略行為はクラスフェルド王の意思でもあるから、問題はリディアファーン将軍に対して『合流してモナを叩き潰させないだけの理由』を用意する必要がある。

 それが、国境軍のクリスファニア撤退を防ぐ為の伏兵だ。

 リトリアの二軍を合流させず、ヴァルス・モナ軍の相手は国境軍のみに任せ、我々はあくまで反乱軍への増援を阻止するに留めさせ、モナとの戦闘を長引かせる。これによって、リトリアがモナ領土へ拡張されると言うセラフィの危惧も杞憂と終わり、ヴァルス・モナ軍の疲弊にも繋がるだろう。リトリア内部も混乱状態に陥り戦争終結時にリトリアの国力のみが跳ね上がることはない。反乱軍の増援も見込めなくなる為、クラスフェルドの身も安全をある程度確保出来るはずだ。

 万が一国境リトリア軍がヴァルス・モナ軍に圧されるようなことがあれば、こちらはそれから増援してやれば良い。

 優先課題はモナの攻略ではなく、反乱軍にクリスファニアへの増援をさせないことだと思わせてやればリディアファーン将軍も頷くだろう。

「いいだろう」

 グレンの真意まで汲み取れなかったらしいリディアファーンが、やがて重厚な響きを伴う声で頷いた。

「モナの動向を偵察しておく必要がある。我がリトリア軍の動きもな。一度こちらの到着は伏せて、偵察隊を出そう。マンフレードを連れて来い。彼に指揮を執らせる。お前はその補佐をしろ。妙な真似をすればただで済むと思うなよ」

 リディアファーンにとって、グレンはあくまでロドリス人であるようだ。クラスフェルドの気に入っている客将として粗雑な扱いは出来ぬが、信用するにも足りないと言うところだろう。まあそんなことはグレンにとってどちらでも良いことである。

「わかりました。では私はマンフレード将軍の指揮下、モナの偵察に回らせて頂きましょうか。詳しい指示は、マンフレード将軍の方によしなにお願い致しますね」

「無論のことだ」

 一礼してリディアファーンの元から立ち去りながら、グレンは冷めた瞳で酷薄な笑みを浮かべた。

 ヴァルス・モナ軍、反乱因子のリトリア軍、そして国王の息のかかった援軍に見せかけたリトリア軍。誰が誰の味方なのか、わかりはしない。

 彼らがどう入り乱れ、どのように戦陣を展開していくのか見ものだ。

 ただし、国王軍だけは瓦解させてしまうわけにはいかない。クラスフェルドにはリトリア国王として君臨してもらわなければ困る。

 最終的にこの僻地における争いは、国王軍を勝利に導かなければ。

(いっそのこと……)

 反乱軍を壊滅させてしまうのも一つの手かも知れない。











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