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QUEST  作者: 市尾弘那
241/296

          ◆ ◇ ◆


「カズキ。食事はもう、済んだ?」

 あれから、1週間。

 うとうととベッドに横たわっていた俺は、扉を開けるユリアの声で意識を引き戻された。

「いや……まだ」

「じゃあ、持って来るわね。今日は、食欲ある?」

「う……ん……」

「口をこじ開けてねじ込んでやりゃあいいのよ、ユリア様」

 曖昧な返事をする俺に、ユリアの肩に座り込んだレイアが猛烈に歪んだことを言った。

「レーイーア。駄目じゃないの。そんなこと言ったら」

 レイアを軽く叱ると、ユリアは再び俺に顔を戻した。それから近付いて来て、横たわったままの俺の額に手を当てる。

「熱、引かないわね……」

「平気。……うん。食べるよ」

「そう? じゃあ、ちょっと待っててね」

 気遣うような笑みを残してユリアが出て行くと、再びひとり残された部屋で、俺は窓から空を見上げた。

 トラファルガーの鼻梁にレーヴァテインを突き立てた手応えまでは、覚えている。

 轟音と言っても過言ではない咆哮とレーヴァテインが発する豪火、そして衝撃――聞いた話では、あの瞬間まるで燃え移るようにトラファルガーの全身が炎に次々と包まれていき、燃え盛る消えない炎の中で断末魔の雄叫びを上げ続ける黒い影は、地獄絵図のようだったと言う。

 そんな最中、トラファルガーから跳ね飛ばされた俺は、旋回して待ち構えていたラビに受け止められたものの、間髪入れずに燃え盛る氷竜の尾の一撃をくらってラーヴル共々地面に叩き落されたらしい。

 ラビはその一撃で死んでしまったそうだが、ラビの存在が緩衝材となって俺とラーヴルは一命だけは取り留めた、とのことだった。

 生きてはいるものの、骨折、全身打撲、内臓の損傷など幾多もの深い怪我を負い、しばらくは絶対安静を言い渡されている重傷だ。意識不明のまま生死の境も彷徨っていたらしく、一時は本当にそのままお亡くなりになるところだったとか。

 とは言っても、昨日目覚めた時には当然峠は越していたわけで、俺自身は聞いた話でしかないんだが。

 窓から見える空は、澄んだ青をしている。どことなく白みがかって高く、恐らく外は今日も寒いんだろう。

 トラファルガー襲撃の傷痕はフリュージュの街に大きく残り、数え切れないほどの街人が死傷したらしいが、さすが首都の防衛力とでも言うかカーマインほどの被害にはならなかったそうだ。

 氷竜排撃完了の報は散り散りに逃げ出していた人たちの元へ瞬く間に届き、最近になって少しずつ、ツェンカーには人が戻り始めているらしい。

「カズキ。入るぞ」

 外からは、明るさを取り戻したような人の声と、街の修繕の為に上がる様々な音が聞こえてくる。

 ぼんやりと目覚めてから聞いたことを思い返していると、形だけのノックが聞こえ、扉が再び開いた。

「痛むか?」

「ん……? うん……いや、平気……」

 入ってきたシサーが、ベッドの傍らに近付いて来て椅子を引き寄せた。続いて入ってきたセルも、その脇に並んで立つ。腰を下ろして俺を覗き込みながら尋ねるシサーに、俺は短く答えた。

 戦闘に参加した少ない魔術師たちもかなりの被害を受け、治療にも手が回らないのだそうだ。神殿からの聖職者の派遣をどうとかって聞きはしたけれど、負傷者が多過ぎて、あらゆる意味で手が回っていないんだろう。

 兵士たちも、多くが命を落とし、多くの意識が戻らないと言う。動ける者も、覇竜に襲われた恐怖から精神に異常を来たしたりしていると。

 ナヴィラスは、戦死したと聞いた。アレンやラーヴルもまた例外なく、意識不明の重態らしい。

「シサー」

 声を出すと全身が痛み、必然的に儚い声になった。

「アレンは、目が覚めた……?」

 いろんなことがあり過ぎたせいか、以降ぷっつりと意識がなかったせいか、全てがどこか夢の中の出来事のようにも思える。

 だけど、俺の怪我がこうして治っておらず、いつも真っ先に俺を覗き込んでいたキグナスの姿が未だ見えないことが、現実だったんだと教えている気がする。

「ああ。昨夜、意識が戻ったそうだ」

「そう……」

 あの要塞でシサーとセルが別行動を取った理由は、昨日、教えてもらった。

 民事会サイドのルーベルト、アルディアのそれぞれから『地上の星』への潜入官として送り込まれていたセルとアレンは、ルーベルトとユリアの会合が無事成功したことを受けて、あの宴の場を利用し、制圧するつもりだったのだと言う。

 『地上の星』の各幹部を抑え、それと同時に宴の終盤でルーベルトとアルディア、そしてユリアが駆けつけたのだそうだ。

 あの場にいた来訪者は、それぞれ政治的もしくは軍事的にそれなりの地位を持つ人間ばかりだから、正式な通達として誤解を招かない最善の方法と判断したのだろう。

 まずはルーベルトの口から、ヴァルスがレーヴァテインを携えてトラファルガーの排除に協力する旨を伝えた。そしてユリアが、ヴァルスが求めているのは援軍であり、それ以上でも以下でもないことを公言し、膝を折った。

 公式の場で宣言してしまえば、問題視されるほどの誤解には繋がらない。加えて、各権力者に向かって言明してしまえば、ヴァルスは意趣変えなど出来る余地は微塵もなくなる。

 ヴァルス王女が直々に、ツェンカー代表そして『地上の星』が掲げるアルディアと共に公衆に約束することは、説得力があっただろう。

 トラファルガーの片がついたら、ツェンカーは状況が整い次第ヴァルスへ援軍を出してくれると約束した。

 そして、それが実現された暁には、ヴァルスはレーヴァテインをツェンカーに差し出すことをまた、約束したのだと言う。

 今しばらくは氷竜の脅威に曝されることはないだろうけれど、いずれまた、その時が来るだろうことは明らかなのだから。

「目が覚めて最初、アレン、何て言ったと思う?」

 セルが、くすくす笑いながら俺に尋ねた。ぼんやりと首を傾げる俺に、セルが間もなく答えを口にする。

「『フリーツェルはどうした?』だからな」

「ふりーつぇる……?」

「あいつの兎さん」

「……ああ」

 そう言えば、宴の場で兎を連れてたっけ。あれは何なんだろう。別に個人の趣味をとやかく言うつもりはないが。

 そう思って、アレンがキグナスに声をかけていた場面を思い出した。

 セルが、姿の見えなくなったヴァルトを探して俺たちのそばを離れた代わりに、アレンが『レーヴァテインを持つ俺』を探していたのだそうだ。

 だけどアレンは俺の容姿を知らず、どう考えてもあの場で浮いていたキグナスに、俺と間違えて声をかけたらしい。

 それを俺が見て、また彼らを追いかけたと言うのも皮肉な話だが、まさしくその裏でセルの懸念の通り、ヴァルトは俺とキグナスを狙って動いていたわけだ。

 幹部を抑える準備が整う前に拉致された俺とキグナスを探すセルの元に、彼の手先としてヴァルトの屋敷に出入りしていた少年からの報告が入って、俺たちの居場所を知ったセルは緊急避難としてヴァルトにでたらめの報告を持ちかけた。

 そうしてあの場を引き離した隙に、あの少年が俺を助けてくれた。

「そう言えば、アレンがさ……」

 セルが何かを言いかけるが、その前に扉がまた開く。食事の乗ったトレイを手にしたユリアが顔を覗かせ、シサーとセルの姿を見て唇を尖らせた。

「もう。安静なんだから、ちょっかいかけたら駄目じゃない」

「ちょっかいかけてるわけじゃねぇよ。暇だろうから、遊んでやろうってだけじゃねえか」

 お母さんのようなユリアの言葉に、シサーが反論する。

「シサー、そこのサイドテーブルを出して」

「へいへい」

 追い立てられるように椅子から立ち上がるシサーを眺め、それから、枕元に立てかけられているレーヴァテインに視線を移した。

「セル」

「あ?」

 何となく微笑ましい顔をしてユリアとシサーを眺めていたセルが、細い俺の声に顔を向けた。

「アレンが、何?」

「ん? ああ、いや、あいつが『地上の星』から受け取った剣は、元々お前のものだったんだそうだな」

「ああ……」

「自分はアーチャーだから、必要ない。だから返すって言ってるぜ。動けるようになったら、だけどな」

「……そう。わかった」

 本来ならばあのまま、『地上の星』幹部は拘束し、それで解決するはずだった。

 けれど予想外にトラファルガーの突然の襲撃に曝され、しかし、混乱に任せて『地上の星』幹部を逃してしまうわけにもまたいかなかった。

 だから、アレンに俺とトラファルガーの方を任せて、シサーとセルがルーベルト麾下の何人かと共に『地上の星』の壊滅の方を受け持った。つまり俺がトラファルガーと戦闘を繰り広げている間に、シサーたちはアカンサへと流れ出た『地上の星』の主要陣との戦闘を強いられていたと言うことだ。

 ジークを介してウィーリッツと連絡を取ったシサーは、彼らと共に宴の会場へと戻り、セルやアレンと状況を確認しあっての協力だったと言う。

 もちろんウィーリッツは、セルやアレンのことを知っていたのだから。

「カズキ。流動食なの。食べられる?」

「ん? ああ、うん……ありがとう」

 ユリアがトレイを片手に、俺を覗き込んだ。それから、身動きが取れない俺と手元の食事を見比べて、戸惑ったような表情を見せる。

「あ、あ、あの……食べさせてあげた方が、良い、わよ、ね……」

「いーなあ。俺もやって欲しいっすねえー」

 セルがにやにやと冷やかす。一国の王女と知りながらこの態度を考えるに、何と言うかこの人はこういう人なんだろう。

 何せ高額の報酬を目の前にぶら下げられて、『地上の星』への潜入と言う危険な役回りを受け入れたと言うのだから。

「し、仕方ないじゃないのッ」

 慌てるユリアを眺めてから、俺はまた上空を流れる雲に目を向けた。




 ……気になっていることがある。

 キグナスの言葉が引き金で思い出した、ファリマ・ドビトークで見た夢。


 ――それより……どんな相手も必ず敵の最も弱いところを狙ってくる。あんたたちのメンバーで言えば、カズキかキグナスだ。


 なあ、ナタ。

 あんたは、ここへ続く未来を、知ってたのか?


 ――命を失った後ではあたしにも何もしてあげられないんだ……。


 俺たちの歩いている道が、この場所へ続いていることを、知っていたんじゃないのか?

 だとしたら。

 だとしたら―――――――――-……。




(ナタ……)




 ―――――――――-……俺は、あんたを、許さない。








          QUEST 第3部 ローレシアの戦禍

              第1章 氷竜トラファルガー









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