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QUEST  作者: 市尾弘那
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第3部第1章第27話 心の豪火(4)

(アルディアの息子……)

 だった、よな? 確か。

 『地上の星』が支持している、代表者戦でのルーベルトの対抗馬だった人物の息子のはずだ。

 まあ、こういう集いなのだからいることには別に疑問はないが、こんなところに兎を連れて歩いているのはやっぱり疑問だ。どうかと思う。

 残念ながら兎が通り過ぎるのを見ただけでアレン本人の姿は見えなかったけれど、兎が単独でいるわけじゃないだろうから、俺が見たのはきっと本人が通り過ぎた直後だったんだろう。

 暇を持て余しているので、そんな愚にもつかないことを考えていると、背後からぽんと肩を叩かれた。

 ここで出会う知り合いは限られているはずで、セルかもしくはヴァルト副将軍、あるいはシサーがなどと一瞬で考えながら振り返ると、そこにいたのはそのうちの誰でもなかった。

 アイボリーの短髪の下、緑っぽい、うぐいす色の優しそうな目が細められている。セルと年が近そうなその青年は、どこかで見た気もするけれど、どこで見たのかが今ひとつ思い出せなかった。

 誰だっけ?

 俺より高い位置にある顔を微かに傾げ、彼が何かを言う。言うが、それはヴァルス語ではなくツェンカーのイリアス語なので、進歩のない俺にはわからない。

 困惑する俺に、彼はくすくす笑いながら何かを取り出して見せた。鈴のようなものに金属の棒が……あ、これ。

 ドラゴンクローラを操縦する道具だ。

「あッ。え、ええと……ラーヴル」

 だっけ。

 俺がフェティール要塞を訪れた時に、ドラゴンクローラを見せてくれた兵士だ。ドラゴンクローラの名前は確かラビ、そして騎手の名前がラーヴル。

 ヴァルス語しか話せない俺だけど、個人の名前は万国共通だ。俺の言葉に、ラーヴルが手を叩いた。鈴を再びしまいながら、片手を差し出してくる。

「凄い。良く俺のこと覚えて……」

 って、言ってもわからないか。

 握手に応えながら言いかけて口を噤むと、俺の言ったことが雰囲気で伝わったのか、ラーヴルは自分の短い前髪を摘んで見せた。それから、俺を指差す。

 ああ……この赤い前髪が目印になったのか。そう言えば以前、ラグフォレストに連れてってくれたグローバーも、この前髪で見覚えていてくれてたっけ。

 続けてラーヴルは、身振りで俺の名前を尋ねた。……多分。

「カズキ、です」

「カズキ?」

 たどたどしい発音で、俺の名を呼ぶ。頷いてみせると、ラーヴルが頷きながら親指を立てて見せた。

 言葉がわからなくても、お互いその気があれば多少の交流は図れるもののようだ。

 察するに、どうやらこの宴に参加する為に、フェティール要塞から何人かドラゴンクローラの騎手が招かれているようだ。ドラゴンクローラも来てるのかな。あれに乗って移動するんだったら、フェティール要塞までも僅かな時間だろう。今はこの要塞のどこかにいるんだろうか。それ用の場所ってのも、あったりするんだろうか。

 そんなことを思っていると、ラーヴルの肩越しにキグナスの姿が見えた。さっき兎が通り過ぎたのとは別の扉から覗く通路にいる。いつの間にあんなところまで。

 キグナスは、足を止めて振り返っているみたいだった。誰かに呼び止められた風だ。何となく見ていると、姿を現したのは知らない男だった。足元に、兎。

(アレ……)

 ――!?

「ごめん、ラーヴル。また、後で」

 ラーヴルに断わって、その場を離れる。突然の俺の行動に目を丸くしたラーヴルを軽く拝み、俺はホールの中を走り出した。

 あちこちにグラスや皿を片手に人が集っているものだから、真っ直ぐ走れない。いつの間にかキグナスの姿は見えず、俺の鼓動は速くなっていった。

 キグナスに声を掛けていたのは、多分アレンなんだろう。兎を連れて歩くわけのわからない奴が、そうごろごろいるのでなければ。

 そして、姿を現したアレンが腰に帯びていたもの。

(あれは……)

 ――カサドールで奪われた、俺の、剣だ。

 距離があったのは否定しない。見間違いかもしれない。

 だけどもしアレンが挿しているのが、『シャインカルクからもらった俺の剣』だったら、それってどういうことになる?

 アレンは、『地上の星』だと言うことだよな。

 アルディアは違うと聞いているけど、その息子はそうだってことなのか? それとも実はアルディア自身もそうなんだろうか。もしそうなのだとすれば、反乱因子は本当に中枢の至るところにごろごろといることになる。

「キグナス!?」

 ようやくホールを抜けて通路に出るが、どこへ行ったのか、キグナスの姿もアレンの姿も見えなかった。通路にもところどころに人が溜まっているのが見えるが、その陰に隠れているようなこともなさそうだ。

 どこかを曲がってしまったんだろうか。出て行っちゃった?

「キグナスー?」

 足を緩め、辺りを見回しながらキグナスを呼ぶ。答える声はなく、俺は通路を逸れて庭に出てみた。

 シャインカルクほどではないけれど、それでも結構な広さがある庭園の中、闇を吸収したような黒々とした木々がざざーっと風に揺らぐ音を立てる。

(……?)

 キグナスの姿はやはり見当たらない。どうしたんだろう。別に心配するほどではないだろうが、その姿を探して庭の奥深くへと足を向ける。

「おーい……」

 ちょっと、神経過敏になっているんだろうか。

 嘆息して、足を止めた。

 そうだよな。別に子供じゃないんだし、人が大勢いる宴の場所、しかも要塞で魔物が出るわけでもなし、大体ロッドさえ持ってりゃキグナスは俺より遥かに強いんだ。

 それに、狙われる可能性があるのはレーヴァテインを持つ俺の方だろうし……ってそうだよ。むしろ俺、こんなところにいないべきじゃ?

(そのうち、戻って来るか……)

 放っておこう。

 くしゃくしゃと髪を掻き混ぜて、俺は踵を返した。……返し、かけた。

「ヴァルスの使者だろう?」

 小さく舌打ちが漏れる。

 いつの間にか背後に、人間の気配があった。

 首筋に、何か硬質のものが当てられる。見えないけれど、刃物だろう。……しくじった。キグナスとアレンに、気を取られ過ぎた。

「一緒にいたのは、ヴァルスの王女か」

 たどたどしいヴァルス語だ。声は、低くて良くわからないけれど、多分知らないもののようだった。誰だ? 『地上の星』?

「とりあえず、ここでは人目につくからな。悪いが、一緒に来てもらおう」

 無言のままの俺に構わず、男が刃物を俺の首に押し当てたまま、背中から手を伸ばした。口元に何か押し付けられる。薬品のような、匂……。

 途端、脳裏が麻痺するような痺れ襲いかかる。

 刺激臭が鼻についたと思ったのは、ほんの一瞬だった。すぐに、何もかもがわからなくなる。

 自分の肉体さえどうなっているのかが、全く知覚出来ないような感じだった。

(キグナスは……?)

 キグナスは……どこへ、行ったんだろう……。


          ◆ ◇ ◆


(いてぇ……)

 頭が痛い。

 殴られた時とはまた違う、内側から込み上げる割れるような痛みと吐き気が、俺の意識を引き上げた。

(何だっけ……)

 うっすらと目を開く。ちかちかする目を凝らしてみると、どうやら石造りの小さな部屋にいるようだった。

 暗い。

 正面についたドアの上部に、鉄格子が嵌められた細い窓だけがある。そこから僅かに漏れる明かりしか頼りになるものがなく、部屋の様子は良くわからない。

 まだぐらぐらする頭で、自分に何が起こったのかを考えてみる。

 とりあえず現状を把握しようとして、身動きが取れないことに気がついた。見れば両手首は天井から吊り下がるぶっとい鎖で1本に繋がれていて、足にもそれぞれ壁から生えた足枷に繋がれていた。……おいおいおいおい。

(嘘でしょ……)

 動けないじゃないか。

 慌てて腰に視線を落としてみれば、レーヴァテインはどこにもなかった。案の定、取り上げられたらしい。

 返す返すも、ホールを離れたことが悔やまれた。

 ようやく慣れてきた目で部屋の中をよくよく見回してみれば、鉄製のベッド、巨大な万力のようなもの、壁に幾つも掛けられた刃物の類。今更ながら気づいてみれば、微かに漂う部屋に染み付いた鉄のような匂い。……血。

(拷問部屋……?)

 気づかなければ良かった。また拷問ですか?

 カサドール、そして『地上の星』へと続くこの一連の流れで、既に俺、2回目なんですけど。

 しかもカサドールの時と違って、何やら本格的なムードに溢れている。殴る蹴るの暴行だけで終わったあちらは、可愛いものだと言う気さえする。

 いっそさっさと殺してくれれば良いが、この様子を見る限りは『死なない程度に限界まで痛めつける』ことを良くご存知の方がお相手のようだ。何て嬉しくない。

 何とか、しなきゃ。

 力を込めて、腕を引っ張ってみる。だが、鎖はびくともしない。足の方も同様だ。到底抜け出せるような代物じゃない。

(くそぉ……)

 何でこんなことになったのか、そもそもここはどこなのか。

 それを考えるのは、後にしよう。

 そう決めて、とりあえず現状を脱け出すことを最優先にじたばたしてみるが、何の実りもないどころか体力の無駄遣いと言うことに気がついた。

 これから拷問を受けるんであれば、体力は温存するに越したことはないかもしれない。いや、尽きるのが早ければ、その分早く楽になるんだろうか。

 にしても……何を聞き出すつもりだ……?

 カサドールでもそうだったけれど、拷問は『何かを聞きだすこと』が目的のはずだ。

 中には趣味だの何かの復讐だのといったこともあるかもしれないが、概ね、そのはず。

 レーヴァテインを奪うことだけが目的ならば既に達成されているわけだから、後は俺を殺しちゃえば良いだけだろう。でもこうして生かして拷問部屋に放り込んでいると言うことは、聞きたいことがあるに違いない。

 俺が暴れるのをやめると、部屋には不気味なまでの静寂が戻った。しんと冷えた湿っぽい空気……地下室、だろうか。

(どこの地下なんだろう……)

 要塞?

 要塞だったら……あれだけ広いんだから、拷問部屋のひとつやふたつあっても良さそうだ。捕虜を入れておく場所とか。

 人々が談笑し、グラスを交わすその足元で、拷問で血塗れになる俺――何て殺伐としてるんだろう……。

 両腕を強制的に上げられたままで次第にだるくなって行くのを感じながら、ついそんな無意味なことを考えて、げんなりした。

 ―― 一緒にいたのは、ヴァルスの王女か

 ちッ……いつからバレてたんだ?

 俺をここに連れて来るのに直接手を下した人物が誰か、を考えるのは恐らく意味がない。ただの、手足だ。

 それより肝要なのは、その指示を下した人物の方だろう。

 その人物……。

「目覚めは、いかがかね」

 扉が開く。その重たい音に顔を上げると、予想通りの人物がそこにいて、笑いたくなった。

 ヴァルト副将軍だ。

「最高だよ。予想通りで、笑いが止まらない」

「そうか。驚いてもらえなかったのは、残念だね。もう少し、驚いて欲しかった」

「『あなただったのか』と叫んで欲しかった? それは無理だ。あなたがレーヴァテインに執着しているのはわかりきってる。……『地上の星』だと言うことも」

 ヴァルト副将軍が、動きを止めた。沈黙して俺を見詰めると、改めて部屋の中に入って来ながら、顔を拷問道具の方に傾ける。

「そうか。それも気づいていたのか」

「シンボルがあるだろう?」

「ああ、これか」

 ヴァルト副将軍が、指に嵌まった指輪を翳す。

「元々は、ただの私の趣味だったのだがね。いつの間にか、他の者たちが真似をし始めた」

「へえ……」

 今の言葉で、ヴァルト副将軍の地位が『地上の星』の中でどの程度のものなのかの察しがついた。表の地位の影響もあるんだろうか。かなりの幹部だ。

 そう思いながら、セルが「ただの流行りだろう?」と言って笑ったのを思い出す。あながち、嘘ではなかったわけだ。

 シサーの危惧通り、問題なくヴァルス語を操るヴァルト副将軍は、ゆっくりとした歩みで壁際の刀剣類を手で辿った。腰に挿した自分の剣は、使うつもりがないようだ。俺を振り返り、感情の浮かばない顔で静かに尋ねる。

「どれが良い?」

 どれも嫌だと言ったって聞き入れてはくれないんだろう。

「カレヴィさんは、あんたを『正義感の強い人物だ』と言っていたよ」

「ほう?」

 答えを逸らす俺に、ヴァルト副将軍が小さく笑う。

「『地上の星』は、ツェンカーにとっての反乱軍だ。あんたの裏切りを知ったら、カレヴィさんはきっと悲しむだろうな」

「悲しむことはない。彼の評価は変わらないだろう。私は、正義だ」

「裏切り者だろう」

 遮るように言い切ると、今まで感情の浮かばなかったヴァルト副将軍の顔に怒りが燃え上がった。

「私が正義だ!! ヴァルスの干渉など許さない。ツェンカーはこの大陸で崇高な志を持った唯一の国だ。それをルーベルトは、ヴァルス王女……いや、女王の色香に惑わされてツェンカーを売り渡そうとしている」

「違う」

「お前も惑わされているクチか? やり手だな、彼の人も」

 ユリアを侮辱するような物言いに、怒りが胸の内を駆け上がった。これほど大きく感情が膨らむのは、多分、久々だ。

「アルディア殿こそが、我らの最良なるリーダーなのだよ。ルーベルトごとき粗野な男、どうなることかと思えば……。お前たちが共にいた彼女が、ヴァルス王女で間違いないな? 彼女を、どこへやった」

「ヴァルスに協力することが、何で売り渡そうとしていることになる?」

「アルトガーデンに組み込む腹詰もりだろう」

「違うッッッ!!」

「レーヴァテインの鍵を携え、ツェンカーを強請りに来たのだ。だがもうレーヴァテインは、私が手に入れた。その鍵は、後でゆっくり預かることとしよう。……さて」

 ヴァルト副将軍の手が、刀剣類の隣にある鎖で出来た鞭のようなものに伸びた。

「最初は、このくらいから始めてみようか。私は普段、帯剣していることが多いのでね。なかなか違う武器を手にする機会が少ない」

 そんな解説は別にいらない。

「ヴァルス王女はどこにいる」

 シャラ……と鎖が解き放たれる音がする。戒めを解かれて床に落ちた鎖が高い音を立て、ヴァルト副将軍の視線が俺を捉えた。

「言うと思うのか」

 と言うか、知らないが。そもそも。

「すぐに言われては面白くないだろう?」

 カレヴィさん。正義感の強い男は、拷問に快楽を見出したりはしないと思いますよ。

 心の中で報告をしながら、今から始まるのだろう過酷な時間に暗澹たる気持ちになる。救いの手はきっと訪れないだろう。

(そう言えば、キグナスは……?)

 俺の心の問いを読んだように、不意にヴァルト副将軍が口を開いた。

「拷問と言うのは、その生がある間にどれだけじわじわと痛みを与え苦痛を長引かせられるかに意味がある。その為に様々な道具があるのだから。ただ暴行を加えるだけでは、拷問としては甘い。早々と死んでしまうようでは尚のこと」

「……?」

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