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QUEST  作者: 市尾弘那
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第3部第1章第26話 樹氷の森(4)

 不用意なレーヴァテインの攻撃が、トラファルガーを怒らせたようだ。

「******!! **** *******!!」

 氷礫が樹氷や地面に当たる硬質な音と、トラファルガーの咆哮の合間に、微かにナヴィラスの怒声が聞こえる。我に返って何かを指示しているんだろうとは思うんだが……。

「うわあッ」

 ガラス窓をぶち破ったような甲高い音と共に、間近の樹氷が破砕された。背後でも、同じように氷片が飛び散る音が聞こえる。

 ぶうんっと低い唸りが聞こえ、それが風の巻き起こした音だと気づいた時には樹氷に叩き付けられていた。それを認識した途端、俺より少し離れた左方で、激しく何かが粉々に砕けるような音がした。絶え間ない氷竜の咆哮。人々の、悲鳴。

 もう、立て続け過ぎて、何が起こっているのか、俺自身が今ひとつ理解が追いつかない。

「何ッ……どうなってッ……」

 不意に、空気中の冷気が増した。今までちらちらとしか降っていなかった雪が、氷雪となって次第に強さを増していく。悪くなっていく視界の中、ようやく空中を見据えると、氷竜は俺から数十メートル離れた辺りの中空すぐ近くまで、舞い降りてきていた。

 雄叫びと共に、トラファルガーの口から吐き出される煙のような冷気。長い首を樹氷に叩きつけるように薙ぎ払う。耳に痛い音が畳み掛けるように響き、あっと言う間に吹雪と言える状態の中、シサーが視界の隅で駆け出した。

 俺たちとやや離れた場所から、キグナスの放つ炎が上がる。前よりスムーズにアイテムの力を引き出せるようになったと言うキグナスの火炎は、以前とは数十倍もの違いがあることが、目に見えてわかった。

(すげ……)

 轟音に似た、野太い氷竜の叫びが上がる。それで、キグナスの魔法が功を奏したらしいことがわかった。

 ファリマ・ドビトークで噴き上がった魔力の暴走を思い出す。キグナスは確かに、奥底に秘めている魔力には凄いものがあるのかもしれない。

 思いながら、俺もレーヴァテインを放り出したところへ向けて駆け出した。絶え間ない悲鳴と怒声の中、同じ場所に転がったままのレーヴァテインを拾い上げた。

「レーヴァテインッ!! お前の扱い方を教えてくれよッ」

 戦うべき相手がそこにいて、使うべきアイテムがここにある。

 なのに、どうにもなっていない。

 ――駄目ダ 駄目ダ ワカラナインジャ 駄目ダ

「何言ってんだよッ」

 とりあえずは、レーヴァテインを掴んで喧騒の最中さなかへ駆ける。現場から逃亡しようとする兵士数人、そして血飛沫と、重傷を負っている兵士の姿もあった。

 ――教エルモノジャナイノサァ

 教えられなきゃわかりようがないだろう。

 ……と、駆ける背後に怖気を感じた。空気を太く切り裂くような低い音と、樹氷を濁流のような速さで粉砕する……。

「――『炎の衣』ッ……」

 寸前で、キグナスの魔法が割り込んだ。その直後には、トラファルガーが森を舐めるように叩き込んだ尾の直撃をくらって、俺自身が樹氷を薙ぎ倒しながら弾き飛ばされる。

「げほぉッ……」

 最後に破砕した樹氷の幹に凭れ掛かるように仰向けになって、全身の痛みを感じながらも、心の底からキグナスに感謝をした。

 恐らくは、更に個人対象で、発動出来る最大限の魔力を使って、俺の防御を固めてくれたんだろう。

 じゃなかったら、死んでる。普通に。

 にも関わらずこの衝撃、この痛み、レーヴァテインはまたどこかへ行ってしまった。何してんだ、全くもって。

(使いこなせるのか、か……)

 この場で使う為に手に入れた魔剣のはずなのに、氷竜を怒らせるだけ怒らせてそれっきりでは、迷惑でしかない。

 俺では、使いこなせないのかもしれない。

 体を起こすと、また豪火が噴き上がるのが見えた。森のすぐ上まで下りてきていた氷竜が、魔法を避けるべく再び上空に舞い上がるのが見える。

 ――確率の問題だ。敵にとってのターゲットが分散される。それだけだな。統制が取れてなきゃ、敵への攻撃率は、下手すりゃ下がる。

 シサーが先日言っていたことを、思い出した。あちらこちらに兵士が散っているおかげで、確かにトラファルガーの意識は分散されている。俺を弾き飛ばしたことなど多分理解していないだろうし、だから俺を追撃しようとも思わないわけだ。

 それは、確かに助かるけど……。

(剣を、探さなきゃ……)

 実際問題、俺から感じ取れる範囲で言えば、トラファルガーに効果的な攻撃を加えられているのはキグナス唯一人と言って過言ではなさそうだ。

 とりあえず、『白いの』から受けた肩の傷以外は五体満足に動くのを確認して、改めてキグナスに感謝しつつ立ち上がると、不意に、上空が赤く染まったように感じた。

 次いで、幾つもの傷を負ったシサーが俺の方へ駆けてくるのが見えた。

「話にならねえ。とりあえず、撤退だッ」

「撤退!?」

「今戦い続けたって、こっちの被害が拡大するばっかりで倒せる日なんか来やしねえよッ。……キグナスが、この辺りを全力で防御してる。ばらばらに『樹氷の森』の、果てまで逃げるぞ。あいつの目を晦ますことに成功したら、その後、神殿で落ち合うことにした」

 その言葉を聞いて、胸が、疼いた。

「……うん。わかった」

 込み上げる感情が、喉を塞いだ。

 ――――――――……悔しい。


          ◆ ◇ ◆


 トラファルガーが出現したおかげで、『樹氷の森』の他の魔物は、一切姿を現さなかった。

 キグナスが、使える魔力を注ぎ込んでトラファルガーを引き離し、氷の枝葉を伸ばす樹氷に身を隠してもらって森を駆け抜ける。

 シサーとキグナスの3人で『樹氷の森』の中を逃れ、戦闘地からかなり離れたところでしばらく待機した後、やがてトラファルガーの咆哮が遠ざかるのを確かめてから俺たちは神殿への道を辿り始めた。

 『樹氷の森』を出た時には、既に辺りは闇に包まれていたが、激しい氷雪はトラファルガーが連れて来たものだったらしく、『樹氷の森』を離れてみれば穏やかなものだった。

 間もなく朝になるだろうと言う頃にようやく神殿へと辿り着き、今、キグナスは死んだように眠っている。

「全滅か……?」

 神殿で落ち合うと言っていたはずだが、今現在、神殿には俺たち3人しかいなかった。

 様子を見に外へと出ていたシサーが、全身に雪を纏わりつかせて戻って来る。

「……誰も、戻って来ない?」

「今のところはな。……降ってきやがった」

 会話が、神殿内にいやに響く。

 白くなった頭をばさばさと払いながら戻って来たシサーは、それきり無言で壁に背中を預けた。

 気力がないので、俺も壁に背中を預けて座り込んだまま、無言で脇に置いたレーヴァテインを、弾いた。

 お前、俺に、どうして欲しいんだよ。

 どうしたら、お前をちゃんと扱えるようになるんだよ。

 ため息。

 レーヴァテインを手に入れたからって、トラファルガーがすぐに何とかなるとは、思ってはいなかった。

 だけど、こうまで何も出来ないとも、思わなかった。

 いや……何も出来ないより、タチが悪いよな。挑発だけして、あとは沈黙。最悪だ。

 ぼんやりとそう思いながら、『樹氷の森』で倒れていた重傷者たちの姿を思い出す。

 あれのきっかけになったのは、レーヴァテインを持った俺。……いずれにしても、ああなったのかもしれないが、それにしてもあれほどの混乱に陥れるきっかけを作ったのは、レーヴァテインの火流だったように思えてならない。

 なのに、心の中に波紋は広がらなかった。

 それよりも、こいつを扱えていないことが悔しい。……それだけだ。

「カズキ……?」

 もう一度ため息をついていると、レーヴァテインとは反対側の隣に横たわっているキグナスが、薄く目を開けて俺を見上げていた。

「落ち込んでんのか……?」

 まだ疲れきったような顔色のままで、キグナスが掠れた声を押し出す。……落ち込む? そうか、落ち込むべきなんだろうな。

 気がつきもしなかったことに自嘲して、俺は顔を横に振った。

「いや。……こいつを、どーすりゃいいんだろうなって思ってた」

「そか……」

「うん。……まだ、誰も来てないから、寝てて良いよ。疲れたろ。……助かった。ありがとう」

 シサーは、黙って扉の方へ目を向けている。俺たちの声が聞こえていないはずもないが、会話に口を挟む気はないようだった。

「俺ぇ……」

「うん」

「最低だ」

「……は?」

 言いながらキグナスは、仰向けに転がったままで片腕を目の辺りを覆った。

「何……」

「防御魔法、他の兵士の人たちに、かけきれなかったんだ」

「……」

 それは、まあ、そうかもしれないが。

 無言で視線を落とす俺に、キグナスは構わずに続けた。

「シサーと、お前。意図的に、防御が偏ってる」

「……でも、全体防御はしてたんでしょ」

「してたけど。それだけ。更に個人対象で重ねてかけたのは、お前とシサーだけ。……死なずに済んだ奴も、いたんじゃねぇかな……」

 要するに、贔屓ひいきが入ってる、と。

 それは仕方がないんじゃないかと思うのは、俺自身が「偏った恩恵」に浴することが出来ているからだろうか。

「……出来ないことを嘆いても、仕方がない。出来るんだったら、全員にやってただろ。そうしなかったのは、出来るのにやらなかったからじゃなくて出来なかったからじゃないのか」

 黙っていたシサーが、口を挟んだ。キグナスが沈黙する。顔を上げると、シサーの視線が俺に向いた。

「お前も、これからやれることを考えろ。失敗は嘆く為にあるんじゃない」

 キグナスが、ため息をついて何かを言いかけた。腕を目の上からどかし、体を起こそうとして……叩きつけるように開いた扉に振り返る。

「ナヴィラス……!!」

 神殿の出入り口に姿を現したのは、ナヴィラスだった。思わず立ち上がる。後ろに2人、つき従うように兵士が立っている。その更に背後、外は、ひどい吹雪で暴れ回る氷雪しか見えなかった。

「無事で……」

 壁から背中を起こしたシサーが声をかけるが、それには見向きもせずにナヴィラスが真っ直ぐ歩いてきた。体中の雪を振り落とすこともせず、憎悪に彩られた目で見据えているのは、俺だった。

「貴様……ッ」

「おい……ッ」

 無言で俺の正面まで来たナヴィラスは、言うが早いか、俺の胸倉を掴んだ。ぐいっと顔を近づけ、険しい目付きで俺を睨みつける。その前髪を伝う雫が、俺の頬にかかった。

「貴様の、身勝手な行動がこの結果を招いたんだッ!!」

 『俺の身勝手な行動』と言うのは、恐らく先制攻撃を仕掛けたレーヴァテインの火流のことだろう。

「ナヴィラスッ。それは違う」

 シサーが遮る。俺は、返す言葉もなく無言で顔を逸らした。襟元が閉まって、言葉を返すも何も、息も苦しい。

「何が違う!? 部隊はほぼ全滅だッ」

「トラファルガーが不意をついて現れたのは、別にカズキのせいじゃないだろう」

 シサーが、胸倉を掴むナヴィラスの手を取って、俺の首を解放する。急に空気の通りが良くなって、俺は微かにむせた。

「いずれにしても、トラファルガーは攻撃を仕掛けてきた。こちらが簡易砲台だの、投石器だのを準備する間もなくな。それは、あんたもわかっていることだ」

「時間は稼げたかもしれない!! こいつがトラファルガーを怒らせたりしなければッ……」

「攻撃を仕掛けたのは、カズキの意志じゃない」

 自己を弁明する気がなく無言を貫く俺を、シサーが代わりに弁護してくれる。キグナスは、冴えない顔色のまま、無言でやり取りを見守っていた。

「何だ、それは?」

「わかってるだろう、『魔剣』なんだよ。制御しきれる前に、暴走してるんだ。トラファルガーが現れる前の戦闘でも、わかるだろう」

「だったらッ!!」

 ナヴィラスの片手を押さえたままだったシサーの手を振り払うように、ナヴィラスが指先を俺に突きつけた。

「いずれにしても、こいつの能力不足が問題だ!! このままでは、レーヴァテインなんて持っていても無駄でしかないだろうがッ!!」

 その通り。

「だったら、どうするんだ?」

 ナヴィラスの言葉に、シサーが微かに目を眇めた。珍しく感情的になっているナヴィラスに比べ、声を荒げることないシサーにやや気圧されたような顔つきをしながら、ナヴィラスが続けた。

「私が、使ってやる」

「取り出せもしなかったものを、使えると言うのか?」

「そのガキが取り出せたのは、単に鍵を持っているからに過ぎないんだろうがッ!! 私が鍵を持っていれば、もっと上手く使いこなしてやるさ!!」

 ナヴィラスの背後の兵士が、剣を構えた。

 シサーが、失笑する。

「鍵は、外れない。あんたがカズキ以上にちゃんと剣を使いこなせるかどうかは知らないが、いずれにしても鍵を持っている人間でなければ、鞘から抜くことさえ出来ない」

「だったら鍵を奪えば済むだけのこと」

「言ったろ。鍵は、外れない。……害を加えて外そうと言うのであれば」

 低い声で言いながら、シサーが剣の柄に手を掛けた。

「こちらも全力で抵抗する」

 一触即発に高まっていく空気に、キグナスも蒼い顔のままロッドを構えた。

 庇われるだけの俺。何て惨めな。

 冷静な姿勢を崩さないシサーと、ロッドを構えるキグナスに、頭に血の上っていたナヴィラスも少し冷静になったらしい。ナヴィラスはさておき、後ろの兵士よりは明らかにシサーとキグナスの方が上だし、形勢不利と判断したようだ。

 未練がましく俺を一睨みすると、吐息をついて、一歩下がった。それを見て、シサーが更に続けた。

「落ち着けよ。俺だって争いたいわけじゃない。ここで仲間割れは、ごめんだ。氷の大陸に永住する気はないんだろう? 俺もあんたも、船を使って帰らなきゃならん」

「帰る……帰る気なのか?」

 ナヴィラスの発した問いに、シサーは目を眇めたままで、肯定した。

「今のままで、どうするつもりだ? 何か出来るつもりなのか?」

「……」

「一旦、フリュージュに撤退だ。……態勢を、立て直す」











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