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QUEST  作者: 市尾弘那
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第3部第1章第26話 樹氷の森(3)

 レーヴァテインは、面倒臭そうに繰り返した。これが、誰もが憧れた宝剣かと思うと殺意すら湧いて来ようと言うものだ。

「東か」

「地図には、何かある?」

 尋ねてみるが、ナヴィラスは無表情に顔を横へと振っただけだった。

「これを見る限りは、副将軍閣下は東へは足を伸ばされていないようだ。特に目ぼしい記載はない」

「ふうん……」

 わざわざ氷の大陸まで出向いてきて手に入れたのがコレじゃあ力も抜けるが、氷竜打倒の強力アイテムだと思えば捨てるわけには行かない。

 今ひとつ信用ならないが、さて、どうするべきなのか。

「シサー。どうする」

「『氷竜の魔剣』サマが仰ってるんだから、信じてミマスカ」

 食ったようなシサーの意見が受け入れられ、とりあえずはレーヴァテインの言う通り、東へ進路を取ることにする。

 幸いにして氷雪はちらちらと言う程度、魔物にも遭遇しない、問題点は極寒のみと言う平和な行程を経て、夕刻も間近であろうと言う頃……前方から小さな歓声が上がった。

「あれか」

 ナヴィラスが、こちらを振り返る。鋭い視線を更に細めて先を見遣り、そのまま俺の方を振り返った。いや、聞かないで欲しい。

 なだらかな丘陵が織り成す起伏のみの白い景色に、良く見れば鋭利なシルエットが浮かび上がっている。

 良く良く見れば、木々の形に良く似たものが連立しているらしい。

 とりあえずレーヴァテインに騙されなかったことに安堵しながら、歩を進めていく。近付いてみると、それは、どこか奇妙だった。

 『樹氷』は、通常、樹に纏わりつく氷雪が見せる繊細で鮮やかな芸術だ。

 けれどここの『樹氷』は、そもそもが氷だった。むしろ『氷樹』。『氷で出来た樹』。

「うわ〜、すっげ〜」

 キグナスが見上げて、素直な歓声を上げる。

 氷で出来た樹は、枝葉も伸ばし、それに更に氷雪が纏わりついていた。透き通った枝、白い筋が走る幹、それがきらきらと空気中の光に反射して、場が場でなければロマンティックで幻想的と言えるだろう。

 それほど自身を反射するわけではないけれど、どこかミラーハウスを彷彿とさせる気もする。

「ここを抜けて、北西ってことか……」

 シサーが言いかけて、言葉を途切れさせた。不思議に思ってその視線を辿る。ちらちらと降る雪と『樹氷』で白く煙る森の奥に、小さな影が、見えた。

 樹の陰からそっと姿を覗くように、ぽつんとひとつ……ふたつ。――いや、増えてる……。

「何だ……? あれッ……」

 ぼうっと光るように現れては、形を取る。現れた姿は、子供のように見えた。

「魔物、だよね……」

 剣を引き抜いて見据えたまま、尋ねる。近くにいたキグナスが、頷いた。

「だろうな」

「何て奴」

「わかんねえ」

 ナヴィラスの号令で、兵士たちが整然と前衛に構える。

 元々魔法を使うキグナスは後衛、最も弱い俺も通常は後衛で見物――だったけど。

「カズキ、剣に慣れとけ」

「うん」

 この先は、別だ。トラファルガーと戦う前に、レーヴァテインと言う特殊な剣に慣れておく必要がある。

 レーヴァテインは、炎の魔法が操れると聞いている。それは、本人もとい本剣にも確認済みだ。

 問題は、こいつの根性の悪さのせいで、その発動のさせ方が全くわからないと言うこと……。

「――『火炎弾』ッ」

 前方で壁のように俺たちと魔物を隔てる兵士たちの間では、既に戦闘が起こっている。魔物の全貌は俺にはまだ良くわからないが、どうやら通常の物理攻撃は有効のようだ。

 上がる悲鳴は、人間のものだけ。斬られても突かれても無音の敵方は、兵士たちに恐怖を募らせているようだった。

 次々と湧いて出る白い魔物が、兵士たちをすり抜けてこちらへ向かって来る。俺たちを守る為だろう、そばにいたシサーが、白光を放つ剣を構えて短く怒鳴った。

「来るぞッ」

 ようやく見えたその全貌は、氷の彫像が動いているかのようだった。

 俺の腰くらいの高さ、白い肌に白い目、白い髪に白い服を纏い、白い短刀を振りかざして踊りかかってくる。この地における、見事なまでの保護色。

 シサーが薙いだ剣に弾かれる『白いの』をくぐり抜け、別の『白いの』が翳した剣を、レーヴァテインで受ける。

(な……!?)

 何だ!? この、重さはッ……!?

 異様に重たく感じる剣に、間合いを間違えた。『白いの』の小振りな剣に肩を切り裂かれ、血が舞った。

(いてえッ……!!)

 顔を歪めながら、辛うじて相手を弾き返す。そのままの勢いで剣を叩き込もうとするも、やはり、水の中をかいているかのような重さにタイミングが狂った。

「ちぃッ……!!」

「カズキ、どうした!?」

 難なく俺の剣を避けた『白いの』と、いつの間にか横から襲い掛かってこようとしていた別の『白いの』を一挙に薙ぎ倒しながら、シサーが怒鳴る。助けてくれなければ、俺は今の剣で喉を貫かれていた。

「剣がッ……」

 仮にも魔剣――先まで使っていた剣に比べれば使い勝手は良くなるだろうとの期待は、あった。

 けれど、これじゃああれにも劣る!!

「レーヴァテインッ!!」

 思わず怒鳴った。

 剣の本体が重く、俺の筋力不足と言うならまだわかる。けれどこの重さは、そういう種類の重さじゃない。空気に対する粘液質な抵抗、摩擦力……そんな感じ。大体、これまでにだって持っていたけれど、こんなに重みはなかったはずだ。

 俺が怒鳴っている間に、またも襲い掛かってくる『白いの』を、シサーが弾き飛ばす。視界の隅でかっ飛んでいく赤い塊は、キグナスの魔法だろう。前衛の方は、相変わらずわらわらと湧いてくる『白いの』にてこずっているようだ。

 ――言ッタロ

 短い沈黙を挟んで、レーヴァテインの声が聞こえた。

 不満げな声、それが一転して嘲笑を孕んだものへと変わる。

 ――オ前ガ 力不足ナンダッテナァ

「くッ……!!」

 こ、こいつ……。

 どうしてくれよう?

「カズキ、どうしたんだッ!?」

 俺をガードするシサーから、再び怒声が飛ぶ。尚も剣を思い通りに振ろうと試みながら、俺も怒鳴り返した。

「まともに動かないッ」

「はあ?」

「思い通りに、動かないんだよッ……」

 持ち主の動きに抵抗する魔剣なんか、ない方がまし。元の剣の方がよほどまともな動きが出来ると思うが、生憎と邪魔なのでラギラに預けてしまって手元にない。

 ――足リテ ナインダヨナァ

「え?」

 ――足リナインダヨ……匂イハスルノニ、道筋ガ通ッテナインダヨナァ……

 はぁ?

 言っている意味がわからない。

 周囲の戦闘をよそに、のんきに眉を顰めていると、不意にぞわり……と自分の中で何かが動いた。……ような、気がし……。

「う、わああああッ……」

 突然、レーヴァテインが刀身を跳ね上げた。『俺が持っている』のに俺の意志なんか関係なく、むしろ俺の腕を振り上げる勢いで自らをもたげる。

 そして次の瞬間には、俺の意志なんかこれまた全く無関係に、その刀身から炎が迸った。

 火炎放射器の勢いで炎を突然ぶっ放し、のたうつ炎流は誰の制御を受けることもなくあらぬ方向へと奔走し、至るところで味方の悲鳴が上がる。

 炎で出来た鞭のようなそれは、なかなかどうして強力らしく、暴れる先々で樹氷を薙ぎ倒した。ただでさえ自由とは言いにくい森の中、暴れる炎と崩れる樹氷で、大騒ぎ感がある。

「――『水膜』ッ」

 キグナスが味方を守る為に防御魔法を飛ばし、同時にシサーの怒声が叩きつけられた。

「カズキッ!!」

「お、俺じゃないッ」

 激流を押し出して暴れ回るホースのように、レーヴァテインの刀身がぶれる。五体満足でも抑えられそうにないものを、大したことないとは言え肩に怪我をしてれば尚更だった。努力虚しく、抑えきれずに俺がレーヴァテインに放り出されると、同時に炎の奔流も収まった。

 既に俺から前は、樹氷が薙ぎ倒されまくってかなり見晴らしの良い状態になっている。

(くそッ……!!)

 隙を狙って襲い来る『白いの』の攻撃を避けながら、再びレーヴァテインに飛びつく。途端、どくんと心臓が大きく鳴り、次いで今度は剣先からちょろ〜んっと炎が漏れた。

「あのなあッ」

 念の為に言っておくが、決して俺は遊んでいるわけではない。

 他のみんなの敵は、次々と湧いて出る『白いの』だと言うのに、俺の敵はただひとつ――レーヴァテインだとは。

 今し方、自ら俺を振り回すぐらい身軽だったとは思えないほど鈍重に戻ったレーヴァテインを、叱咤して持ち上げる。持ち上げることは出来るんだが、これを振ろうと思うと……。

(鈍いッ……)

 どうにも、俺とレーヴァテインは気が合っていないようだ。

 再び振り出しに戻って、シサーに守られながらレーヴァテインとの地味な格闘を密かに繰り広げていると、不意にその場の空気がざわめいたような気がした。

「何……」

 ああ。

 間もなく、そう感じたわけを理解する。

 あちこちで起きていた戦闘が止み、代わりに今まで完全な無音だった『白いの』たちが、空気中を見上げて何かひそひそと音を立てているんだ。

 空気そのものを振動させているような、密やかなざわめき。

「な……?」

 その様子に、こちら側も攻撃の手が止まる。

 やがて、いくら倒してもきりがなかった『白いの』たちが、突然――本当に突然、一斉に、姿を消した。

「何だ?」

 前衛の方で魔法の援護を繰り出していたキグナスが、気味の悪そうな表情で辺りを見回す。

 空気の中に、高まっていく静寂と緊張。

 それは、『嵐の前の静けさ』と言う言葉が、ひどく似合う静寂だった。

 シサーの剣は、低い唸りを上げるように光を放ち続けている。

「まさか……」

「**** *****……」

 キグナスの声と、誰かの呟きが、重なった。

 ――――――――――そして、その時が、訪れた。

 不意に頭上から投げられた、黒く大きな、影。

「トラファルガーだ……」


          ◆ ◇ ◆


 見上げる上空に、その生き物がいた。

 遠くから見たあの時はくすんだ白のように見えたけれど、こうして近くで見ると、やや青味がかっているように思える。

 爬虫類のような姿態、長くもたげた首が、やや傾げるように微かに動く。巨体を持ち上げている翼は緩やかに動き、それが起こす風が樹氷を揺らす。

 それは、一見、穏やかな生き物のようにも見えた。

 距離があるにも関わらず見える瞳が、深い湖のような色をして見えるからだろう。

 レーヴァテインが樹氷を薙ぎ払ったせいで見通しの良いこちらは先方からも良く見えているらしく、トラファルガーはこちらに目線を据えたまま、反対側に小さく首を傾げた。

 そして、その巨大な口が、開かれた。

「クォォォォォッッッ!!!!!!」

 びりびりと空気を揺るがす咆哮が、大気中を支配する。震える空気に樹氷が耳障りな音を立て、そして同時にそれは、呆然としていた人間たちを恐怖と混乱の淵へと追いやった。

「……***********!!」

 誰かの悲鳴。

 だけど俺には、振り返っている余裕なんて、なかった。

「カズキッ……樹氷の陰にッ……」

「――『炎の衣』ッ……」

 シサーとキグナスの声が聞こえるが、俺はその場に立ち尽くしたまま動けなかった。

 どくん、どくん、と大きく脈打つ鼓動。手が、吸い付いたようにレーヴァテインから離れない。体中から何かをかき集めているような、内側がさわさわする奇妙な感覚。沸騰しているように熱い血液が、体内を逆流していくみたいだ。

 ――どくんッ。

「うわあああッ……!!」

 次の瞬間、レーヴァテインから炎が迸った。

 またも、俺の意志など完全に無視したレーヴァテインの暴走だ。

 まるで放電でもしているかのように幾筋もの炎を迸らせ、その中でも極めて太い……一抱えはありそうな火流が、空に浮かぶトラファルガー目掛けて一直線に疾った。

「グオアアアアアアアアアアッ」

「あいてッ……」

 鼓膜に突き刺さるような咆哮と、俺の小さな悲鳴が重なる。何せ水圧に暴れるホース並にぶれるレーヴァテインを、抑えきれなかった。反動で投げ出された体が樹氷の残骸にぶつかり、同時にレーヴァテインが音を立てて落ちた。

 戻る、静寂。

 そばにいたシサーが、俺を助け起こそうと手を貸してくれる。投げ出されて何が起きたのかを全く見ていなかった俺は、顔を上げて、背筋を戦慄が駆け上がった。

「カズキッ……」

 シサーが俺を引っつかんで、樹氷の陰へ向かって地を蹴る。次の瞬間、頭上から拳大の氷礫が雨のように降り注ぎ、逆上したトラファルガーの咆哮が地面を振動させた。床に叩きつけられると同時に、地面の小刻みな振動を全身に受ける。

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