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QUEST  作者: 市尾弘那
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第3部第1章第26話 樹氷の森(2)

「助けて……?」

 その言葉に、記憶のどこかが触発される。

 前にファリマ・ドビトーク……助けて……祭壇。

「それが、どうしてヘイリー……」

 尋ねかけて、口を閉ざした。

 シサーとラギラが戻って来るのが、見える。

「んだからお前、自分の世界に戻る前に、それだけ付き合ってくれよなッ。カタがついたら、2人でプチ冒険てのも、悪くねえだろッ」

 キグナスも、彼らの姿が見えたらしい。締め括るように言って、軽く舌を覗かせる。

「それが済んだら本当に……」

「……」

「……本当に、サヨナラ、だな」

 全てが終わったら、か。

 夢を『語る』しか出来ないキグナスの、小さな夢。

 俺だってナタの正体なら気になるし、今更1ヶ月や2ヶ月延びたところで、大して困るでもないだろう。

「うん……いーよ」

「本当かッ?」

 こちらに片手を振って近づいてくるシサーたちに手を振り返しながらもう一度頷くと、キグナスがくしゃりと笑った。

「約束なッ。んじゃあ、俺とカズキでも心配ないように、しっかり魔法の腕磨かないとな」

「頼んだ」

「何言ってんだよッ。お前はもちろん、剣の腕を上げるんだぞ」

「剣の腕……」

 って、コレか?

 ついつい視線をレーヴァテインに向けている間に、シサーたちがすぐ近くまで来る。

「よう。生き返ったか」

「何とかね。この中、他に何かあった?」

 期待せずに聞いてみると、案の定、シサーが苦笑いを浮かべた。

「まあ、想像通りってところだ」

 それからシサーは、俺の前にしゃがみ込んで、ぽんと頭を軽く撫でた。

「良く無事だった。ひとりで良くやった」

「成長した?」

「もっと成長するんだな」

 調子に乗ってみると、あっさりと切り捨てられた。まあ、最後はらっきーだったことは、否定しない。

 こっそりと首を竦めていると、シサーの隣でラギラが俺に向かって何か言った。それからシサーに向かって、言葉を続ける。それを受けたシサーが、小首を傾げるようにして、俺に向き直った。

「レーヴァテインを抜いてみたいそうだ。……どうする?」

「え? ああ……」

 言われて、俺はレーヴァテインを持ち上げた。華麗な鞘と、柄。思うほどの重さは、なかった。

「良いけど。それは別に」

 まさかここでいきなり持って逃げるとは考えられないし。

 あっさり頷いて差し出すと、ラギラが嬉しそうに受け取って柄に手を掛けた。それを眺めながら、シサーが俺に問う。

「お前、あの時、何が聞こえたんだ?」

「あの時?」

「一角獣を倒した後だよ。……何か、ぶつぶつ言ってたじゃねぇか」

 ぶつぶつって。

 シサーの言い草に顔を顰めながら、立ち上がる。つられたようにキグナスも立ち上がった。ラギラが柄と鞘に手を掛けたまま剣を眺めているのを見遣りつつ、シサーの疑問に答える。

「レーヴァテインの声が聞こえたんだ」

「え? 話すのか?」

「話すって言って良いのかなあ……」

 どう譲歩したって、レーヴァテインに口はない。

「頭の中に聞こえたって感じ」

「今は?」

「俺が目が覚めてからは、静かだよ」

 レーヴァテインの言葉は、ヴァルス語でもなければイリアス語でもない。もちろん日本語であるはずもなく、頭の中に響く声の意味を俺が勝手に認識しているような感じだ。

 レーヴァテインが『話すこと』自体が突っ込みどころ満載で、頭の中に響くに至ってはそのシステムについ頭を悩ませてしまう。最も納得が行く解答が「俺の妄言」と来るとなると……考えるな、俺。

 文系だと思っていたけど、俺は意外と理系脳のようだ。

「ふうん。……**** ********」

 後半のセリフは、相変わらず鞘に刀身を収めたままレーヴァテインを眺めるラギラに向けられたものだ。多分「抜かないのか」とか何とか言ったんだろう。

 ラギラが、困惑したような視線を返した。

「********* ** ******」

「え?」

「シサー、何?」

「抜けない、らしい」

 ラギラから、シサーが剣を受け取る。試しにシサーが引っ張ってみても、やはり剣は抜けないようだった。

「お前じゃないと、抜くことさえ叶わないってわけか」

「鞘に収めるのは出来るのに、引き抜くことは出来ないんだ?」

 何気なく尋ねると、シサーがきょとんとシルバーの目を瞬いた。

「あ? 何だ? それ」

「誰かが収めてくれたんじゃないの? 俺、抜き身のままで気を失った」

「いや。お前がこっちにいきなり現れた時には、剣は鞘に収まってたよ」

 嘆息して、剣を俺に返す。俺の手元に戻って来た途端、頭の中に声が響いた。

 ――オ前ニ抜カレルノモ 不本意ダガナ……

 何ぃ?

「……」

「カズキ?」

「……」

「何、変な顔してんだ?」

 俺も、お前のような魔剣を探しにわざわざ氷の大陸くんだりまで来たのかと思うと、涙が出そうだよ。

「何か聞こえたのか?」

 勘の良いシサーが俺の様子を察して、尚も尋ねる。

「俺に抜かれるのは不本意だとさ」

 抜いてやる。

 言いながら剣を引き抜くと、先ほどの不満とは裏腹にするりと刀身が鞘から引き抜かれた。

 腹が立つくらい、神々しい白刃。

 剣を抜くことさえ叶わなかったラギラが、ほうっとため息をついてレーヴァテインを眺めた。それから、俺に向かって何かを口にした。

「そうか……それも、そうだな」

 それを聞いて、シサーが少しだけ目を見張る。二言、三言、ラギラに言葉を返すと、改めて俺に彼の言葉とシサーの考えを伝えた。

「レーヴァテインなら、知ってるんじゃねえか」

「え?」

「トラファルガーの、巣穴だよ。……レーヴァテインに、聞いてみてくれ」


          ◆ ◇ ◆


 魔剣と言うのは、どうやら性格が悪いらしい。

 ――オ〜ット コノ辺リデ東……ダッタ カナァ

 この辺りって……お前には場所が見えてるのか? 口と同様、お前には断じて目もないぞ。……だから、考えるなってば、俺。

「かなあ、じゃなくてはっきりしてよ」

 シサーとラギラの言葉に従って、レーヴァテインにトラファルガーの巣穴を尋ねてみると、返ってきた言葉はこうだった。

 ――サァテナ 知ッテハイタガ ドコカニ引ッ越シシタカモ知レナイシナァ ソモソモ僕ノ記憶ガ正シイカナァ

 こんな歪んだ奴を頼りにして良いものか。

 そこはひどく悩みどころではあったが、それから間もなく戻って来たナヴィラスたちにも収穫らしい収穫はなく……と言って、いつまでも神殿に籠もっていたって仕方がない。

 目的は、『レーヴァテインを手に入れること』じゃあないんだ。『レーヴァテインを手に入れて、トラファルガーを倒すこと』。

 しばしの検討の末、ともかくも『ご立派な魔剣様』の仰ることを信じてみようと言うことで、再び氷雪の逆巻く大地へ彷徨い出ている、わけ、だが。

「何だって?」

「ちょっと待って。すげー微妙」

 何せ、案内役の根性が、悪い。

 教えてはくれるものの、合ってんだかないんだかって感じで、不安感たっぷりだ。

「東に向かうのか?」

 尋ねる俺に、レーヴァテインの赤い石が、応えて光った。

 ――ドウダッタカナァ 北東ダッタカナー

 このやろう。

「何? 何だって」

 シサーが俺に尋ねてくる。

 レーヴァテインは、抜くのもさることながら声も俺にしか聞こえないらしく、俺を介さなければ他の人にはレーヴァテインの言葉は通じなかった。

 だから俺がこうして間に入るわけだが、どうにも小憎たらしいレーヴァテインの言葉を伝えると、周囲のイライラが俺に向けられる。俺に向けないで欲しい。

「東だとか北東だとか、はっきりしない」

 こんなだだっ広い大陸で、東に向かうのと北東に向かうのとじゃ、雲泥の差がある。シサーが舌打ちをした。

「はっきりしろよ」

 俺じゃないってば。

「どっちなんだよ」

 ――東〜 東〜 『樹氷ノ森』ノ 北ノ東〜

「はあ?」

 ―― ……

 く、黙りやがった……。

 指針を耳に出来るのが俺だけなので、シサーやキグナス、ナヴィラスらがみんな俺を見ている。

 ため息混じりに、俺はレーヴァテインの言葉を伝えた。

「『樹氷の森』の北の東、だってさ」

「『樹氷の森』が、そもそもどこにあるんだよ」

「東、なのかな……」

「これなんじゃないのか」

 渋面を作る俺をよそに、ナヴィラスの涼しい声が聞こえた。開いているのは、ヴァルト副将軍から預かった手書きの地図だ。氷雪を避けるために表面には鑞が塗ってあり、やや曇って見えるが、雪でぼろぼろになるよりかなりまし。

「らしいものが、あるか」

「わからないが。森とは書いていない」

 ナヴィラスの手元を、シサーが横から覗き込む。それから顔を上げて、北東の方角を見据えた。

「こっちか」

 何が東だ、馬鹿野郎。

「氷の柱が連立している地帯があるみてぇだな。ヴァルト副将軍はその先へは進んでいないみたいだが、しばらく続くとのメモ書きがある」

「ざっと見た限りはこれがクサイが……まあ、閣下もそうあちこち回られたわけではないだろうから、確定とは言えんな。……少年」

 はい、俺ですか?

 ナヴィラスの目がこちらを見据えたので、俺もそちらに向かって歩いた。キグナスが無言で、俺の後をついてくる。

「もう一度、魔剣に問うてみてくれ。ここでの無駄足は、致命傷を招く」

「……うん」

 それは、同感だ。

「レーヴァテイン、教えてくれよ」

 これまで使っていた剣と入れ替わりに腰に帯剣している、ご大層な魔剣に呼びかけてみる。レーヴァテインが応えてくれないと、物に向かってぶつぶつ言っているみたいで、ひどく居心地が悪い。

「北にある、氷の柱が連立しているところが『樹氷の森』なのか」

 ―― ……

 嫌な奴、もとい嫌な物だ。

「何だよ。トラファルガーを怖がってるんじゃないだろうな」

 試しに挑発してみるものの、魔剣たるもの感情的にはならないらしい。

「おーい。なあ、頼むよ。お前の助言が頼りなのに」

 泣き落としも、スルー。

 俺は今、孤独だ。

 うんともすんとも言わない剣を相手に、しきりと話しかける俺の身にもなってみろ。どこからどう見ても、完膚なきまでの『痛いコ』じゃないか。

「いい加減にして……」

 ――東……

 え?

 今度は脅してみようかと思ったところで、遮るようなレーヴァテインの声が聞こえた。……東?

「東、って言ってる」

「確かか?」

「その真偽まではわからないよ。でも、そう言ってる。……北東の、氷の柱じゃないんだな? 東なんだな?」

 ――東……

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