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QUEST  作者: 市尾弘那
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第3部第1章第25話 氷の大陸(4)

(何だ、あの馬……)

 氷のそばに、馬が一頭いる。

 それも、普通の馬じゃなかった。

 額に突き出た一本の長いツノ……一角獣?

 ――カズキッ……。

 唖然と立ち上がる俺の耳に、不意にどこからかシサーの声が響く。

 安堵をして顔を上げた俺は、声の出所を探して辺りを見渡しながら、その声に答えた。

「シサー!? どこにいるの? どうなった……」

――お前だけ、壁を挟んで反対側にいる!!

「……は?」

 壁を挟んで反対側にいる?

 意味がわからず、尚もきょろきょろと見回す。

 一面、氷で閉ざされた世界は、どこを見ても透き通って見えるけれど、俺の目にはシサーたちの姿はどこにも見えなかった。

 レーヴァテインの柱のある正面の壁を除いて、他の壁は確かに天井へ向けてこれまたつるっつるの一枚板だけれど、目を凝らしてもその向こうには誰の姿も見えない。

 ――お前には、こっちが見えないのか?

「見えないッ!!」

 お前には、ってことは、シサーたちには俺の様子が見えているってことだろうか。

 何で? ピアスのせいか?

 ――良くわからんが、『鍵』を持つのがお前だからだろう。お前だけが選ばれて、そっちの部屋に引き摺り込まれたんだ。

 そんなあ。

「じゃあ、この柱の剣は……」

 さっき姿を消した剣はダミー……いや、もしかすると『壁のこちら側』に俺が今いると言うことは、例えて言うなら鏡面世界のようなものだろうか。

 氷の壁に映された鏡面の中……その中に、ホンモノのレーヴァテインが眠っていた、とか。

 ――それが、本物かもしれない。

 シサーの声が答える。

 『それ』と言うってことは、シサーからはこの柱の剣も、見えているんだ。

 ――こっちの剣は、お前と一緒に消えたままだ。壁に映された世界の中に、俺たちの姿がなくてお前と剣が映っている……そう、見える。

 そんなややこしい真似をしないで、みんなこっちに連れてきてくれよ。

 迷惑に顔を顰めながらついそんなことを思っていると、柱の傍にいる一角獣が、小さく「ブルルル……」と啼いた。片足を、軽く氷の床に叩きつける。

(あれは、何なんだ……?)

 どうして、一角獣なんて……。

 ――カズキ、気をつけろ。

「え?」

 シサーの声に硬い響きがあることに気がついて、見えないとわかっていつつも、つい中空に視線を投げ掛けた。

 ――奴は、ヤバイ。

 ヤバイ?

 奴って……一角獣のことだろうか。

 視線を馬に向けると、まだ俺と距離のある場所のままで馬もこちらを見返していた。ダークブルーつぶらな瞳は、とてもヤバイ生き物には見えない。

 それに一角獣って……ユニコーンって奴じゃないのか? 俺的に、勝手に良いイメージがなくもない……。

 ―― 一角獣ってのは、獰猛な魔物だッ!!

「……………………えッ!?」

 ――攻撃手段はツノと突進くらいしかないが、その速さは馬を越えるッ……。

 ちょ……俺ひとりで戦えってかッ!?

 ぎょっとしていると、まさしくそれを証明してくれるかのように、一角獣が蹄で地を掻いた。準備運動のように2〜3回軽く掻くと、次の瞬間、逞しい後ろ足が地面を蹴る。……嘘だろお!?

「ちょ、まっ……!!」

 咄嗟に剣を抜きはするものの、果たしてどうしたものだろうか。

 と言うか、なぜこんなものがいて、戦わなきゃならないんだろう。しかもひとりで。

 盾になりそうなものは、柱くらいしかない。

 思わず剣を片手に柱の影に身を滑り込ませるが、地響きのような足音に続いて激突するような音が聞こえた。次いで、俺が身を潜めた柱をぶち抜いて、一角獣のツノが突き出てくる。……おいおいおいおいおいおいッ!!!!!!

 ――-ゲヌイト・オムニア・フォルトゥーナ・カウサエ・マナ……ッ。

 と、シサーと同様にどこからともなくキグナスの声が聞こえた。魔法での援護をしてくれる心積もりらしい。

 ――……『火炎弾』ッ……!!

 呪文が完成する。

 だが、それは事態の好転には僅かたりとも結びつかなかった。

 ――ちッ……駄目かッ……。

 一角獣がツノを引き抜く動きを柱越しに捉えて、とりあえず当面逃げるべく走り出す。

 が、走り出したところで、速度で適うわけがない。

 とにかく、柱があるのを良いことに柱から柱へ走るわけだが、この体当たり一角獣、柱を突き刺しては破壊する。このままではいずれ、隠れる場所さえなくなってしまう。

 何とか、打開策ッ……!!

 ――ツノ狙え、カズキッ!!

 そりゃ無茶だ。

 ―― 一角獣の弱点は、ツノだッ。

「無理だよッ!! どうすりゃッ……」

 あ、魔法石ッ……。

 海底のダンジョンでシサーが俺にくれた魔法石が、まだ俺の手元に残っていたことを思い出す。荷袋に手を突っ込んで走りながら探り、手に触れた適当なものを確かめもせずに一角獣目掛けて投げつけた。

「ブルルルルルッ……キェェェェェェェンッ……」

 空に出現した氷の矢が、一角獣に次々と襲い掛かる。投げつけたのはどうやら、『水石』だったらしい。その衝撃で軽くたたらを踏んで悲痛な悲鳴を上げた一角獣に、俺は剣を構えて足を止めた。

 くそッ……どうする?

 片手で荷袋を漁る。触れた手ごたえは、3つ。元々大して持っているわけじゃない。効果を確認している余裕はない。

 怒りと痛みに目が眩んだような一角獣が、再び蹄で地を掻いて駆け出した。出来るだけぎりぎりまで引きつけてから横滑りに手近な柱を回り込み、猛進に急ブレーキをかける一角獣が転回する前に後背に回り込む。気分は闘牛。

 地を蹴って、その臀部に剣を切りつけた。嘶きを上げて、馬が『氷矢』を受けた血だらけの上体を逸らすように二本立ちになる。けれど、これじゃあ拉致があかない。ツノを狙わなきゃならないんだったら、後背にいたってしょうがないッ……!!

 振り飛ぶ血を顧みず、一角獣が態勢を回復する前に魔法石を取り出す。叩きつけるのと、頭を振った一角獣の長い角が俺の左肩を突き刺すのとがほぼ同時だった。

 ――カズキッ!!

 投げつけた石が、『ノームの手』を発動する。怒った一角獣は、俺を突き刺したまま持ち上げると、思い切り頭を振った。ツノから腕が抜けて、反対側の壁まで体が吹っ飛ぶ。叩きつけられ、溢れ出す血と痺れに似た痛みで、俺は起き上がれずにその場で呻いた。このタイミングで『ノームの手』だったのは、幸いだ。そうじゃなかったら俺は身動きできないまま、今度こそ確かに串刺しだろう。

「くぁぁぁぁ……」

 首筋から脳裏に駆け上がる痛みに、二の腕を掴んでのた打ち回る。動くたびに氷の床が赤く塗装され、遠くで一角獣の嘶く声が聞こえた。痛みの余り目が涙で滲み、気を逸らそうとついた呼吸が荒くなる。

 ――……『癒しの雫』ッ……!!

 キグナスの声が聞こえる。回復させようとしてくれるのはわかるが、これもやはり効果がなかった。変わらずのたうつ俺に、キグナスが悔しげに怒鳴るのが聞こえる。

 ――くっそおおおッ……カズキィッ……!!

 『ノームの手』の効果は、それほど、長くない……。

 奴が動きを封じられている間に、何とか、しなきゃ……ッ。

 激痛に縛られながら、剣を杖にして体を起こす。肩を貫かれた左手は使えない。右手だけで立ち上がるが、その右手さえも痛みで激しい痙攣を起こしている。

 体を引き摺るようにして、一角獣に近付いた。これで効果が消えたら、もうおしまいだ。そうわかっているけれど、どっちにしたってこれじゃあ逃げられない。

 剣を脇に挟みこんで、魔法石を取り出す。現れたのは、赤い石。それも……大きい方。

「くらえッ……」

 弱々しく一角獣に向かって投げつけるが、激しい鼻息と共に頭を荒く払った一角獣の勢いで、石が弾け飛んだ。予定外の方向で、炎の柱が上がる。

 舌打ちをしながら豪火の上がる音を聞いている俺の前で、一角獣の束縛が解かれた。痛みに顔を歪めながら、片手で剣を構える。

 ――カズキッ、無茶だッ……!!

 わかってるさッ……だけどどうにもならないだろッ!?

 間合いを取って剣を振り被ろうとした時、怒り狂う一角獣の突進する地響きにあわせて、別の轟音が聞こえた。

 ……ズズン。

(え?)

 腹に響く低い音に続き、ビシビシビシッと何かにヒビが入るような音が混じる。

 そして……。

 ――カズキッ、逃げろッ!!

 ――柱が崩れるッ……!!

「うわあッ……」

 咄嗟に、床につき立てた剣を軸にして、自分の体を横に吹っ飛ばした。投げ出された瞬間に、さっき貫かれた肩を強打して激痛に声を上げながら、氷の床の上を滑る。

 その体に、床が衝撃を伝えた。耳を覆いたくなるような爆音。氷の礫が、いくつも俺を目掛けて飛来するのに、胎児のように丸まって耐える。

「何……」

 振動と氷の礫がやんだのを感じて、俺は恐る恐る目を開けた。先ほど俺がいたはずの場所を……そして、一角獣が突進してきていたコースの上を、一直線に砕けた氷の柱が埋め尽くしているのが見えた。

「何が……?」

 呆然と、呟く。

 ――『炎の柱』だ。

「え?」

 ――さっき投げた『炎の柱』が、柱を破壊したんだよ!!

 そう、だった、のか……。

 それを聞いて、俺は思わずその場に崩れ直した。瓦礫を押しのけて、一角獣が這い出てくる様子は、なかった。

(気が……)

 遠くなる……。

 痙攣ががくがくと激しくなる。背筋を悪寒が這い上がり、頭から血の気が引いているのに気がついた。視界がどことなく暗く、目がちかちかする。痛みに、体の力が入らないまま床に崩れている俺に、キグナスの声が届いた。

 ――くそッ……死んじゃうじゃねえかッ……。どうすりゃあっちに行けんだよッ……。

 自分の肩から、血液が流れ出ていくのがわかる。

 鼻につく鉄の錆びたような匂いの中、失いそうな意識を何とか気力で引き止めていると、見覚えのある赤い光がぼんやりと閉じた瞼の裏に感じられた。

(……ピアス……?)

 ピアスが、光ってる……。

 力を振り絞って、薄く目を開ける。

 今まで、俺がそばを走り回っても反応ひとつしなかったレーヴァテインが、前の部屋の時のように赤く光を放っているのが見えた。

 レーヴァテインを取り込んでいた氷の柱が、溶けるのではなく……薄く霞んで、消えていく。

 支えるものがなくなったにも関わらず、不思議な力で中空に留められたままのレーヴァテインが、やがてゆっくりと地面に向かって下りてくるのが見えた。

 閉じ込められていた姿そのままに、剣の切っ先を下にして、静かに。

 痛みに支配されたまま、けれどレーヴァテインに気を取られて呆然とその様を見つめる。微かに床から持ち上げた耳に、不意に、声が聞こえた。

 ――役者不足ダナ

 ……。

 何か、聞こえましたが。

「……キグナス。何か言った?」

 掠れた声を振り絞る。きょとんとしたような間を挟んで、キグナスの声が答えた。

 ――俺ぇ? 何も?

 ――何だ? 何か、聞こえたのか?

 重ねてシサーの問いが聞こえる。

 さっきの声は、明らかに2人のどちらの声でもなかった。

「うん……何か、聞こえ……」

 ――オ前ニ、僕ヲ使イコナスコトガ、出来ルノカア〜?

 ……。

 思わず、視線を床に突き刺さった位置で微動だにしないレーヴァテインに定めた。

 まるで小学生の男の子のような、少年めいた透明な声。

(まさか……)

 レーヴァテインの、声なのか……?

 無理矢理、体を起こす。立ち上がることは出来ず、がたがたと震える体で這いずるようにレーヴァテインの方へ少しずつ移動した。

 こいつを手に取らなきゃ、終わらないような気がして。

 ちかちかして霞む目を、時折ぎゅっと瞑って視界の回復を試みながら、ようやくその近くまで辿り着く。

 俺の動いた跡には、べったりと赤い軌跡が床の上にこびり付いていた。

「レーヴァ……テイン……」

 レーヴァテインの突き刺さった床には、いつの間にかその鞘が置かれている。鮮やかで細かな模様が刻み込まれた、華麗な鞘。

 レーヴァテイン自身も、近くで見れば凝ったデザインの剣だった。

「トラファルガーを……倒したい……」

 自身の剣を杖にして、よろ……と立ち上がる。激しく震える体を叱咤して、腕を伸ばした。――これが、氷の大陸に眠り続けた魔剣……。

 ――サァテナ……

 レーヴァテインを掴むと、その瞬間、視界がぶれた。

 ――倒セルカドウカハ、オ前次第ダ











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