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QUEST  作者: 市尾弘那
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第3部第1章第25話 氷の大陸(3)

 ツェンカーと言う寒い地域には元々、道具屋で『組み立て式簡易バンガロー』みたいなものが売ってはいたんだけれど、俺たちはそれを使うわけじゃない。

 何と言っても、同行者たちは『その類のプロ』なんだ。

 戦争などで行軍をしていれば、野営の設営はもちろん橋や要塞を組み立てることさえある。そうは言っても工兵だの輜重部隊だのを引き連れているわけじゃないから大した造作が出来るわけじゃないが、フレザイルまで彼らが持参してきた木材や防水布を使って、簡単なテントを組み立ててくれた。

 寒いには寒いに決まっているが、ないより、まし。かなり、まし。

 そうして2日の道のりを移動しながら魔物に遭遇しているうちに、シサーの言う通り、兵士たちの動きが良くなってきた。

 通常、大人数において対人間を見込んで訓練を受けている彼らは、最初こそ混乱の中で更に2人ほど命を落としたが、次第に魔物相手の戦闘に慣れてきたようだ。

 慣れてしまえば、これほど頼りになる人たちもいない。

 残念ながら魔法を使う人間はキグナスだけなので、戦闘と言い、戦闘後の回復と言い、キグナスはひとりで大忙しだが、兵士たちの動きがスムーズになってから俺とシサーは専ら見物コースに回ることにした。

 フレザイルに到着をしてから、3日目――。

 ――氷の神殿が、ようやく、目の前に姿を現した。


「前が見えねええええ!!」

 朝もまだ暗いうちから、テントを吹き飛ばしそうな強風に見舞われ、豪雪の中を歩き始める。

 昨日は1日澄んだ高い空が見えるほどの晴天だったのに、この気候の変わりようときたら何とかして欲しい。

 食事と、体を温める為の果実酒を口にしてからテントを片付け、行動を開始した時には氷雪は益々ひどくなっていた。風も強いので、まさにこれは吹雪……いや、ブリザードだ。

「あ、そっか……」

 ともすれば、少し前を歩いているはずの兵士たちの姿さえ見失いそうだ。吹き付ける氷雪が時折、顔を覆うマスクの合間を縫って叩き付け、血でも出そうなほど痛い。

「氷の魔物が強いってそのせいもあるのか……」

 小さくひとりごちる。

 環境的に、人間の攻撃能力が圧倒的に落ちるんだ。

 こんな状況の中で襲われたら、俺のような未熟者には普段の7割も自分の能力を発揮出来ないだろうし、対する相手は自分の土俵なんだから常に100%のはず。

 だから、氷の魔物は強くなるのかもしれない。

「あ〜〜〜ッ!? 何か言ったかあッ!?」

 耳元を吹き飛ぶ風と、覆っているフードで互いの声もほとんど届かない。隣を歩くキグナスが怒鳴るように問い返し、俺は小さくかぶりを振った。

 別に、わざわざご報告するような内容じゃない。

 一寸先も見えなくなりそうな視界の中、辺りを見回しても同じく氷雪が吹き飛ぶのが見えるだけで、果てしない闇に取り残されているような気分になる。

 冷気に晒され続けて、体中の筋肉が凝固しているみたいに冷え切っていた。寒すぎて、無意識に力が入りっ放しなんだろう。触らなくても自分の体が冷えていることがわかり、何となく防寒服の中で体を竦める。

 寒いと言うのは、それだけで体に疲労を強いるものらしい。早くどこか寒くないところに辿り着きたいと言う願望は、切実だ。

 本当に辿り着けるんだろうか、このまま遭難して帰れなくなるんじゃないだろうか――そんな気がしていた時だった。前方から、歓声が上がった。

「あれか!?」

「****!!」

「***** *******!!」

 ああ、わからない。

 だけど、魔物に遭遇した時の怒号のようなものとは明らかに違う。先の見えない前方から、シサーの声だけが、風に乗って届いた。

「カズキッ!! キグナスッ!! はぐれてねぇかッ!?」

「いるよッ!! はぐれてないッ!!」

「神殿だッ!!」

 え?

 シサーの声が届いたのを見計らったかのように、不意に、視界がぶわーっと晴れた。

 風が、氷雪を押し流して一瞬だけクリーンにしてくれた視界に、荘厳な氷の神殿が姿を現す。

「ひえー。すげー」

 透明な太い柱と壁で作られた神殿は、まさしく聳えると言うような、威風堂々とした様子だった。

「でかいな……」

 再び視界が遮られた。

 一瞬だけ見えた神殿を脳裏に蘇らせながら、前方の声にあわせて再び足を進める。

 高さは、どのくらいあるんだろうか。ぽっかりと開いた大きな口は、高さ10メートルはあるように見えた。横幅も、7メートルやそこらはあると思う。

 それを支える氷の柱は太く、建物は左右に20メートルほどあっただろうか。

 氷のブロックをひとつひとつ積み上げたように、それはまるで、ギリシアの神殿を氷で作り直したかのようにも見えた。……いや、見たことないけど。ギリシアの神殿。

 ようやく、吹雪を抜けて、建物へと辿り着く。

 建物へは緩い丘陵を登り、更に氷で出来た階段を上って続いていた。

 これだけ氷雪が豊富に降り注ぐ場所だと言うのに、不思議と階段も、そして神殿の出入り口や内部にも、吹き溜まった氷雪が足場を悪くしているようなことはなかった。整形された時のまま、保っているように見える。

「ぷはあッ。あ〜……建物だあ〜……」

 まるで何かに守られているかのように、開け放した神殿の入り口から氷雪は吹き込んでこなかった。

 一番最後に中に入り込んで、キグナスがフードをばさっと外しながら息をつく。フードに凍り付いていた氷雪が飛んで、氷の床にぱらぱらと水滴や破片を落とす。

「凄いね……」

 中は、一面の空洞だった。

 何もない。

 氷で出来たタイルを敷き詰めた床、ところどころに太い柱が建ち並び、それ以外は何もない。

 全てが、どことなく、ほの蒼く見えた。

 吐く息は相変わらずあり得ないくらいの白さだけれど、吹雪は既に外部の出来事だ。

 俺も、キグナスに倣ってフードとマスクを外しながら、辺りを見回した。凍り付いていた前髪から雫が滴り落ち、それを指先で弾きながら天井を見上げる。尚も、髪から溶けて流れる雫が額を濡らし、それを片腕で拭いながら、視線をそのまま動かした。

「ここに、レーヴァテインが、あるの?」

「ある、はずだ」

 俺の言葉に答えたのはナヴィラスだった。ナヴィラスの手元にある地図をシサーが横から覗き込んでいるが、俺の方を向いて肩を竦める。

「この神殿のどこにあるかまでは、描いちゃいないがな」

「聞いた限りでは、複雑な構造ではない」

「だろうな。何しろ、ヴァルト副将軍はともかくとして、カレヴィもレーヴァテインのところまで辿り着いているんだ。一商人が、難解なダンジョンを攻略できるとは考えにくい」

 それもそうだ。

 もちろんひとりでこんなところに来たはずはないけれど、ただの武器商人であるカレヴィさんが辿り着いているんだから、そんなに大変なことではないはず。

「ともかくも、進んでみよう」

「カズキ、キグナス。前に来い」

「あ、うん」

 これまでずっと隊列の最後尾を歩いていた俺とキグナスは、シサーの手招きに応じて隊列を組み直す兵士たちを追い抜かした。地図を持つナヴィラスとシサーのすぐ後に続く。ラギラが兵士たちの最後尾についた。

「誰が、作ったんだろうな」

 再び天井をぐるりと見回しながら、そんなことを考える。

 魔剣を与えたのは、聖書によれば、ファーラ。この神殿も、ファーラが人間たちに与えたんだろうか。

 凍えた空気だけが辺りを支配する神殿には、荘厳な静寂が満ちている。

 静かだった。

 俺たちの足音と、兵士たちの装備が立てる微かな金属音だけが、氷のタイルに吸い込まれていく。

 だだっ広い部屋の最奥には、扉のはめ込まれていない出入り口がぽっかりと黒い口をあけていて、そこを出るとすぐに下へ続く階段だった。例に漏れず、これも氷で出来ている。

「気をつけろよ」

「うん」

 薄暗い階段は、それでも不思議と完全な闇ではなかった。光源はどこにも見当たらないのに、全体的に薄ら蒼く、まるで氷のタイル自体が、各々微かな発光をしているかのような錯覚を覚える。

「ここから、トラファルガーの巣穴は遠いのかな」

「さてな。トラファルガーの巣穴に関しちゃ、さすがにヴァルト副将軍も知らねぇみたいだからな」

「そうだよね……」

 氷竜の巣穴には誰も行ったことがあるわけじゃないんだよな。

 レーヴァテインの眠る氷の神殿にはわりとスムーズに辿り着けたけど、問題はこの先か。

 フレザイルは、地図を見る限りは結構広い。面積で言えば、4つの王国があると言うラグフォレスト大陸と同じくらいなんだ。村も町もなく、情報を与えてくれる人間がいるわけでもなく……氷雪吹きすさぶ氷の大陸を、氷竜の巣穴目指して彷徨うのはぞっとしない。それに、時間がかかり過ぎる。

 階段は、長かった。

 果てしなく続いているんじゃないかと思うような長さの階段を下りて、辿り着いたこれまた広い部屋で、息を飲んだ。

「あれが……」

「レーヴァテイン……?」

 部屋自体は、上の部屋とさして変わらない。

 ぶち抜きの、氷造りの広い部屋に、ところどころ太い柱が、高い天井を支えている。

 上の部屋と違うのは、奥の一面に荒削りの氷の壁が聳え立ち、その中心部に綺麗に象られた氷の柱が設えられていることだった。

 綺麗に磨き抜かれたような、透明な氷の柱。

 そしてその中――天井に近い中空に、一振りの剣が抱え込まれているのが見えた。

 一見して豪奢な印象を受けるデザインを施した金色の柄や鍔、はめ込まれた大きな赤い石、白く神々しく輝く刀身。

 誰もが、知らず息を飲む。まるでその剣に魅せられているかのように、誰もその場を動こうとはしなかった。

「******* **……」

 ナヴィラスが、何かを呟く。

 吸い寄せられるように歩き始めるのに従って、俺たちもゆっくりと奥へ向かって歩き始めた。

 レーヴァテインを閉じ込める氷の柱は、太い。幅が2メートルはありそうだ。そして、高さは15メートルくらいだろうか。4階建ての建物相当、と言える。

 その、上の方に閉じ込められている、眠れる宝剣は、見上げるだけで首が痛い。位置しているのが天井の方が近いんだ。

 実際問題、こんなものを一体、どうやって取り出したらいいんだろう?

「氷は、傷ひとつつかなかったって言ってたね……」

 ヴァルト副将軍もカレヴィさんも、取り出そうとして取り出せなかったと言う。

 どうすれば……。

 考えながら柱に近付いて行くと、不意に視界の隅で何かが点滅した。最初は微かに、そして次第に、強く。

「カズキ、ピアス……」

 すぐ隣で、キグナスの声が聞こえる。

「うん……反応、してる」

 視界の隅に僅かに捉えられる赤い光。ピアスの石が光っているのだろうことは、言われなくても予想がついた。

 そしてそれに呼応するように、柱の中のレーヴァテインも、赤く光る。……いや、光っているのは、剣そのものじゃない。剣の柄についた赤い大きな石が、赤い光を放っているんだ。

「反応して……どうなるんだ? 自動的に出てくるのか?」

「さ……ああああ?」

 さあ、と言おうとして、声が裏返った。

「き、消えるッ」

 レーヴァテインの石の発光を受けて赤く染まった柱が、不意にその姿を次第に薄めていく。まるで陽炎のように、幻のように、ゆらりと揺らめいて、やがてそのまま消失した。

「き、消えちゃったじゃんッ」

 駄目じゃん、消えちゃあ手に入れられないじゃ……。

「あ?」

 焦りまくった次の瞬間、バリバリバリッ……と音が聞こえた。……ような気がした。

「え、な、何ッ……!?」

 足元が揺らいだように感じ、咄嗟に足元に目を向ける。

 次の瞬間、思わず俺はぎょっと息を飲んだ。喉を引きつった声が駆け上がる。

「うわッ……」

 足元の氷に、ビシビシビシと細かな亀裂が凄いスピードで生じているところだった。微かな破片が舞い上がり、それに合わせて足場が崩れ、重力に引き摺られるような衝撃がかかる。

「カズキッ!?」

「うわあああッ……」

 落ちるッ……。

 キグナスとシサーの慌てたような叫びを耳にしたような気がするが、咄嗟に何が何だかわからなくて、良く覚えていない。

 完全にバランスを崩した俺は、重力の引き寄せるままに床に叩きつけられ、顰め面で体を起こして、更にわけがわからなくなった。

(何……?)

 何が、起こったんだ……?

 足元の氷の床一面にヒビが入り、割れた底から俺は更にどこか下へ叩き落された……はず。

 だけど、床に叩きつけられて目を開けてみれば、そこに広がる光景は、先ほどの光景と大差あるものじゃなかった。

 広がる氷の部屋、奥の氷の壁、そしてそこにある太い氷の柱――消えたはずのレーヴァテイン。

(な? ……あれ?)

 見上げた天井には俺が落ちてきたような痕跡は微塵もなく、穴なんてどこにも開いていないつるっつるの一枚板に見える。

 まるで階段を下りてきたところまで時間を巻き戻されたような感覚に陥りかけて、違和感に気がついた。

 周囲には、誰もいなかった。

 シサーやキグナスは元より、ナヴィラスやラギラ、その他生き残った13名の兵士たちも。

 完全に俺ひとり……いや。

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