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QUEST  作者: 市尾弘那
222/296

第3部第1章第24話 resort 後編(1)

「シサー!!」

 ロドからフリュージュまでは、平穏なものだった。魔物たちもトラファルガーを恐れて息を潜めているらしい。

 街の出入り口のところには広く開かれた門があって、待合い所のようなスペースがあった。

 そこにシサーの姿を見つけ、ニーナが朗らかな顔で駆け寄る。

「よう。無事ついたな」

 応えるシサーは、預けていた壁から背中を起こしてこちらに向かって歩いてきた。装備をいっさい身につけない軽装だ。もちろん帯剣だけはしてるけど。

「キグナスとジークは」

「宿で待ってる。お前らがいつ到着するかわかんねぇからな。交代で待ってんだ」

「そっか。ありがとう」

 携帯メールって何て便利なんだろう。

 俺たちを促して歩き出しながら、シサーが小さく微笑んだ。

「書簡は無事届いたみてーだな」

「……ジークに『実用化はしばらく先にして』って言っといて」

「自分で言ってくれ」

 余りに手荒なシサーたちからの書簡が届いたのは、今から3日前のことだ。

 『仕事が見つかりそう』と言う謎の文面と共に、フリュージュへ向かうよう指示されていた。当面、火急の危険はなさそうだと判断されたことと、離れ離れの間にトラファルガーにどちらかが襲撃を受けてはたまらないからだ。

 ただし、ユリアは変装するよう追記されてはいたけれど。

「ま、午後になる前に着いてくれて良かった」

「何? 午後に何かあるの?」

「仕事が決まったって言ったろ? 午後には行かなきゃなんねえんだ」

「それ、何なのよ」

 ニーナが拗ねるように唇を僅かに尖らせる。

「市政が、トラファルガー対策に義勇兵を募ってる。人間の数自体が減ってるせいで、足りてねーんだろう」

「え、まさか」

「応募した。入隊試験は、一発だったぜ」

 にっと得意げな表情で親指を立てるシサーに、思わず呆れる。

 そりゃあそうかもしれないけどさ……。

「そんなんでさ……ルーベルトが首を縦に振ったって、ヴァルスへの援軍なんか集まるの?」

「対人間なら、もちっと何とかなんだろう」

 みんな、とにかくドラゴンと戦うのは嫌なようだ。

 俺だって嫌なんだが。

「にしたって……何だってそんな……」

「懐に入るにゃ一番早ぇだろう。まあ、そう簡単に頭に近づけやしねぇだろうが、情報は少しは入りやすい。せっかくだからツェンカーの金で腕を鍛えて、適当なところで脱退するさ」

 鬼。

「静かね……」

 シサーについて歩きながら、ユリアがぽつりと言う。

 長い髪は束ねて、フードのように深く頭から被ったマントにすっぽりとくるまっていた。

 身なりもかなり質素に見えるし、知らない人から見れば一見王女様だとはわからないだろう。

「ここも、人が減ってるんだろうね」

 フリュージュは、全体的に灰色っぽい街に見えた。

 道路が石畳のせいもあるだろうし、建物は石材と木材を混合してるみたいだ。

 そしてここも、首都と言うことを考えれば驚くほど人通りが少なかった。

「あと、カズキに頼みたいことがあってな」

「俺に? 何?」

 出来ることなら良いけど。

 シサーが答えかけて、ふと体の向きを変える。向かった先には宿屋らしき建物があった。

「あ、そうだ。もう、宿を借りなくても良いかもしれない」

「え?」

「そうなのよ。詳しくは後で話すけど、別宅を貸してくれるって人がいてね……」

 宿の中も、人が少なそう。

 冴えない顔色の店番が、入ってきた俺たちにちらりと視線を投げかけた。

 だけどそれきり、何も言わずに再び俯いてしまう。

「奥だ」

「俺に頼みたいことって何?」

「部屋でまとめて話してやるよ。そう慌てなさんなって」

 案内されたのは、廊下の一番奥の部屋だった。

 ノックをして返事を待たずにドアを開けると、床に座り込んだジークはまた相変わらず怪しげながらくたをいじっていて、キグナスは窓際の椅子でうつらうつらしていた。

「あ、おかえりなさーい」

 ジークが新妻よろしく笑顔で迎える。部屋の中に入りながら、俺は首を傾げた。

「キグナス、ロッドは?」

 ほとんどキグナスと一体化しているロッドが見あたらない。俺の言葉に、キグナスが眠そうな目を瞬いた。

「そこ」

「ふうん? 何でこんなこと?」

 キグナスが示したのは、布にくるまれた長い包みだ。壁に立てかけられているそれを手に取って尋ねると、シサーが代わりに答えた。

「魔術師って、目立つだろ」

「ああ……まあね」

 そりゃあ別に、誰も彼もが振り返るとか、街を噂が駆け回るってわけじゃないけど、一般人に比べれば多少は目に留まる。

 少しでも目立ちたくないから、カモフラージュってわけだ。

「とりあえずは、お互いの報告といこう。あまり時間がない。そっちの話を先に聞かせてもらえるか」

「うん。フェティール要塞に行ってきたよ。ドラゴンクローラも、見せてもらった」

「どうだった。実用性は、ありそうか」

 真ん中のベッドに腰掛けながら首を傾げる。

「それは、俺にはわからない。だけど、この前のトラファルガー……カーマイン襲撃の時は」

「ああ」

「10騎投入して、3騎しか戻らなかった。いずれも、重傷だ」

「……」

 シサーが少し複雑な顔をして、手近な椅子を引き寄せた。横向きに座りながら、軽く片目を眇める。

「初戦だろう?」

「多分」

「なら、ある程度は仕方がねえだろう。騎手の方だって戦い方が良くわかってなかったろう? とりあえず実戦経験者がゼロから3人にまで上がったってのは、進歩だろう」

「ま、ね……」

 それから、俺が聞いた限りのドラゴンクローラの様子や、フェティール要塞についてのことをシサーたちに伝える。

 シサーはしばらく無言で俺の言葉を聞いていたけれど、ヴァルト副将軍のことやレーヴァテインのくだりになると、やや顔色を変えた。

「……いずれにしても、フレザイルに行くべきだと思ってるんだ。俺は」

「ユリアを連れてか?」

 シサーが痛いところをあっさりと突いた。名前が挙がって、ユリアが目を見開きながら俺とシサーと見比べる。俺も、ため息混じりに答えた。

「そりゃあ……そうするなら、いろいろと考えなきゃならないとは思ってるけど」

「と言って、それほど悠長に構えている余裕もねえな」

「うん。……だけど」

 シサーの言葉はその通りなので、頷くしかない。頷きながら、尚も主張した。

「ツェンカーでトラファルガーを迎え撃つだけじゃあ、きっと足りない。レーヴァテインが手に入るなら、それに越したことはないよね」

「そうだな」

「だったら、フレザイルに仕掛けた方が、街の被害は少ないと思う」

「それも、その通りだ」

「だから、平行線がベストだと思う。ユリアはタイミングを見てルーベルトと交渉を持って、一方ではフレザイルにレーヴァテインを取りに行く」

「ルーベルトと接触を持つのがそもそも容易じゃない」

「……」

 短いシサーの意見に、俺は押し黙った。

 シサーが片手で前髪をかき上げながら、浮かない顔つきで続ける。

「ルーベルトとユリアが接触する時点で危険が起こりうる。だったらユリアのそばには、必ず誰かをつけておかなきゃならない。とは言え、俺たちはここにいる人間が全部だ。トラファルガーは、全員が向かったところで勝てるかどうかなんかわかりゃしない。どう人間を割り振るべきか、それを一歩間違えれば」

「……」

「全滅だな」

 やっぱり、無理だろうか。

 やるんだとしても、順番に片付けていくべきなんだろうか。

 まずは、ユリアとルーベルトが会う算段をつける。交渉を持ちかけ、ある程度話がまとまったところで、トラファルガー対策に乗り出す。

 だけどそんなふうに、うまくいくかどうかわからない。何がわからないって、トラファルガーがいつどこを襲うかがわからないのが、痛いんだ。

 相手は魔物だ。こちらの都合なんか考えてくれやしない。そうしている間にトラファルガーがあちこち襲撃したら、手遅れになりかねない。一刻も早く打開しなきゃ、話が進まないどころか霧散する。

「じゃあ、やっぱり無理なのかな」

「とも言わねぇけどな」

 考え深げな表情を浮かべて、シサーのシルバーの瞳が天井を睨んだ。

「ルーベルトと直接ユリアが会う算段をつけるのは、今の段階では難しい。『地上の星』がどこからどう狙うかわからないからだ」

「うん」

「だけど、ルーベルトの配下の人間なら、わかんねぇぜ」

「え……?」

 どういうこと?

 首を傾げると、シサーが天井から視線を俺に戻して、言葉を続けた。

「地位が下がれば、接触は取りやすくなるんだ。義勇軍に入る目的は、そこにもある。何とか、ルーベルトに打診してくれそうな人物に、当たりをつけてみるよ」

 それからシサーは、窓際のキグナスと俺とを見比べた。

「それじゃあ、こっちの話をしようか。……さっきも言ったが」

「うん」

「カズキ、それからキグナスには、頼みたいことがあるんだ」


          ◆ ◇ ◆


「キグナスー。何してんの? 追いてっちゃうよー」

 大声を上げながら玄関のドアを開けて、外に出る。

 途端、冷たい風が全身に吹きつけてきて、思わず俺は建物の中に舞い戻った。

 シサーたちが宿泊していた宿を引き払って、訪れたのはヴァルト副将軍がフリュージュに持つ別邸だ。

 確かに俺は、ヴァルト副将軍に警戒心を持っている。

 だけど、この先どのくらいツェンカーにいることになるのか良くわからないし、宿代だって馬鹿にならない。警備の儚い宿では、ユリアを置いておくのも心配だ。

 ヴァルト副将軍が何にせよ、狙っているかもしれないのは俺のピアスのはず。ユリアがヴァルス王女だとは気づいていないはずだし、少なくとも下手な宿にいるよりは、軍人の別邸にいる方がユリアの安全は確保出来ると思われた。

 と、言うわけで、ヴァルト副将軍の紹介状を管理人さんと言うか執事の人に渡して、いけしゃあしゃあとお邪魔している。

「待ーてよお。……あれ? お前、今外に出て行かなかったか?」

「寒かったから、戻って来た」

「軟弱だなあ〜……ひぃぃぃ。寒ぃッ」

 フリュージュに先行したシサーたちは、まずはジークの旧友である武器商を頼り、更に彼女を介してカレヴィさんの知人に会わせてもらい、紹介状を渡して情報収集をしたらしい。

 そして、『地上の星』の存在は武器商の間では今有名であることと、彼らの警戒対象がやはりヴァルスにあると言うことに裏が取れた。

 更に言えば、『地上の星』は恐らくほぼアルディアの元支持者たちで構成されており、アルディア自身は何の関係もないだろうと言う意見は、カレヴィさんと一緒だったと言う。とすれば、このセンは、ほぼ信用して良いかもしれない。

 いずれにしても、ユリアとルーベルトが、何の策もなしに接触するのは、確実に危険だと言うことだ。

 そうは言っても、ルーベルト本人の意見を聞かなきゃ話にならない。こちらの意図も、正確に伝えなきゃならない。

 仲介に入った武器商の女性の紹介で対トラファルガーに向けての義勇軍編成で募兵をしていると聞いたシサーは、早速応募をしてみたと言うわけだ。

 早くもシサーの腕前は傭兵隊長にいたく気に入られているらしく、シサーは、彼からルーベルトへ続く人間のルートを辿っていこうとしている。

 一方で、俺たちには俺たちで、その間にすることがあった。

 ――アカンサに行ってみてくれねぇか?

 ――俺は、義勇軍で情報を集めて、場合によってはルーベルトと接触を図れそうな人間を探してみる。その間に、ジークはカレヴィのツテを当たって情報収集だ。ニーナとレイアは、ユリアのそばにいろ。ユリアは、動くな。

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