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QUEST  作者: 市尾弘那
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第3部第1章第23話 resort 前編(2)

 シサーたちが帰ってきたらヴァルト副将軍の件も含めて話さなきゃと思ってたけど、それより前にニーナに相談をしてみたくなった。

「トラファルガーの剣……レーヴァテインは、フレザイルにあるラグナロクのことなんじゃないかと思うんだけど」

 尋ねるでもない俺の確認の言葉に、ニーナが頷く。

「そうでしょうね」

「それを手に入れられれば、トラファルガー打倒の可能性は随分と高くなると予想される。……だよね」

「ま、ね……」

 ニーナは、組んだ膝に頬杖を付きながら俺を見た。

「だけど、ラグナロクは手に入らない宝剣として有名よ。ガーネットいわく『鍵』が必要なんだってことだけど……」

「『鍵』なら多分、俺が持ってる」

「……え?」

 ニーナが驚いたように息を飲んで、俺を凝視した。それを見つめ返して、繰り返す。

「『鍵』を持っているのは多分、俺なんだ」

 ニーナが無言のまま俺を見据えるので、俺も無言で耳元を軽く弾いた。

 耳元――ピアス。

「それが?」

「確信はないんだ。わからない。だけど、多分」

「それは、最初からつけていたものよね? わたしがカズキに初めて会った時には、もう、ついてた」

「うん。……シャインカルクで、シェインからもらった。元々、俺のものじゃない」

 沈黙が降りる。

 破ったのは、ニーナだった。

「それが、どうしてレーヴァテインの鍵だと?」

「エルファーラの聖堂で、『失われた聖書』の一部を描いた絵があったでしょ」

「ああ。ドラゴン退治の」

「うん。あれを見て。……あの時は、何のことだか良くわからなかった。だけどガーネットから『失われた聖書』の話を聞いて、まさかと思った」

「どういうこと?」

「氷竜と戦う、剣を握る男の耳に、これと同じもの……少なくとも、酷似しているものが描かれてる」

 ニーナの白い喉が、微かに上下する。

「フェティール要塞に行って、ヴァルト副将軍が『レーヴァテインの鍵』について話してくれた。彼はレーヴァテインを長年研究しているらしい。……『レーヴァテインの鍵』は、ピアスだよ」

「……」

「シェインはこれを俺にくれる時、こう言ったんだ。――『対になるアイテムがある』」

「……」

「……フレザイルに、行くべきだと思う」

 考え込むように再び沈黙をするニーナに、俺も黙った。静かな部屋に、風がかたかたと微かに窓を揺する音だけが聞こえる。カーマインの全滅でまた人が逃げ出した街は、ゴーストタウンのような静けさだった。

「それと『人の属性』って話と、関係があるの?」

「ある」

 頷いて俺は、手短にヴァルト副将軍の言葉を伝えた。無言のまま聞いていたニーナは、俺が言葉を切るとため息混じりに頷いた。

「正しいと思うわ」

「じゃあ、人はそれぞれの属性とかってのに分類されるもんだと思って良いんだね」

 言い換えれば、誰もがいずれかの属性に分類されるもんなんだと。

 確認をすると、ニーナは首を傾げるように小さくかぶりを振った。

「そうとは言い切れないけれど。無属性の人間もいると思うわよ。逆に、複属性の人間も」

「そんなこと、あり得るの?」

「と思うわ。はっきりは、知らないけど」

「……例えば、誰がどの属性を持っているかなんて、わかったりする?」

 それがわかれば、俺が鍵を持っているとして、レーヴァテインを扱えるかどうかだけでもわかることになる。

 そう思って尋ねるが、ニーナは困ったように片眉を上げただけだった。

「わたしには、わからない。わたしが感じることが出来るのは『精霊』であって、人間じゃないのよ」

「そっか……」

「それならいっそ、かなりの魔力を持つ人間の方が見分けられるんじゃないかしらね。同じ人間同士、そして属性を操る魔術師として。……でも」

 がっかりする俺に、ニーナが思い出すような目つきをしながら言葉を続けた。

「カズキは、ピアスの威力で火系攻撃を受けないって言ってたわよね」

「うん。……多分、だけどね」

「だとすれば、火性の適性はあると思う」

「本当?」

「ピアスの持つ力を引き出せているってことでしょう。そういう特性を持つ魔剣の鍵ならば、適性のない人間には力を発揮出来ないんじゃない?」

 なるほど……。

 『鍵』の力を発動出来ているんだから、俺が魔剣の方も操れる可能性はないわけじゃないわけか……。

「……もう。それにしても、何で今まで黙ってたのよ」

 やがてニーナがしかめ面で、拗ねるように唇を尖らせる。怒るかと思っていたから、少しだけほっとして俺は小さく舌を出した。

「ごめん。別に隠してたわけじゃないんだけど。そうだと思いたくなかったってのが、本音かな。確信がなかった」

「今はあるわけ?」

「ないよ。さっきも言った。だけどかなりの確率だと思ってる」

「……そう」

「ヴァルト副将軍が、興味を示した」

 何となく、カレヴィさんの家がある方向に目を向ける。

 もちろんその方向にはそっけない壁があるだけで、何も見えない。

「どういうこと?」

「ヴァルト副将軍がレーヴァテインの話をしてくれた時、俺のピアスを見せてくれって言ってた。全くただのピアスだと思うなら、見る必要はないと思わないか」

「そうね……」

「俺の誤解かもしれない。だけど俺は、ヴァルト副将軍に警戒をしてるってのが、本音。彼がレーヴァテインを欲して、『失われた聖書』もなしに『鍵』の存在を知ったのは確かだ。もし彼が『鍵』を目の前にしたら、どんなことをしてでも欲しがるんじゃないかと思った。ツェンカーをトラファルガーから守りたいと思うのならそれは妥当だとも思うし、ドラゴンクローラを飼育する要塞の責任者のひとりとして仕方がないとも思う。だけどその反面、彼個人の執着にも感じられる。いずれにしても、ヴァルス王国の宝物庫に保管されていた品を……それも、強力な魔剣の鍵を、安易に渡すほどの信用がまだ出来ていない」

「そう……」

 ふうっとニーナがため息をつきながら、組んだ足を組み替えた。繊細に整った秀麗な顔に、考え深げな色を滲ませる。

「何となく、嫌な匂いがするのよ」

「嫌な匂い?」

「そう。……何がどうとは、はっきり言えないのだけど」

「ヴァルト副将軍?」

「嫌なことが起きそう。彼を見て、何となくそう思ったわ。……言わなかったけど」

 そう言えばニーナ、「誰?」って聞いた時、ちょっと嫌な顔をしていたっけ。

「ニーナの『嫌な感じ』って、当たるからなあ」

「当たらないで欲しいわ、そんなもの」

「だって俺がサキュバスに憑かれる前もそんなよーなこと、言ってたし」

「だけど、具体的にわからなきゃ、対策のしようがないじゃないのよ」

「そりゃそうだ」

 頷いて、一瞬何かが記憶を掠めた。

 気を引き締めなきゃって思った感覚と、それからなぜかナタのどこか押し殺したような悟りきったような表情を思い出す。

 ――命を失った後では、何もしてあげられないんだ……

「……わかっていても」

「え?」

「わかったとしても、どうにもならないことってのも、あるのかな」

 ぽつんと言った俺の言葉に、ニーナが訝しげに首を傾げた。

「何よ、それ」

「わかんないけどさ」

「運命論は、好きじゃないわね」

 不可解な顔をしていたニーナは、不意にきっぱりと言い切った。

「決まっているから仕方がないなんて、努力を放棄してるだけじゃない。甘えよ。決まってなんかないわよ」

 ニーナらしい強気な発言に、俺は小さく笑った。

 何だろう。胸に落ちた小石のような不安感は。

「……そうだよね」

 いつか、予言されたような気がする。

 不吉な未来を。

 その時から既にそう決まっていたかのように、厳かに。

 それが何かはわからない。

 わからないけど。

 ――変えられるんだろうか。

(それが何なのかわかれば……)

 変えられるかもしれないのに。

「そう言えば、ユリアは?」

 なぜか胸にこみ上げた焦燥感にそんなことを思っていると、ころっと声のトーンを変えてニーナが言った。

 ぼんやりしていた俺は、その言葉で顔を上げた。

「え? ……さあ。部屋だと思うけど。何で」

「ううん。最近、ユリアとカズキの雰囲気がイイ感じに見えるから」

 そう優しく微笑まれ、妙にどぎまぎする。顔が火照った気がして撫でながら、思わず視線をそむけた。

「べ、別に……。普通だろ……」

「そりゃね。男がこんな奥手じゃね」

 うるさいよ。

 思わず睨むと、ニーナはかみ殺したように笑った。思い切り馬鹿にされてる感がある。

「いーわね、何か。やってることが若くて」

「あのなぁ……」

 抗議の色を滲ませて言ってやるが、ニーナはどこ吹く風と受け流した。

「ま、頑張りなさいな」

「俺が頑張っちゃっていーわけ?」

「え? どういうこと?」

 婚約者がいるだろ? あんたらの知人だろ!?

「レガードはどうなんだよ」

 ふてくされて言ってやると、ニーナは複雑な、困ったような笑みを浮かべた。

「それをわたしに聞かないで。わたしが何て答えたところでユリアはレガードの婚約者だし、カズキは自分の世界に帰るんだから」

「だったら変にけしかけるなよな。無意味じゃないか」

「……そう?」

 俺の抗議の言葉に、思いがけずニーナが真顔で問い返した。

 ので、つい二の句に詰まって黙る。構わず、ニーナが続けた。

「限られた時間だとしても、想いが通じ合えることに、意味はない?」

「……」

「今この刹那だけでも良いからと、考えたことはない?」

「……」

 ない、と言えば、そりゃあ嘘になるけど……。

 そう思ったまま黙ってニーナを見ていると、そこにどこか自嘲的な色が含まれているような気がした。

 そう思ってから、気づいた。

 ――シサーとニーナは、生きる長さが違うことに。

 同じ世界の住人じゃない、俺とユリア。

 だけど、同じ時の流れじゃないシサーとニーナもまた……異世界の住人同士なのかもしれない。

 いつだかのシサーの言葉を思い出す。

 ――異種族なんだよ。似て見えたってな。

「ニーナは、そう思った?」

「え?」

「今だけでも良いからそばにいたいって。そう、思ったんだ?」

 俺の問いに、ニーナは少し寂しげな笑顔を覗かせた。

「思ったから、そばにいるのよ」

「……」

「彼の一生は、わたしにとっては一瞬だわ。彼の死が、わたしより先に来るのは、ほぼ確かなことだわ」

「……うん」

「それを見るのが嫌。だから離れようかとも思ったわ。だけど、出来ないの」

「……」

「あの人は確かに、わたしを永遠のような時間の中に置き去りにして、どこかに行ってしまうのに」

 それなりの時間をニーナとも過ごして来たと思うけど、こんな表情を見せる彼女は見たことがない。胸を突かれた。

「次に生まれるとしたら……」

 かたかたと、風が窓を揺らす。

「次に生まれるとしたら、彼と同じ時の中に、生まれたいわ……」

 寂しげなニーナの呟きに、強くなった風の音が、重なった。

 想う人に想われて、同じ世界の同じ時の中、同じ景色を見て生きることは、思っている以上に奇跡的な幸福、なのかもしれな……。

 ――ガシャァァァンッ!! ……ガシャンッ!!

 ぼんやりとニーナの秀麗な顔を眺めていると、突然耳を劈くような破砕音が階下から聞こえてきた。立て続けに、二度。

 一瞬ニーナと顔を見合わせ、次の刹那、俺もニーナも弾かれるように立ち上がる。

「何だッ!?」

「下から聞こえたわね」

 まさか『地上の星』が……!?

 部屋を飛び出すと、ちょうどユリアが別の部屋から顔を覗かせたところだった。……良かった。とりあえずユリアに何があったわけでもないようだ。

「ユリア」

 駆け寄ると、部屋から完全に廊下に出てきながら、ユリアが俺を不安げに見上げた。その周りを、レイアがふわふわと舞う。

「何の音?」

「わからない。下だな。ニーナ。ユリアのそばにいて。俺、見てくる」

「わかった」

 腰の剣に手をかけながら、階段を駆け下りる。階下では、リントがやはり廊下に立って不安げな顔をしていた。

「******************」

 ごめん、不安なのはわかるんだけど、言ってることがわからない。

「**** **** *********」

 リントが何か言いながら、廊下の奥を指差す。あっちの方から音がした、と言うようなことだろう。

 頷きながら物音がした方へ行ってみると、廊下についている窓が盛大に割れて廊下にガラスが散らばっていた。

 良く見れば、通路を挟んで対面している窓も割れている。二度続いた正体は、これだろう。だけどこっちはガラス片がほとんど落ちていない。

「侵入者……?」

 いや、違うな……。

 だったら姿がないのはおかしいし、窓の割れ方を見ても、どちらかと言えば何かが割れて突き抜けたって感じ……まさか。

 嫌な予感がして、剣から手を放すと『何かが突き抜けて出て行っただろう窓』の方へ近づく。

 割れた窓から外を覗く。俺の予感は案の定、当たっていた。

 庭にあるのは、ジークの通信装置。地面に転がっているのは、ジークが持っていった玉を仕込んだ『送信用ボックス』。

(……………………ジーーーークゥゥゥゥゥ……)

 頼むよ……。

 間にあるはずの障害物は、ぶち抜いて進んで来たのか?

 危ないこと、この上ないじゃないか……。

 手すりにしがみついたまま、呆れ果ててものも言えないでいると、状況を理解したらしいリントが、何か言いながら俺の肩を軽く叩いた。かえって力が抜ける。

「カズキ? どうだった?」

 不意に上の方から、ニーナの声が響いた。

 余りに馬鹿馬鹿しくて、どう説明すべきかわからない。

「平気。何でもなかったから、降りてきて大丈夫だよ」

 とりあえずはそれだけ伝えると、やがてニーナとユリアも降りてきた。その間に窓を開けて、庭に降りる。

 箱を開けると、中から折り畳んだ紙が出てきた。開いてみるが、もちろん読めない。

「何よ? どうしたの」

 ヴァルス語だってことはわかるんだけどなあ。

 そう思いつつ、出入り口に回って外へ出てきたユリアとニーナに紙を手渡した。

「ジークだよ。窓を2枚ぶち抜いて、書簡が戻って来た」

 俺の言葉に、さすがにニーナが呆れた顔をした。

「ポンコツ……。手荒なこと、この上ないじゃないの」

「まったくだよ。何が起きたのかと思った。……何だって?」

「……」

 俺に尋ねられて紙に視線を落としたニーナは、そのまま軽く眉を顰めた。ユリアも横から覗き込んで、首を傾げる。

「何?」

「『フリュージュに到着しました』」

「『何とか仕事を見つけられそうです』……?」











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