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QUEST  作者: 市尾弘那
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第3部第1章第23話 resort 前編(1)

 ―――カーマイン、全滅。




 ツェンカー北部の小さな町カーマインに襲来した氷竜トラファルガーは、一夜にしてその町を壊滅に追い込んだ。

 ツェンカーは、ドラゴンクローラを飼育しているフェティール要塞から2千の兵とドラゴンクローラ10騎を送り込んでこれに対抗しようとしたけれど、ほぼ全滅、数十人の兵士と3騎のドラゴンクローラが重傷を負って命からがら逃げ出すことに成功しただけだったと言う。

 即刻ユリアのいるロドへ飛んで帰りたかったのはやまやまだけど、トラファルガーがツェンカー上空で動いている間に移動するのは危険だとヴァルト副将軍から足止めを食らった俺は、ユリアとニーナが心配しているだろうから、連絡役として一足先にレイアをロドへ返した。

 そして、カレヴィさんと一緒にフェティール要塞で一夜を過ごし、その翌日にはカーマインへ向かった。

 ヴァルト副将軍率いる部隊がカーマインの救済活動に向かうと聞いて、行っておくべきだと言う気がしたからだ。

 覇竜が、どんなものなのかを知る為に。

 一応は救済活動と言う名目でカーマインに同行したわけだが、そしてもちろん出来ることがあるならばするつもりだったんだが、実際問題として出来たことは大してあったわけじゃない。

 町一面が氷竜の冷気で凍り付いて、それが溶けるまでは手の施しようもなく、そして生存者なんかいなかった。

 直後には、もしかすると生きている人もいたのかもしれない。

 だけど、辛うじて生命があったとしたって、あの冷気でいずれにしても生き延びるなんて出来やしないだろう。

 トラファルガーや瓦礫のせいでか人間の肉体の一部と思しきものがなかったとは言わないが、それさえも氷の中に閉じこめられていて、凄絶と言うよりは、静謐だった。

 結果として、主に行って帰ってきただけと言うのが正しい。

 そうして、俺が要塞で待っていたカレヴィさんと再びロドの街へ戻ったのは、最初に発ってから5日後のことだった。

 豪勢なことに、ヴァルト副将軍率いる20名の護衛つきだ。

 帰り着いたロドの街は、まるで廃墟のようだった。人の姿がなく、気配さえ感じられない。

「怯えているのだろう」

 街に入って店へ向かいながら、カレヴィさんがそう説明した。

 ヴァルト副将軍がカレヴィさんに何かを話しかけるのを聞きながら、ユリアがどうしているかを思う。

 怯えていないだろうか。

 それに、シサーとキグナスはどうしているだろう。

 フリュージュは、どんな様子なんだろう……。

(――急がなきゃ)

 猶予がない。

 いつ、どこがトラファルガーに襲われるかわからない。

 首都が壊滅になったらどうしようもないぞ……。早いとこルーベルトと会う算段をつけて、レーヴァテインを……。

(いや……)

 逆にしてしまえばいーんだ。

 いっそ、さっさとレーヴァテインを手に入れて、いつでもトラファルガーを迎撃出来る態勢に持ち込んでからルーベルトとの交渉に入る。

(直接対決になったら……)

 ……駄目だ。

 やれるなら、トラファルガーとは巣穴――フレザイルの地で交えた方が被害が少ない。

 武器を手に入れて、街を襲うのを待つなんて真似は出来ない。

 けれど、先にトラファルガーと交えてしまったら、交渉材料には使えない。

「同時進行が出来れば良いのかな……」

 思わずひとりごちる。

 例えばの話だけど、ユリアがルーベルトと交渉を進めて、同時に俺たちがレーヴァテイン探索に出る。俺たちが確かにレーヴァテインを手に入れて戻ったら援軍を出してくれって約束を取り付ける。

 問題は……誰が、どちらの役割を担うかだ。

 ユリアをフレザイルに連れて行くわけにはいかない。ドラゴンとの対決が待つかもしれないってのに、連れて行けるわけがない。そもそもルーベルトとの会合にユリアがいないわけにはいかない。

 だけど、ツェンカーだって決して安全なわけじゃない。トラファルガーにいつ襲われるかなんてわかったもんじゃなく、『地上の星』だってユリアを狙っているかもしれない。護衛になる人間をおかないわけにはいかない。

 レイアはユリアから離れないだろうから、それは決まりとしても……。

 一方で、まず俺はフレザイルに行かなきゃならないだろう。

 レーヴァテインの鍵を持っているのが俺なんだろうから、いなきゃ話にならない。

 そして、ドラゴンの巣穴を探るだろうと言うのに、シサーの戦力にいてもらわなきゃ洒落にならないし、キグナスもまた同様だ。ニーナにいて欲しいのももちろんだし……。

 シサーが2人欲しいなー。

 そしたら、俺たちがフレザイルに出発してから時期を見計らって、ユリアのそばでルーベルトと会う算段をつけてもらえるのに。

(俺たちだけで何とか出来るか?)

 フレザイル探索を。

(……)

 出来るもんか。

(情けないなー……)

 結局のところ、どちらもシサーがいないと身動き取れないんだ。

 俺が同じくらいの役割を果たせるんなら、簡単なのに。

 俺たちが借りているカレヴィさんの店にすぐ隣接している建物に到着して中に入ると、建物の中も異様に静かだった。ここはカレヴィさんの店で働く従業員に住居として貸している部屋がある建物で、今は俺たちの他に5人の人間が寝起きをしていたはず……。

 やがて、ぎしぎしと小さな軋みが聞こえ、階段のところから男が顔を覗かせた。俺たちが最初に店を訪ねた時に、武器を磨いていた男だ。

「******!!」

「リント」

 男が驚いたように叫んだ。カレヴィさんが答えて名前を呼ぶ。彼の名は、リントと言うらしい。リントが転がるように階段の陰を出てくると、それに階上からの物音が続いた。

「カズキッ……」

 ユリアとニーナだ。

 ヴァルト副将軍が、小さく口笛を吹いて何か言った。察するに、冷やかしだろう。通訳してもらうほどの内容じゃない、多分。

「無事だったのねッ……」

 いや、そもそも俺、襲われてないし。

「襲われたのは、俺が行ってたフェティール要塞から更に北だよ。……俺は、トラファルガーを遠くから見ただけ」

 後半の声は、少し、低くなった。ニーナもこちらへ近づきながら、低めた声で答えた。

「見たのね」

「要塞からね」

「******** ****」

 その間にカレヴィさんがリントに何か尋ねる。答えるリントは、どこか言いにくそうに口篭って俯いた。

「****** ***** ************」

 リントの答えに、カレヴィさんが目を見開く。

「************* **** ******* ** ****************……」

「****** ***************** * ****」

 それからカレヴィさんは、俺に向かって元気のない笑みを向けた。

「従業員は、逃げちゃったみたいだね。カーマインから最も至近距離にある大都市は、ロドだからって。次に襲われるのはロドに決まってるって噂が広がって……街そのものからかなりの人間が逃げ出したらしい」

 リントが更に何かを言った。それに答えたカレヴィさんは、元気なく顔を横に振って俺を見上げた。

「命には代えられない。……店の休憩室に行こう。お茶を入れて、一休みしようか」

 促されて、とりあえず店の方へ向かうことにする。

 前を歩くカレヴィさんと肩を並べたヴァルト副将軍の背中を指して、ニーナが小声で尋ねた。

「誰?」

「フェティール要塞の副将軍」

「それが何でついて来たの? しなきゃなんないことは、別にあるんじゃない?」

 カーマインの救済を指してるんだろう。

 俺は軽く頭を振った。

「さてね。……俺もカーマインに行ったけど、とりあえず当面はさほど出来ることはなさそうだって判断したみたいだよ。出来る限りの街の片付けなんかは、別の将軍が担当してるみたいだ。ヴァルト副将軍は、ロドの様子を視察だってさ」

「ふうん……」

「何?」

 前を向いたまま短く問うと、ニーナが小さく鼻を鳴らすのが聞こえた。

「別に」

 従業員居住宅から店はすぐだ。小さな通りを挟んで店に入る時に、ユリアが俺の服を軽く引っ張った。

 振り返ると、ユリアが大きな瞳を細めて、少しだけ照れ臭そうに笑った。

「おかえりなさい」

 ……………………………。

「た、ただいま……」

 て、照れ臭い。

 何かどんな顔をして良いのかわからなくて、つい顔をそむけながら答える俺とユリアの間を、しら〜っとレイアが通り過ぎた。

「はいはい、お邪魔しますねー……」

 ……馬鹿にすんなよ?

 ふわふわと中に消える後ろ姿を軽く睨んで、改めてユリアを見下ろす。

「変わったこと、なかった?」

「うん。こっちは。カズキは? 何かあった?」

「うん……」

 曖昧に答えながら、店に入って休憩室に足を向ける。他の人の姿は既に見えない。

「シサーたちと合流したら、改めて話すけど……」

「けど?」

「ヴァルト副将軍が、少し気になる」

「気になる?」

「うん……まあ……」

 口ごもる俺を心配げに見上げるユリアに、俺は作った笑顔を向けた。

「いや、何でもない」

 根拠もないのに、下手なことを言うのは良くない。

 ともかくもシサーが戻ってから意見を聞いてみることにしよう。ユリアに変な先入観を植え付けるのも……何だし。

「あ、そう言えばね、昨日カレヴィさんのお店に、ちょっと変わった人が来たのよ」

 休憩室に入ると、既にリントがお茶を配っているところだった。

「変わった人?」

「うん。兎を連れて歩いててね、彼が歩くとその後を兎がひょこんひょこんとついてくのよ」

「アレンだね」

 ユリアの声が聞こえたらしいカレヴィさんが口を挟んだ。

「アレン?」

「そう。変わった男。家はフリュージュにあるんだが、四六時中ふらふらしてる」

「こんなとこまで?」

「ロドにも家があるからね」

 ロドにもフリュージュにも家が……。

 ってことは、兎男は金持ちなんだろう。

「ふうん」

「アルディアの息子さ」

 ……。

「な……?」

 アルディアの息子……!?

 ユリアやニーナも聞いていなかったらしい。カレヴィさんの言葉にぎょっとしたような顔をする。

 カレヴィさんは、片手をひらひらと振った。

「ぼんやりした男さ。政治ごとの役には立たないよ。さあ、そんなところに立ってないで座りなさい。リントがお茶を入れてくれた」

 促されて椅子に掛けながら、尚も兎男アレンが気になって尋ねた。

「何しに来たんですか」

「何ってことないよ。たまーにふらっと来るんだ。弓の腕は一人前なんだがね。まあ、変わった男だよ。年中ふらふらしては、狩ばかりをしている」

「へえ?」

 アーチャーってやつだろうか。

「悪い子じゃない。少しおっとりし過ぎてるだけだ」

「でも、お父さんは政治家でしょ。そんなんでいーんですか?」

 俺流に言えば『2世』だろ?

 後を継ぐ為に政治の勉強をしたりしないんだろーか。

「ツェンカーでは、特に頭首や議会を世襲しているわけではないからね。もちろん父親が有能な議員であればその息子への期待も高まって民衆の支持は受けやすくなるだろうが、別段決まっているわけではないのだよ。国王とは、違う」

 うーん。民主制。

 まあ、いいや……。別にアレンが議員になろうがなるまいが、それは関係ある話じゃないし。

 ようやくリントが入れてくれたお茶に口をつけながらそんなことを思っていると、ヴァルト副将軍が何か言った。カレヴィさんがそれに答えて、笑う。

 言葉がわからないので参加のしようもないし、俺はそっとニーナをつついた。

「そう言えば、シサーたちから連絡、来た?」

「ううん。もう、フリュージュについてはいると思うんだけど。今日の夜か明日の朝には来るかしらね。……あのポンコツが、どのくらいちゃんと機能するもんなのか知れたもんじゃないけれど」

 呆れたようなニーナの言いぐさに、思わず俺は小さく笑いを象った。

 ニーナが言っているポンコツってのは、ジークが作った通信機のことだ。

 通信機、とは言っても、電波だとかがあるわけじゃあないから、書簡を運ぶ装置なんだけどね。

 骨董品を扱う業者から買った魔法付与道具を使っての装置なんだけど、これがまたなかなかどうして、かなり怪しい。

 まあ……まだ、実際に試したわけじゃないから何とも言えないわけだけど。

 磁石のN極とS極みたいに引き合う2つのぎょくがあって、それの1つをこのカレヴィさんの店の庭に置いてあって。

 で、もう1つはジークが持っていて。

 書簡をつけて放てば自動的にここに来るとかって話なんだけど、「間に障害物があってもいーのか?」とか「それって一方通行にしか使えないじゃん?」とか「うまくいったとしたって、1回きりしか使えないんじゃん?」とか。

 いろいろ思わなくはないんだけどね……。

「カズキ」

 ここにいないジークに何となく呆れていると、ヴァルト副将軍と話していたカレヴィさんに名前を呼ばれた。

「え?」

「カズキたちも、いずれフリュージュに行くだろう?」

「え? ああ……それは、まあ」

 ルーベルトを呼びつけるわけにはいかないだろう。

「ヴァルト副将軍が、別邸を貸してくれるそうだよ」

 その言葉に、一瞬顔が強ばった。

 カレヴィさん、何て説明したんだろう。

 俺の表情を読んでカレヴィさんが苦笑いを浮かべる。

「安心しなさい。余計なことは口にしていないつもりだ。ヴァルスのギャヴァンから訪ねてきたあなたの友人の傭兵が、フリュージュへ仕事を探しに行っていると言った。様子を見たら一度戻り、次はカズキたちも様子を見に行くと言ったら、ヴァルト副将軍が宿を提供してくれると答えた」

 ヴァルト副将軍は、にこにこと俺とカレヴィさんを見比べている。

 胸をよぎる不安……いつの間にか、人の好意を素直に受け取れなくなっているんだろうか。

「絶対に守らなければならないものがあるから、とても警戒するのは良くわかる。だけど、ヴァルト副将軍は正義感が大変に強い人だ」

 ……『正義感が強い』か。

「そうですか。わかりました。また改めて、相談させてもらいます」


          ◆ ◇ ◆


「ニーナ。相談が、あるんだけど」

 カレヴィさんの従業員用建物に本来いるべき人間は、既にリントひとりしかいない。

 部屋はいくつも空いているので、今は俺もユリアたちもひとりひと部屋借りている。

 ヴァルト副将軍と彼が伴って来た兵士たちは、カレヴィさんの家の方に伴っていった。それからどうしたかは知らないが、仮にも公職の人間なんだからどっかアテがあるんだろう。

 そうして、夜になって食事を終えてから部屋にいた俺は、ふと思い立ってニーナの部屋を訪れた。

「いいわよ。何?」

「フレザイルって、どんなところ? どんな魔物がいるところなの」

「ああ……」

 何をしていたのか窓辺に立っていたニーナは、ベッドに腰を下ろして足を組んだ。手近な椅子を引き寄せて俺が腰を下ろすと、口を開く。

「氷の魔物は、強いわよ」

「ふうん……。ニーナ。『人の属性』って、何?」

「え?」

「前に、ガーネットが言ってたろ。そんなこと。……あれの意味を知りたいんだ」

「どうしたの、急に」

 まだ、シサーやニーナには、俺がこのピアスをレーヴァテインの鍵だと考えていることは言っていない。

 ずっと確信が持てていなかったせいもあるし、そうだとしか思えなくなってからはタイミングを逃してて。

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