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QUEST  作者: 市尾弘那
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第1部第11話 躊躇い(1)

 シンが戻って来たのはそれから間もなくで、シンが見つけて来てくれた程近い場所の岩壁が大きく迫り出しているその陰で野営を張った。

 翌朝は雨が嘘のように上がって、低い気温のせいもあってか澄んだ青空が広がっていた。

 ただ、そこから頂上までは道の険しさも手伝って5日程もかかり、やはりと言うか少しずつ雪が目につくようになっていった。とは言っても、深いと言うほどでもないのは、さすが南に位置する国だと言えるかもしれない。

 魔物との遭遇率は、上がりもしなかったけど下がりもしなかった。ただ、山頂に近づくにつれて魔物の強さは上がった。……と思う。俺的に。

 その代わり、ここに至ってようやく魔法石が『ごろごろ』し始め、何かケチって使っていたものが急に手軽になった。これは、でかい。

 魔法石が豊富になったおかげでユリアも戦力として数えることが出来るようになったし、俺自身現在の戦闘能力では到底追い付かないような相手であっても何とか切り抜けることが出来たのだから、まさに魔法石様様とゆーやつだ。

 それに、それなりに魔物との戦闘を重ねたおかげで、俺自身のスキルも少しずつではあったけれど、上がったんじゃないかと思う。攻撃を受けたり怪我を負ったりしなかったと言えば嘘になるけど、命に関わるような大怪我を受けたりすることもなかった。

 シンが道案内についてくれるおかげで無駄な距離を移動することもなく、ようやく山頂だ。後は砂漠を目指して一挙に下山……ってなふうにいけばいーんだが。

 険しい山の頂上は細々と痩せた木が生えていて、僅かに雪が積もっている。吹きすさぶ風にまるで凍えているようだった。風が強いせいか、思ったほど雪が積もっているわけではないことにほっとする。

「こんなトコで野営したら死んじゃうんじゃないの?」

 寒い。野営する前に死んじゃいそう。

 シンはそれには答えずにすたすたと、既に下り坂になりかかっている斜面を進んで行った。……一言二言くらい、惜しむことないじゃんよ……。

 仕方ないのでユリアと顔を見合わせて後を追う。

「シン!!どこ行く……」

 尋ねかけて言葉を止めた。俺の後ろでユリアが小さく息を飲むのが聞こえる。

 ……祭壇が、あった。

「ファーラ神の……祭壇……」

 シンが黙って俺とユリアを振り返った。

「キサド山脈の山頂には必ず祭壇がある。……らしい。俺はこのルートしか通ったことがないから、他を知らないけどな」

「何の為に……」

 呟く俺の隣をすり抜けて、ユリアが祭壇の前に立った。

「旅の安全を見守ってもらう為だ。祭壇のおかげで、山頂には魔物は出現出来ない」

 言ってシンも祭壇に目を向けた。

 祭壇、と言っても、かなり小さい。俺の世界で言う、道路端にあるお地蔵さんの祠みたいな、あんな感じ。ただ、ああいう灰色の石で出来ているのではなく、大理石みたいなつるっとした感じの白っぽい石で作られているんだけど。

 そこに白い雪がうっすらと積もり、厳かな雰囲気をアップさせていた。ユリアは何だか神妙な面持ちで祭壇を見ている。

 元々信仰心だのと言うものに無縁の俺には、その……神様を祀る心理ってのはあんまり良くはわからないんだけど……さすがにファーラ教を守護する国家の王女様は、深い信仰心を持っているらしい。

 不意にユリアが小さく口を開いた。歌を口ずさむ。

 それは、ヴァルス語であるのはわかるんだけど、俺の言語能力では到底何を言っているのかわからない……多分、古語とかそういう感じの歌詞だった。ただ、雰囲気で聖歌のようなものなのだとわかる。……あ。

(何だ……?)

 何を言っているのかはわからないけれど、不思議と懐かしささえ感じさせるそのメロディに耳を傾けていると、体中に力が漲ってくるような感じがした。険しい山道の行軍で疲れた体が癒されていく。

 シンもそれは感じたらしい。不思議そうな表情を浮かべて辺りを見回し、それからユリアに視線を注いだ。

「……今のは?」

 歌い終え、瞳を閉じて祈りの言葉を唱えたユリアが再び目を開いたのを見て尋ねる。綺麗な黄金色の髪に、ゆっくりと雪が薄く積もっていく。

「聖書の第89番よ。……どうして?」

「疲労回復の魔法かと思った」

 言うと、ユリアはくすりと笑った。

「そうかもね。プリーストの神聖魔法には、『神聖歌』と言う魔法もあるから。それは聖歌が魔法の発動となるもの。ただ、上級司祭しか使えないのだけど」

 そうなんだ。でも、確かに疲労は回復されたんだけど。

「何か、癒された」

 俺がそう言って微笑みかけた時、シンが不意に硬い表情で今来た道を振り返った。

「……シン?」

 つられて振り返る。ここには魔物は出ないって……え!?

 俺も微かに顔を強張らせて、曇り空と雪のせいで視界の悪い道の向こう……ちらほら木が寒そうに連立しているその奥を見据えた。――人の、気配。

「レガード王子。ご生存なさってたとは。驚きだ」

 現れたのは、武装した男たちだった。……6人。あんまり上品な雰囲気の人たちじゃない。何だろう……身につけている防具とかだけ見ると、どっかの国の兵士とかそんな感じなんだけど、雰囲気はイメージで言えば山賊。

「誰だ」

 俺のことを、レガードだと思っている。けれどとてもじゃないが好意的な雰囲気だとは思いにくい。

 先頭に立った、多分ちょっと偉そうな感じの男が、口元だけでにやっと笑った。って言うか、頭にもヘルメットみたいな防具をかぶっていて、すっぽりと目元まで覆われているのでチョビ髭の生えた口元しか見えない。

「先日お会いしたんだがな。こんな見苦しいのはお忘れか?」

 いやいや、と言うように首を横に振る。下品な嘲笑が男たちに広がった。――先日お会いした!?それじゃあこいつら、まさか……!!

「せっかく命を拾ったご様子なのに、お忘れとはな。もっとも、次の機会はもうないでしょうが」

 チョビ髭の言葉に、背後に控えた5人の男たちがざっと展開した。チョビ髭を中心に扇形に広がる。

「お前たちは、誰だ」

 低く、尋ねる。チョビ髭は重ねて笑いを放った。

「名乗っても詮無きことだ。……おっと……そっちのお姉ちゃんは上玉じゃないか」

 びくりと俺の背後でユリアが体を震わせた。チョビ髭が下卑た笑いを向ける。

「後でいただくとしよう。……貴様を始末した後にゆっくりとなッ」

 その言葉をきっかけに、男たちが剣を抜き放った。

「やれ!!」

 くそ、まじかよッ。

「ユリア、逃げろッ」

 言いながら俺は剣を抜き放った。シンがチャクラムを構える。

「嫌ッ。わたしも戦えるわッ」

 言うなりユリアはロッドを構えた。祝福の魔法だ。ゲームなんかで言う、いわゆるラックアップの魔法で、敵の攻撃の的中率を下げ、こっちの回避率を上げたりとかする。一見して効いてるのかどうか良くわからないんだけど、魔法石の的中率が上がったりとか「あ、ラッキー」的なちょっとしたことってのが確かにあるので、多分結構便利なんだと思う。

 それからすかさずユリアは魔法石を取り出した。

「『ノームの手』ッ」

 こちらへ駆けて来る男たち目掛けて拳ほどの大きさの黄石を投げつけた。破裂すると同時に、6人のうち4人の足止めに成功した。ラックアップの効果かもしれない。

「さんきゅ」

 ノームの束縛を免れた2人が、ぞれぞれ俺とシンに向かって踊りかかって来た。俺に駆け寄って来た男と剣を切り結ぶ。シサー以外で人と剣を交えるのは初めてで、硬質な音を立てて叩きつけられたその斬撃は結構なものだったけれど、レオノーラを出てからの強行スケジュールで筋力はそれなりについているらしい。剣が吹っ飛ぶようなことは幸いにして、なかった。

「『火炎弾』ッ」

 ユリアが動きを封じられた兵士に向かって魔法石を放つ。兵士の剣を押し返す俺の視界を、炎の塊が吹っ飛んでいくのが見えた。

(くッ……)

 こういうの、雑魚キャラなんだろうけど……ちょっと普通の高校生の俺には荷が重い。どう考えたって、年齢差も体格差も、そして経験値も違う。俺と切り結んでいる男は、少しあざ笑うような笑みを口元に浮かべた。

「先日に比べて、随分か弱くなられたようだな」

「……ッ」

 本物のレガードと比べないでよ……。

「バルザックなどおらんでも、余裕だな」

 バルザック?

 なんて考えている余裕はない。相手と交差させたままの剣を押し返すので精一杯だ。……と、その力がふっと抜けた。勢い前のめりに倒れそうになる。

「ぐおおッ……」

 男は血飛沫ををあげて仰け反っていた。その頬にダガーが突き刺さっている。

「何をしている、カズキ」

 シンだった。自分の方へ向かってきた男はもう始末してしまったらしい。チャクラムとダガーの2つの武器を使うシンは、うまく使い分けて距離があろうと接近戦だろうと、器用に立ち回る。

「ありが……」

 礼を言いかけて、シンの方へ向けた顔が青褪めるのがわかった。チャクラムで吹っ飛ばされたらしい、男の、生首。頭部とお別れした体が、力なくそこに横たわっている。

(嘘ッ……)

 久しぶりに感じる、吐き気だった。

 魔物を殺すことは、俺を、そしてユリアを守るために俺自身に課した。課すことが、出来た。

 けれど今襲われているのは、魔物じゃ、ない。――人間だ。

(人殺しは……)

――人殺しは、嫌だッッッ!!!!!

 俺やユリアの生命を脅かす存在なのだと言うことはよくわかっているつもりだ。魔物に勝るとも劣らないだろう。……わかってるさッ、頭ではッ!!でも、どうして出来る!?人だ、人間だ、俺と同じ人間を殺すことなんか、俺には出来ないッ……!!

 シンは『ノームの手』に縛られたままの男の首を、遠慮なくチャクラムで吹っ飛ばした。別の男に再びユリアの『火炎弾』が飛ぶ。

「早くそいつに止めを刺しちまえ」

 シンから怒声が飛ぶ。俺に襲い掛かってきた男のことだ。頬を貫通し、突き刺さったままのダガーに未だ地面でのた打ち回っている。……無理だよッ!!

「カズキ!!」

「出来ない!!」

「何言ってッ……」

「もらったあ!!」

 まだシンにチャクラムを投げつけられていなかったチョビ髭が不意に駆け出した。『ノームの手』の効果が切れたらしい。俺とシンの隙を突いてユリアに向かって剣を構える。

「ユリア!!」

「ちッ……」

 シンが舌打ちをして、まだ残っている男に向けかけていたチャクラムの標的をチョビ髭に変更しようとする。その瞬間、『火炎弾』を受けた男が『ノームの手』から逃れてシンに向けて剣を振り翳した。振り向きざま、シンのダガーが閃く。

 その間、俺はユリアに向かったチョビ髭を追いかけて剣を振り翳した。……どうしよう、どうすれば良い!?

「ユリア!!」

「きゃぁぁ!!」

 チョビ髭が地面を蹴る。……ユリアッ!!

 あと一歩でチョビ髭の剣がユリアに届きそうになった、その時だった。

「何ぃ!?」

「きゃああああ!!!」

 ユリアの悲鳴とチョビ髭の怒号。吹き上がる風と光の……壁。

「うッ……」

 突然ユリアの周囲に、地面から噴き上がるように光の壁が出現した。それに弾き飛ばされてチョビ髭が地面に転がる。

(あ……)

 何か、懐かしい匂いを感じた気がした。本当に何かの匂いがしたわけじゃなくて……何だろう……感じる。これ……シェインだ……。

 この感じには、覚えがあった。そう、確か、水流に巻き込まれて意識を失う寸前。

(……シェインの、魔法だったんだ……)

 ユリアを守る為の。

 そのおかげで、俺とユリアは離れることもなく守られて……シンに発見された枝まで運ばれたんだ……。

「何だコイツ!!」

 焦ったように言う男の背中目掛けて、シンのダガーが飛来した。背骨を少し外したわき腹に深く刺さる。

「ぐはッ……」

 チョビ髭は呻きながら地面に転がった。安全を感じたのか、突然出現した光の壁が、柔かく霧散するように消えて行く。ユリアは恐怖で気を失ったのか、光の壁に包まれていたその内側で倒れていた。

「ユリアッ……」

 剣を収めて駆け寄る。抱き起こすと、ユリアはぐったりとしていた。俺の背後で、シンがチョビ髭に歩み寄る音が聞こえた。シンにダガーで頬を串刺しにされた男もいつの間にかシンが止めをさしていた。結局、6人ともシンがひとりで倒したことになる。

 情けないのと、人間の死体に囲まれているという事実とで、俺は、全身の力が抜けたようにへたりこんだ。ユリアを抱きかかえたまま。……俺は、凄い……無力だ。

「おい」

 呻き声を上げる男の背に刺さったダガーを引き抜いて、シンは低く言った。ダガーが抜かれる瞬間、血が噴出し、男は一際高い呻きをあげる。構わずにシンは男を足先で転がしてその首筋にダガーを当てた。

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