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QUEST  作者: 市尾弘那
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第3部第1章第21話 邂逅(3)

 現時点ではまだ、シェインたちにフリッツァーの戦力までは必要ではない。

 内乱が巻き起こったその渦中にソフィアがいる場合は必要ともなろうが、今の段階ではソフィアの居場所さえ特定出来ればシェインとエディだけで救出に向かうことも不可能事ではないのだ。

「フリッツァーの調査の戻りを待ってソフィアの居場所を掴んだら、フリッツァーの行動は彼に任せ、俺たちはセルジューク経由でソフィアを助けに行こう。そういうことで、良いか」

 確認しながら、一抹の不審を捨てることは出来なかった。

 そううまく、ことが運べば良いのだが。


 翌日、シェインとエディはフリッツァーの屋敷を辞去すると、その足でそのまま王都セルジュークへの移動を開始することにした。

 ソフィアの行方についてはまだフリッツァーの元に情報が戻っていない為、シェインたちも知ることが出来ない。

 だが、このままぼうっと待っていても時間の無駄である。いずれにしてもセルジュークへ向かわねばならぬのだから、フリッツァーからの情報をセルジュークで受け取ることにして旅立つことに決めた。

「やはり俺たちが気になるらしい」

 時折地図を確認しながら進む道中で、シェインは馬上から小声で隣のエディに呟いた。それを受けて、エディも笑う。

「致し方なかろう。彼は以前王都で謀略に嵌められているのだろうからな。今回も謀略ではないとは言い切れないさ」

「全くだな。振り切ってしまうとフリッツァーと距離が開くと思えば、むしろちゃんとついて来ているか確認したい気分になる」

 フリッツァーの部下たちが、シェインたちの後を追跡して来ているのだ。

 シェインたちがセルジュークで何をするつもりなのか、一応理由は話してあるが、ともかくもこちらの動向を知っておきたいのだろう。

 ばれないようについて来ているつもりだろうが、生憎とシェインもエディも馬鹿ではない。

「だが、まあ……考えようによっては使い勝手があるかもしれぬな」

 フリッツァーの部下を後方に引き連れてシガーラントを出てから、セルジュークまでは馬で急いで4日だ。

 到着した懐かしい街並みに目を向けながら、とりあえずはエルレ・デルファルの方角へ向かう。街中で馬上にあるのは基本的には許可を受けた人間だけだから、馬を下りて引きながら路上を進んだ。

「エディは、セルジュークに来たことは?」

「あるみたいだな。覚えがある」

「ほう? 何をしに来たかは?」

 シェインの問いに、エディは路沿いの店に目を向けながら軽く肩を竦めた。

「それは聞かれても答えられ……」

 そこで言葉を途切れさせ、エディは顰め面で片手を額に当てた。

「……エルレ・デルファルか」

「え?」

「この道を通って、エルレ・デルファルへ向かったような気がするな」

「何……」

 言いかけて、気がついた。

 モナ軍に魔術師兵を導入したのはフレデリクなのだ。公位継承後はエルレ・デルファルで学ばせる費用を国庫から出す制度も作ったと聞いたことがあるし、調査の為に自ら足を運んだりしていたのかもしれない。

「だが、何をしにエルレ・デルファルになど向かったのだろうな……。私には魔法はこれぽっちも使えないのだが」

「さぁて。記憶を取り戻してみればわかることだろうがな」

 答えながら、頭の中にエルレ・デルファルの恩師を幾人か思い浮かべてみる。エルレ・デルファルはリトリア王国にあるとは言え、全国から魔術師になる優秀な人材が集まる場所だ。戦争の際に、リトリアがエルレ・デルファルの学士などから徴兵を強制しては各国もたまらないので、かつて帝国内全土で協定を結んでいる。戦時にエルファーラが中立となりヴァルスを懇意にしないのと同様、リトリアもエルレ・デルファルに不当な圧力をかけることは出来ないとされているのである。

 言わば、リトリア国内における中立地帯――それが、エルレ・デルファルだった。

 元々は私学だったそれは、今では帝国アルトガーデンの国庫や内部各国の国庫から寄付金が多額に出ている。ゆえに、どこの国へも背くことの出来ない機関なのである。

「フリッツァーは、ソフィアの情報を掴んだのだろうか」

 レンガの敷き詰められた大通りを歩きながら、エディが問うでもなく呟いた。

「そろそろ掴んではいるだろうさ。問題はそれをちゃんと俺たちに伝えてくれるかだが……」

 元々フリッツァーは、セルジュークに住んでいた貴族である。こちらに屋敷も所有していれば、知人もいる。

 エルレ・デルファルの事務長フォイヴォスとフリッツァーは共に兎狩りなどに度々足を運ぶほど懇意にしているとのことで、シェインの行き先がエルレ・デルファルと知ったフリッツァーはフォイヴォスに書簡を預けておくと言っていた。

 フォイヴォスと言う人物をシェインは残念ながら知らないが、ともかくもフォイヴォスに会ってみるのが最もスムーズな流れとなるだろうか。

「とりあえずはエルレ・デルファルで事務長殿にお会いさせていた……」

「シェイン!!」

 エディに顔を向けて言いかけたシェインの言葉が、不意に遮られた。覚えのない男の声に目を瞬いて振り返ると、ローブを身につけた松葉色の髪の小柄な男がこちらへ向かって駆けて来るのが見えた。

 その顔に見覚えがありつつ誰だか思い出せずに一瞬悩む。それから、学生時代の同級生の中に、その顔を見つけ出した。

「アーベル」

「ああ、覚えてくれてたんだね。良かった」

 エルレ・デルファルにいた頃の学友だ。

 シェインは、その傑出した能力と華やかな家柄から、嫉妬や羨望で敬遠されることが少なくなかった。ゆえに僅かな学友しか得ることが出来なかったが、アーベルは、特に親しかったことこそないものの嫌な思いをさせられたこともない。

 おっとりした、穏やかな人物で、そこそこ優秀な成績の持ち主だったと記憶している。

「どうして……おぬしは、モナではなかったか」

「うん。だけど、卒業後にそのままエルレ・デルファルに残っているんだ」

「ああ……そうなのか」

「まだまだ下っ端研究員だけどね。座学の授業の準備などは、させてもらってるよ」

 エルレ・デルファルで働く学士や研究員なども、概ね卒業生であることが多い。なるほど、アーベルは卒業してモナへは帰らずに、セルジュークに留まり続けていると言うことか。

 しばらくぶりに見知った顔に出会ったことで思わずほっと相好を崩したシェインは、何となくアーベルと一緒に歩き出しながら口を開いた。

「リファルト教授はお元気でいらっしゃるか」

 シェインの知る限り、最も優れていると思われる恩師だ。かなりの高齢であったが、矍鑠かくしゃくとした老人で、唱える呪文に当時感嘆したものだ。

 かつてリトリアの宮廷魔術師にと熱望されていたと言う彼ならば、ロンバルトの宮廷魔術師には劣ることはないだろう。

 だが、アーベルの答えはシェインを失望させるに十分なものだった。

「リファルト教授は、今は退かれてね……」

「何?」

 思わず足を止める。

 エルレ・デルファルに勤める人間は、それこそ世界各国から集まっている。退陣してしまったのであれば自国へ帰ってしまう者も少なくないし、となると他の人物を当たらなければならなくなる。

 驚いたシェインに、アーベルも足を止めながらぱたぱたと片手を振った。

「ああ。でも週に1〜2日はいらっしゃるよ。名誉管理官として、教授を見回る職をなさってる」

 その言葉に、ほっと肩の力を抜いた。

「今日は、いらっしゃるか」

「うーん。お休みだったんじゃないかなあ。リファルト管理官に会いに来たの?」

「まあ……」

 無言で2人を見守っているエディと顔を見合わせて、シェインは曖昧に頷いた。その答えに、アーベルは少し考えてから首を傾げてシェインを見上げた。

「だったら、ご自宅を訪問された方が早いと思うよ。ここからそんなに遠くない」

 そう言ってアーベルは、リファルトの邸宅の位置を口頭で説明した。シェインにとってもエルレ・デルファル周辺のセルジュークは既知の場所なのだから、理解をするのは早かった。

「そうか、助かった」

 いずれにしても事務長に会わねばならぬから後ほどエルレ・デルファルへ向かうことにはなるが、魔力の回復は一刻でも早いに越したことはない。

「今から学園へ戻るのか」

「そう。僕は今日は、午後出勤なんだ」

「後で、改めてそちらにも訪問させてもらうさ」

 事務長から、フリッツァーの書簡を受け取らなければならないのだから。

「本当に助かった。礼を言う」

 笑顔で心からの礼を口にして頭を下げるシェインに、アーベルはやや照れ臭そうに笑って片手を振った。

「いるかどうかは、保証出来ないけどね」


          ◆ ◇ ◆


「来たか……」

 セルジュークの郊外にあるレドリック私有の屋敷に身を落ち着けていたラミアは、シェインらしき人物がセルジュークに入ったとの報を受けて立ち上がった。

 予想通り、ヴァルスの宮廷魔術師は、リミッターの解除の為にセルジュークへ訪れたらしい。

 ならば行き先はエルレ・デルファル――今度こそ逃すものか。リミッターの解除が叶う前に、始末してくれる。

 すぐさま、ロンバルトから伴ってきた私兵10人を連れて屋敷から出る。リトリア王城には事前に馬の使用と多少の私兵を率いている旨の許可を済ませている。

(エルレ・デルファルで片付けられればな……ッ)

 馬を走らせながら、ラミアは顔を歪めた。本当ならばエルレ・デルファルに人員を配置して待ち伏せし、そこで片付けてしまうのが最も早いのだ。

 だが、中立地帯であるエルレ・デルファルを私兵で取り囲むわけにはいかないし、戦場になっているわけではない他国にそれほどの人員を率いてくることは警戒を煽る。断念せざるを得なかった。

 監視としてひとりくらい放っておくことは出来るが、エルレ・デルファルの前で襲撃するわけにはいかない。であれば、シェインがエルレ・デルファルに入ったことを報告されても手遅れにしかならない。

 妥協案としてセルジュークの各凱旋門に人員を配置して、シェインが街を訪問するのを待ったのである。

 エルレ・デルファルは広大な敷地を所有するがゆえに、門が四方八方にある。だが、それらの門を使用して中に入れるのは教授や研究員、学生証を持つ在学中の人間など、現在エルレ・デルファルに関係している人間のみで、外部の人間が通過出来るのは正面の正門と決まっていた。卒業生もまた、例外ではない。

 凱旋門からシェインがどこへ消えたとしても、エルレ・デルファルへ向かう以上最終的に辿り着くのはそこと決まっている。まだ門を通過したとの連絡もない。シェインが学園に辿り着く前に、人気のないどこかで片付けてしまう必要がある。

 正門へ続く大きな道は真っ直ぐな一本道で、左右に植林された美しい遊歩道だ。

 だが、ここは人目につくし、ここへ来るまでに辿る道筋はいくつか考えられる。

 念の為、遊歩道付近に4人の私兵を残し、後の6人を連れたラミアは、凱旋門に配置していた情報員からの報告を元にシェインが辿るだろう道にあたりをつけた。一度そちらの方角へ向かったのならば、相当歪んだ精神の持ち主でない限り、こちらの道から姿を現すはずだ。

 そう判断して、馬を進める。ばったり遭遇してしまっては処置に困るから、周囲を警戒しながら辺りを探っていたラミアは、前方の道にその姿を見つけて目を見開いた。

 服装こそ変わっているものの、間違いない。――ヴァルスの宮廷魔術師だ。

 シェインは、隣に並ぶ男性に向かって何かを言いながら、左手に折れる道を示していた。それぞれ馬を率いてはいるが、馬上にはない。

(見つけたぞ……!!)

 シェインの姿を見つけて加速する鼓動に、微かに体が緊張で震えた。

 まるで恋をする乙女のようだ。狙っているのがその心ではなく、命である点を除けば。

 今度こそ、レドリックの為にもその首を獲ってくれる……!!

 人目につかぬタイミングを狙って動きを止めるラミアの前で、シェインの姿が角を曲がった。遊歩道にも私兵は残してあるのだし、大丈夫なはずだ。連れの男がどれほどの腕前なのかは知らぬが、たかだか2人……こちらの人数に適うはずもない。逃しはしない。

 シェインを追って角を曲がる。何も知らぬシェインたちは、緩やかにカーブを描くその道をゆっくりと進んでいた。まだ、人目がある。騒ぎにはなりたくない。

 この道は住宅を通る道で途中に住宅の間を縫う分岐が幾つかあるとは言え、エルレ・デルファルへ続く遊歩道に出るには真っ直ぐだ。そちらへ向かうことは疑いないのだから、下手に見つかることのないよう多少の距離を置いて後を追いながら、ラミアはタイミングを計っていた。

 狙うなら、遊歩道へ入るその寸前……そこでこの道は一度、左右の住宅が途切れ、短い林に入る。

「……!?」

 そう計算しながら、緩やかなカーブに一度姿を消したシェインたちの姿が再び前方に現れることを予想して馬を進めたラミアは、不審を感じて速度を上げた。

 距離を縮めれば見えるはずの彼らの背中が、見当たらない。

(何……!?)

 しまった、気づかれたか……!?

 そのことを理解して、ラミアは馬を走らせた。だがやはり、道の先には誰の姿も見えなかった。

 視界から消えた一瞬の間に、どこかの角へ曲がったのかもしれない。だがいずれにしても、この辺りにいることに相違はないのだ。

「くそッ、探せッ……」

 ヒュンッ……!!

 馬の速度を落として、付き従う私兵に怒鳴りかけたラミアの頬を、背後から一瞬何かが掠めて飛んでいく気配がした。掠めた何かが、ラミアの頬に一筋の赤い血を滲ませる。

 目を見開き、思わず動きが固まった。

 ラミアの頬を掠めたものは、矢ではない。ダガーでもない。――目に見えぬもの。

(まさか……!!)

 その意味を理解したラミアは、咄嗟に背後を振り返った。その視界の中で、背後に控えていたはずの私兵たちが、血を噴き上げながら呻きと共に落馬していく。

「久しいな……」

 道の先にあるは、ヴァルスの宮廷魔術師。

 人目がないのを良いことに、その姿は馬上にあった。ラミアの追跡を知って道を逸れ、回って背後に現れたらしい。

 馬を気遣ってか、シェインからやや離れた路上に、風が渦巻いているのが目に見える。自然に巻き起こったものではないことは、目に見て明らかだった。

(馬鹿な……)

 エルレ・デルファルの門は、まだくぐっていないはずなのに。

「会いたかったぞ。まるでおぬしに恋焦がれている気分だな」

 低く言う声に滲む、酷薄な笑み。迸って香り立つ、壮絶なまでの怒り。

 威圧されて言葉のないラミアに、ヴァルスの宮廷魔術師が低く続ける。その片腕が、軽く、動く。

「俺が味わった苦渋の味……おぬしにも、味わわせてやろう」

 薄く笑ったシェインの笑みに、ラミアの背筋が凍りついた。











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