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QUEST  作者: 市尾弘那
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第3部第1章第18話 氷竜トラファルガー(2)

 頭は良いんだな。馬より良かったりするのかもしれない。

「彼は、ラーヴル。このドラゴンクローラにはラビと言う名前がある。ラビの騎手は、ラーヴルだけだ」

 副将軍に紹介されると、ラーヴルはまたにこっと笑って頭を下げてくれた。こちらも慌てて頭を下げる。

 でも、『自分のドラゴンクローラ』ったってなあ……区別、つくんだろうか。放牧したら区別がつかなさそうだ。いや、育てて来ているんだから、区別がつくものなのか?

「では、邪魔したな。ラビの手入れを続けてやってくれ」

 ヴァルト副将軍がそうラーヴルに労うと、ラーヴルは頭を下げて再びラビに向き直った。出かける気になってしまったラビを宥めるようにして、軽く体を叩いている。

 それに背を向けて歩き出す副将軍とカレヴィさんに従ってその場を離れながら、俺はちらっとラーヴルとラビを振り返った。

 乗ってみたい気も、するよな。別におもちゃじゃないんだから「乗せてくれ」とは言えないが、空を飛ぶと言うのは人類の憧れって奴で。

 魔法があるこの世界でも、多分飛翔する魔法と言うのはないんだか、あっても難易度が高過ぎるのか、少なくとも俺は見たことも聞いたこともないし。……いや、シェインでさえ「空を飛ぶ」と言う話を聞いたことがないから、ないのかもしれない。

 副将軍とカレヴィさんは、2人だけで言葉を交わしながら前を歩いている。会話のわからない俺は完全な置いてきぼりだが、時折ヴァルト副将軍がちらりとこちらに顔を向けた。何を話しているんだろう。

 どこへ向かうつもりなのか、そのまま要塞の中に入る2人について、俺も中に入る。2人に従って自動的に階段を上り、通路を歩き、また階段を上り、要塞の上の方にまで連れて来られて来ているみたいだった。

 やがて、部屋へと案内される。来客用なんだろうか。取り立てて私的な匂いのない部屋だから、ヴァルト副将軍の執務室とかでさえないんだろう。俺ごとき、そんなところに連れて行ってくれるはずがない。

 促されるまま部屋に入り、入り口でドアを押さえてくれていたヴァルト副将軍がパタンと扉を閉める。何かちょっと、嫌な予感がしないでもなかった。

「座りなさいと言っているよ」

 カレヴィさんは特に何も思っていないようだ。俺の気のせいだろうか。内心、首を傾げながら、示された部屋の中央にあるソファに腰を落ち着ける。ヴァルト副将軍が長い足でつかつかと歩いて、テーブルを挟んだ反対側に腰を下ろした。

 そして俺を、じっと見つめた。

「レーヴァテインに興味があるようだ」

 前置きも何もすっ飛ばして、唐突にそんなふうに言う。いや、俺は直接彼の言葉を理解しているわけじゃないからカレヴィさんがすっ飛ばしたのかもしればいが、ともかくも、そんなふうに話し始めた。

「え、カレヴィさん」

「ああ。先ほど、カズキがレーヴァテインに興味があるらしいから、良かったら話してやってくれないかと頼んだんだ」

「それは、どうも……」

 確かに、ここに来る馬車の中で、言いはした。

 けれど何か、妙な匂いがする。……いや、気のせいだろう、考え過ぎだ。カレヴィさんの友人なのだし、警戒し過ぎているんだろうとは思う。

「なぜ、興味がある?」

 考えとは裏腹に、心の中で警鐘が鳴り響いていた。下手なことは言わない方が良い。少なくとも俺には、副将軍がどういう人間なのかわからない。

 自戒しながら、言葉を選ぶ。

「伝説の、魔剣だと聞いています。誰も、手に入れられないと。……それだけのことです」

 微かに滲んだ緊張を読み取ったように、副将軍が笑った。

「そう構えないで欲しい。君に何をしようと言うわけではない。そうだな、伝説の魔剣に興味を持つのは、少年ならば当然のことだ。増して武器商の見習いならば」

「ええ……そうですね」

 嫌だな、何か。ちりちりと頭の隅を焦がすような警戒心を消すことが出来ず、俺は副将軍を見つめていた。すると不意に副将軍が、片手を軽く挙げて立ち上がった。笑いながら何かを口にする。カレヴィさんも笑いながら応じた。

「お茶を入れてくれるそうだ。カズキの緊張を和らげてやろうと」

「……ありがとうございます」

 その言葉の通り、ヴァルト副将軍は部屋の隅にあったティポットから飲み物をカップに注いだ。それを持って戻って来る。

「私は冷たい飲み物が好きでね。温かい物がよければ出させるが」

「いえ、結構です」

「要塞の中は温かいからねえ」

 何の緊張感もない声で、カレヴィさんがカップのお茶をすする。俺も、副将軍が差し出してくれたカップを受け取った。

「いただきます」

 あれ?

 受け取りながら、副将軍の指がふと目に入る。左手の中指についた、ごっつい指輪。装飾品と言うには武骨で、武具防具にしては軟弱な。

(これ……)

 マキビシのような、飾り。

 警鐘が激しくなる。フラッシュバックする光景。前にも同じ物を見た。……ツェンカーに向かう馬車の中で。

――偶然か?

「私は、このツェンカーと言う国を、とても愛している」

 俺の視線に気づかずに、ヴァルト副将軍が再び向かいに腰を落ち着けながら、ゆっくりと足を組んだ。

「トラファルガーは、我々にとっては、何者にも変えられない脅威だ。ツェンカーは長い間、トラファルガーに対抗する為の手段を研究しているが、これと言うものがない」

「ええ……」

「レーヴァテインには、その力があるのではないかと私は考えている」

「……」

「これまでトラファルガーにツェンカーが襲われたのは、6度。これは、ツェンカーと言う国が出来てからの話ではないがね。その前、この辺り一帯を襲った記録を紐解けば、と言う話だ」

「はい」

「その中でトラファルガーに立ち向かうことが出来たのは、記録を遡るとただの一度だけだ」

 無言で、副将軍の言葉を待つ。

「それはツェンカーと言う国が出来る前の話で、詳しいことはわかってはいない。けれど調べられる範囲で言えば、立ち向かったのはひとりの男。彼が用いた手段は、剣」

「……」

「不思議だろう。軍隊でもない。魔法でもない。ただのひとりの人間に、剣一本で何が出来る。……ただの伝説として片付けられている」

「へえ……」

「けれど私はそれがどうしても引っ掛かったのだよ。そこで、可能な限り調査をした。これは国の機関を使ったわけでも、正式な調査でもない。私自身の、個人的な興味だ」

「はい」

「私にはその剣が、今はフレザイルに眠る炎の剣なのだと思えてならない」

 それには俺も、同感だ。

 恐らくはまだ魔女狩り――聖書の改竄前の話だったんだろう。レーヴァテインの鍵を手に入れた男が、同時に剣をも手に入れた。そして氷竜を制する魔剣をもってして炎の魔法を操り、トラファルガーに立ち向かった。

「レーヴァテインを手に入れるには、鍵が必要なのだと言う」

 ヴァルト副将軍が、厳かに目を細めて、言う。

「私はその鍵についても調査を進めた。そうしてわかったことは、それはピアスの形状をしているものだと言うことだ」

 心の中の警鐘が、また速度を増す。見据える副将軍の眼差しが、俺の耳元に向けられているような気がしてならない。

 しまったな……俺が、浅はかだった。

 これがレーヴァテインの鍵なのだとすれば、レーヴァテインを手に入れる為に俺自身に危険が襲い掛かる可能性がある。軍部の人間だったら、鍵を手に入れる為に俺本体を始末するくらいわけないんじゃないだろうか。……これが、トラファルガー対策になるのだと考えているのなら尚更、俺の命ごときどうでも良いだろう。

「そう、なんですか」

「ああ。……時に、君もピアスを嵌めているね」

「ええ。珍しいことではないでしょうけれど」

「見せてもらえないか」

「……」

 無言で副将軍を見詰め返す。俺の内心は、切羽詰っていた。

 見せるだけなら構わない。けれど、副将軍はレーヴァテインの鍵であるピアスがどんなものか、知っているんだろうか。俺は、これが間違いなく鍵なのだろうと思っている。対になるアイテムがあると言うこと、炎の属性に対する耐性、エルファーラの宗教画……ヴァルト副将軍がもしもこれがそうなのだと判断したら?

 トラファルガーを制す為に、レーヴァテインを手に入れる為に、奪おうとするかもしれない。

「困ります」

 警戒も露に、短く答える。カレヴィさんが、ようやく俺たちの微妙な空気に気がついたらしく、俺の返答に慌てた。

「カズキ」

 鍵を奪われて困ることは、何だろう。

 まず、このピアスは、留め金と言うものがない。そもそも、繋ぎ目と言うものが存在していないのだから、それを繋いで離す部品がないんだ。耳から外れないようにストッパーがついてはいるが、それは外れない。

 俺の耳から離そうと思うと、ピアスか俺の耳か、いずれかを切断する必要があると思う。シェインならそんなことをしなくても抜いてくれるかもしれないが、このおじさんにそんな技が出来ると思えない。ピアスを傷つけるくらいなら、俺の耳をぶち抜くかも知れない。勘弁。

 次いで、トラファルガーへの対抗手段がレーヴァテインならば、俺たちはそれをルーベルトとの交渉材料にする必要がある可能性がある。こんなところで、このおじさんに奪われてしまうわけにはいかない。ツェンカーをヴァルスに引き寄せる強力な条件を、失うことになる。ユリアの為に、トラファルガーでさえ使ってやると決めたんだ。

 それに実際問題、ヴァルト副将軍が何を望んでレーヴァテインを欲しているのか、俺には不明瞭だ。このおじさんがどういう人かもわからず、強力な魔力を持つはずの魔剣の鍵を、おいそれと渡すわけにはいかない。純粋にトラファルガー討伐の為ならば問題ないが、悪用するつもりだったら、取り返しがつかない。

 そして最後に、そもそもの持ち主が誰であれ、シャインカルク城に渡った経緯が何であれ、このピアスを俺はヴァルスの宮廷魔術師から受け取っている。現状ヴァルスの管理下にある秘宝とやらを、ほいほい渡すわけにはいかない。

 結論としては、ヴァルト副将軍に今奪われるわけにはいかない。少なくともユリアとシサーの同意が最低限必要だ。

「カレヴィさん。伝えて下さい。……ヴァルト副将軍は、何か誤解しておられるように見えます」

 副将軍から目を逸らさずに低く言うと、カレヴィさんはちょっと困ったような顔をして、それから俺の言葉を伝えた。どう伝えたのかは、わからない。やがて副将軍が、笑った。

「どうして警戒している?そのピアスが見たいだけだ」

「ただの、ピアスですよ。街の雑貨屋で買った」

「お洒落な物だ。私はこう見えても、お洒落なタチでね」

 それほどセンスが良いピアスだとは思えないんだが。

 無言の俺に、ヴァルト副将軍も少し無言だったが、やがて困ったように苦笑をして肩を竦めた。

「良いさ。わかった。なぜだかわからないが、私は嫌われているのかな。無理強いはしないこととしよう」

 あれ。

 意外とあっさり引き下がった。

 もしかすると武力に訴えてくるかもしれないと警戒していた俺は、それで軽く肩透かしをくらったような気がした。副将軍が、すとんと背もたれに体を預ける。

「まあ、レーヴァテインがフレザイルにあるのは確かな話さ。私は実際に足を運んでいるのだからね」

「だけど取り出すことが出来なかった」

「その通り。私が鍵を持っていなかったからだろう。尤も、鍵を持っているからと言って、手に入るかどうかは恐らく別だろうが」

 別?

 目を瞬く俺に、ヴァルト副将軍は薄く笑った。

「魔剣を操るには、適性を問われるのだそうだ」

「適性?」

「そう。……魔法を操る人間がいるとする。けれど、魔術師は全ての魔法が得意だと言うわけではない」

「……」

「火の魔法を得意とする人間もいれば、水の魔法を得意とする人間もいる。だろう?」

「ええ」

 キグナスなんかは火系攻撃が得意、って言って良いんだろうな。副将軍が言っているのは、そう言うことだろう。

 それが、適性?

「じゃあ、炎の剣と言われる物を操るには……」

「炎の適性が必要だと言うことになる。仮にその人間が魔術師であった場合、火系魔法を得意とするようなね」

 その言葉で、不意に理解した。

 以前、ガーネットが言っていた言葉――『人には属性がある』。

 そう言う意味だったのか。

「それは、いわゆる『魔剣に選ばれた特定の人間がいる』と言うような意味ですか」

 考えながら尋ねる俺に、ヴァルト副将軍は軽く肩を竦めた。

「恐らくは違うだろうと私は考えているよ。例えば炎の魔剣を使える特性の人間が、この世にたったひとりと言うわけではないだろう。火系の魔法を得意とする魔術師は、世の中に何人もいる。それは、その適性が個人特有のものではなく、人間がいずれかの適性に分類されていると言うことを示しているのだと思う。つまり世の中に炎の適性を持つ人間や水の適性を持つ人間が何人もいて、扱うことが出来るのは合致する人間だけじゃないかと言うことだ」

 血液型みたいなもんだろうか。

 ガーネットの言い方を考えれば、その言葉はあながち的外れとは言えないような気がした。

 『人には属性がある』……特定の人間にしかないものなのであれば、『属性を持つ人間がいる』とか何とかって表現になるだろうし。

「それを思えば、果たして私が鍵を手に入れたところで、使えるかどうかはわからないのだからね。……さて」

 そう締め括って、ヴァルト副将軍は俺とカレヴィさんを見比べた。

「こんなところで、少年の好奇心の満足に役立てたかな」

 心の中の警鐘が、止む。

 俺の、考え過ぎだったんだろうか。

 先ほどの副将軍はこのピアスを狙っているように見えてならなかったが、あっさり引っ込めたところを見ると、それこそただの好奇心だったんだろうかと言う考えが生まれる。

 とすれば俺は、結構失礼な奴だ。

「……ありがとうございました」

 先ほどの謝罪の意味も込めて頭を下げると、副将軍が屈託なく笑った。

「お安い御用だ。私も興味のあるレーヴァテインの話であれば、いつでもしてあげよう」

 そうして後半は、カレヴィさんに向けて言葉を紡いだ。それに答えて、カレヴィさんも何かを言う。再び副将軍の目が、俺に戻った。

「私もそのうち、久々に店へ遊びに出向くとしよう。そうだ、良かったら……」

 副将軍が俺に向けて、何かを言いかけた時だった。

――クォォォォォッ……。

 ツェンカーに来てから何度か耳にした、魔物の雄叫び。トラファルガーの咆哮だった。

 けれど、いつもと少し、違う。

「何ッ……」

 びりびりと空気を震わす振動は、肌に直接訴えかけてくるようだった。全身に立つ鳥肌に、目を見張る。……近過ぎる!!

 副将軍が顔色を変えて、窓の方へと駆け寄った。俺とカレヴィさんも、咄嗟にそれに従う。

「何だ、あれ……」

 思わず呆然とした呟きが漏れた。

 久々に、『恐怖』と言う感情を、思い出した。

 咆哮は絶え間なく上がっている。窓のガラスが音を立てて揺れ、のみならずテーブルのカップがカタカタと音を立てていた。空気が細かく振動して、まるで細波のように打ち寄せてきている気がした。

「襲撃開始か……!!」

 副将軍が何かを早口で呟き、カレヴィさんが答えるでもなく呆然と呟くのが聞こえた。

――遥か遠くの上空。

 にも関わらず、肉眼でその姿がはっきりと視認出来る。

 毒素を含んだ白のような色の、凶暴な生き物がそこには浮かび上がっていた。巨体を持ち上げる羽の動きが、見える。鎌首を擡げるような、何かに狙いを定めた姿勢。口から吹きつけているような白煙は、見ているだけで凍てつくようだ。

(あれが、トラファルガー……)

 遥かな距離を越えて尚叩きつけて来るようなその存在感に、握り締めた拳が小刻みに震えた。

 氷竜トラファルガーの、覚醒だ。











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