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QUEST  作者: 市尾弘那
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第3部第1章第17話 『地上の星』(2)

「いやいや。お待たせしてすみませんねえ。安いお茶しかないんだがねえ。こんなもんしかなくて」

 忙しなく言いながら、にこにことやかんのお茶をカップに注いで、俺たちに回してくれた。礼を言って受け取ると、手元に置いてシサーの出方を待つことにした。こういう場面では、俺とキグナスはほぼ役立たずに近い。

「それで、どんなお客さんなんだい?ジーク」

 ようやく腰を落ち着けたカレヴィさんが、まずはジークに尋ねる。

「先ほども言ったように、僕の昔馴染みから紹介されましてね、僕のところへ来てくれたんです。彼らがツェンカーに来るにあたって、協力してやってくれと言うことで……まあ、僕に出来ることがあるとすれば、カレヴィさんを紹介してあげることくらいかなと」

「それは買い被られたものだねえ。じゃあ、元々はジークを訪ねて来たわけではなく……?」

 後半のセリフは、シサーに向けてのものだった。シサーが頷く。

「ツェンカーに来る用事があったから、知人がツェンカーで協力してくれそうな人物を紹介してくれた、と言う流れだ」

「ほほう。知人とはどのような?差し支えなければ」

「盗賊ギルドの頭さ」

 シサーの回答に、カレヴィさんは目を丸くした。元々がコミカルな顔立ちなので、そういう表情をするともはや漫画に近い。

「それはまた、ディープな知り合いだねえ」

「まあな」

「じゃあ、あなた方も、『そのスジ』なのかい」

 カレヴィさんの質問に、シサーが黙って顔を横に振る。それから改めて、口を開いた。

「俺は、ただのギャヴァンの傭兵だ。こっちのニーナやカズキもまあ……似たようなもんで」

 俺には傭兵になれるようなウデも技術も何もないので、ちょっといたたまれない。

 顔を顰めた俺に苦笑すると、シサーはそのまま雑談のような口ぶりで続けた。

「でもまあ、商売って話で言やあ、得意な方じゃないんでね。仕事を掴むのには一苦労だ」

「どこかの傭兵隊に所属はしてないのかい」

「してねぇ。今いち、ああいう組織は向いてないみたいでな。個人のツテから転がり込んでくる仕事を請け負うのが大半だな。たまに、ヴァルスの傭兵隊の要請を受けて参加することもないでもないが、どうもな」

 軽く肩を竦めるシサーに笑って、カレヴィさんがやんわりと尋ねた。

「元々、そういったことを生業とされている家系かい」

「いんや。俺は元々は商家……広い意味で言えば、あんたと同業者だ」

 シサーの回答に、カレヴィさんは「ほお」と小さく声を上げた。

「どこの」

「ラグフォレスト大陸のシュートさ。主に装飾品なんかを扱う家でね」

「そりゃあまた、裕福な出だなあ。何でまた傭兵に」

 カレヴィさんの問いに、シサーが笑う。

「さっきも言ったろ。商売って奴が、得意じゃない」

 シサーの回答に、カレヴィさんも笑った。

「ああ。なるほど」

「商売ってのは、時勢にも大きく影響されるだろう。もちろんそう言う意味で言や、傭兵って商売も同様だけどな。売れる品、売れない品、羽振りの良いルート、落ち目になっていくルート……ルートが落ちりゃあ、商売やる方も大赤字だ」

「その通りだよ」

「武器商には今、何やらしんどいことになっているとジークにちらっと聞いたな」

 シサーの言葉に、ジークが軽く目を上げた。けれど何も言わずに、軽く口の端をきゅっと上げて笑う。カレヴィさんが頷いた。

「今は、苦しいね」

「でも、変な話だろう?アルトガーデンじゃあ戦争中だ。ツェンカーでもトラファルガーの襲撃が予感される。飛ぶように売れそうなもんだけどな」

 シサーの言葉に、カレヴィさんは苦笑いのような表情でため息をついた。手を伸ばして、自分のカップを引き寄せながら口を開く。

「人は、ドラゴンに戦いを挑もうとは思わないんだ」

「へえ?」

「圧倒的強者の前に、逃げ惑うことしか出来ない。考えてもみてごらん?豪邸のような巨体が、殺人的な冷気を振り撒きながら宙を自在に舞う。剣を一本買ったところで、何が出来る?」

「けれどそれが集まれば、話は違う。軍隊ってのがあるだろう」

「軍隊はね、あるよ。民事会もトラファルガー対策の為に武器を集めたし、人間を鍛えた。それは、確かだ」

 ツェンカーの政権を握る人たちは、民事会と言うらしい。

「だったら」

「おかげで確かに一時期は飛ぶように売れた。そのおかげで、今の売上の悪さがカバーされているようなものだ。けれど、今はルートそのものが品薄で、店に良い品が回って来ない」

 カレヴィさんが、深々とため息をつく。

「へえ。あんたが持っているいくつものルートが?」

「そう。妙な奴らに襲撃をされたりして、品物の強奪が横行している。普通のルートからは商品が姿を消していき、裏の流通を頼れば価格は高く、品は悪い。武器が、おかしなところからおかしなところに流れている」

「で、大打撃を受けているわけだ」

 確かめるようにシサーが言った。カレヴィさんはまたもため息混じりに頷いた。

「大打撃さ。これが続けばどうなるかと思うと、ため息しか出ない。迷惑な話さ」

 そこまで聞くと、シサーは頷いた。それからやや身を乗り出すようにして、カレヴィさんを見つめる。

「本題に入ろう。協力が欲しい。ただし、他言無用だ。……俺たちの話を聞いてもらえるか」

 真っ直ぐ見つめるシサーの言葉に、しばし無言で見つめ返していたカレヴィさんは、やがて真摯な目付きで深く頷いた。

「ええ。それじゃあとりあえずは、お伺い致しましょうか」


          ◆ ◇ ◆


 シサーとカレヴィさんの雑談のような会話を聞きながら、俺は、先日シサーから聞いた話を思い出していた。

 ジークと会った後のことだ。

 人は、大きな行動を起こす時には、必ず理由がある。

 その理由はその時々でそれぞれだけれど、行動が自分と誰かとで共に起こす行動である場合、相手に対する信用度合いは、理由そのものに大きく影響されると言う。

 わかりやすいのは、金銭や物品で相手を動かす。「こうしたら、これをやる」と言う相手の物欲を動かして、行動させる。

 これは最も相手を動かすのに簡単な手段ではあるけれど、逆に、最も裏切られる可能性が高いんだそうだ。

 確かに金で動かした相手ならば、金で他からも動かされる。こっちが100ギルで契約したのならば、200ギルで話を持ちかけてくる相手に動かされるだろう。つまり、信用性が、かなり低い。「どうせ裏切る」くらいの気持ちでいるのがベストらしい。

 そして次に、目的や利害関係の一致。

 利害が一致すれば、それぞれ自分自身の目的や利害の為に動いているのが実情だから、金銭などで動かすことに比べれば裏切る確率はぐっと下がる。裏切ることが、自分自身の目的と逸れる行動である可能性が高いわけだから。それはつまり、誰の為でもなく自分の為ってわけだし。

 但しその場合、より良い協力者が現れた場合はそっちに乗り換えるし、目的そのものが変わってしまったりするとあっさり裏切ってくると言う。相手の状況や様子を見て、警戒を怠らずに協力体制でいる必要があると言うわけだ。

 最も信用が出来るのは、相手の行動が「そうしたい」と望む気持ち発露であること、言い換えれば情や信義なのだそうだ。

 綺麗ごとに聞こえるかもしれないけど、ぎりぎりの選択を迫られた時に、人は自分の保身を優先するようになる。

 金銭などで動かしていた場合なんか、そういった窮地に立たされた瞬間に100%、裏切る。なぜなら、金をもらっても死んじゃったら何もならないことはわかりきっているからだ。

 そこへ来ると、「誰かの為にやってやりたい」「自分自身が相手の為にこうしたい」と思ってやっている行動の場合は、保身よりもそう思う気持ちを優先する可能性がぐっと上がる。共に行動をしている誰かに対しての情や信義があれば、最後の最後まで裏切らないかもしれない。

 人は、他人に認められたいと願う気持ちが最も強い欲望だと言う説もあるんだそうだ。自分が認めた相手ならば尚のこと、その気持ちは強くなる。認められたいのであれば、裏切るわけにはいかない。例えば俺だって、ユリアを裏切るくらいだったら死ぬだろう。

 と来れば、その前の段階……そこまでの窮地に立たされてさえいない状態で裏切る可能性が、極端に落ちる。だからこそ、信用に値する。

 今の俺たちは、ある意味、綱渡りの状態だ。

 火種を抱えるかもしれないツェンカーで、ヴァルスの国主を連れて歩いている。

 シサーやキグナスたちが俺を裏切ることはありえないだろうと思うのは、いわゆる情や信義から来る信頼関係って奴だと思うし、ツェンカーで得られる協力がそれであるに越したことはない。

 だけど、それは一朝一夕で得られるものでもない。

 安易に信用した人物に下手な情報を流して裏切られてしまったら、洒落にならない状態。だけど、最も信用出来る人材は、簡単には手に入らない。

 シサーがカレヴィさんに振った話は、彼に対する信用度を測る為のものだろう。そう思いながら、俺は彼らの話を聞いていた。

 ジークには、確かにユリアが王女であると言うことを告げている。

 俺たちとジークの間には、信頼関係と言えるほどのものはまだない。にも関わらず告げたのは、シサーがまずジフを信用に値する人間だと信じ、そのジフとジークに信用関係があるのだろうとの判断だろう。

 けれど今度は、話が違う。

 信頼関係の出来ていないジークの保証では、少し弱い。

 それは、カレヴィさんが俺たちにとって信用に値する人物だと決められる理由にならない。

 だからこそシサーは、第2の行動理由をカレヴィさんに求めたんだ。いや、目的の一致を見ているわけじゃない。だから信じる理由ではなく、裏切らない理由を求めて。

 俺たちにとって危険だと思われるのは、ヴァルスを敵視する集団……武器を集めているのは、彼ら『アルディアの元支持者たち』だ。

 そして彼らの行動によって、武器商であるカレヴィさんの商売には大打撃が出ている。

 『アルディアの元支持者たち』の動きがカレヴィさんにとってメリットのあるものに変われば話は別だが、現状少なくともカレヴィさんにとって邪魔な存在である『アルディアの元支持者たち』とカレヴィさんが繋がる理由がないし、裏切る理由もない。

 それを確認したからこそ、シサーはカレヴィさんに話をすることに決めたんだろう。

 共通の敵の存在が、あるんだから。

「……」

 シサーが俺たちの状況を話し終えて口を閉ざすと、カレヴィさんもしばらくの間、沈黙を挟んだ。

 考えるように視線を彷徨わせ、それからシサーに顔を戻す。

「それで、私に求めるものは、何だい」

「情報を教えて欲しい。それがまず一点だ」

「他には」

「ツェンカーと言う国を知っているはずのあんたとジークに、どうルーベルトに接触を図るのが最も良いか、知恵を貸して欲しい。場合によっては、それに必要な行動の協力も頼みたい」

「ふむ。それから?」

「出来れば今日の宿を貸して欲しい」

 最後の言葉に、カレヴィさんは笑った。おっけぃ、と言うように、笑いながら両手を軽く挙げる。

「良いだろう。ヴァルスがツェンカーを帝国に取り込むつもりでないことを保証するなら、私の知っていることを話してやっても良い。『地上の星』は我々武器商にとって、非常に厄介な存在だ」

「『地上の星』?」

 聞き返すと、カレヴィさんが俺の方を向いて頷いた。

「あなた方の言うところの、『アルディアの元支持者たち』だ。彼らは自らを『地上の星』と名乗っていると聞いている。その実数や実態までは、私も把握をしていないがね」

「つまり、どこにどの程度潜んでいるものなのかは、全く把握出来ないってことだな?」

 シサーの低い問いに、カレヴィさんはにやっと笑った。

「そうは言わない。まず言えることは、彼らが最も多いのは首都フリュージュと、フリュージュの北……アカンサだ」

「アカンサ……」

「小さな町ですよ」

 ジークが補足する。

「いわゆる、人の住む町ですね。大きな特徴のない町ですけど。……アカンサが多いんですか?」

 終わりのセリフは、カレヴィさんに向けられたものだ。カレヴィさんはそれに応えて頷いた。

「ロドは?アルディアの、お膝元じゃないのか」

「ロドの街は、アルディアの出身地だ。ここには確かに、彼の信奉者が多い。けれどだからこそ、その存在が明るみに出やすい」

「なるほど……」

「私の知る範囲では、闇ルートを通じて運ばれて来た刀剣類は、まずこの街に運び込まれている。この街の武器商の被害が最も多いのは、そのせいだ。そしてこの街から、アカンサへと流れていく。武器の保管は、アカンサの役目だ」

「アカンサに本拠地がある?」

「と、私は思う。アカンサが選ばれた理由は恐らく、平凡過ぎる住宅地だからだろう。そしてフリュージュへ襲撃するに、遠くない」

 言いながら立ち上がったカレヴィさんは、棚から地図を引っ張り出してくるとテーブルの上に広げた。

「ここがロド。そしてアカンサが、ここ。フリュージュはここだから……すぐだろう」

「ああ……」

 ユリアとルーベルトが接触を持った時に、アカンサから『地上の星』が進撃してくるわけか。

「武器の流出は、ヴァルス、リトリア、そしてツェンカー内部からが最も多いと聞いている。ヴァルスは、他大陸との貿易の窓口だから、そもそもの品が豊富だ。これは現在、カサドールからの流通だと聞いた」

 思わず顔を上げた。

 カサドールから、武器が流出している闇ルート――『紳士倶楽部』は、ここに繋がっていたのか……。

「リトリアは、クラスフェルド王の武力主義の為だろうな。元々軍部の粗悪品や払い下げられたものを流すルートがあったから、そこから流れて来ている。そしてツェンカーの内部だ」

 そう言って地図から顔を起こしたカレヴィさんは、真っ直ぐシサーに向けて言った。

「『地上の星』について今すぐわかることは、このくらいだ。後は追って、調べさせよう」

「出来るのか」

「さあね。やってみなけりゃわからない。ともかくも今の段階では、『地上の星』が反ヴァルス感情を持っているらしいと言う噂に過ぎないのだから、まずはその噂が真実なのかを確かめる必要があるでしょう」

「ああ。そうだな」

「ただの噂に過ぎないのであれば、それに越したことはない。妙な警戒をすることもなく、素直にルーベルトに会えば良い。もちろん、反ヴァルス感情がないからと言って、ルーベルトが素直にツェンカー軍を投入してくれるかは話が別になるがね」

「承知している」

「いずれにしても」

 カレヴィさんは眉根を寄せながら、俺たちを見回した。

「直接王女を連れてフリュージュへ行くのは、危険過ぎると言えるだろう。まずは誰かがフリュージュへ視察に行ってみることを勧めるが、どうだね」

 その言葉を受けて、地図に視線を落としたままのシサーが、肯定の意を返した。

「同感だよ。……そうすることにしよう」











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