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QUEST  作者: 市尾弘那
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第3部第1章第16話 ツェンカーの武器商人(3)

「その通りさ。苦しいんだ。……だから、ツェンカーに来た」

「どういうことです」

「ヴァルスの後継者直々に、膝を折りに来たのさ」

 そう言ってシサーが示したユリアに、ジークはきょとんと目を向けた。それからシサーに視線を戻して、またユリアを見ると、またシサーに視線を戻す。

「って……え?あれ?まさか」

「そのまさかなんだよ」

「ユリアって……ヴァルス王女のユリア様ですか」

 目を見開いて問いかけるジークに、ユリアが静かに頷いた。元々ヴァルス国民であったジークも、ヴァルス王女の名前くらいは知っていたってことだろう。ただそれが、目の前のユリアと繋がっていなかったってだけで。ってことは、ジフの書状にも、そのことについて触れてはいなかったんだな。

「ツェンカーに、援軍を求めに来ました」

「援軍って……」

「交渉の材料としては、ナタリアの押さえ込みだ」

 ユリアの言葉を引き取って、シサーが続ける。

「大きな動きをツェンカーに望んでいるわけじゃない。ナタリアと、場合によってはリトリアを引き付ける動きさえしてもらえればと思っている。勝利の暁には、ナタリアに期限付きの不可侵を約束させる。勝敗に関係なく参戦の責任はヴァルスが請け負うし、謝礼金は無論のこと、その他の条件についても、協議させてもらえればと考えている」

「ツェンカーが援軍を出す理由は?」

「ヴァルスの弱体化によってナタリアの国力が増強する。増強すれば、これまでの歴史を振り返って、ナタリアはどういう動きに出る?」

「……ツェンカーへの進撃ですか」

「その可能性は、高いと言っても言い過ぎじゃない。ヴァルスに夢中になっているナタリアを、背後から叩いて置くことはツェンカーにとっても悪い話じゃないはずだ。今だったら、ヴァルスはもちろん、ロドリスだってナタリアを支援することは出来ない」

「その隙をついてワインバーガ辺りが動き始めたらどうしますか。もしくは、マカロフが。ツェンカーは、瓦解する」

「その二国については、既に、押さえてあります」

 答えたユリアに、ジークが視線を向けた。

「へえ。どうやってですか」

「ワインバーガに関しては、謝礼金。中立を約束してくれたことに対してまず前払いで、勝利が確定した後に、更に謝礼金と言う形で」

「マカロフには?」

「マカロフには、まずワインバーガと同様前払いの謝礼金。そして勝利確定後には、貿易の際の税金の半分をヴァルスが5年間負担することと、謝礼金」

「なるほど。それで、帝国継承戦争への接触を禁じたわけですか」

「ええ。いずれも、宰相からの通達が行っています。……ツェンカーがナタリアを攻撃すれば、それはツェンカーの帝国継承戦争参戦です。逆に言えば、ツェンカーが仕掛けることによって、ワインバーガとマカロフは戦争の終結まではツェンカーに手出しをすることは許されません」

 つまり、ほんの一時的なものとしてもツェンカーがヴァルスに協力すれば、マカロフとワインバーガは決してツェンカーに手出しをしてはならなくなるわけだ。なぜならその時点でツェンカーは、参戦国と言うことになる。国間条約で中立を約した二国は参戦国のいずれにも手出しをすることは出来ず、帝国継承戦争が完全に終結するまでは、ツェンカーの安全は確保されたようなもんだ。逆に、参戦しなければツェンカーは常にワインバーガとマカロフへの警戒を怠ってはならない状態……ヴァルスへの参戦は、結構ツェンカーにとってメリットがあるはず。

 何せ、まだ代替わりしたばかりの不安定な政権だもんな。安定する前に狙われたっておかしくない。

「なるほど……それは、恐らく魅力的でしょうね」

 唸るように納得したジークは、「それで」と話を促した。

「ヴァルスは苦しい戦いを強いられている。その援助をツェンカーに求める為に、ルーベルトに会いに来た。けれどその交渉を始めるに当たって、不安要素が2つある」

「2つ。何でしょう」

「まずはご存知、トラファルガーだ」

「……」

 ジークが硬い表情で頷いた。

「それは、妨げる大きな要因にはなるでしょうね」

「だろうな。氷竜に襲われてりゃ、理屈もメリットデメリットもありゃしねえ。それどころじゃねえだろう。トラファルガーへの警戒を怠れない今、ツェンカーは兵を自国から動かせない可能性がでかい」

「その通りです」

「飛来したと言う話は、事実か」

 シサーの問いに、ジークは硬さを残したままの表情で「はい」とため息混じりに吐き出した。

「事実です。と言っても僕が見たわけではないですが。飛来したと言うのは、ツェンカー北部の町カーマインですね。それ以来カーマインからは逃亡者が相次いで、今や人の気配はほとんどないと聞いています。逃げる際にこの街を経由する人もいますから。その話を聞く限りでは、事実と言って間違いがないでしょう」

「なるほど……」

「あの」

 ずっと黙って2人の話を聞いていた俺が口を開くと、ジークは表情を変えずに視線だけを俺に向けた。

「マカロフからこっちへ向かう山中で、変な音を遠くで聞きました。あれは、やっぱり」

「トラファルガーです」

 うーん。やっぱり本物のドラゴンの咆哮なのか。……まずいな。このままではツェンカーの援助を求めるのは厳しそうだぞ。

 鼻の頭に皺を寄せて俺が押し黙ると、ジークは視線をシサーに戻して口を開いた。

「当面の問題は、まずはトラファルガーを何とかすることでしょうね」

「……何とかするって」

「トラファルガーが実際に活動を始めようが始めまいが、少なくとも今のこの状況ではツェンカーは国外に兵を出すことは出来ません。それは、間違いないでしょう。ツェンカーの兵を動かすことが出来るのは、ただひとつ――トラファルガーへの心配を、取り除くことです」

「……」

 取り除くねえ……取り除くったって……。

 ……取り除く?

 その意味に気づいて、凍りつく。

 その考えに既に至っていたらしいシサーが、取り立てて驚く様子もなく舌打ちをした。

「ち……やっぱり、そうなるのか」

「それ以外に考えられないでしょう。人々の恐怖がここまで高まっていれば、実際活動していようがしていまいが、トラファルガーがフレザイルで生きている以上は警戒せざるを得ないんですよ。警戒しなくて済むようになる為には、ひとつしかないでしょう。……人の手で、眠りにつかせることは出来ないんですから」

 いよいよ、嫌な話の流れだ。

 ツェンカーを動かす為には不安の種を取り除く――トラファルガーを、始末する。

「それで、もうひとつの不安要素とは?」

「ヴァルスの王侯が訪問するって噂があるらしいじゃないか」

 シサーの言葉に、今度はジークが目を瞬いた。

「え?そんな噂が?どこで?」

 あれ?

 きょとんとするジークに、俺とキグナスは無言で顔を見合わせた。

 だって。

「マカロフで、乗合馬車に乗ってたおじさんが言ってたんだ」

「マカロフで?」

「そう」

「……妙な話ですね」

 そう?

 首を傾げる俺に、ジークは視線を床に定めて考え込むような顔つきをした。口を開いてくれるのを待っていると、やがて顔を俺に戻して説明してくれる。

「ユリア王女がツェンカーに援軍を求めてくるってのは、言ってしまえば機密事項でしょう」

「ええ」

「ロドリスサイドの国に漏れでもしたら、ちょっと厄介なことになる。それは、ツェンカーへの援軍って話もさることながら、ヴァルスの首領が国を離れてツェンカーまで来てるってことも」

「そうね……」

「それが、ツェンカーの内部、それも幹部に漏れているのならば話はわかります。王女が出向くくらいだから、先触れが出ているでしょう?」

「それは、もちろん」

「だったら、ルーベルトもしくはその周辺の人間は知ってて当然として、それをマカロフの人間が知っているのはちょっとおかしくはないですか」

「……」

「僕と同じルートあるいは似たルートから情報を漏れ聞いたと言うのならばともかく、それは一部の人間に限られるはずです。少なくとも、民間で囁かれている噂ではないはずです」

 僕と同じあるいはは似た、と言うのは武器に携わる人間だとか、何かこうアングラなルートを持つ人間ってことだろうか。

 ……やっぱり、妙なことなんだ。

 あのおじさんに聞いた時に感じた奇妙な感覚を思い出す。ヴァルスそしてツェンカーの要人が知っているのならば、疑問はない。けれど、一般の人に噂として漏れているのは、やっぱりどう考えてもおかしい。――逆に言えば、あのおじさんは、一般の民間人じゃない。

「じゃあ、カズキたちが話した男ってのは……」

「恐らくは、ほぼ間違いなくツェンカーの人間、それも中枢機関に近い人間もしくは近い人間と通じている人間と言うことになるでしょう」

「何で俺たちにそんな話を……」

 言いかけて気がついた。

 あのおじさんは、俺たちがヴァルス語を話しているからって言って、ヴァルス語で話し掛けてきた。ヴァルスの人間だろうと予想をつけていたようなことも言っていた。

 と言うことは、「ヴァルスの要人がツェンカーを訪問するらしい」と言う話の裏が欲しかったのかもしれない。

 民間人だと思っていただろうから知っていると思ってはいなかったかもしれないが、それについての何かの情報を得ることが出来るかもしれないと考えた可能性はある。どうせ通りすがりの乗合馬車、駄目で元々だ。

「何の為に……」

「決まっているでしょう。来て欲しくないんですよ」

 ジークの低い声に、微かに息を飲む。そう、あのおじさんは確かにそんなニュアンスの人たちがいるってなことを言ってもいた。ヴァルスの要人が訪れることを快く思っていない人間がいると。

「それについての話なら、少し情報を提供することが出来そうですね」

 ジークの言葉に口を噤んでいると、カウンターから背中を起こしてやかんから俺たちのカップにお茶を注ぎ直してくれながら、ジークが声を潜めたままで言った。その言葉に、シサーが顔を上げる。

「本当か」

「ええ。……言ったでしょう。伊達に武器商をやっているわけじゃないんですよ」


          ◆ ◇ ◆


「本当にトラファルガーと戦わなきゃなんないと思う?」

 オーバスヴェルグの街は、どこを歩いてみても、何か物寂しい。

 元々が堅固で地に足の着いた感じの街並みをしているせいもあって、閑散としたムードが一層寂しさを煽る。

 公衆浴場があると言うのでそこへ行って、やや遠回りの道筋をジークの家に戻る道すがら言ってみると、洗い立てでちょっとぺしゃんとした髪をしきりと気にしながらキグナスが俺を顰め面で見上げた。

「俺、パス」

「それ言うなら、俺もパスで」

 ユリアの為にトラファルガーでも反乱軍でも来いと思いはしたものの、避けて通れるなら出来るだけその方向でお願いしたいものだ。

「何で俺らがそんな大物、退治してやんなきゃなんねえんだよおおお。こっちが退治されちまう」

「それは、同感だけど。でもさあ……」

 口篭りながら、俺は濡れた髪をかき上げて、耳のピアスを弾いた。……確信があるわけじゃない。誰かに保証をもらったわけじゃない。だけど、そう思えてならない。

 氷竜トラファルガーを制覇する魔剣レーヴァテインの、鍵。

「キグナス」

「んあ?」

「エルファーラの神殿で見た絵、覚えてる?」

「絵?ああ。展示されてた奴な。覚えてる」

「あれを見た時、俺、ぞっとしたんだよ」

「ぞっとした?」

「うん」

 キグナスがきょとんと俺を見上げた。吹き付ける冷たい風が濡れた髪を一層冷やし、風邪でも引きそうだ。ちょっとでも避ける為に思わずタオルをばさっと頭から被せながら、頷く。

「氷竜の絵……戦闘を描いた絵の中でさ」

「うん」

「レーヴァテインを翳す男の耳に、これと同じピアスが描かれてた」

「……何?」

 キグナスがぴたりと足を止めた。凍りついたような視線に頷いて、俺も足を止める。

「言わなかったけど」

「本当か?」

「うん。……いや、本当かどうかは、わからない。絵の中のピアスは小さくて、本当にこれと同じ物なのかはわからないし、これがそんなに有り得ないデザインとも思えないし。だけどさ、多分このピアスの効果で、特殊な効果があったの、覚えてるか?」

「……」

 強張った表情で、キグナスが頷いた。特殊な効果――火系攻撃からの、防御。

 再び歩き出した俺について来たキグナスを振り返って、問いかける。

「氷竜の剣は、何て言ってた?ガーネットは」

「……炎の剣」

「炎の属性を持つ剣の鍵だったら、自身をその攻撃性から守る為に火系攻撃への耐性があったって、おかしくないよな」

「そうだな……」

「シェインが言ってたんだ。『対になるアイテムがあるはず』って」

「それが……レーヴァテイン?」

「じゃないか……」

 言いかけて、今度は俺が足を止めた。何かが記憶の中に引っ掛かった。炎の剣レーヴァテイン……炎の剣。以前にも、炎の剣って言葉を聞いた、ことが……。

「……キグナス」

「え?」

「黒竜の剣カリバーンは、別名エクスカリバーって言うって……言ってたよね」

「ああ」

「じゃあ、レーヴァテインは?」

「え?レーヴァテインは……?」

「……ラグナロク、なんじゃないか?」

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